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Amazon.co.jp ・本 (310ページ) / ISBN・EAN: 9784001160321
作品紹介・あらすじ
わたしは物語を作るのが好き。11歳の少女メアリーは、島のだれとでも手話で話し、いきいきと暮らしています。一方馬車の事故で死んだ兄さんのことが頭を離れません。ある日傲慢な科学者に誘拐され、ことばと自由を奪われて……。手話やろう文化への扉を開く、マーサズ・ヴィンヤード島を舞台にした歴史フィクション。
みんなの感想まとめ
テーマは、聴覚障害者の少女メアリーが直面する偏見や差別を通じて、多様性や共生の重要性を描いた物語です。マーサズ・ヴィンヤード島を舞台に、聾者と聴者が手話でコミュニケーションを取りながら生活する様子が描...
感想・レビュー・書評
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マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島に住む聴覚障害者で11歳のメアリー・ランバートの体験する障害者や先住民に対する偏見と人種差別を描いた物語。著者自身が聴覚障害者故の繊細な心理描写に多様性の認識の大切さに気付かされる。
耳が聞こえる人と会話をするとき、自分の考えを伝えるのがむずかしいと感じるときがある。ふだんは通訳しながら話すけれど、何人かで話していると耳が聞こえる人同士だけで会話が進むこともあるから。いじわるをするわけじゃなくて無意識に起こる。耳が聞こえる人たちは話す速度を落としてわたしを仲間に入れるのを忘れてしまうんだ。 -
1805年米マーサズ・ヴィンヤード島チルマール。
聾者と聴者が手話という共通言語で共に暮らす島が実際にあったそうだ。
メアリーは家族や友人関係など悩みを抱えながらも、想像力豊かな、普通の11歳の少女だ。
ある日、島外から来た自称研究者によりボストンに連れ去られ、聾者への凄まじい偏見差別に直面する。
メアリーがどうなるのか、不安と緊張の連続だ。
ここで描かれる差別は、障害者だけでなく、先住民、自由黒人への人種差別などもある。
「障害は本人にあるのではなく、本人を取り巻く社会の側にある」その言葉を噛みしめる内容だった。島と街の社会の違いがその事を示している。 -
読書会で、偶然、マーサズ・ヴィンヤード島に関する本を連続して取り上げた。「ケイレブ」と「目で見ることばで話をさせて」である。どちらも素晴らしい作品だった。島は観光地とのことなので、いつか行ってみたい。
「目で見ることばで話をさせて」
ろう者が多かったこの島では、独自の手話が発達し、ろう者も健常者も不都合なく暮らしていた。
ボーダーレスな社会のあり方にヒントをくれる本だと思う。 -
聴者とろう者が分け隔てなく、ごく当たり前に手話を使って会話していた島がアメリカ北東部にあったことを、初めて知った。
舞台になった島には、聴者とろう者だけでなく、自由黒人、アイルランド移民、先住民、混血人がいて、島の中で多様な人々が(差別や偏見の中で)存在しているのが面白かった。特に、西洋の考えである「所有」と、ワンパノアグ族の「共有」が対立して、お互いの共存は厳しいところ。そんな中でも、ろう者人口の割合が高いことで、彼らが劣等感を持たずに生活していた事実が興味深い。
数年前はコロナ感染者なんて罪人のように扱われていたが、誰でも感染して当然になった現在では受容されている。感染が当たり前というのは医療上良くないが、あの当時の異常さ(感染者が何時にどの電車に乗っていたという報道とか)に比べると、人権的にマシになったのでは。的外れな例えかもしれないが、身近さというのは重要ではないか。
そんな島の社会に、ろう者の人口割合が低いアメリカ本土から来た人物によって、主人公と家族の人生が揺さぶられる。優生学的な考えや、無知による扱いによって苦境に立たされる主人公のサバイバル劇。児童書だけど、大人が読んでも読み応えのある良書で、子供の時に読んでいたかった一冊。 -
ろう者も聴者も手話で会話する島、マーサズ・ヴィンヤード島。そこに住むろう者のメアリーは、事故で兄を亡くし、その死に責任を感じていた。あるとき、島に若い男の研究者がやってきて、メアリーは島での生活が当たり前ではないことに気づき始める……。
マーサズ・ヴィンヤード島が実在するということも興味深かったし、この作品にはほかにもたくさんのことが描かれている。島の先住民族との土地の所有をめぐる争い。奴隷制度が廃止された直後で、自由黒人に対する扱い。家族の死、母親との微妙な関係。学業についての男女差別。
先住民族ワンパノアグ族については初めて知った。『白鯨』にこの民族の登場人物がいると書かれていたけれど、全然覚えてなかった。
舞台がボストンに移る辺りからは、もう展開にドキドキだった。アンドリュー、ホントにサイテー!!
