ヘラクレイトスの火―自然科学者の回想的文明批判 (同時代ライブラリー)

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制作 : 村上 陽一郎 
  • 岩波書店 (1990年10月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002600390

ヘラクレイトスの火―自然科学者の回想的文明批判 (同時代ライブラリー)の感想・レビュー・書評

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  • No.13

  • シャルガフの法則で有名な分子生物学者の自叙伝。随所に組み込まれた、現代科学・文明批判は非常に切れ味に富み、高度に紡ぎ上げられた文体は超一級の教養の顕現だ。

    以下は私が非常に気に入り、何度も読み返している引用。


    説明にばかり終始する自然科学の唯中で長い間過してきた私は、もはや説明には飽き胞きしている。説明とは、最も日常的な場合を除けば、大方、我々の理性に対する偽薬であり、周囲を取り巻く神秘に対する我々の感覚を鈍磨するものでしかない。


    言語と人間の脳との間には、不可思議な連関がある。そして今日の野蛮で心ない言語の使用『 まるで、言語は公共的関係のなかの有力な道具、こすっからい業者とうすのろの消費者とを能率よく繋ぐ近道とでも言わんばかりの言語の使い方は、私には、人間の獣性化現象が始まる恐るべき予兆に見えて仕方がない。器官の失調から来るのでもないのに、ぐんぐん拡って行く失語症が、無考えに空疎な虚辞を慎みなくわめき散らす以外に自己表現の道を知らないように見える数多くの人々を蝕んでいる様は、見るも恐しい。ことばという、自然選択を基にはどうにも説明のつかぬ、天与の能力は、人間であること(Menschwerdung)の真の属性であり、人間に尻尾が生え出す直前までは、われわれに保存されておくのがふさわしいのではなかろうか。


    しかし全体として見れば、事態は真暗であった。最上の状態にあったとしてなお、現代の大学はいささか怪し気なところなしとしないことは、認めなければならない。大学はバラバラの専門家たちが宿り合わせた宿営地であって、そこでは、西欧の家督は、さまざまな色の無数の小さな薬瓶に分配調合されて、きわめて反応の鈍い受益者の大群に分与されている有様である。こうした傾向はアメリカ合衆国ではもっとひどく、「キャンパス」の集中化が、大学の精神的ホテル化現象に輪をかけている。ヨーロッパの大学は―とにもかく私の在籍した当時は―いろいろな資格状を発行する機関という趣きが強かった。


    弟子が教師の指導によって学ぶのは、マンネリズムであり、取り引き上のコツであり、どうやって業績を上げるかの秘訣であり、おそらくは、最も稀有な場合に、科学上の証拠のもつ意味やその解釈に関しての批判的な視点ぐらいである。真の教師は、自分という実例を通じてしか教えられない―それこそアヒルの仔が母親から学ぶものである―のであり、さらに、滅多にあることではないにせよ、自らの自然観のもつ力と独自性を通じてなのだ。


    ところが今や我々の哀れな科学大集団社会では、ほとんどあらゆる発見は生れながらに死んでおり、論文は力づくのゲームの標徴となり、一種の観戦スポーツのスクリーン上のはかなき映像であり、現われたその日一日をさえ満足に生き続けることもないようなニュース事項である。我々の時代の科学は、もはや、実際には存在しない市場のための促成栽培用温室でしかなくなり、それに伴って伝統を徹底的に破壊しつつ、精神と言語のあのバビロンの混乱にも似た本質的な混乱を造り出している。


    自然についての真実を我々に教えることが科学の本当の目的であり、世界の真実の姿を我々に明かすことが科学の本当の目的であるならば、そうした教示の結果は、当然のことながら、智慧の増大であり、自然への愛の増大であり、そして、少数の人びとにとっては、神聖なる力への畏敬の高揚でなければならない。我々を、我々よりも次元の違った形でより偉大なるものと直接向い合わせることによって、科学は、人間存在の惨めさの限界を後退させる働きをするはずである。これこそ、科学がケプラーやパスカルに対して与えていたと思われる影響なのである。しかし科学は、何ものも解き放つことのできない―と私は信ずるが―さまざまな力の働きによって、そうした方向を保たなくなってしまっている。自然を理解するために設定された営為からはずれてしまい、自然を説明し、それゆえまた、自然を改良しようとする営為へと変質してしまったのである。


    世界は、単純な心の人間には単純であり、深い心の人間には深い。現代は、どちらかと言えば、低能の心をもっているが、しかし科学はいやが上にも複雑になりつつあり、一部の人々は、ますます少しことがらについてますます多く知るようになっている。とすれば、漸近的には、無についてすべてを知るということこそ我々が行きつくべき理想状態ということになるではないか。

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