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Amazon.co.jp ・本 (458ページ) / ISBN・EAN: 9784001145793
みんなの感想まとめ
冒険と歴史が交錯する物語が展開され、読者を引き込む魅力に満ちています。紀元1世紀のブリトンを舞台に、ローマ人と土着民族との複雑な関係が描かれ、主人公マーカスと彼の友人エスカの交流を通じて、文化の違いが...
感想・レビュー・書評
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古代ローマ帝国時代の辺境の地・ブリトンを舞台にした、ローマ人の退役軍人とブリトン人の元奴隷の、青年二人による冒険譚。
古代ローマ皇帝ハドリアヌスが辺境の地ブリトンに防衛のための「ハドリアヌスの長城」を築いた後の時代。それは、ローマが周辺と戦争を繰り返しながらも、支配し、覇権を保っていた、おそらく紀元1世紀ごろ。
ローマの軍人としてブリトンに派遣され、その支配に抵抗する現地の氏族との激しい戦闘で重傷を負い、退役を余儀なくされたマーカス。
ブリトンの別の氏族の出身で、ローマとの戦争に敗れて奴隷に身を落とし剣闘士となっていたけれど、死主直前でマーカスに買われて友情を育む奴隷のエスカ。
叔父のもとで療養していたマーカスは、彼の亡き父が所属していた第九軍団の四千名が行方不明になった謎の事件を追い、氏族に奪われたかもしれないローマ軍の象徴である「ワシ」(軍旗)を取り戻す任務を帯び、現地の事情に通じているエスカと共に、ローマの支配が全くと言っていいほど及ばない、ハドリアヌスの長城の向こうの北の地へ旅立つことに。
果たしてマーカスは、亡父の名誉を回復し、第九軍団の再興に寄与することは出来るのか…。
中学生以上を対象にした青少年文学のカテゴリー。
でも、簡潔な文章と明確な展開の中に色々なことが盛り込まれていて、考えさせられる。
支配と被支配。
文明と非文明。
支配に抗う人々と、受け入れた人々、心象としてその間にいる人々、それぞれの姿。
それらを凌駕した個人的な心の交流。
名誉と不名誉。
負傷軍人の退役後の不安定さ。
努力の報われなさ。
故郷ではないけど思い入れのできた土地に根を生やす決意。
支配を受け入れ、そして、ローマ的基準で手柄を立てた敗者への褒賞…等々…。
成人が読むと、ものすごく要素が多くて驚かされる。
でも、西欧古代史の素地がないだろう日本の中学生にはちょっと理解し難い部分もある気がする。
単純に友情と不屈の信念で危機を抜け出す、ファンタジー的な冒険譚として面白く読むこともできるとは思うのだけど、文化が異なる層には、もう少し、注釈というか、前提的な解説があってもいい気もする。
でも、西欧の子供なら、サラッと楽しく読める気もする。
日本の子どもたちが、保護者と一緒になんとなく見ている大河ドラマや歴史バラエティのおかげで、戦国時代や幕末の知識を断片でも知っているからこそ対象年齢相当の歴史風物語を楽しめるのと同じ感覚があるのかもしれない。
ただ、本作の原書が1954年初版らしいので、「古びている」部分はありそうだけど。
それでも、時代考証がものすごく綿密らしく、イギリスの実在の地も舞台としてたくさん出てくるので、歴史好きには面白く読めるかも。
本書を含めて四部作として、マーカスの子孫の物語に続いていくみたいなので、続けて読んでいきたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
よい狩りだった…、と言いながら本書を読み終えるひとが多いのでは?
