ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

  • 岩波書店 (2016年7月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (300ページ) / ISBN・EAN: 9784001164114

感想・レビュー・書評

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  • ㆍ色々考えさせられる一冊。
    ㆍまず一言。

    ㆍ両親、マームに子供を任せきりすぎじゃない?そのためのメイドだと言われたらそれまでだけど、産んだ意味とはってなる。そういう文化なのかな?

    ㆍあーるてぃーはどういうことだったんだろう?謎が残る。読者自身が考える必要があると思う。

  • 「勇敢なる旅人へ(中略)
     その日まで、きみはその類まれなる声をあげ詩作にはげむかたわら魂の四分割の意味を理解するよう努めたまえ。」

    舞台は1959年、アメリカ・メンフィス。
    主人公のぼくは自分の名前が嫌いだ。
    ぼくには吃音があり、蛇の呼吸で落ち着いてゆっくりしゃべらないとどもってしまう。
    pやbなど、発音しづらくどもりやすい文字がいくつかあるが、ぼくの名前は姓名ともに頭文字がその発音しにくいアルファベットからはじまる。だから嫌い。
    ぼくには吃音があるから、知的障害ではないかと馬鹿にされないために、ぼくの母は、ぼくの頭の優秀さを学校に認めてもらい飛び級させた。そうすれば知恵遅れの子だと思われずに済むから。
    さて、そんなぼくが唯一仲良くしてるアートことラットと野球をしている時、アートの顔面に豪速球をぶつけてしまう。
    そのお詫びにラットがおじいちゃんの農場に遊びに行っている七月の間、ぼくはラットの代わりにペーパーボーイ…郵便配達員をすることになった。
    ペーパーボーイとしてのぼくのこの一ヶ月は、さまざまな人たちと出会う一月であり、思いもよらない事件との出会いであり、また大切な人との別離の時であり、ぼくが成長するための一月でもあった…。

    冒頭に引用させていただいた文章は、とある心優しい賢人がぼくに宛てて書いた手紙のうちの抜粋。
    ネタバレ防止のため肝心なところを書いてなかったりするが、私の胸にもとても響いた、私にとっても何か宿題を出されたような気がして忘れたくなかったので記させていただいた。

    常にぼく視点で描かれるこの物語。
    大人になったと思しきぼくが、少年時代の一夏を思い起こしながらタイプしていく…
    ちなみに句読点が嫌いだから入れないというぼくの主張通りに、文章には一切句読点が打たれていない(確かそうだったと思う)。
    ぼくが吃音症であることから、それが元のぼくの成長が主題であると言えるが、それ以外の様々な問題や出来事について考えさせられる物語でもある。

    ぼくを理解し導いてくれる使用人のマーム(ミス・ネリー)は聡明で強い心の持ち主の黒人であるのだが、当時は黒人がバスに乗っても、白人のお供でなければバスの前方の座席には座れないなど黒人差別が今よりもずっとずっと色濃い時代。本書で起こるとある事件についても、黒人間で何か問題が起きても、内内のコミュニティで解決するしかない…また事件が起こった背景についても、それら差別に関する問題があるのだろうと思われる。
    マームを慕ってやまないぼくは、「どうして黒人は1人で動物園に入れないの?」などの質問を無邪気にし、マームは「それが決まりだからですよ」と簡潔に答える。マームの聡明さと賢明さから出るそれらのセリフに、胸がぐギュゥっとなる。

    他にも、訳者あとがきでも言及されてなかった気がするのだが、ぼくの家はマームを雇うくらいには裕福な家だろうと思われるが、親友のラットは十三歳で常に新聞配達をしていると思われる描写があるところを見ると、貧困世帯ほどではないが、あまり裕福でないのだろうというところも伺える。(ちなみに訳者あとがきも読み応えがあるので、物語を読み終わった後ぜひ読んでほしい。)

    他にも新聞配達をする先の何件かの家で、ぼくを思索の海に引き込み、成長の要素となる出会いを果たし、それらも様々な社会問題を思わせたりするのだが…

    自身が吃音症であり、新聞会社で働いていたという経歴を持つ著者による自伝的な要素のあるこの小説。
    それゆえか英語話者の吃音についての記述が、日本のそれと少し異なると思われ、知識としても勉強になった。
    ぼくという人間が成長してゆくのを見届ける物語であるが、最後までこの物語に寄り添っていくと、不思議とこちらまで何か力が湧いてくる、ぼくと一緒に大事なことを教えてもらえたと実感できる、そんな物語でもある。
    ティーンズ向けとのことだが、大人が読んでも得られるものは大きい。
    本当に、読んでよかった。
    長くまとまりのない感想になってしまったが、ぜひたくさんの人に読んでほしい。

  • 1959年、メンフィス。両親と住み込みの黒人家政婦マームと共に暮らす11歳の「ぼく」は、吃音に悩みながらも、夏休みの間友人の代わりに新聞配達をすることになった。配達はまだしも集金には苦労したが、ワージントンさんの奥さんの美しさやスピロさんの聡明さや気遣いに励まされる。そんな中、研ぐために廃品回収業者のR・Tに預けたナイフが、研ぎ賃とともに横領されてしまった。マームに打ち明けると、しばらく彼女は仕事を休み、傷だらけになって帰ってきた。

