帰還―ゲド戦記最後の書 (ゲド戦記 (最後の書))

  • 岩波書店
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本棚登録 : 519
レビュー : 49
  • Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001155297

感想・レビュー・書評

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  •  前の3冊のどれよりも闇が深かった。これまで作者の性別を意識せずに読んでたけどこれは女性にしか書けないよな。世界を支配する男尊女卑に対する静かな怒りを感じた。
     それからテルーの外見で人々がひどい言葉を浴びせたり離れていったりするのに対してテナーがこの子が何をしたの?と怒りを顕にするのには、同調すると同時に自分も偏見でものを言ったり判断したりしてないかと見つめ直すきっかけになった。
     私は第2巻が終わった時点でテナーが自由をつかみとったのかと思っていた。けれどその時はまだ自由の本当意味が分かっていなくて、魔法使い、女、妻、母親といった既存の器を選んでそれに自分を押し込んで生きていたのかもしれない。もちろん以前のように隷従していたわけではないけれど。真の自由、自分らしく生きるってなんなんだろう。自問自答してしまう。
     途中、ゲドとテナーが魔法、男、女について対話する場面は難しくて言いたいことが分からなかった。ファンタジーなのに、ほんと大人向け。

  • これはもう児童書でもファンタジーでもない。ゲドやテナーは老いと向き合わざるを得なくなり、ゲドは情けないほど弱さをさらけ出す。さらに児童虐待、外見からの不条理な差別、女性差別問題に対峙するテナーの怒りが全編にみちている。共感しながらも、ちょっと疲れた。じっくり読む本。

  • ゲド戦記4、最後の書。最後じゃなかったけど。

    テハヌー(テルー)の登場と、ゲドとテナーの再会。
    新たな家族のかたち。

    哲学、生きる上でのあり方、新たな問いを目の前に引き出してくれる。それがこれまでのゲド戦記に対する印象だった。
    しかし、さすがに今回の最後のアスペンが仕掛けた一連の流れにはビビった。これ本当に児童文学?

  •  いやぁ〜〜!!
     ものすごいいろんなことを考えさせられた一冊。
     とっても長く感じた。読み終わってから、思い出していたらずっと昔のことのように思える程だった。

     私がゲド戦記1を読んだのは中学生の時で、以来15年近くたってからやっと、その続きを読んだのだが(もちろん、1を再読してからね)、この4巻、当時読んでいたらはたして楽しめたかどうか。
     竜と魔法、歌に英雄……中学生だった当時、そういったものを読んでは心を躍らせてた、ファンタジーは大好きな分野で、他の友達といろんな想像世界を作ったりもした、だけどこの4巻は、ちょっと毛色が違う。
     今の私が、作中のテナーに近い位置にいるから、こんなにインパクトがあるように思う。
     中学生だった私。
     それから今まで、それなりの年月でそれなりにいろいろあったのと同様に、テナー(とゲド)の若い頃の出会いから25年の月日が流れる間にあったことが、うまいこと重なって見えているのかな。
     はっきりいって、視点はテナーで、ゲドはフツーの人になってしまって、今回起こることで派手な魔法は出てこない、終盤の、一気に消されるww 館の魔法使いの件くらいなもんか。
     ほとんどが、子育てを終えた主婦がその先の生活を考えてるエッセイみたいな感じでありw
     

     読み始めていってまず、テナーが普通の農夫と結婚して、二人も子供を育て上げたというのにビックリした。
     けけけけけ、けけ、けっこんん!? みたいなw
     テナーはオジオンから真実の言葉を学ぶより、普通の暮らしを選んだ。女として、妻として、母として、その役割をこなし、"終えた"と言う。
     時代は違うけど、終えた、というのはちょっとないよなぁ、と思った。
     女同士の会話の中で、女達は漠然と、だけど日々こまこまと積み重なる不満などから、男女の違い(体の構造から考え方から社会における地位や役割からすべてにおいて)についての話をする。この辺りは、いつの時代も変わらないのかもね。
     男女が社会的に公平に…とか女性の社会進出とかむつかしいことはよくわからないし、私にとっては今のところ、家の中でこなさなければならない家事と育児と日々のこまごましたことで精一杯だ。
     たぶん、時代をさかのぼればさかのぼるほど、家事育児は今よりずっと大変だったわけで、そうすると、今の私なんかよりずっと社会進出とか言ってるヒマはなく、家族の食べ物を用意したりするうちに一生を終えていってたんだろう。

     2巻でもそうだった、3巻でも同じだった、4巻でもやっぱり、だめだった。
     私、弱くなったゲド、みてられないww
     普通の人に戻ったゲドならいいんだけど、精神的に弱って独りヤギ飼いとして時間をくれ、と去って行くとことか……みていられなかった。
     だけどやっぱり、自分のすべてであったものがまったくなくなってしまうって、そういうことなのかな。今まですべてだったアチュアンの墓を出たテナーと同じように。何も知らない新しい世界にでていく時と同じように?
     でもゲドの苦悩には、あんまり、喜ばしい予感というものはなくて、ただ疲れ果てて目的がなくなった男、にしか見えない。
     
     男は力。力がなくなれば、男もなくなる。
     では、女は?
     私は女で、母で、妻なので、むしろそっちの方の答えが知りたかったけど、書いていなかった。今の私たちは、別に女だから家事したり育児したりするわけではないと思うのね。少なくとも私は違うよ。自分と、子供と、夫と、みんなで普通に生活していこうと思って、家を掃除したり洗濯したりしているだけだもの。
     若かった頃は、正直自分が女であることって何の利点もないと感じてた、だけど今ははっきり言えるんだ、女の方が、複雑で、面白いって。