岩波ジュニア新書『読むという冒険』を読み終えてから、取り上げられてた本のなかで、このサトクリフだけが未読で、いつかは読まなくては、と宿題のように思っていた一冊だった。
ついに読み終えてスッキリ。
そしてさすが有名な一冊なだけあり、冒険もの、歴史ものとして非常にうまく作られた話だった。
舞台は紀元1世紀くらいのブリトン。
ローマ人VS土着の民族✕いくつか
ただの二項対立ではなく、複雑な視点が絡まる。
個人的には、岩波ジュニア新書で語られた、ずっと続く主人公の体の痛み=ローマ帝国の黄昏=本書が執筆されたころの1950年代の解体しつつあるイギリス帝国の落日、であるという読み解きも面白かったけど、スコットランドを舞台にした、逃げ回り物語ということで、『さらわれたデービッド』(スティーブンソン)を思い出しました。
いやー、逃走劇はドキドキしますね。
今までずっと私(アー◯ー王関連に口うるさい読者)は同担拒否で5世紀イギリス周辺を舞台にするサトクリフ作品を読まず嫌いしていた。
ひとつ、なにかを卒業した清々しい気分になれました。 -
ローマ帝国を背景とした小説を探していて、偶然この本を見つけました。
最初は、児童文学という事で軽い気持ちで読んでいましたが、魅力的な登場人物と良く練られたプロットそして、ブリテン島の美しい情景の描写に引き込まれてしまいました。
物語の中で、主人公であるローマ人のマーカスに彼の友人であるブリトン人のエスカが、ローマの文化とブリトンの文化が相容れないことを
マーカスの身に着けている短剣の鞘の規則正しい模様と彼の持っている楯に彫られた流動的で生命のある曲線を比較して説明するシーンがありましたが、この部分が非常に印象的でした。 -
BSフジ「原宿ブックカフェ」のコーナー「ブックサロン」で登場。
http://harajukubookcafe.com/archives/598
ゲスト上橋菜穂子さんの人生を変えた一冊。
「高校生の時に初めてこれを読んで、『わぁ、すごいなあ』と思いました。高校生の頃私は人類学を知らなかったんです。歴史学をやろうと思ってたんですけどね、でも大学に行って出会ってしまって。多用な民族と暮らす経験は、日本だとあまりないんですよね。でも、征服したり征服されたりということが生々しい現実としてある世界に生きてる人は、こういう実感をもって書くのかとか、この作品を書いたローズマリ・サトクリフだって現代の人なのに、煙の匂いさえ感じたんですね。この描写の凄さに圧倒されて、物語ってこうも書けるのかと思いましたね。こんなものを書いてみたいと思いました。憧れになりましたね。」(上橋菜穂子さん)
原宿ブックカフェ公式サイト
http://www.bsfuji.tv/hjbookcafe/index.html
http://nestle.jp/entertain/bookcafe/ -
先日読んだ、「命の意味 命のしるし」の中で、上橋菜穂子さんが、作家になる原点のひとつとして挙げられていた本。読むしかない。
だったんですが……なんでか全然入りこめない…頭に入ってこない…。とても悔しいけど今は読みきれない。いつか再チャレンジする…かも??
290ページまで読了。 -
久しぶりに児童文学・ファンタジー!!夏休み(ではないのですが)感が満載~!とりあえず次を読もう。
大人になってしまって、お決まりの展開が続くので先がわかるし、こうなるんだろうな~という範疇から一歩も出なかったのは残念なのですがw、それでもワクワク楽しめた。たまには真っすぐ熱くなってもよいでしょう! -
百人隊長であるマーカスは、はじめての戦いで負傷し、軍人生命を断たれる。叔父のアクイラのところに身を寄せていたが、父が隊長をつとめており、象徴であるワシと共に消えた第九軍団の謎を解くため、エスカとともに北へ旅立つ。骨太の歴史ロマン。
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情景描写が素晴らしく、歴史小説の魅力満載。こういうのを読みたかったんだよ、と嬉しくなり、急ぎすぎないよう自制したほど。ローマ帝国の歴史やローマ軍の制度などに明るければ、より楽しめたのかも。シリーズ読破したいわ〜。
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ローマンブリテンの物語。ローマ軍の若き百人隊長マーカスは、赴任したブリテンでの初めての氏族との戦いで足を負傷し、将来の夢を断たれる。そして、マーカスが子どもの頃北辺の地に消えた父の第九軍団の謎と失われたワシの行方を求め、軍団の名誉の回復、再興を夢見て、ブリテン人の友エスカとともに未開の氏族たちの地への冒険の旅を始める。
