帰還 ゲド戦記 4 (岩波少年文庫 591)

  • 岩波書店 (2009年2月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784001145915

みんなの感想まとめ

物語は、魔法を失った大賢人ゲドと、未亡人となったテナー、そして理不尽な暴力に直面する少女テルーの再会を描いています。この続編では、彼らが新たな生活を始める中で、現代社会にも通じる人権の問題が浮き彫りに...

感想・レビュー・書評

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  • ゲドの帰還だと思っていたら
    ほかにもたくさんの帰還があって、とてもよかった。

    歴史の影になっていたテナーの物語。
    ゲドとテナーはきっと恋人になるだろうな、と思っていたので、長い時間がかかったけど本当に嬉しい。

    この巻はまさにテナーと女性の物語で、
    魔法を失ったゲドはふつうのおじさんになっていて寂しいけど、テナーがふつうのおばさんとして生きていた期間が知れてよかった。
    世界を救っているかもしれないけど自分に逢いに来てくれない、ゲドのことなんか、待っていられなかったよね。わかるよ。なぜか待っててもらえると思っているんだ、男って。

    女性では大賢人になれないということに憤り、
    皿を洗えない息子に「育てかたを間違えた!」と絶望するテナーに、ここにきて親近感を感じてしまった。
    これは私が大人になってから読んでよかったなと思えるところ。

    最後にテルーが目覚めるところでおわる。
    続きも楽しみ。

  • 「さいはての島へ」から18年を経て発表された続編です。舞台はゲドが竜に乗って飛び去った直後の、故郷ゴント島。
    「こわれた腕環」の後、農夫と結婚して「普通のおばさん」になったテナーと、魔法を使い果たして「普通のおじさん」になったゲドが再会します。そして、男たちから理不尽な暴力を受け、その後も付け狙われる少女テルー。ストーリーにも増して心に刺さってくるのは、現代私たちの社会にもある人権の問題です。
    ラストでテルー(真の名はテハヌー)の秘密が明かされますが、物語はまだこれからだ、と暗示する終わり方ですよね。

  • やっとここまできた~!という達成感。まだあと2冊残ってるけど。

    今作はテナーが語り手となったテルーのお話。
    未亡人となったテナーと、親に焼き殺されかけた少女テルーの元に
    魔法の力を失ったゲドが竜に乗り現れ、共に生活をはじめます。
    オジオンが亡くなり、ゲドが力を失ったことにより引き起こる禍がテナーとテルーにのしかかります。

    これまでゲド戦記を読んできてずっと感じていたのが、物語の世界観は壮大だけど、暗くて抑揚がないということ。
    ここはそんなに細かくなくていいなと思う部分で淡々と語り続けたり
    逆に、ここはもっと書いてほしい!って部分が妙にあっさりしていたりして...。
    日本語に訳してあるのに言葉の壁があるような感じがありました。

    で、実は3巻を読み終わったあとジブリのゲド戦記を観たんです。
    そうしたらまるで霧が晴れたように、モヤモヤ解消。笑
    私の中でゲドもレバンネンもテナーもテルーもようやく動き出したみたいな感覚がありました。
    とはいえやっぱり原作ありきですから、原作を読まなければここにはたどり着けなかったと思います。読んでよかった。

    そして改めて児童書ってなんだろう?とも思いましたね。深い。
    もし中学生くらいの時に読んでいたらどうなっていたんだろうな~。

  • 本作は3巻の『さいはての島へ』から18年という期間を空けて出された4作目であり、物語は『さいはての島へ』の直後から始まる。

    ゲドと共に墓所を抜け出した少女テナーは、ゴント島で魔法使いでゲドの師オジオンに預けられていた。
    しかし、魔法使いになることを望まなかったテナーはオジオンの元を離れる。テナーは新たに『ゴハ』と自らを名乗り、人並みの生活を送ることを決める。
    それから十数年の歳月が流れ、ゴハのパートナーであったヒウチイシは亡くなり、ゴハは未亡人となっていた。娘と息子は家を出ており、ゴハは一人で農場を切り盛りしていた。
    そんなゴハの元に友人のヒバリが駆け込んでくる。性加害を受け、その場で生きたまま焼き殺される寸前だった少女がいる、と。
    ゴハは名前もわからないその少女を預かり、『テルー』と名付ける。
    ゴハはヒバリや、女まじない師コケの助けを借りながらテルーの居場所を作ってあげる。
    そんな折にオジオンが亡くなってしまう。時を同じくして竜に乗ったゲドがゴントに戻ってきた。
    しかし、ゲドは魔法の力を失っており、かつてのような気力もなく意気消沈としていた。ゴハはそんなゲドも自宅に連れていき看病することに。
    そして都ハブナーからは王アレンが戴冠の儀に友人であるゲドを招きたいとやってくるのだが……。

