時の旅人 (岩波少年文庫 531)

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  • Amazon.co.jp ・本 (452ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001145311

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  • 20世紀初めのロンドンに暮らす病気がちな少女ペネロピーは、養生のため訪れた田舎のおじおばの家で、時をこえて16世紀のバビントン一族と出会い、スコットランドのメアリー女王をめぐる歴史の糸につながっていく──。

    田園風景の美しい描写と従者たちのいきいきとした会話に支えられながら、少女は「時」とむきあい、物語が深まっていく。そのゆったりとした時間の流れが心地よかった。

    過去と未来は現在と切り離されてばらばらにあるのではなく、ともに「今」に含まれている、という時間観のひとつの表れが、「先祖代々」という感覚なのかも。

    ■目次

    まえがき

    1 サッカーズ農場
    2 ドアのむこうへ
    3 ハーブガーデン
    4 時禱書
    5 フランシス・バビントン
    6 サッカーズの台所のうわさ話
    7 女王のロケット
    8 市へ行く
    9 秘密の通路
    10 スコットランドのメアリー女王
    11 またウイングフィールドへ
    12 アラベラ
    13 マジパン細工のサッカーズ
    14 雪

    訳注
    訳者あとがき

    ■キーフレーズ

    時あり/時ありき/時あらず(日時計の銘) グリーンスリーブスの少女 バビントン一族 メアリー・ステュワート女王 カトリックとイギリス国教会 「そのお方は処刑されました」 「時」をこえていける心

    ■備忘

    原題は A Traveller in Time

    時あり
    時ありき
    時あらず
      ──日時計の銘

    16世紀のダービシャーにカントリーハウス(領主館)をかまえたバビントン一族は歴史上の人びと。領主はカトリック教徒だが、当時のイギリスは宗教改革の影響がおよんで国教会の地位が確立し、旧教徒が迫害に遭ったりするなど、宗教的に大きく揺れ動いていた時代。

    見慣れない世界に迷いこみ、出会った人たちのもとで仕事と生活が始まるのはなんだか千と千尋みたい。

    本作に登場するスコットランド女王のメアリー・ステュワート女王は、同時代のイングランド女王メアリー1世(在位1553-58年、スペイン王フェリペ2世と結婚してプロテスタントを迫害した"Bloody Mary")とは別人。最初気づかずに混同してしまった。メアリー1世と次のイングランド女王のエリザベス1世は異母姉妹で、さらにメアリー・ステュワートとエリザベスはいとこでもあり、ヨーロッパの王家のご多分に漏れず、まぎらわしいことこの上ない。

    綴りは自由、だれでも自分の気分にまかせてつづれば良い、という書字観はちょっと新鮮。

    「そのお方は処刑されました」
    ・知りえない未来を知っていることの暴力
    ・とともに、知っている過去を変えられないことの悲しさ
    ・大きな不幸や悲しみは永遠のもので、時をこえて存在するもの

    ロビン・グッドフェロー: 田舎には昔も今も妖精がいる、ロンドンにはもういない

    フォークなどというものは、イタリア人が持ちこんだ新しがりの風習で、まともなイギリス人の使うものではないというのでした。(自分のフォークを所有しているのは貴族だけで、庶民はフォークを持たず、食事の際は指で食べていた)

    過去の人々のために祈る

    無敵艦隊: エリザベス1世は英国の海賊にスペインの船を襲うようすすめた。そのことに立腹したスペインのフェリペ2世は、英国を討つためにアルマダ無敵艦隊(130の艦隊に3万人の兵)を派遣したが、敗退した

    「過去の暮らし」の中にとりのこされてしまうという恐怖
    ・もう一方の世界にいるあいだ、もとの世界の記憶があいまいになる
    ・もしも、もとの世界にもどれなくなって、みんなに二度と会えなくなったら、と突然思い至り、恐ろしくなる
    ・過去の世界の人たちと言葉を交わしたかと思えば、こちらの姿や声が相手に届かないことも。まるで時空のはざま、無時間の世界に落ちこんだかのよう

    イングランド人の暮らしにはごく自然とご先祖さまの息吹がとけこんでいて、先祖代々、という感覚が脈々と受け継がれているように感じた。

    訳者あとがきで、テクストにより with head bent と with head bent back の違いがあり、どちらを採用して訳すべきかという話が面白かった。back という一語の有無によってペネロピーの首の向きが前後反対になり、with head bent = 頭を前にかしげてうつむいて泣いた(→うつむけば涙はこぼれる)、with head bent back = 頭を後ろにそらせてあおむけに泣いた(→あおむけば涙をこぼさずにすむ)、となる。訳者は当初、back のない方の原文で訳したが、識者から指摘を受けた。イギリスの少女は涙をこらえる、と。そして「頭をうしろにそらせ」という訳が確立した。すてきな翻訳こぼれ話だなと思った。