ローマ時代の生活を丁寧に描写し、読む人をローマブリテンの世界に誘う。
冒険を始めるまでの生活のゆったりとしたときの流れと冒険を始めてからの手に汗握る展開の対比も面白く、とても楽しめた。
中学生以上となっていますが、何のために生きるのか、何のために命をかけるのか、大人向けのテーマかな。 -
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すこしずつ読んでいます。
すごくすごくおもしろくて、やっぱり岩波少年文庫はすげーってしみじみおもいつつ噛み締めている。
なんでこどものころ敬遠して読まなかったかなー、残念だなー、とおもいつつ、でも、やっぱりこの作品はいま、はたちもなかばを過ぎて読んだほうが染みるものがあるのではないかとも、おもう。
それはすごく個人的な理由ですが。
わたしは、足がよくないので、それは先天的なものだけれども、その事実があきらかになったのは中学にはいってからだったので、そうしてこのお話の作者サトクリフは、作者紹介によると車椅子生活をされていたかたで、このお話の主人公のマーカスは戦闘によって足の自由をなかばうしなったひとで、という前置きのもとに、このお話のなかに出てくるせりふを。
「もし任務を果たすために駆けなくてはならないとなったら、わたしの足はたしかに重荷になるでしょう。それは認めます。だが、いずれにせよ、馴れない国では、あくせくしたってはじまらないではありませんか。」
この言葉がどう聞こえるか、それはたぶんひとによってことなるけれど、わたしは、いまのわたしでこの言葉にふれられたことがうれしい。
足のことでひねこびていたこどものこれならまた違ってとらえていたろうし。
あと、マーカスが、足がわるいせいで自分がしなければならないことができないってぷんすかするときに、続ける、エスカの332ページ一連の台詞がほんとうにやさしい。
かかえこんで枠を築いて自分だけべつの場所にいるようなもの云いは基本すきじゃない、けど、よのなかどこを向いてもそれしかない「健常」の物語たちに、ほんとうはずっと疲れていたんだなと、サトクリフの作品を読むと気づかされる。
細部のリアリティというか、そういうのが。
身の障りが皮相のできごとではなくして語られる、そんな作品。
が、すき。
けどそういう点から読んだ解説や論にはまだあたってません。
でもね、あるよ。
ていう。
サトクリフ作品を読んだときの安堵感を、だれかと、語れる日がきたらいいなとはなんとなくぼんやり、おもっています。 -
250930読了。
すごくよかった!何度も頭の中で「ホビット」が浮かぶ素敵な世界観でした。豊かな翻訳ひとつひとつに線をひきたくなるほど。
旅立ち→手がかり→奪還→逃亡→帰還の進行にずっとドキドキしました!氏族のエスカが美!すき!!
サンクリフ作品また読みたい。 -
ローマン・ブリテン四部作と言われるうちの最初の1冊。舞台であるローマ時代のイギリスをほとんど知らないので、世界観に入るまでにだいぶ時間がかかりました。仲間とともに冒険を経験することで成熟していくので、青年向けな印象を受けました。でも時代背景などを知っていたほうがおもしろいですし、大人が読んだほうがおもしろい本だと思いました。
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ローマと土着の氏族が対立し混在する2世紀のブリテン。負傷し軍でのキャリアを絶たれた若者の探求と再生の旅というシンプルな筋書きながら、様々な矛盾をはらんだローマを主人公の葛藤と重ね合わせて丁寧に描いてあると感じた。主人公をローマの軍人という征服し支配する側に置きながらも、ある価値観だけがすべてではない描き方、「わかりあえないが尊重する(だが、その思いに相手が応えてくれるとはかぎらない)」態度が貫かれていたこともよかった。
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イギリス児童文学の代表的な作品として、読んでおくべきと別の司書より推薦されて読みました。
職業軍人として出世を夢見ていたローマ軍団の百人隊長マーカスは、戦闘で負傷し、武功を得るも軍人生命を絶たれることになります。伯父の元に身を寄せたマーカスが、自身の「使命」として打ち込んだのは、亡き父が率いた軍団の象徴であった、「ワシ」の像を辺境の蛮族が戦利品として、また”神”として祀っているという噂の真偽を確かめることでした。剣闘士であったエスカとともに、ローマと敵対する氏族の支配地域へと旅経つ二人の冒険物語です。
