公文書管理と民主主義 なぜ、公文書は残されなければならないのか (岩波ブックレット 1000)
- 岩波書店 (2019年5月9日発売)
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感想 : 11件
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Amazon.co.jp ・本 (64ページ) / ISBN・EAN: 9784002710006
作品紹介・あらすじ
自衛隊PKO日報隠蔽問題や,政権の関与が疑われる森友・加計問題の根底には公文書の杜撰な管理がある.関連法の理念や歴史的経緯を簡潔にまとめ,公文書管理と情報公開が民主主義を支える機能であることをわかりやすく伝える.
みんなの感想まとめ
公文書管理の重要性とその課題を深く理解できる一冊で、歴史的背景や現状の問題点がコンパクトにまとめられています。特に、電子文書化の進展やその管理方法に関する議論が興味深く、効率化と適正管理の必要性が強調...
感想・レビュー・書評
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60頁というボリュームながら、公文書管理に関する歴史や課題点等がコンパクトにまとめられていてとても勉強になる。
ただ、議論の余地は大いにあると感じた。
たとえば、電子文書について、紙の文書と違って、文書間のヒエラルキーがなくなるというのは分からないでもないが、紙の文書を電子化していくことで、紙文書を廃棄したという言い訳ができなくなるというメリットがある。
こちらについては、政府ではフォルダの階層分けによる整理ではなく、新しい文書管理システムでメタデータ(作成者、時期、分類等)を自動登録するような仕組みを検討してる。
現在も府省共通の一元的な文書管理システムがあるが、府省によってはほとんど使われておらず、共有フォルダの階層分けで管理しているという実態があるという。そのような非効率的な手作業では事務負担が増すだけなので、AIやRPAなどを活用した自動化により、効率化だけではなく、公文書の適正管理も実現していくことが急務だろう。
公文書管理については、様々な問題が噴出し、様々な議論がなされているものの、専門家がほとんどいないという現状がある。
その中で、数少ない公文書管理の歴史が分かりやすく学べる一冊。 -
動画もあるのでアクセスしてください。
https://www.youtube.com/watch?v=odB_09yfneo
自衛隊PKO日報隠蔽問題や,政権の関与が疑われる森友・加計問題の根底には公文書の杜撰な管理がある.関連法の理念や歴史的経緯を簡潔にまとめ,公文書管理と情報公開が民主主義を支える機能であることをわかりやすく伝える.
内容(「BOOK」データベースより)
南スーダンやイラクの自衛隊PKO日報隠蔽問題、政権の関与が疑われる森友学園への国有地売却や加計学園への獣医学部新設認可の問題の背景には公文書の杜撰な管理がある。「公文書管理法」「情報公開法」など関連法の理念や、歴史的経緯を簡潔にまとめ、公文書管理と情報公開が民主主義を支える機能であることを分かりやすく伝える。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
瀬畑源
1976年東京生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。長野県短期大学を経て、一橋大学、成城大学非常勤講師。日本近現代史(天皇制論)・公文書管理制度研究(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -
公文書を扱う者なら読んでほしい。ページ数は少ないが、公文書管理の意義がよく分かる本である。
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「負の教訓」(p44)
現在の実務が、「書きすぎ」であるとして、余り踏み込んだことは書かないという傾向になっていることを否定することはできないだろう。
「あったこと全てをきちんと文書に残すこと」(文書作成の土台となった個人メモなどまでも文書として残すという意味ではない。)をいかに当たり前していくのかが大事。 -
自衛隊南スーダンPKO日報破棄問題・森友学園問題・加計学園問題など、昨今の公文書管理の不備問題について、公文書管理制度の研究者が日本における公文書管理の歴史を背景に論じたブックレット。60頁ほどの分量ながらも、江戸時代~戦前~現在までの公文書管理の歴史を手際よく纏めつつ、ただでさえ貧弱だった日本の公文書管理が現在の安倍政権による隠蔽体質により更に酷くなっていく様子は読んでいて気が重くなる内容だった。