    ■印象的なシーン

     「今、なんだわ」と私は、よくよく考えていいました。「過去と未来の全てが、そこにあるのよ。今に。でも、私たちはその片方しか見られない。もう片方は、もやの中にかくされているのよ。」
     フランシスはびっくりして、ばっと私の方をふりむきました。
     「もっとはなしてくれ、ペネロピー」とフランシスはたのみました。「君は、どうやってここに来たのだ? どうすれば、ぼくはそこへ行って、未来を見ることができるのだ?」
     私は首をふりました。
     「ああ、私、それを知ってるといいのに。もっとたくさんおぼえていて、もっとたくさん見えるといいのに。私がここへ来るのは、きっと、時間の流れの外のことなんだわ。だって、あっちの世界へもどると、一秒もたってないことがわかるもの。計れるほどの時間はたってない。心臓が一つ打つ時間もたってない。でも、こっちの世界にいるその短い短い時間には、私、いつもよりもいきいきしていて、生活をいつもより強烈に感じている。感覚が全て、いつもよりも鋭くなっているの。あっちとこっちの境目を音もたてずに軽くこえると、草はもっと緑が濃くて、空はもっと澄んでいるの。」
     「私、まる一日あなたといっしょにすごすでしょう? でも、私の時計の針はちっとも動いていないの。あっちを出た時刻は、あっちへもどる時刻なの、ほら」といって、私はフランシスに腕時計を見せました。「あれは午後おそくだったわ、私があそこから……、ああ、どこで何をしていたんだったかしら……忘れてしまった……けど、いいにおいのするところだった……だって、今も、その香りを思い出せるもの。それから、あなたと話をして、それから馬に乗って、そして今、ここにこうしているわ。でも時計は動いていないのよ。」
     「夢みたいだね、ペネロピー」とフランシスがじっと考えていいました。「夢の中で、そういう旅をするね。哲学者たちが、夢の中の旅はほんの一瞬のことだといっている。心臓が一つ打つうちに、地球の果てから果てまで旅ができると。そして、もしぼくたちがその不可思議な夢の世界に長くいすぎると、死んでしまうのだ、とも。」
     「私、それがこわい」と、ほとんど息もせずに、私は低い声でいいました。「この夢の世界に長くいすぎると、死んでしまうんじゃないかって。」そうして、あたりの景色を見まわしました。まばゆい緑と、黒っぽい岩と、風にゆれている木々を。ちょっとの間、それはほんとうのものではなく、フットライトに照らされた、影のない、お芝居の背景のように見えました。(248-9頁)

  • 過去に存在することができる主人公ならではの感情のゆらぎ、真実を言えないもどかしさ、悲しみ。不思議で温かな出会いも次の瞬間には泡のように消え去り、「今」に戻る儚さと確かさに心が揺り動かされる。過去も未来もなく「今」「ここ」だけがその人にとって真実となるのだ。

  • 重厚なタイムトラベル小説。現代からしばしばタイムスリップし、エリザベス朝時代のアン女王の周りの人々と接触を持つ。アン女王らの悲劇的な結末を知りながらその頃の人々と交わるが、むしろその頃の農村の風俗や家庭生活が克明に描かれている。主人公自身のこころの成長も見られる。歴史的背景を知らなくても十分楽しめる本である。

  • 7月19日から8月9日にかけ、4回にわたってclubhouse内で実施した読書会のテキストとして購読したもの。16世紀のエリザベスとメアリー、2人の女王が「対立」していた時代に迷い込んだペネロピーと、それぞれの時代での人々との交流と生活を描いた作品。読む前には、波乱万丈な冒険譚なんだろうと思っていたが、むしろ静謐な作品だった。16世紀のサッカーズに生きるメアリーやアンソニーの運命を知りながら、それを変えられないことも受け入れつつ、ペネロピーは成長していったのだと思う。傑作。

  • 作者が幼い頃過ごしたイギリスの農場を舞台にしたタイムスリップものです。

    病弱なペネロピーが療養の為に来た田舎で過去の時と現在の時を行き来する物語。
    彼女が特別な活躍をする訳ではないですが、双方の世界を自分の意志とは無関係に行き来し、真摯に話を聞き、最後には戻らずそこで生きていたいと考える描写が切ないです。

    幽閉されたスコットランド女王メアリ・スチュアートをエリザベス女帝の手から解放しようとする人たちの話にも段々と感情移入してしまいます。
    ペネロピーを温かく迎えてくれる人々がとても優しく
    風景や生活の描写もしみじみとした良いものでした。

    時間という概念は不思議なものですが、そんな概念についてもふと考えてしまう物語です。

  • 不思議な空気のお話。夢?の中で何度もタイムトリップする少女。古い屋敷で300年に起きたスコットランドの女王にまつわる政争を観察する。過去を変えたり、影響が現在に残ったりということは一切ない、歴史の傍観者的な立場が、かえって切ない。

  • 英国の今昔の風景のみならず「におい」までも感じさせる美しい日本語への翻訳に癒される.

  • 文章、風景、雰囲気、が美しい本。時を越えるけれど、冒険する訳じゃない。
    時代を感じさせますが、この本の中の「現代」も十分時代を感じさせます(笑)
    一度は読んでみるべき本。

  • 奥付:2006/6/15新版6刷

    荻原規子さんの本の後書きで紹介されていたので書った本。

    においたつ庭園、とはこのこと。本なのに、文章なのに、緑の草木と色とりどりの花の香りがする。

    特に最後の方は、グリーンスリーヴスを聴きながら読みたい。

  • これは・・・!
    これはあ!!
    もう大好き。
    主人公の女の子が、不思議を特別視せず、そのまま受け入れているのがすごくいい。
    あと幽霊(?)の登場シーンの描写とか、ものすごいと思った。ああ、こういう感じかもしれないと思った。
    最後泣いたよ・・・。

著者プロフィール

アリソン・アトリー 1884年、イギリスのダービシャー州の古い農場に生まれる。広い野原や森で小動物とともにすごした少女時代の体験をもとに、多くの物語やエッセーを書いた。日本語に翻訳された作品に『グレイ・ラビットのおはなし』『時の旅人』(以上岩波書店)、『チム・ラビットのおはなし』(童心社)、「おめでたこぶた」シリーズ、『むぎばたけ』『クリスマスのちいさなおくりもの』『ちゃいろいつつみがみのはなし』(以上福音館書店)など多数。1976年没。

「2020年 『はりねずみともぐらのふうせんりょこう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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