主人公マーカスの、伯父やエスカ、また冒険を通して出会った様々な人物との触れ合いを通して揺れ動く心情の機微が細やかに描かれています。
また、マーカスとエスカの旅する地域の情景描写も精密で、臨場感があり、スリリングでもあります。
一方で、当時のローマン・ブリテン時代の習俗がしっかりと描かれている(らしい)のですが、その前提となる知識がないので、世界観に完全に没入することができなかった、という印象でもあります(もちろん、作品としては楽しむことができましたが、よくわからない時代劇を見ているような感覚もすこしばかりありました)。
冒険小説や歴史小説が好きな人、特に指輪物語のような世界観が好きな人であればより楽しむことができるかもしれません。
岩波少年文庫というレーベルではありますが、大人でも十分に楽しむことができる作品だと思います。 -
圧巻。1900年ほど前に、あったかもしれない命がけのドラマ。エトルリアで生まれた男がブリテン島に渡り、北壁の向こうケルト人の国(現スコットランド)へローマ軍のシンボルを求めにいく道筋を、タイムスクープハンター要潤のように横で見ることができます。『ともしびをかかげて』のファミリーのルーツがここにあります。
4部作と言われる『辺境のオオカミ』『銀の枝』もよまなきゃ。 -
ローマ時代のブリテンが舞台の物語。ローマ軍団百人隊長のマーカスは足を負傷し退役する。マーカスは行方不明となった父の軍団の象徴である「ワシ」を求めて、元奴隷のエスカと共に北の地に旅立つ。
何とも骨太の物語でした。まず、この時代の風物がしっかりと描写され世界に引き込まれます。そしてローマ人であるマーカスが他の民族と出逢い、自分たちとは違う民族のこと(それは征服者と被征服者であったり、侵略者であったりするのですが)を知っていくにつれ、世界が広がります。
そして終盤ワシを奪取して逃走する際の緊迫感。またマーカスとエスカの主人と奴隷という立場から解放され、友情を深めて親友となる様子も素敵です。
実に濃密な読書体験でした。 -
冒頭、翻訳の硬さに馴れず、挫折しそうだったけど、マーカスが負傷して軍を引退した後ぐらいから、読みやすくなり、エスカが登場してからは、面白くなった。
児童文学とは思えないほど、難しいが高校生の頃、読みたかった。 -
上橋菜穂子さんの話をまとめた『物語ること、生きること』を読んで、このサトクリフ作品を読んでみたいと思っていた。こないだの「ブックマーク」81号でも紹介されていた。
舞台は紀元2世紀のブリテン。ローマ帝国の辺境、属州であったこの地で、ローマの軍人マーカスが、かつて自分の父が率いていた第九軍団の消息を探す旅に出る物語。原著は1954年。
そもそも、第九軍団は、ローマ帝国がこの北方(カレドニア)の先住民族たちを平定しようと進軍していたのだったが、その後、消息不明となる。ローマ軍団の象徴である《ワシ》も消えた。軍団は戦って殲滅されたという噂があり、失われた《ワシ》はずっと北の方、どこかの氏族の神殿で神としてあがめられているという話もあった。
父なき後、長じて軍人となったマーカスは、司令官として赴いた辺境の砦で、ブリトン人の襲撃をうける。その戦いで、マーカスは敵の戦車から御者をひきずりおろしたものの、車輪の下敷きとなって足を負傷する。軍団で生きていく人生はあきらめねばならなかった。
軍団を退き、ブリテンに住む叔父のやっかいになったマーカスは、ある日、円形闘技場でサーカスの見せ物、奴隷の剣闘士の戦いを見る。奴隷の印として傷のある耳をもつ男は、ローマ軍との戦いに敗れ、捕虜となったらしかった。見せ物の戦いで敗れたその奴隷を、マーカスは買い取る。
「なぜ私を買われたのです?」と問う奴隷に、「「身のまわりの世話をする奴隷がいるからだ」「おれはかわった奴隷がほしかったのでね」「生まれおちるとからずっと奴隷だった、というような男じゃないのをね─それだけだ」(p.111)とマーカスは答える。
奴隷になってからまだ二年だという男の名はエスカ。青い楯をもつブリガンテスの部族クノーバルの息子、つまりブリトン人だった。支配するローマ人のマーカス、支配されたブリトン人であるエスカ。この二人が、マーカスの父が率いた第九軍団の消息を探す旅に出る。