    自分はゲド戦記は3巻まで読んだことがあったものの、それ以降のゲド戦記のシリーズ作品はまったく知らないでいた。
    4巻目は初めて読むのだが、これはちょっとスゴくて圧倒された。これまでのゲド戦記のシリーズの世界が180度転換するような作品でもあり、より深みを増すような作品だった。
    そこには男性の物語であるゲド戦記で、いかに女性たちが虐げられているか、そしてこの世界で女性たちがどのように暮らしているのかが描かれている。
    想像の世界の、架空の世界の出来事じゃないか、と思われるかもしれないが、現実世界の写し鏡としても描かれている。なので、アースシー世界ってのは酷いな、なんてことにはならない。今、我々が住んでる世界と大して変わらないと思いながらこの物語を見ていくことになる。
    アースシー世界では魔法は男性のものである。村のまじない師(産婆や占いなどを扱う)レベルの魔法は女性たちが扱うが、より高度な学院などで学び、各町に配属されるような魔法は男性の魔法使いだけのものである。
    そしてこの世界でも家のことは女の仕事として扱われている。魔法使いはなぜか女性と深い関係になることはなく、独身のまま生涯を終えることが多いらしい。それもあってゲドがゴハの元で一緒に住むことになってからが面白い。
    ゲドやオジオンは魔法使いとしてのルールを守って生きているので、自分の身の回りのものは自分でどうにかする。ゴハはこれまで一般人のヒウチイシと暮らしていて家事は女性がやる仕事として生きてきたので、ゲドが自分の皿を洗ったり身の回りのことをすることで衝撃を受ける。
    だが一方で、ゲドも内面化している男性的な自分本意な考えなども描かれる。そういう描写には男性である自分もギクッとしたりした。

    確かに4巻がフェミニズム的と言われるのも納得ではあるのだが、それは別段ラディカルな描写でもなくてこれくらいは当たり前にやっていいでしょ、そう思う。
    また女性が生きていくことで向けられる視線や、抱く恐怖なんかも現実とリンクするようなカタチで描かれているのも印象的だった。
    またこれまで以上に内面描写が多い。主人公であるゴハがとても繊細かつ複雑な内面を持っているのが描かれる。その描写がキレキレなのもあってゴハが、これまでのゲド戦記に登場したキャラクターで最も好きになったかも。
    一方のゲドは、これまでアースシーの世界で多くの逸話を残した伝説の大賢者的立ち位置で、これまではどこか孤高の人的な存在だった。だが、魔法を失ってしまってからはとても小さくて人間らしく見える。人生のほとんどを共に生きてきた魔法という存在を失ってしまうので、それもしょうがないのだが、やっと人間になれたという感じもあって良かった。
    ゲド戦記の世界により深みが出て、更に今後の展開にも期待したくなる作品だった。

  • もやもやしたものが残ってしまった。テナーの立場が元々『高位(男の姿がない世界)』だったから、元の地位だったらこうではないのにみたいなものにも見えてしまう。つまり『自分が女性だから不当に扱われている』ではなくて、『自分は高位であるはずなのに、相手(男)が不当に扱ってくる』という対立っぽく見えちゃうんだよな。
    では、子どものテルーの立場はどうかと言えば、男たちが執着する必要性がわからない。
    この世界設定とテルーの設定と物語のテーマがいまいち合致せず、モヤっとしたものしか残らなかった。個別に見たら素敵だという事はわかるのだけど、合わせると微妙にあちこちズレてるような感じがする。

    それとも私が感じた『物語のテーマ(女子供の苦しみと男たちの苦しみ)』は間違っていて、単に『物語(世界観)を楽しむ』に全振りしたらよかったのだろうか。
    ゲド戦記を楽しみにしていただけに、世界観に没頭して楽しむことも、物語に惹かれることも、テーマに感動することも出来ない自分にがっかりし続けてる。

    キャラクターが魅力的かと言われても、うーん。これというエピソードが見当たらない。設定が強烈で、設定だけで押してる感じがする。テナーに至っては『普通の女になるために努力した』となっているけど、それは『全てを持ったものの特権』でしかなくて、共感しずらいんだよな。こういうの全部もやんとする。
    そして、最初の方は『貧しい人たち』『持たざる人たち』への視線が差別的で、読んでて辛くなってしまった。テナーの特権性がよくわかる。『短気で、無知で、陰険で、みだら』54-55pとコケばばに対して書いてある。これが、最後の方は体調が悪いと聞いたら駆けつけるくらいには仲良くなるのだから不思議だ。

    物語は、火の中に放り込まれたテルーをテナーが育てる話。色々あって最後にはテルーは竜であるカレシンから「わが娘」と言われるのをテナーとゲドは聞く。
    テルーはゲドとテナーを父母として、今は人間として生きることを決める。

