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Amazon.co.jp ・本 (350ページ) / ISBN・EAN: 9784001155709
みんなの感想まとめ
物語は、時間の流れと共に変わる人間関係や価値観を描き出し、特に人と竜の関係を通じて、存在の意味を問いかけます。主人公たちが直面する現実は、かつての栄光や魔法の喪失を象徴し、成長や変化の中での葛藤が描か...
感想・レビュー・書評
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第4部から15年後。
ゲドは完全に魔力を失い、農夫のハイタカ(またはただのタカ)として、妻のテナー、養女のテハヌー(テルー)とともに生きている。ハイタカのところに、まじない師のハンノキが訪ねてくる。ハンノキは最近あの世とこの世の境目の夢を見る。そちら側から死者が手を伸ばして自由にしてくれという。
かつてゲドと、今はアースシーの王となったレバンネン(アレン)と扉を閉じたあの死者の世界との境界がまた緩んでいるのか…
ハイタカは、ハンノキに王宮にいくように伝える。そこには今レバンネンに呼ばれてテナーとテハヌーもいる。
ちょうど今世界では、辺境の土地との戦争の危機にあり、さらに竜たちが人間を襲っていたのだった。
今まで出てきた、ロークの魔法学園の魔法使いたち、第3部のレバンネンが再登場で、まさに終わりのための再集結って感じの最終巻。
さらに多くの女性像も登場するのだが、彼女たちはそれぞれ二つの自分を持っている。
テナーは、40年前は神への大巫女であり召使いであり、そこから飛び出して世界の均衡を取り戻す腕輪を取り戻した伝説的女性。しかしいまでは彼女の心の中心となっているのはハイタカへの愛情で、ハイタカと暮らす農園だ。どんなに高級な扱いを受けても、どんなに立派な仕事があっても、ハイタカとの農場に帰りたい問気持ちがあるからこそ立っていられる。
養女のテハヌーは、幼いときに酷い虐待を受けて体も焼け爛れて大声も出せない。実は竜の血を引く娘であり、竜の言葉を話し、竜と人間の間に立つ者としての使命もある。だが人間としての意識は、引っ込み思案で自信が持てなくて母のテナーから離れたがらない。
レバンネンの国と一触即発の辺境の地から一方的に和平の印の妻として送り込まれた王女のセセラク。セセラク本人はわりとふつーの女の子っぽい感じもするんだが、レバンネンとはお互いに言葉も通じないし宗教観も違うし相手を野蛮人種だと思っているし、相手には不審と敵愾心しかない。そこにテナーが橋渡しとなり、双方の頑なな態度がほぐれてゆく。
人間の娘から、本体である竜になったアイリアンは、竜としての自由と人間としての記憶両方を持つ。
この女性たちはみんな二つの顔を持ち、それで均衡を保っている。人種も違うので肌の色や習慣や言葉も違う。しかしみんなで集まるとほぼ女子会になるんだよね(笑)、こういうところが女性の柔軟性なんだろう
男性のほうはもっと堅苦しい。
レバンネンは良い外交官であり、書かれている施政者としての態度もなかなかよいのだが、女性を警戒していて必要以上の権威を認めないところもある。さらに昔の師匠ゲドを未だに慕うがあまりに一方的な面もある。まあ王様としてはかなり良いと思うんですけどね。外交官として優秀、演説もうまい、政治家としては普通だから議会に任せる、必要以上の華美や贅沢は嫌うなどなど。
レバンネンの議員たちもなかなか面白い。魔法使い、小国の王子、政治家たち。こんな個性豊かな面々をはじめとして100人での議会がスムーズに開催されていると言うだけですごいよ。「発言は挙手!1人2分まで!時間オーバーは誰であっても認めない!!」という会議回しの場面は社会人として楽しかった、こういうことを自主的にやる人がいる会議って羨ましいよね(笑)
さて。
今回はそれぞれの国の宗教観なども説明されていた。
人は死んだらどうなるか。肉体は滅び、精神は死者の国にいく。そこではただただ魂が彷徨うだけで、人間時代の暖かさも愛も何もかも失う。
または、しばらくしたら生まれ変わる。
そのようにそれぞれがバラバラの考えでの人達が、世界の3つの問題、すなわち死者との境が薄れていること、竜が人を襲うこと、人間同士の戦争、これらを解決するために一行は船に乗るというお話。
第1部の若い頃のゲドの話から、ゲドを中心とした物語の最後としてまとまった!というかんじでした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
帰還同様の感想を持ちました。
時間が立ち過ぎていて、戻っては来ないなと。
確かにゲドにもう魔法は戻ってこなくて、それで良いのかもしれない。
それが正しいのかもしれない。
大賢人が今は見る影もなくて、しかも既に主役でもない。
それがあるがままの事実かもしれない。
ただそれはちょっと、残念なのだ。
ここまで来ると、宗教的だったり、社会の風刺だったり
いろんなものが秘められているようで、児童文学とは言えない気がしました。
レバンネンは好きだけれど、それだけに、なのか
テナーに対してちょっと苛々した部分も。
レバンネンの見方は、けして若者の対抗心ではなくて
一国の王としては正しいのではないかなと思うのですが…。