失われた《ワシ》が敵の手にわたっているとしたら、ふたたび北方で問題が起こったときに、その《ワシ》がローマに刃向かう力となることも考えられた。敵の軍団の神である《ワシ》があれば、各氏族たちの心に反抗の火を燃やし、ふるいたたせることができる。だが、《ワシ》が真実どこにあるかは、噂でしかなかった。
風の噂だけで、探索隊をさしむけるようなことをすれば、戦争を誘発する。軍団を出すわけにはいかない。だが、北の氏族をよく知り、自由に往来してあやしまれず、《ワシ》の運命に深い関心がある、そんな男がもしいればわしは出発の命令を下す、と叔父を訪ねてきた司令官は言った。
「わたしをやってください」とマーカスは言い、北方とのあいだの防壁がある辺りでうまれたエスカが一緒であれば、司令官の条件は満たせると説得した。《ワシ》を持ち帰ることはできなくとも、噂の真偽だけは確かめられるだろうと。
マーカスは、エスカに解放証書を渡し、自由にどこへでも行けると告げた。そして、第九軍団の消息を探す危険な仕事に一緒に行ってくれと、奴隷に頼むことはできないが、友達になら頼むことができる、とエスカの顔を見た。
マーカスは、ブリトン人の服を着て薬箱を持ち、にわか目医者に扮した。エスカは自分の氏族の服装に戻ってその連れとなった。そこからは、過酷な旅の日々が描かれる。二人は、噂通り、神としてまつられていた《ワシ》を見つけ、それを持ち出すことには成功するが、ほどなく北の氏族たちに追われ、まさに命からがらの帰還をする。
マーカスとエスカ、ローマ人とブリトン人の二人の間には越えがたい壁もあるけれど、この厳しい旅を共にするなかで、二人は関係を培い、友情を育んでいく。この物語は、そういう冒険譚とか成長譚としても読める。
一方で、「危険に満ちた北の辺境へ向かい、野蛮人からローマ帝国の象徴である《ワシ》を奪い返す」という物語を、辺境といわれた側から、野蛮人と名指された側からみたらどうか?とも思う。そこが「辺境」なのは、ローマ中心に見た場合のことなのだ。
マーカスが、エスカに「ローマが与えたものは、いいものではなかったのかい?」「正義、秩序、それによい道路、みんなもつ価値のあるものばかりじゃないか?」(p.145)と尋ねる場面がある。エスカは、それはいいものだが、代償は大きかった、自由のほかにも自分自身の国の精神や生き方を忘れてしまうことになったと答える。
エスカは、自分のもつ楯に刻まれている生命ある曲線、水が水から流れ出、風が風から吹き出てくるような流動的な曲線と、マーカスのもつ短剣のさやに彫ってある形式にかなった整然とした模様とを比べて語る。
▼「…あなた方の正義は、わたしたちのよりも確かなものです。そしてわたしたちが反抗して立ちあがると、こちらの軍勢はあなた方の訓練された軍隊にやぶられてしまいます。ちょうど岩にくだける波のようにね。わたしたちにはわかりません。こういうことすべては、規則正しい模様なのです。わたしたちにとっては楯の飾りの自由な流れだけが真実のものと思われるのですから。わたしたちにはあなた方のやり方はわかりません。あなた方の世界を理解しはじめると、わたしたち自身の世界のことがわからなくなることがしばしばなのです」(pp.146-147)
わたしたちにはわたしたちの流儀があるというエスカの話に、マーカスは耳をかたむける。自分の世界と、エスカの世界、ふたつの異なる世界をへだてるはかりしれない距離のことを考え、それでも、自分とエスカ、あるいはコティアという人間どうしの間なら、このへだたりはせばめることができると思う。
物語は、どちらかというとマーカス側から書かれているが、エスカや北の氏族たちの言動に注意してもう一度はじめから読みなおしてみると、ローマという大きな帝国が、辺境のまつろわぬ者たちを武力をもって従えようとした面が見えてくる。
上橋さんは、作者のサトクリフは物語のなかで「互いの壁を越える難しさをきちんと描いたうえで、異なる文化や背景を持つ人間と人間が向き合ったときの関係を、しっかりと見つめようとした」という。読みなおしていくと、「異なる文化や背景を持つ人間と人間が向き合ったときの関係」が、一読目よりもくっきりと見えてくる気がした。
5/12の午後に、辛淑玉さんの講演を聞き、その夜には、辛さんと関西沖縄文庫の金城馨さんの話を聞いたあとのタイミングで読んだせいもあるのか、「辺境」とか「野蛮」は、誰がそう名指しているのだろうと思えるのだった。
(5/16了)
ローズマリ・サトクリフの作品
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