古森のひみつ (岩波少年文庫)

制作 : 川端 則子 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 49
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001146172

感想・レビュー・書評

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  • モッロの遺言により厳格なプローコロ大佐と大佐の甥のベンヴェヌートが、彼の遺産として広大な森を譲り受けたが、大佐の取り分には数百年も伐採を行っていない古森が含まれていた。木の伐採を進め、あわよくば甥を亡き者にして彼の財産まで我がものにしようと企てる大佐だったが、この森で木の精を見、風の言葉を耳にする。大佐は彼らと取引したり利用したりしながら我欲を満たそうとする。

    不思議な生命の宿る古森を舞台に、人間と木の精、風、動物、影などのいきもの(!)のさまざまなやりとりを描くファンタジー。

    この支離滅裂な展開はジョーン・エイキンを連想させます。
    大佐が自分勝手な人物だというのはわかるのですが、甥のベンヴェヌートの人となりが全く謎。
    大佐の命令により自分を殺しに来た風マッテーオに対して親しみを示していたり、自分のいた小屋が火事になった時に、せっかく抜け出せたのに帽子を取りに戻っていたり(201頁「3度目でした。」の記述は謎)、その後咳こみたくなってもそんなそぶりを周りの少年たちには隠していたり。

    前半、木の精として精力的に活動していたベルナルディも、後半はすっかり影が薄くなって、特に理由もなさそうなのに物語への影響がなくなってしまいます。

    不思議な展開ばかり続くので、もちろん不思議な雰囲気は十分に漂いますが、感情移入もできず、ただ筋を追うだけ読書になってしまいました。

    私には、マザーグースな隠喩のようにも見えず、ただただ気まぐれな物語でした。


    ここからは自分の覚書

    言葉の上でも、奇妙な点がいっぱい。

    まず、先にあげた201頁。
    何が3回目なのかわからない。

    その他に大きいところでは、
    241頁「……大佐はシャベルを肩にかついで、軍人らしい断固たる大股でゆっくりと歩いて行きました。遠くから見たら、けんめいに骨を折って進むその姿は、だれにでもセバスティアーノ・プローコロだとはわからなかったでしょう。」
    何故?軍人らしい大股で歩いていたのに、プローコロ(大佐のこと)とわからなかったの?

    これらの疑問は翻訳にありそうです。
    https://booklog.jp/users/akiyoshiuta/archives/1/4885880904
    東宣出版より出されている長野徹訳のもの「古森の秘密」は文章が違います。

    161頁
    「三度炎の中に入った。」
    なぜ帽子を取った後もう一回入ったのかは書かれていませんが、3度目なのは炎の中に入ることだったとわかります。

    193頁
    「……大佐は肩にシャベルを背負ってゆっくり歩いた。遠くからでは、雪の中を苦労しながら懸命に進んでいるのが、日頃は軍人らしく大股にきびきびと歩くセバスティアーノ・ブローコロだとはわからなかっただろう。」
    これなら納得できる文章です。

    イタリア語はわかりませんが、けっこう解釈で訳が変わるものなんですね。

  • 子供向けブッツァーティ。これもまたよきですね。

  • 自分自身の子ども時代はいつ終わったんだろう?と考えずにはいられない。できればどこかに残っていてほしいと思う。そして、自分の影に愛想をつかれるような生き方はしたくないなあ。よかったね、大佐。

  • ほんとは暗そうだし読むのやめようと思ってた本。読んだらすごく良かった。こういう本を子供の時読んでたらまた違ったかもなー。

  • 久しぶりにとても良い本に出会えた。やっぱり、中学以上が対象の児童書が好きかも。この作者の作品を他にも読みたい。

  • 古森を受け継いだ、プローコロ大佐と甥のベンヴェヌート。
    森の精霊や風たちと心通わせるファンタジーの物語かと思って借りてみたが、全然違った・・・。
    プローコロ大佐は本当に嫌な大人だし、物語自体も淡々と進んで行って、終わり方もよく分からないかんじ。
    特にプローコロ大佐がカササギを撃ち殺すシーンなんて冷酷すぎるだろ‼と思った。

    私に読解力がないだけかもしれないが、自分には合わない物語だった。

    タタール人の砂漠も読んでみたいが、こんなかんじの物語なら読むのをやめようかとも思っている。

  • 読む前は、これは子供向けの童話で、都会に染まった悪い叔父さんが、まっすぐな心の持ち主の甥との交流を通して自然の大切さに目覚める話なんだろうと決めつけていました。
    全然違っていました。
    すべてのエピソードの結末が私の予想とは違う方向に転んでいってビックリさせられっぱなしでした。
    驚きすぎて、いまだによく消化できないでいます。
    完全に調和した神話のような世界をもはや心から信じることはできない大人のための童話なんでしょうか。(私がそのような大人なんですが)

    童話にしてはピリ辛ドライな文体で、年代もキッチリ記されていて、主人公ときたら、近代小説でこの世の不条理を体現している方が似合ってそうな冷徹な中高年。それでいて森の精やカササギと仲良くなってたりして、リアリズムとファンタジーの間を往ったり来たりするところがユニークで非常におもしろかったです。

    それぞれのエピソードのオチに分かりやすい教訓はなく、私がかろうじて理解できたのは、世代交代は死と同様、すべてのものに訪れる避けられない自然法則だということ。
    古い世代はその現実を痛みとともに受け入れるしかないんだということが次の世代の若々しく伸びやかな様子と対照的に描かれていて、でも森はそうやって受け継がれていくのだと暗示されて「諸行無常」と「不変」という背反する感覚を同時に感じました。

    最初から最後まで「古い森には何かある」ということは一貫して言われていて、作者が本当に言いたいのはそのことなのかな、と思います。そして、読む前から私もそれについては完全に同意です。

  • 2016.09
    岩波少年文庫。ブッツァーティにしてはそこまでシニカルでは無く、不思議な世界観と優しさに溢れていた。カササギとマッテーオが良かったな。人生とは?と考えさせるのはタタール人の砂漠と同じ。

  • 古森を受け継いだプローコロ大佐と甥のベンヴェヌート。森に住む様々な妖精たちと関わりながら古森を守り抜く。

    素敵な話なのに、今一つ受け入れられない私。
    この違和感何かなあと、思っていたのですが訳者あとがきに宮沢賢治に似ているとあり、とっても納得。私は、賢治が苦手だったのだ❗

  • 風や木の精霊が自由に歌い話し人間と交渉するファンタジーが、全く甘くないのがよかった。簡単な善悪に流れないシビアさというか。風たちの対決シーンの描写が特に素晴らしく、風のマッテーオの行くすえに「お前…お前!」ってなる。

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著者プロフィール

1906年、北イタリアの小都市ベッルーノに生まれる。ミラノ大学卒業後、大手新聞社「コッリエーレ・デッラ・セーラ」に勤め、記者・編集者として活躍するかたわら小説や戯曲を書き、生の不条理な状況や現実世界の背後に潜む神秘や謎を幻想的・寓意的な手法で表現した。現代イタリア文学を代表する作家の一人であると同時に、画才にも恵まれ、絵画作品も数多く残している。長篇『タタール人の砂漠』、『ある愛』、短篇集『七人の使者』、『六十物語』などの小説作品のほか、絵とテクストから成る作品として、『シチリアを征服したクマ王国の物語』、『劇画詩』、『モレル谷の奇蹟』がある。1972年、ミラノで亡くなる。

「2017年 『魔法にかかった男』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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