ホビットの冒険 (岩波 世界児童文学集)

制作 : 寺島 竜一  J.R.R. Tolkien  瀬田 貞二 
  • 岩波書店
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (525ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001157062

作品紹介・あらすじ

引っ込み思案でのんびり屋のホビット小人族のビルボが、魔法使いに誘いだされて竜にうばわれた宝をとり返す旅に出ます。ゴブリンや大グモなど、次つぎにふりかかる危機にビルボが大活躍する、冒険ファンタジーの傑作。

感想・レビュー・書評

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  • トールキンの「フェアリー・ファンタジー」の
    原点というべき物語。

    住まい心地の良い住居で暮らしていた
    ビルボ・バギンズが、
    魔法使いガンダルフのさしがねから、
    ドワーフ13人たちの宝を取り戻すたびに
    加わるはめになってしまった、という物語。

    子ども向け、などというレッテルは
    大間違い、
    とんでもなく面白い。

    ビルボがまず、
    「自分から冒険するつもりがまるでなかった」
    というところからして、
    構造を単純化していないところが伺える。

    あくまで
    「巻き込まれたもの」
    のビルボだからこそ、その目線の言葉には
    読者の共感をひきつけるのであろう。
    「お腹がすいた」
    「我が家に帰りたい」
    このフレーズがどれだけ連発されることか!(笑)
    こんな冒険物語の主人公は、
    むしろトールキン以後の「剣と魔法世界の冒険譚」
    にはあんまり出てこないような気がする。
    それはつまり、
    響きのよい剣と魔法の世界観を借りて、
    作者が「こんなヒーローにこう活躍してほしい」という
    ストーリーを盛大に作っているだけ、ということかもしれない。

    だが、元祖のトールキンは、
    自身の著書で述べるように
    「人間の根源的な望み」を描くことを実現する場として
    ファンタジー世界を創造している。

    だからこそ、私のような「おとな」
    (=嘘くさいと感じると急に興味をなくす)であっても、
    その登場人物たちの心の動きのリアルさに何一つ違和感を
    おぼえることなく、物語の流れをたっぷり楽しめるのである。

    一方で、このビルボについていえば、
    「成長」も大きなテーマとなっているように思われる。
    冒険の期間はちょうど1年間なのだが、
    そのあいだに、ビルボは驚くべき「成長」を遂げる。
    安住を最善としていた気弱なホビットは、
    竜との駆け引きを生き抜き、軍勢の無駄な戦いを収めるべく
    政治交渉の主役を演じるまでになるのだ。
    この成長ぶりが、読んでいて実にわくわくするのである!

    本書に出てくる人物たち(といっても人間ではない種族もたくさんいるが)は、
    種族ごとに大きな傾向があり、またその中においても
    いろいろな個体差を持っている。
    現実の人間社会を観てみれば、いろいろな人がいるのは当たり前では
    ないか、ということになるが、
    これを創作の中で描き出すことはどれほど難しいことだろう。
    すなわち作者の脳内で、それだけのバラエティあるキャラクターの
    行動原則のリアルさを持ち合わせていないといけない上に、
    それを物語として成立するように話をさせて、行動させて、
    物語を進めないといけないのだ。

    この「行動原則管理」と「表現技巧」という点において、
    トールキンのずば抜けた能力に舌を巻かざるを得ない。
    まさに「世界の準創造」と呼ぶにふさわしい。

    あと、もう1つすごいと思うのは、
    本作の舞台である「荒れ地のくに」についても、
    きっとさらに広大な世界のごく一部であって、
    そしてビルボの冒険が始まる前から歴史は続き、
    そのあとにも歴史が続いていくのだろう、
    それも何事もなかったかのように、
    ということを平然たるリアルで描いているところだ。

    ありふれたトールキン以後の剣と魔法の世界の物語は、
    だいたいのところ、世界の救済なり変革なりが主軸に
    描かれていることが多いような
    (少なくとも私の知る範囲では)
    気がする。

    だが、世界の救済や変革なんて、実は全然リアルじゃない。
    それこそ、作者が言いたいだけの妄想と言ってもよい。
    とはいえ、優れた作品は、仮に世界の救済や変革を描くとしても、
    生身のリアルさをしっかり表現していることであろう。