    ごちそうさまでした。

  • 魔法使い諸君へ
    あんたらは誰から見ても偉大だと思うなよ

  • 「こわれた腕輪」のテナーとゲドが再会する話。
    あの話で二人は確かに惹かれあっていたんだな、とわかる。
    テナーが結婚したと知った時にどう思ったか?という話題で、ゲドは「がっかりした。」と答えている。テナーは魔法使いになるのをやめたことだと思ったみたいだけど、私は恋愛としてでは?と思った。
    それから、テナーが使った食器を下げない問題で息子にがっかりしたり、ロークの魔法使いが女を大賢人にすることを考えもしない辺りにイラついたり、女性から見える世界に共感してしまった。
    ゲドは魔法と冒険に夢中になれたのと対照的。

  • 前作の3巻『さいはての島へ』から
    16年の時を経て刊行された第4巻『帰還』。
     
    大賢人ゲドは力を使い果たし
    魔法を使うことができなくなっていた。
     
     
    主人公の魔法使いが魔法を失っているという
    まさかの展開。
     
    この物語のテーマは『世代交代』。
     
    偉大な力で世界を守ってきたゲドも
    年齢には抗えないのか?
     
    しかし、衰えるものあれば
    突き出てくるものあり。
     
    残り2巻、今後の展開が楽しみです。

  • なぜここまで、アニメと違うのか…(>_<)3-4巻をガチャガチャポンしたのがアニメな感じ。
    魔力を失ったゲドが、情けなく…
    色々と全力で駆け抜けたゲド。
    こういう人生もこれはこれでありなのかと思ったりした。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「情けなく…」
      読んでいる時は、ゲドの復活?を期待していましたが、読み終わった時はスッキリ。
      「これでありなのかと思ったりした」
      そうですよ...
      「情けなく…」
      読んでいる時は、ゲドの復活?を期待していましたが、読み終わった時はスッキリ。
      「これでありなのかと思ったりした」
      そうですよね、だから次の話「アースシーの風」が生まれる訳です。
      2012/08/28
  • ゲド戦記の第四作。

    回を重ねるごとに、どんどん暗くなっていくゲド戦記だが、この作品はマジに暗い。
    親から虐待により、身も心もボロボロになった少女テルー(顔や身体の半分は醜い火傷)。虐待のおぞましい体験で心を閉ざしてしまった彼女を引き取る、魔法使いであった過去を持つテナー。
    物語は、ふたりの女性を軸に、邪悪が支配しつつあるゴント島の人々を描く。
    ゲドはどうしたか?
    もはや力をなくし、世捨て人のような存在で登場する。

    暗い。。。暗すぎる。。。

    この物語、宮崎二世監督が映画化したらしいが、エンターテイメント要素は0なのに、子供達を喜ばせる事ができたのか不思議。
    観てないのでなんとも言えないが、アニメになるような題材ではないと思う。

    ファンタジーの姿はとっているものの、この作品は人間と世界の関係を哲学的な示唆をあたえつつ、寓話的にまとめた傑作だと思う。

    怪物や魔法はほとんど出てこないが、大人のためのファンタジーといった印象です。
    ちなみに本屋に行くと、「子供の読み物」ってところにあったりするのだが、小学生だと読み手をかなり選ぶと思います。

    大人のためのファンタジーではないでしょうか?

  • なんだかすごーくグウィンさんが怒ってる気がする。「これだから男は!」感があちこちに…、ゲドまでその矛先になってる時あるし。通してファンタジー感はほとんどなく、また”少年文庫”でもない気がする。(はたと気付くと、少”女”文庫じゃないんだな…)

    最終章『テハヌー』を読んで、テルーが少年ではなく火傷痕が残る少女であることに、女性の真の強さや未来への希望など作者の想いが込められている気がした。

  • 随分前、学生の頃に読んで以来の再読。
    前回は冒険ファンタジーの続きとして読んでいて、力を無くしたゲドや普通の生活を選んだテナーに、なんとなくモヤモヤしながら、そして最後に出てくるカレシンとテルーの関係にワクワクしたような記憶がある。

    改めて読んでみて思ったのは「いや、これ子ども向けじゃないだろ。めちゃくちゃ大人向けでは」ということ。
    老いていくこと、失うこと、囚われること、男女のこと、そしてこれからを生きていくこと。
    今でも難しいところはたくさんだったけれども、本作のゲドやテナーを受け入れられるようになったのは、自分も歳を重ねてきたからだろう。
    また時を経て読んでみたいと思う本であった。

  • 最後の方でゲドとテナーにされた虐事に息を呑んだ すごいもんを書くな 驚いた でもそういう奴がいるのだ現実に
    テハヌーは父と母のため、その力を発揮するが、それが別れの始まりでもあり、アースシーの動いている世界が、とても面白い。まとめ読みしたおかげでこれで完結でなかったあたりがまた面白かった。