メアリーの父親は本当に偉大。メアリーは黒人であろうが先住民族であろうが、差別や偏見を持っていないが、身近な人たちが自分とちがう考え方を持つことに戸惑いを覚えている。そのメアリーに父親がかける言葉がいい。人の批判をせず、自分の内面を見つめ、手本になるように。
アメリカ本土でろう者は知能も低いとされていたけれど、これは手話という言語がなかったせいなのだろうか。あらためて、耳がきこえないということ、そのような障がい、様々なことに目を開かされる作品だった。
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☆4.5
かつてろう者と聴者がわけへだてなく、皆が手話で話をした島があるという。
名前はマーサズ・ヴィンヤード島。
なんと『この海を越えれば、わたしは』のカティハンク島にとても近い。
前半は、ろう者である主人公メアリーや島の人々の生活がいきいきと描かれている。驚いたのは、小型望遠鏡を使って手話で話をしていたこと。耳が聞こえる相手にはラッパを吹いて知らせ、聞こえない相手とは前もって話す時間を決めておく。よく考えられているし、楽しそうだ。
島ではろう者に対する差別意識はないが、先住民と島の住人との確執、自由黒人への差別や偏見がある。兄ジョージの突然の死を受け止められず苦しむ家族の思いも丁寧に描かれている。
物語が急展開する後半は目が離せない。
メアリーは科学者アンドリューに誘拐され、無理やりボストンに連れてこられた。島から一歩出た世界では、ろう者は劣った存在と見なされ、自分の言葉まで奪われてしまう。メアリーは〈ちがいのある人がどのような扱いを受けているか〉を初めて知った。〈偏見はどうしたらなくせるのか?〉を考え始めた瞬間だと思う。
以前の生活を取り戻したメアリーに父親が言った言葉が印象的。「人を批判せず自分の内面を見つめなさい。最良の人間になるよう努力すれば、それがほかの人の手本となるのだから」
手話の説明がある箇所では、知らず知らずのうちに手を動かしていた。続編も翻訳されたら是非読んでみたい。
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かつて、ろう者が多く暮らすアメリカの小さな島で、聴者もろう者も当たり前に手話でコミュニケーションをとっていた頃の話。事実を基にしたフィクションとのことです。
その平和な生活の中に、「聞こえないことは病気」「その原因を究明する」と科学者(アンドリュー)が訪れ、主人公の少女メアリーを連れ去る。そこで彼女が受けた扱い、偏見と傲慢に満ちたアンドリューの考えに憤りを感じながらも、いわゆる「少数者」に対して私の中にも偏見の感情が自覚せずともあるのではと自らを省みました。
現在、手話は言語として認められています。自分とは違う存在を全て受け入れることは難しくとも、差別をなくすためにも、知る、認識するということがまず第一歩ではないかと思いました。本書は児童書の扱いですが、大人が読んでも読み応えがあるし、こういう本こそ学校図書館に置いて欲しいと思いました。 -
歴史フィクションである。
派手なアクションも、背筋が凍るような恐怖もない。ときめく恋愛模様もない。けれども、少女を主人公にして描かれている世界には、荒れ狂うほどの生きるためのアクションがあり、全身が震えたつようなおぞましいまでの恐怖がある。(特に人間が持つ偏見がもたらす所業には、怖気さえ覚える。フィクションのいいところは、因果応報がきちんと成されるところだろうか?)穏やかで暖かな人間関係と感情の交換があって、とても面白い。
過去の世界の物語なので、この話の後の世界は決して優しくも美しくも展開していないのがわかるのが少々寂しい。この物語の舞台であるマーサズ・ヴィンヤード島は、この時代の姿を失って、今は高級リゾート地になっているそうなので、それを考えるとわかっているけれども寂しい。
続編が発行しているが、まだ未訳というのも寂しい。
ゆる言語学ラジオで紹介されていた手話という言語の参考図書に含まれていたこの本は、発行が2022年と割合に最近である。それもあってか解説に紹介されている関連図書に『みんなが手話で話した島』や『デフ・ヴォイス』などの既知のものがあり、繋がっているなあ……などという感想を持った。 -
1800年代の米国、ボストン沖にある小さな島には耳の聞こえない遺伝性のろう者の割合がとても多かった。島に住む人々は、聴者もろう者も独自の手話で会話をしていた。そんな歴史的事実を踏まえたフィクション。
11歳のメアリーはろう者だが、手話を使った会話で不自由なく暮らしている。そんな島にろう者が多い島の調査に若い科学者がやって来る。
前半は、島で友人や家族と普通に暮らすメアリーを描く。それは、いつの時代にもある11歳の少女らしい楽しみと悩みのある日々だった。後半、人さらいのようにして科学者に連れ去られてしまったメアリーの脱出劇に、手に汗握る思いで読んだ。