はいそうですかと政略結婚して腕輪を渡せるものではないでしよう。
竜と動物と人との違いっていうのは、興味を惹かれましたが。
動物は言葉を話せない。人は話せる。だから嘘もつける。
竜は言葉を話せる動物だが、嘘は吐かない。
そして動物は、純粋な気持ちで傍にいてくれる。
その温かさに守られる。
これはとてもよく分かる。
傍でほっこりと丸く温かく、柔らかく座ってくれているだけで、
どれだけ心が癒されるか。それは魔法使いでなくても、よく知っている。
それでもこの世の中に、それを知らない人のなんと多いことか。 -
造ることとこわすこと
始まるものと終わるものと
誰に見分けのつくものぞ
われらが知るは戸口のみ
入りて発つべき戸口のみ
この世の言葉や文字は事実に基づくこと無く
自らの価値観に溺れ全体を見失い部分に執着して
過去や未来について嘘をついたり間違えたり騙したり
思い込んだり言い逃れしたりホノメカシたり脅したり
約束したり保証したり噂したり予想したり
在らぬことを有るがごとくに伝えて
自分の思いを遂げるための手段でありその道具となる
何とこの五冊を描き上げるのに30年におよび
四巻から見ても11年の歳月を要したという
しかしこの11年の間に「ゲド戦記外伝」があり
そこに五巻への道筋が在るのだけれども
日本版での出版は5巻が先となり
外伝が最後に翻訳された
龍は自らに問う
その昔人と龍は同じ真理の言葉を使う同じ種族だった
そんな中で分裂が起こり人間は
部分観に特化した言葉を使いだした
龍は自由自在を選び
人間は価値観を生み出す善悪というくびきを選んだ
龍は火と風を選び人間は水と天地を選んだ
龍は西を選び人間は東を選んだ
だが龍の中には常に人間たちの選んだ富への羨望があり
人間の中には龍が持つ自由自在への羨望があった
そこに奪って所有するという邪な心が入り込んだ
ここで永遠の自由を選び直さなければ
自分という存在を失うことになるだろう
男社会の人間は龍の自由自在をうらやみ
永遠の世界を半分奪い
永遠なる魂のためと言いつつ秩序建てた死の世界を作り
何も実感のない乾いた闇の世界に死んだ魂を閉じ込めた
この暴力的な矛盾に死んだ魂が
自由なる生まれ変わりを求めて苦しみ解放を求める
それに刺激された龍も自由を抵当に
権利という所有を求めだす
そして双方の体験と学びによって合議を生み出し
意識と物質を調和させることで流れを取り戻す
さて現実の人間社会はこの先大自然の流れと共に
未来を描き出せるようになれるのだろうか -
これで最終巻。
といっても最初は3巻で終わるはずが復活して5巻になって、ドラゴンボールか?って話だけど、まぁとりあえず終わった感はある。
ポイントは美男美女である王と王妃、それに対になる年寄りカップルで、50を過ぎて70近くのおじいちゃんを求める感覚を理解できないとこの本を読んだことにはなるまい。
知らんけど。
いや本当は死者を閉じ込める暗闇の世界ってところがポイントで、このあたりの死生観は欧米ならではというか、この感覚はなかった。キリスト系なんかな。 -
最後の旅なんだけど、今までみたいなドキドキ感はなかったかなー。
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なんだか表紙が一気に現代的に・・・
ゲドも年取る訳だな~~~・・・ -
【配置場所】特集コーナー【請求記号】933||G||5
【資料ID】10403448 -
アーシュラ・K・ル・グィンの『ゲド戦記』の第1巻『影との戦い』は宮崎駿の息子さんによってアニメ化されて有名になりました。この物語は「行きて還りし物語」の構造を持っていることでも知られています。また「成長小説」としての側面を併せ持っていると言われます。学生諸君が夏休みに時間を掛けて読むのに持って来いの物語だと思います。ぜひ実際に手に取って一読してみてください。
1.影との戦い:4001106841、2.こわれた腕環:400110685X、3.さいはての島へ:4001106868、4.帰還:400115529X、5.アースシーの風:4001155702、6.ゲド戦記外伝:4001155729
越谷OPAC : http://kopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1000451969
文学部 T.Y
越谷OPAC : http://kopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1000371966 -
ちょっと難しかったです。読むのに時間が沢山かかりました。だけど、大事な所の本筋は掴めたように思います。ゲドがあまり動かないのは、物足りないけど楽しかったです。
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翻訳版ではこの3作も児童書として扱われているが、メリケンでは子供図書館では借りられない。Ⅲまでは少年少女が外の世界に足を踏み出し成長していくという内容だが、Ⅳからはフェミニズムを主要テーマにし内容も大人向けである。みんなの憧れで正しいものの象徴のように扱われていたローク島もフェミニズムの刃でざくざく斬られている。成長した主人公たち個人個人は男女が比べあい、貶めあって暮らすことが(作者は男性の非を多く書いてはいるが)どれだけ人生を貧しくむなしいものにしているかに気づいてお互いを認め合うようなエンディングを迎えているけれど、社会全体は本を閉じた後の現実社会と一緒で、この問題は個々では解決しても社会システムとしては永遠に変わらないのだと思わさせる。とても児童書ではないなぁ。シェリ・S・テッパーの「女の国の門」を髣髴とさせる話であった。
