迷走する教員の働き方改革――変形労働時間制を考える (岩波ブックレット NO. 1020)

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  • Amazon.co.jp ・本 (80ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002710204

作品紹介・あらすじ

2021年度より公立学校教員への導入が可能になった「1年単位の変形労働時間制」。この制度は教員の多忙化解消につながらないどころか、さらに多忙化を進展させる可能性すら含んでいる。本書では、学校がおかれている実情や法制度を踏まえつつ、この制度の持つ問題点について、現場教員を含む様々な視点から論じる。


長時間労働の改善どころか、多忙化が進みかねない――
エビデンスなき「迷走」のゆくえは?
「一年単位の変形労働時間制」を徹底的に解剖する


 近年話題となっている、教員の過重労働の実態。OECDの調査でも日本の教師の労働時間が世界的にもっとも長いことがわかっている。また、国内調査でも、過労死ラインと言われる月80時間の残業を中学校教師の58%、小学校教師の34%が超過している現状にあり、その改善は喫緊の課題である。
 そうした議論を受け、2019年秋の臨時国会、教員の待遇を定める「給特法」が改正され、それによって自治体単位の導入が可能になるのが、公立学校教員の「1年単位の変形労働時間制」である(2021年度以降)。
 だが、この制度は大きな問題を含んでいる。
 この「1年単位の変形労働時間制」は、本当に教師の長時間労働の改善につながるのか? 実際に導入されたとき何が起こるのか? 現場の教員はどのように考えているのか?
 本書では、長時間労働の実態が覆い隠され、さらに多忙化が進む可能性すらある、この「1年単位の変形労働時間制」の仕組み、問題点、起こりうる可能性について、社会学や法学、現場教員の目線から論じる。

感想・レビュー・書評

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  • 「働き方改革」という文言が、まことしやかに、というより、まこと冷ややかに口に上るようになったなぁと思う。

    非常に薄い冊子だが、変形労働時間制を取り入れることの危険性と、そもそもタダ働き状態になっている教員の勤務実態に、時に憤りを以て論じている。

    八月こそ年休消化が可能なのに、その八月を変形労働時間で休みに指定したら、一体どこで年休消化は可能なんだい、おおん?という感じか。

    けれど、教員定数増やしなさいよ、とか、一人当たりの持ちコマ数減らしなさいよ、とか、残業代ちゃんと払いなさいよ、という輝く理想論はどこまで実現可能なのかねーと遠い目になる。

    そのお金があったら払っとるわい、の世界では、削られるのは教員か生徒どちらかの時間なのだろう。
    つまり、学校が活動する時間を厳格にする。
    たとえば、電話応対時間が固定化された学校は、今後加速度的に増えていくはずだ。
    あとはクラブ活動時間や授業時間を削っていくということなんだろう。

    学校と一口に言っても小中高まであるわけだし、生徒指導が困難な学校や進学実績の高い学校など、学校が抱える大変さはそれぞれ違って、それぞれにある。

    共働き家庭が大きく増え、家庭と学校の繋がりも変化する中で、こうした教員側の勤務実態や仕事の質について多くの人の目に触れることは、良いことだと思う。

  • 働き方改革のための第一歩として。基本の労基法や給特法についてよくわからない方は必読。教員こそこういう本を読んで自分たちの危機的状況を分析して対処法を真剣に考えた方がいい。

  • P.4
    ブラック企業と公立学校との間には決定的な違いがある。ブラック企業は法律上残業をしているけれども、残業代が支払われていないから問題となっている。残業代の支払いを求めて民事訴訟を起こすならば、原告(労働者)側が勝訴する可能性は、十分にある。だから公立学校教員の場合、法律上は残業していないことになっている。残業代の支払いを求めるいわゆる「超勤訴訟」においても、教員側の訴えは最高裁でも認められていない。そもそも法的に戦う土台が整備されていないというのが実情だ。
    (これは意外と知らない人が多いんだよね…)

    P.13
    そもそも大多数の教員は、年休が消化できていないという現状がある。。2016年度の教員勤務実態調査によると、教員(校長・教頭などを含む)における年休の使用日数(平均値)は、1年間で小学校が11.6日、中学校が8.8日であった。同じく2016年度、「地方公共団体の勤務条件等に関する調査」によると、地方公務員における年休の使用日数は11.0日であった(参考までに、国家公務員は13.6日、民間は8.8日)。
    (肌感としては、民間より年休が消化できている感じがあったので納得だけど、中高は実情として年休をとりあえず取っているけど、部活があるので何時間か出勤、というパターンがあるので、実質年休でない日があると予想。)

