雪は天からの手紙: 中谷宇吉郎エッセイ集 (岩波少年文庫 555)

著者 :
制作 : 池内 了 
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001145557

作品紹介・あらすじ

760

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  • 雪の結晶を研究する物理学者、中谷宇吉郎のエッセイ集。
    高野文子さんの『ドミトリーともきんす』で紹介された研究者の本を読んでみよう、ということで手に取った。

    本書は、内容をもとに「北国での研究」「科学者たち」「日常の科学」「科学のこころ」「若き君たちに」という章分けがされている。

    「北国での研究」に収められたエッセイは5編。自身の研究内容や研究方法の紹介が中心である。やや難しい部分もあるが、中谷の研究に対する興味と熱意が伝わってくる。また、雷に関する日本の伝承を科学的に検証する「雷獣」では、古くからの言い伝えも尊重しながら雷の仕組みを解明していく柔軟な姿勢がすばらしいと感じた。

    「科学者たち」には、恩師寺田寅彦や友人湯川秀樹など、関わりのあった科学者についてのエッセイを収める。特に寺田寅彦の科学者としての矜持を尊敬の念をもって語った「長岡と寺田」は、読んだ後に寺田ファンになること間違いなしである。

    「日常の科学」は、胚芽米や茶碗の曲線など、社会に存在する一般見解や日常道具の合理性を科学的に検証する内容のエッセイが中心になっている。
    特に印象に残ったのは、中谷が寺田寅彦の指示のもと線香花火の仕組みを分析する「線香花火」。寺田は、地方の教員に就く卒業生たちに、金や設備がなくともできる物理実験を方法とともに伝えていたらしい。それは、研究者の夢をあきらめて別の道に進む者たちに、日常の中にも科学の謎がたくさんあること、熱意さえあればどこででも研究はできることを伝えたかったのではないかと思う。(結局、線香花火の実験は誰もやるものがなく、かんしゃくを起こした寺田が中谷に命令して実施することになったそうだが。)

    「科学のこころ」は、世間の声に惑わされず、科学的な見識を持って物事を見ることの大切さを伝える。「千里眼その他」は、当時流行った「千里眼」ブームとその根拠を科学的に明らかにするために行われた実験の経緯を書いたエッセイで、たくさんの情報に踊らされがちな現代人はよりいっそう心にとめておかなければいけない内容だと思う。

    「若き君たちへ」では、世界の中にある不思議に対して、まずは難しく考えずに調べてみることの大切さを説く。若いお嬢さんたちのグループが興味のままに軽やかに行った「霜柱の研究」は、その経緯も含めて読んでいてとても面白かったし、終戦直後の食糧難で厳しい寒さの北海道の冬、子どもたちに『ロストワールド』の話を語り聞かせた思い出を綴る「イグアノドンの唄」は、亡き子供への想いが胸に迫ってくるようだった。

    科学の面白さを伝えようという中谷の熱意と、それを少年たちによりわかりやすく届けたい、という岩波少年文庫の編集者たちの想いのつまったすばらしい本。

  • 石川県を旅した際、行きたかった雪の科学館。今回は日数的に難しかったので次回の楽しみとし、中谷宇吉郎先生のエッセイを読むことに。ユーモアとウィットに富んだ内容に驚いた。気に入ったエピソードの一つは、摩擦電気の実験をしているY君が正しい実験結果を得るためにビーカーや皿を全部氷で作っていて、実験が成功したら「ひとつ氷のコップで葡萄酒の乾杯くらいはしても良いかもしれない」と。なんだこの洒落た感じは!季節の表現も詩的で素敵。「6月、大学の楡の梢に郭公が鳴き始めるとまもなく…そして白い日傘が、よくあざやかな緑の芝生の間に見かけられるような日がしばらく続く。それにもいつの間にか気がつかないようになると、もう夏休みである。セルの感触を乾いた肌に楽しんでいるうちに、夏休みになってしまうのは、少し贅沢なようであるが、…清々しい札幌の夏を、できるだけ長く享楽することにしている。」

    出てくる人物が、湯川秀樹先生、寺田寅彦先生などこれまた錚々たるメンバーである。湯川先生が歌を読んだり、美しい字を書かれたりすることも書いてあった。「…皆が心得ておくべき事は、湯川さんはノーベル賞をもらったから、偉い学者なのではなく、偉い学者だったから、ノーベル賞をもらったのだ、ということである。」
    長岡半太郎vs寺田寅彦の回も興味深かった。学界における地位と権威のある長岡先生に対しても歯に衣着せぬもの言いで意見する寺田先生。大勢の弟子たちの前で手ひどくやっつけられても、感情的に激昂することも全然なかったという長岡先生。大物!皆が「寺田先生も偉かったが、やっぱり長岡先生も偉かったなぁ」という意見に頷く。

    「ケリイさんのこと」の章では、老婆とケリイさんの言葉や人種を超えたコミュニケーションがすごく良かった。「言葉は一言も通じなかったが、言葉などはいらないもので、あの老婆が言いたかった事は、全部わかった。そして、思っていることもすっかり読みとれた。日本人の『言うこと』が、あれほどよくわかったことは、今までになかった」