  • 私には普通に面白かった。
    当時ゲドのことで評価が別れたようだが。
    やはり三巻で力を使い果たしたよね、ゲド。

    テヌーはこわれた腕輪の時も感じたが、感情が乱高下するのは今回も一緒。

    ジブリのゲドででてくるテルーが出てきたけど、ジブリとルグウィンの作品は全くの別物と思った方が楽しめると思う。

    テルーが最後どうなるのかが気になる。




  • 一巻を若かりし頃に読んで、これもしばらくしてから読んで、今、人生を一周した初老の女性のものがたりを同世代の視点で読む。読書はいつ読むかも大事で、面白いなあと思う。
    大賢人だった過去をもつおじさんのゲドも愛おしい。
    テルーの傷も、己と重なる。
    続きも楽しみ。

  • ル・グウィンが16年もたっているのに続編を出す決心をした理由を、映画ゲド戦記の宣伝用冊子「ゲドを読む」の中で文化人類学者の中沢新一さんは、こんなふうに語っています。
    『当時のフェミニズムは、男性が持っている力の領域に女性が参与して、その力を自分たちに取り入れていくという考えが広がっていました。そこで大学教授になろう、経営者になろう、アーティストとして自活しようという女性たちが出てきました。家庭でも男性に従属しない人間になって、しかも母親としても伝統的なあり方を否定していこうという風潮も強かった。そういうフェミニズム思想がアメリカで盛り上がってきたときに、ル・グウィンは、それに対して違和感を持ったのだと思います。前の三部作では、ベトナム戦争以前の男性中心的な白人社会の価値観をよしとせずに、黒人たちの古代の価値観による大転換をはかりました。そして今度は、フェミニズムに対して「それもちがう」と思いはじめたのだろうと思います。』
    これには異論もあるでしょうが、私は、この中沢さんのコメントを「ゲド戦記」を読む前に読んでしまったので、そうゆう考え方から離れられませんが、「帰還」は少なくともファンタジーではないと思います。「帰還」は中学生の時に三巻まで読んだ人が16年後の30歳で読む大人の本ではないでしょうか?

    また、中沢さんの話の中には、ゲドにはモデルがいて,それはフランスのグロタンディークという天才的な数学者だというのもありました。

  • 話の中で出て来る男女の差のようなものが、女性の作者ならではだと思った。
    テナーの、2巻とはまた少し違う葛藤が描かれていて印象的だった。

  • ぐっと大人向けの話に変わったなという印象。
    テナーとコバとの葛藤はまさに自分自身がどこかで抱えているものだったので読んでいてしんどかった。

    フェミニズムと自分自身が何者であるのかの葛藤、彼女と彼女の周りに生きる人々とのズレに考えさせられるというか、時に怒りを覚えて頁をめくるのがかなり時間がかかってしまった。

    ゲドの自分自身の全てだったものを失った姿が印象的。

    テハヌーのトリックがめちゃくちゃいいのに映画で全てを台無しにされていて悲しい

  • 3巻から18年を経て刊行されたという4巻
    この年月があったから書けたんだろうなぁという内容
    1巻のゲド、2巻のテナー、3巻のレバンネンと、ティーンエイジャーを中心に据えてきたのとはガラリと変わり、魔法を失ったゲドと、農園の後家となったテナーの話
    3巻の終わりにあったように、ゲドのこの先は誰も知らないめでたしめでたしっていうのも綺麗だけど、たぶん作者が年齢を重ねる中で、めでたしめでたしの先に思いを馳せるようになっていったんだろうなと
    男女の間の超えられない差が語られる箇所が多く、女性が書いてるんだなと実感

    テルーの存在はいささか突飛

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著者プロフィール

アーシュラ・クローバー・ル=グウィン(Ursula K. Le Guin)
1929年10月21日-2018年1月22日
ル・グィン、ル=グインとも表記される。1929年、アメリカのカリフォルニア州バークレー生まれ。1958年頃から著作活動を始め、1962年短編「四月は巴里」で作家としてデビュー。1969年の長編『闇の左手』でヒューゴー賞とネビュラ賞を同時受賞。1974年『所有せざる人々』でもヒューゴー賞とネビュラ賞を同時受賞。通算で、ヒューゴー賞は5度、ネビュラ賞は6度受賞している。またローカス賞も19回受賞。ほか、ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞、ニューベリー・オナー・ブック賞、全米図書賞児童文学部門、Lewis Carroll Shelf Awardフェニックス賞・オナー賞、世界幻想文学大賞なども受賞。
代表作『ゲド戦記』シリーズは、スタジオジブリによって日本で映画化された。
(2018年5月10日最終更新)

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