近代的な官僚制度は元来文書に基礎をおいているわけだけれども(12頁)、日本の官僚たちには自分達の作った公文書を管理・保存しようという発想がそもそも弱かった(21頁)。意外なことに、明治~昭和戦前期の公文書よりも江戸時代の公文書の方が系統的に保存されているとのことであり(22頁)、戦前の政策決定のプロセスなどは公文書よりも官僚や政治家たちの残した私文書を読まないとよくわからないらしい(24頁)。それどころか、本来は公文書であったはずのものが政治家や官僚による仕事の私物化のために家に持ち帰られた結果、散逸を免れているという笑えない事態まで存在するとのこと(24頁)。敗戦直後に大量の公文書が破棄されたのも、何も突如行われたわけではなく、そもそも近代日本の官僚達には公文書は保存すべきものだという意識が欠けていた結果らしい(25頁)。
著者は、日本より遥かに歴史の浅いアメリカ合衆国の国立公文書館には貴重な公文書が管理されているのに対し(52頁)、日本のそれお粗末極まりない理由として、日本にはアメリカ合衆国のような権力を監視する市民社会の圧力が弱いことを挙げている(52-54頁)。恐らくその通りなのだろうし、その上2010年代に入ってからは自分に都合の悪い報道を「フェイクニュース」だと切り捨てるトランプ大統領を筆頭に、”「真実」というものが必要とされていない、そういう人達が増えてきている”(本書55頁より引用)という状況も存在する。
著者が問題にしている公文書管理の障害となっている日本の公務員制度や(26-28頁)、せっかく2001年に制定された情報公開法を骨抜きにするような2017年12月に出された安倍政権による公文書管理法の運用規則の改正(42-43頁)など、技術的・法的な問題は多々あるのだけれども、やはりこの、真実(厳密によればより真実に近いイメージ)を大切にしない風潮そのものが問題なんだろう。それは思想風土の問題なのかもしれないし、歴史意識の問題なのかもしれないが、この点での人々の心の建て替えが進まないとこの問題は更に悪い方向に行く予感しかない。
“ いつかは公開されることを前提に、歴史の検証に堪えうる文書をきちんと作成することが今後の重要な問題です。”(本書49頁より引用)
と著者が述べている通り、時の権力者が利害関係者として生きている内は表に出せない文書として、政策決定やその他の意思決定のプロセスを書き残した文書を保存し、後世の歴史家が真実を明らかにする手掛かりとするという思想風土・歴史意識がこの社会の人々に根付いてくれることを私は望んでやまない。それは私が生きている間に目にすることがない後世の日本列島で生きて死んでいく人々に対する、現在生きている人々が取るべき歴史への責任だと私は思う。 -
「現在及び将来の国民に説明する責務」を果たすためには、公文書管理と情報公開が重要だが、今の日本の状況は、とても問題が多いというのが分かった。
情報公開法と公文書管理法は知らなかったが、改善の余地があるようだ。現状だと、いいように解釈して、保管や公開から逃れようとするやつらがいる。まったく小ずるい話だ。
しかし、やはりというか日本の公文書管理は、管理の仕組みがずさんで官僚の意識も低い。こういう背景も、隠蔽や改竄を防げない原因であろう。
アメリカとの比較で論じられている部分があるが、残している重要文書の量も開示のスピードも雲泥の差だ。
まあ何でもアメリカが良いわけではなく、健康保険や銃規制などは、見るも無惨な状況なのだが。 -
2019/5刊。60ページ程度の薄い本なので一気に読めた。
公文書管理に関して、結局は「官僚が必要とみなした文書が公文書」という明治以来の慣習がそのまま残っている現状に加えて「情報公開請求された文書が見つからないように曖昧なタイトルにしておく」「大元から詳しいことは書かなくする」「もともと文書を作らなくする」方向へ向かっているわけで、ろくでもない。
瀬畑さんはこの本の末尾で
・人事院的な「公文書管理院」を作るべき
・2001年に独法化した国立公文書館の権限強化(国の機関に戻すことも含め)
・情報公開法や公文書管理法に関する主権者教育の増強
などを掲げている。私も強く同意する。
私の雑感。2019年末の「桜を見る会」に関する公文書の扱いも、それ以前の森友学園問題や南スーダンPKO日報問題から全く改善されていない(どころか悪化している)。取ってつけたような「認証アーキビスト」1000人養成なんぞをする前に、公文書の現在の定義「①行政機関の職員が職務上作成・取得したもの②組織的に用いるもの③その期間が保有しているもの」(情報公開法2条2項「行政文書」)から②の範囲を明確にするなどの運用改善、そして公文書編纂サポート人員を各官公庁に動員すべきと思う。 -
公文書管理法にいたるまでの、日本の公文書管理の歴史を記すとともに、公文書管理と情報公開が民主主義を支える二本柱であることを改めて強調。しかし現状は機能していないことに警告を発する。著者の講演をブックレット化したのものなので、コンパクトで読みやすい。日本の公文書管理について、さくっと学べる一冊。
著者プロフィール
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