    一番好きだった章は「米粒の中の仏様」。十勝岳の針葉樹がいかに生長が遅く、大切にしなければならないものであるかということを山番の老人が言っていた。「この老人の目には、山奥の木の生命が、まるで国家の生命のように見えるらしかった。内閣がどうなろうか、対英米問題がどうなろうが、この老人にとっては、雪に枝を垂れた針葉樹の密林が亭々としてそびえている間は、日本の国は安泰だと思われるように見えた。」火燵で丸くなって眠るミミー、その仔猫の命名者である子供たちは絵本の切り抜きに夢中になっている…こんなにも美しく、未来永劫大切にしていきたいことが、1938年に書かれていたわけである。

  • ・文章がうまい…本を開いてすぐに「文章が信じられないほどうまい」と感嘆し、次々と読んでいたのですが、最後に収録されている『イグアノドンの唄』が極め付きに素晴らしく、ただその素晴らしさの裏の悲哀に愕然としています。『「ほらここに印をつけてあるだろう。ここで初めてプテロダクティルを見たんだよ。プテロダクティルって、翼のある竜なんだ。戦闘機くらいもあるかな」。ここらあたりで、下の子供はもうすっかり興奮してしまって、すうすうと寝息のような息をしている。そして眼を光らせながら、身動きもしない。」という、この素晴らしい描写をされた子供の行く方を知ってしまうと本当に辛い。どのような思いでこれを記したのかと思いを馳せています。『それでよいのだ、生きる者はどんどん育つ方がよいのだと、私は目をつぶって寝入ることにした。」この末文もそうですが、それぞれの締めくくりの文章が抜群に良いのもあります。「そしてこれだけの大事件があっても、後になってそれがあとをひくというようなことがほとんどなかった。日本の学界のためには、慶賀すべきことであった。」「曙町の狸爺、一人でニヤニヤしている姿を御想像被下度候。」寺田寅彦氏も文章の名手ではありますが、私は文章の締め方から中谷氏に軍配を上げたいと思いました

  • エッセイ集なので、軽く読めるかと思いきや、専門的な内容。筆者自身が体得されている「科学の愉しさ」が文章から滲み出ている。科学的な物の見方の入門書として最適。
    特に「立春の卵」での「少なくてもコロンブス以前の時代から今日まで、世界中の人が間違って卵は
    ただ無いものと思っていただけのこと」で「今日にでもすぐに試してみることが大切である。」から、筆者の科学に対する姿勢がわかる。
    また「イグアノドンの唄」での子どもに伝説の怪物がどこかで、ひそかに棲息しているのかもしれないと語りかける姿から、科学者としてのロマンを感じました。
    とても人間味のあるエッセイでした。

  • 池内了さん選による中谷宇吉郎さんのエッセイ集。池内さんの選書が素晴らしい。
    雪の結晶の研究の話から、師匠の寺田寅彦さんの話、日常の中の科学についての話と多岐に及ぶ。宇吉郎さんが自身の3人の子どもたちにドイルの探検記を読み聞かせるところに、父としての愛情をみた。自分の研究も家族も、とても愛した人だったのだな。「研究者として一番大切なものは純粋な興味を持つこと」「知識や打算に邪魔されずに思いついたことを即試すこと」とある。思っているだけで満足するのではなくて、恐れずに一歩踏み出しなさいと作中で優しく語りかけてくれる。寺田寅彦さんも中谷宇吉郎さんも、日常生活の中に科学を見つけることが出来る人だったのだ。

    「地球の丸い話」で、「宇宙兄弟」を思い出した。エベレストの高さと、一番深い海溝の高低差を図にすると、この地球に見立てた絵の線の幅に収まる。この話が漫画に出てきたよなと思いながらエッセイを読み終えた。どちらの本も情熱と純粋な好奇心があって好きだ。

  • 図書館の10代向けコーナーに並べてあったけど、おばちゃんには難しかったよ…理系な話が頭に入らない。でも重要なのはそこじゃなかったと思う。
    もっと雪に関する話が収録されてると思ったら、それは冒頭だけ。他多岐にわたる中谷宇吉郎の思考や経験が綴られている。
    コロナ禍とワクチン接種、オリンピックなど現在の浮ついた(作中の言葉を借りるなら「人心の焦燥」と「不当な欲求」が集積した)世情を鑑みると、考えさせられる。
    理系だとか文系だとかそういう問題ではなく、科学的思考をできる人間でありたいと思った。
    最後のエッセイ「イグアノドンの唄」に出てくる『失われた世界』は幼少期に読んだことをこれを読みながら思い出した。私もこの子供たちのように夢中になって読んだ。過酷な状況の中の家族での読み聞かせの情景が目に浮かび、あたたかく切ない気持ちになった。

  • 雪は天からの手紙なのです

    こんなこと言われてしまったら
    もう、
    地球に五体投地してしまいたくなってしまいます

    何回読んでも
    読むたびに
    新しい発見がでてくる一冊です


  • 線香花火の燃え方を観察した際の文が、科学的な説明と文学的な表現が混ざっていて印象に残った。こんな美しい見方をできるようになりたい。

  • 第99回アワヒニビブリオバトル「大学・学校」で紹介された本です。オンライン開催。チャンプ本。
    2023.5.13

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/52045

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著者プロフィール

1900–1962
石川県生まれ。
東京大学理学部を卒業し、理化学研究所で寺田寅彦の助手として勤務。
後に北海道大学教授を務め、雪と氷の研究で新境地を開く。
物理学者でありながら随筆家としても活躍。師と仰いだ寺田寅彦の想い出を綴った「寺田先生の追憶」をはじめ「日本人のこころ」「私の生まれた家」など作品は多数。

「2021年 『どんぐり』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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