    P.16
    一年単位の変形労働時間制は、夏休みにしっかりと「休日のまとめ取り」をしようという提案である。ところがむしろ全国的には、文科省が想定する夏休みの在り方とはまるで逆の方向に事態は進んでいるように見える。夏休みの「短縮」である。
    2000年代頃から授業時数を確保するために、夏休みを短くしようという動きが各地で進んでいる。

    P.25
    教員の多忙化は数字上も明確である。給特法制定前の1996年実施の教員勤務状況調査から40年ぶりに2006年、教員勤務実査調査が行われる。この二つを比較すると、66年当時8時間だった超過勤務は、2006年には月34時間と4倍以上増えていることがわかる。直近の2016年の教員実態調査では、残業時間はさらに増えており、例えば小学校は11時間35分の在校時間と1時間36分の持ち帰り仕事、中学校であれば12時間6分の在校時間と持ち帰り仕事が1時間44分、という状況にある。
    (これは週なのか月なのかの明記がなく、データとして非常に不誠実に思えた。しかも、文章中でそれは変化しているように思える。最終文はおそらく週平均の話をしていると予想がつく)

    P.34
    周知のように、労基法三二条は、一週間当たりの労働時間の上限を40時間とし、一日の労働時間の上限を8時間と定めている。また、労働時間が1日当たり6時間を超える場合、少なくとも45分間、8時間を超える場合少なくとも1時間の休憩を与えなければならず、また、毎週少なくとも1日の休日を与えなければならない。使用者が、この法定労働時間を越えて労働者を働かせた場合(時間外労働)や休日に働かせた場合(休日労働)は、労基法違反として懲役または罰金に処される。
    一方、上限労働時間の例外として、時間外・休日労働をさせる場合の手続きを定めたのが労基三三条と三六条である。こののち、通常の手続きに当たるのが労基法三六条であり、そこで使用者は①労働者の過半数で組織する労働組合、あるいは、過半数代表との協定=三六協定を締結し、②行政官庁に届けることが義務付けられている。三六協定の趣旨は、時間外勤務に当たり「労働者の団体意思による同意」を調達することにあり、労働当事者が時間外勤務をコントロールする手段と位置付けられている。
    もう一つ、三六協定の締結ができない場合に定められた時間外・休日労働の方式が、労基法三三条に定められた「臨時の必要がある場合」である。この方式には二つの発生要件が示されている。一つ目は「災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合」で、これは原則として事前に「行政官庁の許可」が必要とされる。もう一つは「公務のために臨時の必要がある場合」で、特定の公務員を対象に、三六協定によらず、時間外・休日労働を命じることができる。この三三条に基づく時間外・休日労働は、三六条の例外であることから、労基法の労働規制から見て「例外の例外」と位置付けられる。
    実は、後に見る給特法下での「超勤四項目」の時間外勤務例の根拠はこの条文に求められている。しかし重要なことに、労基法上は教員を含めた「教育、研究又は調査の事業」は、この条文の対象外とされている。
    これらの条文に基づいて労働者に時間外・休日労働をさせた場合、使用者には所定の割増賃金(超勤手当)を支給する義務が課せられる。現行法令では、時間外労働には25%、休日労働には35%、さらに、時間外労働が月60時間を超える場合は、その超えた部分に50%の割模試賃金を支払うことが義務付けられている。この超勤手当の支払い義務は、一方では、労働者の労働負担を経済的に保証する意味があり、他方では、上限を超えて働かせた使用者へのペナルティーという側面がある。いわば、時間外労働をさせた使用者に経済的負担を課すことで、時間外労働を抑制することにその目的がある。
    このように労働時間管理という観点から見るならば、労基法上のルールは、①時間外労働に当たり労働当事者の同意を条件都市、②当該労働時間への割増賃金を使用者に課し、③使用者のルール違反への罰則を備えることで時間外労働を抑制しようとしている。ところが、公立学校教員に適用される給特法は、こうした労基法とは異なる特殊ルールを採用することで、これら①ー③の時間g内労働の抑制手段を教員から奪っている。
    (どうでもいいけど、なんで法律はこうもまあ分かりづらい書き方で示されているんだろう。誰が読んでもすぐ理解できる文章に切実にしてほしい…。三六協定の情報などは、自分で詳細に読んでアプデする必要があるな…)

