「主権者」は誰か――原発事故から考える (岩波ブックレット)

著者 : 日隅一雄
  • 岩波書店 (2012年4月13日発売)
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  • 本棚登録 :49
  • レビュー :9
  • Amazon.co.jp ・本 (54ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002708300

作品紹介

原発事故後、多くの情報が隠され、国民不在の場で、さまざまな対応策・基準が決められた。なぜ「主権者」である国民が、これほどないがしろにされたのか。政府や東電などの対応を振り返り、その構造的問題を明らかにし、改善策を探る。

「主権者」は誰か――原発事故から考える (岩波ブックレット)の感想・レビュー・書評

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  • 経産省は東電の霞が関出張所。天下りの問題を国会や政治家がチェックすることは不可能。
    原発が儲かるから仕方がない。

  • 著者の日隅さんは既にこの世にはいない。先月、ガン闘病1年とちょっとで亡くなられた。

    わたしがこの人を知ったのは、というか、この人の書いているブログを知ったのは2007年だった。どうやってたどり着いたのかは全く覚えてないけれど、何か気になってブックマークをし、定期的に読みに行くようになっていた。その当時は本名を公開されていなかったので、過去に新聞記者だった人が今は弁護士でいろいろ政治のことやマスコミのことについて書いてるなあと思った程度だった。

    それが今年の初めだったか、ブックマークを整理しようと思って久々にブログを訪ねたら、末期がん患者で、しかも氏名を公表したブログになっててすごくびっくりした。東日本大震災が起こった後、原発事故がどうなっているのかを追及していることを知ったが、それ以降はなんか怖くてあんまり見に行けなかった。命が尽きるのをリアルタイムで見てしまうのが怖かったんだよね。

    それでもtwitterなどではこの人の奮闘をよく目にしていて「すごいなあ」って思ってたんだけど、先月、ついに亡くなられてしまったのだった。

    ブログを読んでたのでこの本が出るのは知ってて、読みたいなとは思ってたけど、Amazonで買うほどではないと思ってたので買わなかったら、今日、紀伊國屋で見かけたので「縁があるな」と思って買った。

    この日本をどう変えていけばいいのか。この本には様々な提案がされている。が、果たして主権者であるわたしたちが変えていけるのか、巨大な官僚や政治家や裁判官の壁にぶちあたって変えていけるのか、正直なところ、自信がないと思った。法律の世界では明治憲法が日本国憲法に変わったのを「8月革命説」と呼ぶらしいんだけど、わたしにしてみれば前に読んだ「新憲法の誕生」で全然革命的でもなんでもなく、日本の政治家や官僚に骨抜き憲法にされてしまったという思いが強い(もちろん「8月革命説」は日本国憲法が明治憲法を踏襲していないということからそう呼ばれているのは知っているが)。戦時中、戦後と日本人の精神は全く変わってない。それを今さらどう変えていけばいいのだろう?随分悲観的な見方だがわたしの率直な気持ちだ。

    ところでこの本は随所に「あたらしい憲法のはなし」が引用されている。わたしもこの本が大好きでちょくちょく読んでみる。日隅さんももしかしたらこの本が好きだったのかなとちょっと思った。

  • 胆嚢癌で余命半年と告知されながらも東電記者会見などの取材と執筆活動を続け、昨年の6月12日、惜しまれながらも夭逝された日隅さんの著作。
    わずか50ページ、500円の小冊子には、国民が主権者として振る舞うことが出来なくなった精度・システムの欠陥と、主権を取り戻すためのヒントが書かれている。
    12月16日、日本の未来を占う衆議院&東京都知事選挙がありますが、それまでに多くの人に読んで頂きたいと思います。

    日隅さんの壮絶な生き様はこちらの映像で↓
    TBS 報道の魂「バッヂとペンと~日隅一雄の闘い~」
    http://www.dailymotion.com/video/xrlabr_tbs-yyyy-yyyyyyy-yyyyyyy_news

  • 単純に「自分たちは主権者である、エヘン!」ではなく、主権者としてどう行動するべきかを教えてくれる。

  • 今年6月に亡くなった日隅 一雄氏の著書。

    主権とは、「国を治めてゆく力のこと」(『あたらしい憲法のはなし』)であり、「この力が国民ぜんたいにあれば、これを『主権は国民にある』という」。つまり、私たち国民が、国を治めていくことを憲法は定めている、と著者は言います。

    福島原発事故後、市民に伝えられるべき情報の多くが隠され、誤った説明が繰り返され、国民不在の場で様々な基準が決められていった。なぜ、これほどまでに「主権者」である国民がないがしろにされたのか。政治家、官僚、メディア、専門家、そして東電などによる事故後の対応を振り返りながら、その構造的問題点を指摘する。 (Amazon内容紹介より)

    福島原発事故により、実は日本が「主権在官」の国であったことが露呈されました。
    こうなってしまった一因には、国民が政治に無関心となってしまい、「主権者として振る舞うことをわすれ、あまりに多くのことを国会議員、官僚に任せすぎた」ということがある。

    主権者として振る舞うために、「思慮深さ」を身につけたうえ、積極的に政治に参加していかなければ、この国は変わらず、また取り返しのつかない「何か」が必ず起こるだろう。
    と著者は言います。
    同じ過ちを繰り返ささないために、「いまのうちに、よく勉強して、国を治めること、憲法のことなどをよく知っておく」必要がある。自分の頭で考えることをやめてはいけない。


    主権者として振る舞うための5つの条件
    ①自分たちのことついて判断するため、必要な情報をえること
    ②情報に基づき、市民が代表者としてふさわしいと考える人物に投票できること
    ③国会で自由闊達な議論が行われ、立法や政策に市民の意思が反映されること
    ④法律を執行する行政を監視するシステムがあること
    ⑤国民みずから主権者として振る舞うための教育などが行われること。

  • デモって許可制なのか…

  • 1.情報は誰のものか
    2.誰のための官僚か──「主権在官」の実態
    3.司法の限界
    4.主権者として振る舞うために

  • そもそも、この国の役人(官僚)達は、私達、主権者をバカにしているのではないか?そう思わせる事象が3.11以降いくつも明らかになって来ている。特に著者が関った東京電力の深夜の記者会見を、当時、ネットを通じ、食い入るように見ていると、この国の「様」(ザマ)に背筋が寒くなる瞬間が幾度もあった。確かに、事故そのものの衝撃もさることながら、私が心の底から恐怖し怒りに震えたのは、この国の統治能力のお粗末さ、そして自分達にとって都合の悪い情報を意図的に操作するあまりにも幼稚な手法。これが世界第三位の経済力を誇り、最先端のテクノロジーに囲まれた先進国で起こりうる事なのかと、そして、民主主義国家で基本的人権を有する国なのかと、強い疑いを抱かずにはいられなくなってしまった。そして、あれから一年と三か月、福島の検証と責任・そして無限に放出されたセシウムをだらしなく散らかしたまま、大飯町の原発を官僚が主導する危なっかしい政治判断で動かそうとしている総理がいる。

  •  読んで良かった。薄い冊子で、軽い気持ちで読んでみた。少し重かった。
     比較的、既知のことが多かったけど、事実の裏付けをきちんと押さえて
     いる印象を受け、改めて痛み入ると同時に、精神的にブレない様にしたい、
     と思った。

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