    ファンタジーのコンピュータゲームの場合は、
    世界の救済や変革が主体で問題ないのである。
    なぜなら、主役の行動をプレイヤーにゆだねている以上、
    そういう大目的でもないと冒険が成り立たないし、
    その操作フィードバックがあるからこそ、細部の生身のリアルさは
    なくたって問題ないのである。
    まさに妄想の中を突き進むわけだ。

    だが、そういう発想で「物語」を作ってしまうと、
    それこそ、「子どもだまし」になってしまう。
    私含めて、その陥穽にハマってしまうケースが多いような気がする。

    トールキンは、言語学者として、創造の言語がリアルを
    帯びるための舞台としての世界創造に意味を見出した、
    と何かに書いてあったが、
    まさにそういうことなのだろう。

    読者にとってのリアルさは、実はファンタジーにとって
    欠いてはならない。
    だから、トールキンは想像上の生きものだけではなくて
    「カタツムリ」や「カラス」のような現実の生きものもたくさん
    登場させるし、「パン」や「歯磨き」のような現実の文化産物も
    平然と使うし、「メートル」の単位の表現はためらわず、
    ときに「フットボール」のようなたとえ(!)も使う。

    これこそまさに、読者にとってのリアル感覚を想起させることが
    逆説的ながらファンタジーを満喫するうえで重要なことを
    知り抜いていた、ということだろう。


    50年、100年前に書かれた作品の中にも、
    今読んで面白いと感じるものと、そうでないものの違いはある。
    それは個人の受容性に起因するのは当然だが、
    それを別としても、
    一つ言えることがある。
    それは「時代のイデオロギー産物」の物語については、
    古びてしまうということだ。
    結局、作者のイデオロギーなり妄想なりが発現しているだけなので、
    時代の審判を経ると、びっくりするほど色あせて、ただの学術的
    研究材料として、書庫内のミームとなってしまうことが多いように思う。

    一方で、読者にリアルさを感じさせて、物語世界の純粋な面白みに
    ひきこんで、「人間の根源的望み」を満たしてくれる作品は、
    決して色あせることがない。
    まさに、そういう作品の傑出した例が、本書であろう。

    現代ファンタジー作品の原点といわれるトールキン作品であるが、
    むしろ、「現代ファンタジー」の大半が色あせて、生きる人々の
    ミームから消え去ってしまったあと(いまから何十年後)でも、
    トールキンの物語を手に取った人には、まちがいなく、
    豊かな満足がもたらされることだろう。

  • なぞのお茶と「種入り焼き菓子」が食べたい!子供の頃、祖母には確かにお茶の時間なるものがあり、良く隣のおばあちゃんを呼びに行かされたものでした。二人でお話をしながら漬物をかじったり日本茶すすったり。だから、お茶の時間=年寄りの習慣だと思っていました。少しすると、イギリスのtea timeなるものを知り、年寄りの習慣=優雅な(?)習慣に変わった。中学生の頃、米国を中心に大人も楽しめるハイ・ファンタジーとして指輪物語が大流行してた時期があり、作中の主人公であるホビット族の最初の冒険譚としてこの作品が紹介されていたのでした。内容も面白かったのですが、冒頭で、暖かい穴の中に住むホビットが、やっぱりお茶の習慣があり、お茶と「種入り焼き菓子」を楽しみながらゆったりとすごしていると突然魔法使いのガンダルフが訪ねてきて、無理やり冒険に引き込んでしまうシーンがあり、今でも印象深く思い出されます。冒険よりもなぜか「種入り焼き菓子」って何の種?どんなお茶?が気になり、年寄りの習慣がファンタジーに繋がって、本を読んだ時期にはもう亡くなっていた祖母の記憶が、妖精じみた色を帯びて思い出されたものでした。ホビットは旅の途中でもきちんとお茶の時間をとるのですが、何を食べているのか毎回気になった最初の本でもあります。

  • 指輪物語のプロローグとなるお話。ホビットのビルボが旅の途中に、後に災いとなる指輪をゴクリから盗んで(こういうとなんだか聞こえが悪いな)、持ち帰る。指輪物語を読む前に是非読んでおきたい1冊。 指輪物語よりは子供向きで読みやすく、お勧めです。

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