     魔法使いの処女と童貞(のことを言ってたんだと思うけど)の話は、どーも意味がわからなかった。ゲドが15のままだというの、そういう意味なのかな。原文で見てみたいな、なんとなく訳が抽象的すぎてイマイチ、ピンとこなかったです。男の魔法使いは童貞だ、と言っているのか? 自分にも魔法をかけてしまう、というコケばばの説はどういう意味でいってるんだかちょっとわからなかったのが残念。 男は違うのに、女は処女でないと高貴な魔法使いにはなれないといっているのにテナーが怒っていたのかな、所詮女はそういう役割もになっているんだから、どちらにせよ高貴な"知"とかいうモンは女にはムリだとか、そういうことなんだろうか?

     テナーがゲドに「結婚したことを、怒ると思った」と言った、その意味も、テナーの意図が汲み取りきれなかった。テナーは出会った時からゲドのことが好きで、多分、ゲドもそうで、だからゲドが旅している間に別の男の人と幸せな結婚をしたことを、怒るかな、という意味だったのかなぁ。

     それにしても長い間をおいて、結ばれる二人は、読んでいて感慨深かった。
     むむん。

     ル・アルビの魔法使いのかけた呪い…あれは怖かった。
     このシリーズに出て来る呪いや邪なもののつけこみかたってチョー怖い。
     じわじわって、少しずつすこしずつ浸食してくるの。
     魔法使いとケンカした後で、夜にテナーにかけられた呪いも怖ければ、一旦違う街に逃げたテナーたちを、わざわざ呪いで呼び戻すのもこわい。テナーから言葉や思考を奪い、混乱させ、地面を這って移動させたりとか、きもちわるすぎる。。
     あっというまに焼けちゃったけどww いい気味だ。
     
     魔法を失ったゲドがなぜテナーの家に悪さをしに来たごろつきに偶然出会えたのか。
     その二人の論議もおもしろいなぁと思った。
     力は、なくなってしまったけど、もともとあった素質みたいなのがそうさせた、っていうやつね。大きなながれみたいなものに、何か役割をまかされる素質、みたいなかんじかな? 魔法使いがすることは、なすべきことをしているだけだ。かっこいい。

     5冊目は、訳の関係でゲド戦記5 アースシーの風 が物語の続きのようだけど、私はあえて、外伝としてでている 6巻を先に読もうと思う。
     ホントは、なんでテルーが竜と古代の言葉をしゃべってたのかとか、あとがきにもあったけど、テルーはどうも竜に連れられてどっかに行くことになるようだとか、気になることだらけなんだけどねw

     魔法を使えなくなったゲドは、ラスト一冊で、どんなことをするのか?
     お楽しみ。

  • 大人になってから読んでシリーズの中で一番面白く感じ、かつ好きになった作品。
    ファンタジーといわれるカテゴリーの中で壮年期も過ぎた女性にここまで視点をあてた作品は少ないと思う。
    幼い頃ゲドに助けられた後、彼とは別の人生を歩み子供を産み、さらには未亡人になった後のテナー。
    その彼女とゲドとの間に交わされる愛情は決して派手なものではない。けれど、それまでの互いの人生を過ごし抜いてきた2人だからこその関係性が響いた。
    多分間違いなくこれを子供の頃に読んでも理解は出来なかった。

  • この前ゲドやオジオンに会った時には、ゲド戦記はまだ三部作だった。考えてみたら十年ぶり以上。<BR>
    私の理想の魔法使いは今でも、ガンダルフでもハリーでもハウルでもなくこのアーキペラゴの魔法使いたちだ。知と力の持つ様々な意味を体現するロークの賢人たち。変わったなと感じさせる部分もあったけれど、この世界の空気は心地よいままだった。<BR>
    [05.10.08]<t市

  • テヌーはオジオンに託された後農民フリントに嫁ぎ、二人の子を設け普通の女としての人生を歩んでいた。夫をなくし子供も巣立った後、顔を火で焼かれた子供を引き取りテルーと名付け育て始めた。オジオンの危篤の知らせを受け、オジオンを看取った数日後、竜に乗った憔悴しきったゲドがやってくる。ゲドは力を失ってしまい人目を遠ざけ、Rokeからも逃れアレンの戴冠式の出席も拒む。
    テルーを付け狙う男たちが、家を襲おうとした時ゲドは首尾よく彼らを撃退し、テヌーとゲドはテヌーの農場で一つ屋根の下で暮らすようになる。懇意にしていた魔女の危篤の知らせを聞き、ゲドとテヌーとテルーは魔女の元を訪れようとする。その途中、街の魔術師に囚われゲドとテヌーは崖から飛び降りるよう仕向けられるが、テルーが呼び出した竜により難を逃れるのだった。

  • 児童書へ分類するのは異議あり。ファンタジーの衣を被っているけれど、内容は泥臭い人間のあり様を綿密な心理とともに描いた作品。さらに「最後の書」ではない!

  • 児童文学・・・児童・・・??
    まあ欧米児童文学ではよくあることだが

  • 読了。これまでの3冊とはちがって、思想的な言葉があからさまに語られる。家で暴漢に襲われそうになるシーンや、最後の旅路で男に出会うシーンなどは、最近のハリウッド映画のような展開で心拍数が上がるんだけど、それでいて深みのある考えさせられる会話が交わされるので、飽きずにどんどん読んでしまった。

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