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ゲドは西の空から目を移して、背後の森を、山を降りあおいだ。山はいつかすっかり暗くなっていた。
「ねぇ、わたしが留守の間、何してた?」テナーはきいた。
「家のことさ。」
「森は歩いた?」
「いや、まだ。」ゲドは答えた
(ゲド戦記第五巻「アースシーの風」より)
一巻では自らの若さゆえのおごりによって生じた出来事を乗り越えたゲド、
二巻では自らの決められた役割と狭められた視野を見事に打ち壊したテナー
三巻では大賢人と呼ばれるようになったゲドはレバンネンと共に死者の国に赴いた。
四巻ではテナーは不具の娘に愛情を注ぎ、かつ全てを出し尽くしてしまったゲドをやさしく包んだ。
そして五巻において、テナーは世界を新しい形に安定にすることを成し遂げる。
しかしながらそれは結果的に娘と別離という悲しみをもたらした。
世界の均衡を再び取り戻すという偉業を成し遂げた二人が、家族が一人遠くへ行ってしまった小さな家で静かにワインを飲み、いつものことをいつものように話す。
物語の最後のその静かなやりとりが僕に大きな感動をもたらしました。
ゲドが降りあおいだその森はどんなに美しいことだろう。 -
とうとう読み終わってしまいました。
いよいよアースシーとお別れだよーさみしいよー。
結論から言うと,「トンボ」を読んでから読むのが正しい・・・。
ゲド戦記のすごいところは,この世界観のひろがりというか,
こういう言い方でいいのかな。
原題は"The Other Wind",本文中で「もうひとつの風」と
何度も出てくる。それは,竜と人が別れて暮らし,それぞれの
領分で生きる,その「約束」を守るための遠い場所を指している。
遠い昔の約束,「竜と人は別に生きる」という約束を果たすことで,
世界の秩序が回復される・・・というようなストーリー。
ちょっと難しかったけど,やっぱり世界はすっかり変わって,
いつでも,元のままではいられないのだろうと思います。
良くも悪くもね。
最終巻では今までになくいろんな人々が登場して,そのすべてが
世界の変革にかかわっている。そんな感じ。
セセクラが好きです。レバンネンと共に新しい世界を
作ってくれるのかなー。
テハヌーは竜の世界へ。なんか,ゲドとテナーはまさに,子どもが
巣立った後の老夫婦の気配だ。全然違うけど。笑
アズバーとトンボもとても好きです。
「竜と恋に落ちるのは,勇士だけだから」
魔法使いも変わっていくのでしょう。
・・・今,色々書きながら最後のところを読み返して
また感動してしまいました・・・。
泣けて,感動して,心に残るファンタジーです。 -
登場人物の言葉を通して語られる作者のフェミニズムの視点、生と死、闇と光、男と女
これまでの伏線を整理し、語られる確かな世界観。視点の変化と他者の受け入れも描かれている。
ゲド戦記最終巻(たぶん) -
ついにココまで。きました。
新しい世界ですね。
今の話、って感じがしました。 -
2006年4月 読了
ゲド戦記シリーズ最終巻
難解なシリーズの中でもこの本が一番意味不明だった。 -
シリーズラスト、レバンネン王が非常にいい味出してます。
ホントテナーはいい人だ…。 -
子どもの頃、このシリーズは本当にのめり込むようにして読んでいた。
大人になってから、この「五巻」が出たのだけれど、それまでのゲドを耽溺するほど読んでいた身としては、いろいろ、複雑でもあった。
特に「四巻 帰還」なんかはファンの中でも賛否両論だったろう、と思う。
子どもの頃、本当に縋り付くようにして読んでいたのは、特に「二巻 こわれた腕輪」。
物語として好きなのは「一巻 影との戦い」なんだけど、二巻は表紙裏の迷宮図をじっと眺めて我が身を暗がりに想像しては何度もなんども繰り返し読み耽った。
そういう意味では、わたしにとってはある意味「四巻 帰還」は救済の物語でもあったし、多くの人にとってそうだったように、ヒロイックファンタジー世界からの追放の物語でもあった。
ジブリが映画化して、ある意味「にわか」のファンがいっぱい入ってきたようだけど、わたしはジブリの映画は見ていない。
ゲドは思い入れが強すぎるので、どんな出来だろうと許せないことは分かっているため見ないことにしている。最近は、ジブリの幼女聖視が鼻につくので、たぶん一生見ないと思う。
とにかく、ゲドはわたしにとって、わたしの人生の途上とともにある物語。 -
今回ほとんどゲドは出てこない。
第二世代の話。
テハヌー好きwレバンネンがとても人間らしくて、その葛藤わかるよーって思いながら読んだ(笑)
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著者プロフィール
清水真砂子の作品
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