    P.48
    変形堂々時間制とは、一定の単位機関について、週当たりの労働時間数の平均が週法定労働時間の枠内に収まっていれば、一週または一日の法定労働時間の規制を解除することを認める制度である。つまり、労基法が定める一日ごと、一週間ごとの規制の枠組みを、ある一定期間の総量規制の枠組みへと変形させることで、労基法が定める法定労働時間制度の例外となる制度といえる。
    この変形労働時間制を導入しても、送料としての所定労働時間(1年単位なら1年間の所定労働時間の総量)は変わらない。しかし、労基法が予定する1日ごと・1週間ごとの規制の枠組みは失われることになる。変形労働時間制の本質を理解するうえで重要なのは、この制度が残業代を抑制させる制度に過ぎず、労働時間を削減したりする制度ではない、ということだ。
    労基法が総量ではなく、1日・1週間当たりと個別に規制の枠組みを設けるのは、1日8時間睡眠を確保し、最低限の休日を確保しストレス・疲労の蓄積を防ぐなど、労働の命と健康、生活時間を守るためである。労基法のこの規則は、あらゆる職場の最低基準であり、違反した場合に課される刑罰も定めて、その実効性を高めている。これは、労働時間規制が長時間労働による過労死のような健康被害をも防ぐ重要な意義があるからに他ならない。

    P.76
    変形労働時間制で提示が延長される可能性が出てきた中、しっかり議論しておかなくてはならないのが、部活動顧問の問題である。広く知られるように、部活動顧問は教員の意に反して強制されることが多い。これまでは、「定時に収まらない部活動顧問は命令されるべきではない」という反論が通ったが、定時の延長に伴い、これを職務目入れだと押し切られる可能性が高まった。
    しかし、ここでは、定時内であっても部活動顧問は職務命令にすべきでない、と述べる。理由の一つ目は、仕事の優先順位の問題である。仮に定時に収まるからといって、授業準備の時間も確保されていないのに、それを放置して部活動ではなかろう。もう一つは、専門性の問題である。教科教育の免許を取得し、それをもって教員として採用されたにもかかわらず、経験もないスポーツ文化活動について指導・監督を強制すべきか。それも、去年はバスケットボール、今年は柔道など、1年ごとに担当がころころ変わることが当然のごとく生じている。この心的負担や、新たな指導を1から学ぶための時間的損失は計り知れない。部活動で関わる生徒が20人だとして、授業で関わる生徒は200人である。公務員は全体の奉仕者であって1部の奉仕者ではないのであるから、部活動に追われて200人への教科指導がままならない、ということがあってはならない。人も時間も資源が有限である以上、学校全体として、また一人一人の教員として、何を優先すべきかを今一度考えてみる必要がある。

    P.69
    変形労働時間制の署名に寄せられたコメント(抜粋)
    私の知る過労死した中学校の先生は7月に倒れています。頭が痛いのを我慢して勤務を続けました。「夏休みになったら病院に行く」と家族に話していました。くも膜下出血でした。夏休みに入ったら休めると無理をして倒れる先生は少なくありません。変形労働時間制はこのリスクを高めます。

    変形労働時間制をとっている私立学校の教員です。夏休みに固まって休日が設定されていますが、それ以外の時期は仕事が詰まっています。有給取得5日以上の義務がありますが、学期中に取得できず、長期休暇中に休日が設定される変形労働時間制ではなおのこと取得できません。そればかりか土日の出勤も勤務日扱いのために、割増どころか休日手当もつきません。変形労働時間制の導入は教育予算を増やさずに長時間残業の問題を片付けようとする乱暴なやり方にしか思えません。



    出退勤の打刻申請は、義務でありながらテキトーに(特に土日)打刻している人も少なくないはず。局報告での指摘を避けるために、嘘の打刻申請を進める管理職はもってのほか。現状を変えるには、小さなことからやっていくほかなさそう。

  • 離職率だけで教職がブラックか判断は出来ないが、時間外労働が多いのもまた事実であろう。

  • 教師の働き方の問題点について、教育学、教育行財政や教育法、労働法実務、現場の教員の視点などから考察した本。問題点やその背景にあるものをざっと知ることできる。著者は各領域で名が知られている専門家。コンパクトにまとまっていて、短時間で問題点をさらうことができるのがよい。1年間の変形労働制を法整備したときに書かれたので、その話も詳しい。教員やその候補生だけでなく、世間一般の人にも広く読んでほしい本。

    —-以下、Twitter()

  • 国家予算を教育に割り振らないことで有名?な日本の教育はコロナ禍を経てどのように変わっていくのだろう。この本を読み、整わない教員の労働条件を知って憂いはさらに増した。

  • ◎信州大学附属図書館OPACのリンクはこちら:
    https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB29866234

  • 現在、進んでいない教員の働き方改革。
    その「どこがイカンのか」について詳しく書かれています。
    この本の内容をしっかり理解することは、働き方改革に繋がると思います。

  • ・「定額働かせ放題」
    ・予算計上のないまま、働き方改革は工夫してやれ。

    「働き方改悪」を防ぎ、それぞれの職場の実態に合わせて、子どもも教員も安心出来る環境づくりのための改革が必要である。

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著者プロフィール

名古屋大学教授

「2023年 『これからの教育社会学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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