    大人へと成長する過程の少年の悩みと成長を、周囲の人々との関わりの中で描く回想録風フィクション。



    *******ここからはネタバレ*******

    吃音に悩み、年上の女性に憧れ、自らの出生に疑問を抱く少年の葛藤を鋭く表現する作品。
    スピロさんとの交流により、彼がより物事を深く考え、理解していく様子がとても心強い。

    半面、R・Tとの暴力的なやりとりは、この静かな物語の中では異質で、必要だったのか疑問が残るが、マームをはじめとする差別されたものたち独自の世界を描くためだったのでしょうか。
    米文学にはこういう描写が多いように思えるのは、それが日常だからなのか、これぐらいの刺激が求められているからなのか……?

    それほど難解な作品ではないが、内容から中学生以上が妥当でしょう。

  • アメリカのヤングアダルト小説

    まだ人種差別政策の残っていたミシシッピ州メンフィスが舞台。
    主人公は中学生になる手前の少年。仲の良い友人が夏の1ヶ月間、おじいちゃんの農場に行って不在になるので、その間だけ彼の代わりに新聞配達をすることになった。
    毎日新聞を配り、週に1回、集金もして回る。
    しかし、一つとても心配な事が。それは自分がちゃんと彼の代わりができるかどうか。なぜなら自分は吃音で、他人と会話するのが苦手だからだ。
    でも、勇気を出して新聞を配り始めると、そこで思いもかけない出会いと、事件が起き始める。

    既にジャーナリストを引退した作者自身も吃音で、自分の少年時代の経験を元にしてこの小説を書いたらしい。
    なによりも少年の一人称で語られる文体が繊細。
    いつも吃音の事を気にしながら、言いたい事を言うのをやめたり、言いにくい言葉を避けて、別の言葉を選ぶが故に結局言いたい事を伝えられなかったりという葛藤や、
    新聞配達をしながら、いつも喧嘩をして悲しそうな女性や、子どもがテレビばかり見ている家、近所を徘徊する怪しい浮浪者など、子どもの世界から一歩踏み出して大人の世界を覗き込もうとしている不安と期待、
    そして、少年が少しずつ成長していく姿が描かれる。
    ありきたりだが、一度しか訪れない、少年が大人への一歩を踏み出す「夏」の物語。

  • 読み終えて、本を抱きしめてしまった。
    ほんとうは主人公を抱きしめて、
    君はすばらしい人だね!この夏の出来事と、君が考えたことを、私にも教えてくれてありがとう!
    って、お礼を伝えたい!

    吃音の少年ヴィクターが、新聞配達をして過ごしたひと夏のものがたり。
    1959年の、まだ人種差別も色濃いメンフィスが舞台。

  • 吃音症の男の子のひと夏の話。
    とてもよかった
    人種差別の問題を子供の視点でさりげなく
    紛れ込ませているため、とても自然に入ってくる

    マームがとても好きになった。
    作者の自叙伝的作品ということで、
    奥さんの半端な出方とか、別れが唐突だったりとか、
    登場人物のあつかいに感傷的過ぎないのが
    リアルだった。

    大きく変わったわけではないが、確実な成長を描いていてとても良かった

  • うーーーん… 何かを考えるには私には情報が足りなすぎました。
    お父さんとの血のつながりのこと、マームさんやスピロさんとの会話もっと聞きたかったし、スピロさんの4つの言葉、ワージントンさんの奥さんとのことは何を伝えたかったのか、私には、この本を読み解ける読書力がありませんでした。
    子どものときに読んでいれば素直に受け止められたのかな
    続き、気になります。

  • 大切にしたいフレーズが散りばめられた、じーんとする本。スピロさんのような大人になりたい。
    句点のない文章なんて大変だったと思うけれど、名訳です…
    〈スピロさんの言葉〉
    (なぜぼくはふつうにしゃべれないのかときくヴィンスに)「なぜ六年生全員がきみのように強くてまっすぐな球を投げることができないのだろうか?」

  • 吃音の少年が友だちの代わりに1ヶ月新聞配達をすることになった。
    そこで出会った人々との交流が彼に与えた影響とは。
    次巻のコピーボーイも読みたくなりました。

    まだまだ黒人差別がある時代が舞台です。

  • SL 2022.3.17-2022.3.20
    吃音の障害を持つ少年のひと夏の成長譚。
    作者の自伝的作品とのこと。
    さまざまな人たちとの出会いからいろんなことを吸収して成長していく主人公。彼はまだ子どもだけど、ものごとの本質を見抜く力がある。
    父親に対する彼の想いが素晴らしい。

