「コミュニケーション能力がない」と悩むまえに――生きづらさを考える (岩波ブックレット)

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  • Amazon.co.jp ・本 (64ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002708065

作品紹介・あらすじ

学校や職場で重視される「コミュニケーション能力」や「社会性」。しかし、人と人の関係の産物であるコミュニケーションを、個人的に内在する能力のように考えてよいのだろうか。「学校に行かない/働かない人」を「社会性がない」と断じるまえに、彼ら/彼女らと「働いて自活している人」との関係を振り返り、両者のよりよいコミュニケーションを模索する。

感想・レビュー・書評

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  • 岩波ブックレットシリーズ。時代の変化に伴って、モノ作りからサービス業への職業スキルの転換があり、それに従い、社会性やコミュニケーション能力というものが話題になる機会が増えた。社会性とコミュニケーションの障害である自閉症も、その軽症型を含めたスペクトラムとしての疾患概念が認知されて久しい。
     筆者は不登校やひきこもりの背景にあることを「関係性の生きづらさ」とし、その原因を考える。生きづらさのタイプを、1)学校や仕事などのキャリア, 2) 病、障がい、老い、性嗜好などの弱さ の2つに分類し、さらにA) 市場原理、B)社会の仕組み C) 当事者性 の3つの重視する立場を定義して、生きづらさを理解するための考え方を6通りの立場から呈示する。この分類が非常に分かりやすい。自分が常々、どの立場から彼らのことを見ているのか、ということにも自覚的になることができた。自己責任論、優生思想は、A)市場原理を重視する立場、貧困や格差という不平等を重視する社会要因論、病・老・障がいなどの「弱」を福祉的に支えるという社会保障的立場は、B)社会の仕組みを重視する立場、依存症の自助グループ、グループホームなど「弱さの承認と、同じ境遇の仲間との共同」は、C)当事者を重視する立場 である。

     どの立場から見るのが「正しい」のか、の答えはない。できることは、「立場が違えば見方が違う」ということを認めるだけだ。「関係性の生きづらさ」を理解するためだけに、これほど多様な視点があることを知るだけだ。その中で、浦河べてるの家の方の経験から導き出された筆者の見解が印象的だ。

    「人生でどんな人と出会うかは、選べそうで選べない。「選ぶ」という行為は本質的に受動性を帯びているものであり、自己選択・自己責任の主体には臨界がある。」

     人生には運とか不運とかがつきものだけど、それだけで決定的に結果に差がつくこと、を避けられると良いなあと思う。「関係性の生きづらさを理解する立場の不在」は筆者も述べている通り、大きな問題だ。生きづらさを経験し、克服してきた当事者でないと難しいのかもしれない。でも、こういう「生きづらさの理解者」は、人と人が関わるすべての社会において必要だと思う。家庭、学校、職場、地域・・・。余裕がない世の中でこそ。

  • 働く個人に求められる能力として筆頭に挙げられるのが「コミュニケーション能力」。
    そもそもコミュニケーションとは双方向で成り立っているものなのに、
    どちらか片方の個人が有すべき能力として論じていいのか…。

    この投げかけを軸に、不登校や引きこもりといった事象から
    「自己選択」「自己責任」を求める世の中の背景や状況を考察しています。

    人材育成の仕事では、「組織では働くメンバーにどのような能力が必要なのか」
    という議論が絶えることがありません。
    しかし、能力発揮が職場という人の集団においてなされる以上、
    メンバーにのみ、一方的に能力発揮を要求する姿勢でよいのか、
    という新鮮な視点を得ました。

    「ある人が仕事をするためには、場や関係を調整するコストが必要になりますが、
    『能力がある』とは、場や関係を創る周囲の側にとって、『仕事をしてもらうために
    かかる時間コストや労力コストが安い』ということにほかなりません。」

    「だから、改善の対象は『本人の能力不足』ではなく、
    『十分にコストをかけられないゆとりのなさ』ということになります。」

    そこでは、能力があるとされる人も必死で働くから、
    ついてこれない人やついていこうとしなくなった人に対して
    厳しい見方をするようになる。
    この視点、今の職場の状況を思って腑に落ちたところでした。

    経済状況を改善しようとすることと、職場のゆとりをとりもどすこと。
    これからの時代、両者をともに実現する知恵が必要になる、ということですね。

  • コミュニケーション能力とは
    責任のおしつけ?

  • ブックレットだが内容は見た目は立派で中身さっぱりな新書版より濃縮されておりとても良い。こういう社会学者が増えると日本の未来は明るいと思いました。中でも最初の「〇〇力」の問題と不登校から見る「関係的な生きづらさ」が読ませます。

  • この薄いブックレットにどれだけ濃い想いが込められているのか。著者自身も不登校を経験しているだけにその重みは違う。ブックレットだけでなく、主著を読んでみたくなりました。
    常に語られている問題に対して、「無理解」が幅をきかせるのであれば、「耳を傾ける」側に問題があるのでは、という指摘はどの人間関係においても心に刻むべきだと思う。
    --
    「私たち」は、「コミュニケーション能力」という言い方を採用することによって、逆に「彼ら」とのコミュニケーションを途絶させてきたのかもしれません。「関係性」の問題であれば改善の責任は「私たち」と「彼ら」の双方にあることになり、少なくとも①「私たち」が「彼ら」に合わせる、②「彼ら」が「私たち」にに合わせる、③相互に調整する、という3つの選択しが生まれます。「関係性の個人化」は、相互交渉の失敗を相手の責任にのみ帰す点で、「対等な交渉相手」として関係形成に臨むことからの逃避であり、「社会」に居直る側のおごりではないでしょうか(P46)

  • あんまり内容がなかった

  •  不登校についての捉え方、考え方の手がかりが多数示されていると思います。
    特に当事者を理解しようとする側(社会)の価値観に不足しがちな視点についてはなるほどと思いました。
    文体に丁寧な説明の配慮があるように思いました。

  • 不登校だった著者が不登校になる理由を言い訳がましく説明する本。
    コミュニケーション能力がない人々を正当化しようと必死。
    社会的弱者を生きる価値のある人間としてどのように正当化するか。

    この世の中は弱肉強食ですよ。

  • コミュニケーション能力について述べて箇所は言いかたいことが述べられていてすっきりした。だが、短すぎて作者の問題に対する考えがあまり示されていないように思われた。まとめよくわかんなかったし。

  • ひきこもり方面。

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