内村鑑三をよむ (岩波ブックレット)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (64ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002708454

作品紹介・あらすじ

真実の意味で「読む」とは、書かれた言葉を通じて書いた人物に出会うことである。日本的霊性の究明に挑み続ける注目の批評家が、『基督信徒の慰』『後世への最大遺物』『代表的日本人』を内村鑑三の生きた声として読み直し、絶句するほどの苦難の彼方に独自の境涯を切り開いた精神的巨人の姿をいきいきと描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • 18/03/17。

  • 真実のキリスト教は日本から起こりそれが世界に広がっていく。

  • 内村鑑三の主著を解説するかたちで展開します。薄い本ですが、筆者の情熱が伝わる一方、概略説明は最低限なので、全く予備知識のない読者には少しカタイかも知れません。

  • 内容(Amazon)
    真実の意味で「読む」とは、書かれた言葉を通じてそれを書いた人間と出会うことである。『基督信徒の慰』『後世への最大遺物』『代表的日本人』『余は如何にして基督信徒となりし乎』を中心に、内村が残した言葉を生きた声として読み直し、近代が生んだ精神的巨人の原点を解き明かす。

    キリストありて聖書あるなり、聖書ありてキリストあるにあらず。
    キリストにして実在し給わざらんか、聖書の繙読百万回に達するも我らはかれを現実にするあたわざるべし。
    キリストは創造物にあらず、実在者なり。
    キリストは聖書を離れてもなお存在し給う者なり。
    われらは聖書を貴むのあまり、活ける救い主を旧き文字の中に発見せんと計るべからざるなり。
    (キリストがあって、聖書がある。聖書があってキリストがあるのではない。
    聖書を手にして、書かれている文字を追うに留まるなら、百万回繙いたとしても、きりすとをあらわに感じることはできまい。あまりに貴ばれた「聖書」、何かのために読まれる「聖書」とは一種の偶像に過ぎないというのである)

    この内村鑑三の言葉に、自分の信仰に欠けていたことを教えられた。
    内村鑑三の著書をもっと読みたくなりました。

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著者プロフィール

若松英輔(わかまつ えいすけ)
1968年、新潟県生まれの批評家・随筆家。
慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」で第14回三田文学新人賞受賞。2018年『見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞、『美しい花 小林秀雄』(文藝春秋)で角川財団学芸賞をそれぞれ受賞。
その他の著書に『常世の花 石牟礼道子』(亜紀書房)、、『悲しみの秘義』(ナナロク社)、『霊性の哲学』(KADOKAWA)など。

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