  • 吃音の障害を持つ少年が、友人の夏期休暇の代わりに新聞配達を行い、さまざまな人と出会います。

    少年を理解してくれるお手伝いのマーム、魅力的なワージントンさん、物知りのスピロさん、この物語には、魅力的な人物がたくさん出てきて、少年に関わってくる。

    少年が困難に立ち向かい、少しずつ強く成長していくところが魅力的な作品。

  • 吃音で自分に自信がなく言いたいことが言えない少年。
    そんな彼の善き理解者で住み込みの家政婦マーム。配達先で出会った人達。そして町でいつもガラクタを集めているR・T 。
    人種差別の残る時代、夏休みの間友人ラットの代わりに新聞配達を始めたことで多くの人と出会い、良いことも悪いことも経験します。
    後半は不穏な気配にハラハラしながら読みました。ひと夏の役目を終えた彼の成長が眩しかった。

    『大切なのはなにをいうかで、どう言うんじゃないんだ。』

  • 吃音に悩む少年の物語。主人公の母親との関係や、メイドという存在に違和感を感じていたら、舞台は1959年メンフィスだった。

    どこまでも親身になって守ってくれるマーム、血が繋がらないであろう父親、そしてスピロじいさん。知の宝庫のような存在が、一夏の彼をどんどん成長させていく。

    今、日本の子どもたちに、こんな存在の大人が、側にいるだろうか…自分もそんな風になりたいと思う一冊だった。

    頭の中の溢れんばかりの言葉の渦は口にするのが本当に難しい。話すのが苦手な私は自分の頭の中を語られているようだった。タイプライターで、句読点を付けるのが苦手とあって、最後まで一冊分のこの本にも句読点がないのには感嘆しかなかった。

  • 1959年のテネシー州メンフィス。
    まだまだ黒人差別が普通の社会。
    11歳の吃音の少年。
    スピロさん「大切なのはなにを言うかで、どう言うかじゃない」

  • 吃音の少年がひと夏の間、新聞配達をする物語。よいという人が多いみたいだけど、私にははまらず。この少し前に日本の吃音の本を読んだからかなー。『僕は上手にしゃべれない』

  • 読後感のいい小説だった。
    作者が吃音だったから、吃音症のことももちろんメインに書かれているけれども、登場して来るマームやスピロさんのように魅力的な大人が登場してきて嬉しかった。
    子どもの成長って素敵な大人が欠かせないよね。

  • 吃音症の作者の自伝的小説。時代背景が古いので今の子たちに共感できるかどうかはわからないが、読み応えはある。/辻塚

  • 吃音障害の少年の成長。黒人人種差別や、両親以外の素敵なと大人との出会いなど。

  • 良い小説だった。11歳の吃音の少年の成長を、1959年のテネシー州メンフィスを舞台に描く。
     主人公の少年は、友達にけがをさせたので、かわりに1か月新聞配達をすることになる。運動神経はいいから、配達(新聞を投げ入れる)は苦にならないが、問題は週に一度の集金。知らない大人と口を利くのが怖いのだ。吃音に苦しむ思春期にさしかかった少年の内面が丁寧に描かれる。まだ人種差別の激しいアメリカ南部で、黒人のメイド(ほとんどナニー)との絆や、様々な人たちとの出会い、さらには事件まで起こるが、全体に温かく、優しく、ぎすぎすしたとところがないのは、著者の人柄のように感じられる。
     登場人物一人一人が味わい深く、マームと呼ばれる黒人メイドとスピロさんという経験と教養豊かな老人が特に印象深い。この二人は主人公の少年を子どもではなく対等な人間として扱っている大人だ。
     嘘やごまかしがなく、厳しい社会状況をもきちんと描き、物語は面白く、文章は読みやすい。しかも読後感はとても良い。大人にも子供(よく読める小学校高学年以上)にも自信をもって薦められる。
     映画化してもいい作品になると思う。

  • 吃音の少年の心情や苦闘が、手に取るように具体的に描かれている。発音しやすい語、しにくい語。発音しにくい語を口に出すとき、あらかじめ「sss(スー)」と「やさしい息」を出してから発語すると言いやすいこと。吃音がテーマというかモチーフになっている児童書ってけっこうあるような気がするのだけど、ここまでくわしいものは初めてで、言いたいことの半分も言えないもどかしさや、まわりの人の反応につい傷ついてしまう心情などがすごくよくわかった。

    著者の半自伝的な作品なんですね。なるほど。

    でも、いいのは、吃音のことがメインでとてもくわしく書かれているけど、それだけではなく、11歳(まだ子どもだ)の夏のひと月間、友だちのかわりに新聞配達をして、町のいろいろな人たちにめぐりあい、大人の弱さや社会の影や、逆に人間の強さ、尊さ、賢さなんかに触れていく過程がとても自然に、そして丹念に描かれていくこと。けっこういろんな要素が投げ込まれているんだけど、それらが少年の目を通じてしっかりひとつに束ねられている。

    オーソドックスだけど、とてもいい物語。吃音、というキーワードでは、絵本の『ジャガーとのやくそく』(アラン・ラビノヴィッツ あかね書房)を、配達員の少年が言った先々でさまざまな世界を垣間見るという話では『煉瓦を運ぶ』(アレクサンダー・マクラウド)の「ループ」を思い出した。

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