ろう者に対する偏見と誤解が今以上だった時代。それでも、心ある人たちの理解に支えられ、島へと帰ることができる。科学的な理解が進んでいなかった時代とはいえ、若い科学者の態度に呆然とする思いだった。振り返って、現代でも似たような偏見は本当にないのか、あらためて気をつけなくてはと思う。 -
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19世紀初頭、アメリカ・ボストン南東部にあるマザーズヴィンヤード島は住民の25人に一人が遺伝性難聴による聾者だった。
聴者も手話を使い、聾者だからと差別されることも全くなかった。
これだけ知るとパラダイスのようだが、差別がなかったわけではない。イギリス系住民は、原住民であるワンパノアグ族、黒人、アイルランド人(映画「コミットメンツ』でアイルランド人の若者が「俺たちはヨーロッパの黒人だ」と言ってたのを思い出した)を同じ人間として扱わず、土地の所有をめぐって、そもそも「所有」の概念がないワンパノアグ族と争っている。(もちろん白人に有利な社会構造である。)
主人公と父は友人として付き合うが、母や親友は明らかに下に見ている。
人は差別をせずにはいられない、というか、多分差別をしている人たちも差別しているという意識はなく、単に「私たちとは違う人」と思っているのかもしれない。が、実はそれこそが差別であることには気付いていない。
後半の展開より前半の様々な意識の差を描く部分が興味深かった。
かつて脳性麻痺の人たちが知的能力が低いと思い込まれて差別されていたという物語(『ピーティ』)を読んだが、聾者や盲者は書いたり話したりできるからそんな偏見はないものと思っていたが、そうではなかったのだなと思った。多数派の人は少数派の人に鈍感なのだろう。興味がない、よく知らないというのも差別に結び付くということがわかる物語だった。 -
メアリーの将来がとても気になります。
続きが読みたい❣️ -
こんな世界もあるんだな、、、聾唖者に対する差別が少しでも減りますように。
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地元の図書館でおすすめされていたので読んでみました。実際にあった島をモデルにした本です。物語としても面白く、ハラハラドキドキする場面もありました。19世紀のアメリカが舞台でもあり、黒人や原住民への偏見も含まれています。自分も含めて人間は偏見に満ちた存在である一方で希望もあることを感じながら読みました。すべての人に読んでほしいと思います。
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読書は、どんどん知らなかった世界を見せてくれます。
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耳の聞こえない人と聞こえる人が声と手話で何の問題もなく暮らしていたという島の話。
設定は実話だそうだ。
障碍があるということ、耳が聞こえないということは聞こえる人より聞こえるということがないこと、劣っているととらえるか、難しい。
聞こえないよりは聞こえるほうがいいかも、聞こえなくても何不自由ないって言いきれるんだろうか…
差別ではなく、違いととらえることができれば、いろんな事実が変わると思うけれど。
カズオ・イシグロの「私を離さないで」を思い出した。クローンに知性はあるかという、
昔の人は障碍のある人は知性がないととらえていたかも、島の聞こえない人たちは島を出て生きていけるのだろうか。なかなかの難問。 -
聾者への偏見、侮蔑、島での人種差別、兄の死でギクシャクした母娘の再生が描かれている。
科学者の聾者に対する態度は目に余るものがあったけど、後半で出てくる博士にも聾者は知能が低いと思われていたとは驚きだった。
自分も知らず知らずのうちに偏見を持ってしまっているのかもしれない。耳が聞こえないだけで普通の人と何も変わらないのにというメアリーの言葉にハッとさせられた。
多くの事に気付かされ、読んで良かった。
続編も翻訳されると良いな。 -
ろう学校で事務員をしていたので、手話を少しかじりました。日本の手話を思い浮かべながら読みました。
メアリーの言うとおり、声の言葉ではなく手話を使っているだけで、聴者から下に見られるのはおかしいと思います。
前に脳出血で失語症になっても、手話は脳の別領域を使うので手話で対話できるひとに会ったこともあります。
世界中のみんなが手話も使えるといいと思います。 -
手話で話をする人々が普通に暮らす島の存在をこの本で初めて知りました。
手話をする人をどうしても珍しい目で見てしまいがちですが、それが当たり前の場所もあるというのが新鮮でした。
手話をしない人から手話をする人に対する差別、移民してきた人たちから、先住民族や自由黒人に対する差別、いろんな差別が描かれていました。
いろいろ考えさせられた物語でした。
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