「コミュニケーション能力がない」と悩むまえに――生きづらさを考える (岩波ブックレット)

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 23
  • Amazon.co.jp ・本 (64ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002708065

作品紹介・あらすじ

学校や職場で重視される「コミュニケーション能力」や「社会性」。しかし、人と人の関係の産物であるコミュニケーションを、個人的に内在する能力のように考えてよいのだろうか。「学校に行かない/働かない人」を「社会性がない」と断じるまえに、彼ら/彼女らと「働いて自活している人」との関係を振り返り、両者のよりよいコミュニケーションを模索する。

感想・レビュー・書評

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  • 外2 ブックレット 49 R 806

  • 岩波ブックレットシリーズ。時代の変化に伴って、モノ作りからサービス業への職業スキルの転換があり、それに従い、社会性やコミュニケーション能力というものが話題になる機会が増えた。社会性とコミュニケーションの障害である自閉症も、その軽症型を含めたスペクトラムとしての疾患概念が認知されて久しい。
     筆者は不登校やひきこもりの背景にあることを「関係性の生きづらさ」とし、その原因を考える。生きづらさのタイプを、1)学校や仕事などのキャリア, 2) 病、障がい、老い、性嗜好などの弱さ の2つに分類し、さらにA) 市場原理、B)社会の仕組み C) 当事者性 の3つの重視する立場を定義して、生きづらさを理解するための考え方を6通りの立場から呈示する。この分類が非常に分かりやすい。自分が常々、どの立場から彼らのことを見ているのか、ということにも自覚的になることができた。自己責任論、優生思想は、A)市場原理を重視する立場、貧困や格差という不平等を重視する社会要因論、病・老・障がいなどの「弱」を福祉的に支えるという社会保障的立場は、B)社会の仕組みを重視する立場、依存症の自助グループ、グループホームなど「弱さの承認と、同じ境遇の仲間との共同」は、C)当事者を重視する立場 である。

     どの立場から見るのが「正しい」のか、の答えはない。できることは、「立場が違えば見方が違う」ということを認めるだけだ。「関係性の生きづらさ」を理解するためだけに、これほど多様な視点があることを知るだけだ。その中で、浦河べてるの家の方の経験から導き出された筆者の見解が印象的だ。

    「人生でどんな人と出会うかは、選べそうで選べない。「選ぶ」という行為は本質的に受動性を帯びているものであり、自己選択・自己責任の主体には臨界がある。」

     人生には運とか不運とかがつきものだけど、それだけで決定的に結果に差がつくこと、を避けられると良いなあと思う。「関係性の生きづらさを理解する立場の不在」は筆者も述べている通り、大きな問題だ。生きづらさを経験し、克服してきた当事者でないと難しいのかもしれない。でも、こういう「生きづらさの理解者」は、人と人が関わるすべての社会において必要だと思う。家庭、学校、職場、地域・・・。余裕がない世の中でこそ。

  • 薄い、平易なのに、濃厚。

    「コミュ力」を個人の問題とせず、かつ社会の問題にも押し込み切らず、「関係性」の問題として「関係的な生きづらさ」から丁寧に検討していく姿勢を示す。

    主に不登校を題材としていくのだが、不登校の推移の3期間分類といい、生きづらさを巡る議論の(①キャリア/②弱さ)×(A市場/B社会/C当事者)のマトリクス・6象限分類―更に①-C:「選んだ、でも追い込まれた」議論の不在への注目といい、分析が鮮やか。

    「選べない出会い」というキーフレーズによる「歯止めをかけるべき効率性」「かけるべきコスト」という主張も説得力あり。

    上記を経ての最終章の一人称語りからは、真摯な姿勢が伝わってくる。

    読後、未読の『中動態の世界』がふと思い浮かび、なぜか「中動態」の意味する所がなんとなく分かったような気がした(汗)

  • 小難しい話をしているが、結局当事者(コミュ障)には何の役にも立たない内容ばかり。

  • コミュニケーション能力って、場や相手によって発揮できたり、できなかったりする。「ある人が魅力を発揮する関係性がある」ことがコミュニケーション能力というのには納得。それなのに、なんだか個人個人の能力みたいな言われ方をしてますね。
    後半は話が小難しくなって読み飛ばしたけれど、中盤の昔の不登校は経済的な事情だったのに対し、今は理由なく学校に行かないというのも興味深い。昔は学校は社会に参画する為の希望に満ち溢れた場。今は、、、? 今の学校の必要性も考えさせられる。

  • コミュニケーション能力とは
    責任のおしつけ?

  • ブックレットだが内容は見た目は立派で中身さっぱりな新書版より濃縮されておりとても良い。こういう社会学者が増えると日本の未来は明るいと思いました。中でも最初の「〇〇力」の問題と不登校から見る「関係的な生きづらさ」が読ませます。

  • この薄いブックレットにどれだけ濃い想いが込められているのか。著者自身も不登校を経験しているだけにその重みは違う。ブックレットだけでなく、主著を読んでみたくなりました。
    常に語られている問題に対して、「無理解」が幅をきかせるのであれば、「耳を傾ける」側に問題があるのでは、という指摘はどの人間関係においても心に刻むべきだと思う。
    --
    「私たち」は、「コミュニケーション能力」という言い方を採用することによって、逆に「彼ら」とのコミュニケーションを途絶させてきたのかもしれません。「関係性」の問題であれば改善の責任は「私たち」と「彼ら」の双方にあることになり、少なくとも①「私たち」が「彼ら」に合わせる、②「彼ら」が「私たち」にに合わせる、③相互に調整する、という3つの選択しが生まれます。「関係性の個人化」は、相互交渉の失敗を相手の責任にのみ帰す点で、「対等な交渉相手」として関係形成に臨むことからの逃避であり、「社会」に居直る側のおごりではないでしょうか(P46)

  • あんまり内容がなかった

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著者プロフィール

関西学院大学社会学部准教授

「2022年 『「生きづらさ」を聴く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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