検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? (岩波ブックレット 1080)

  • 岩波書店 (2023年7月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (120ページ) / ISBN・EAN: 9784002710808

作品紹介・あらすじ

「ナチスは良いこともした」という言説は、国内外で定期的に議論の的になり続けている。アウトバーンを建設した、失業率を低下させた、福祉政策を行った――功績とされがちな事象をとりあげ、ナチズム研究の蓄積をもとに事実性や文脈を検証。歴史修正主義が影響力を持つなか、多角的な視点で歴史を考察することの大切さを訴える。

みんなの感想まとめ

歴史の中で「ナチスは良いこともしたのか?」という問いに対し、単なる事実の羅列ではなく、その背後にある目的や結果を深く考察することの重要性を説いています。アウトバーンの建設や労働者の福利厚生など、一見す...

感想・レビュー・書評

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  • 「ナチスは良いこともした」という議論が定期的に繰り返されている。
    「はじめに」がとっても重要なことを言っていると思う。
    著者はE Hカーの叙述を紹介する。「カエサル以前も以降もルビコン川を渡った人は無数にいる。カエサルの事実が切り取られて重要なのは、歴史家がそこに大きな歴史的重要性を見出すからだ」
     歴史の一断面を切り取って善悪を判断することは、しばしば間違う。切り取れてきたものの妥当性を相互チェックするというのが、学問本来のあり方だろう。
    それには、「事実」「解釈」「意見」の検討が重要である。「解釈」までは、目的や文脈などで検証が可能であるが、「良いものは良いのだ」という「意見」に対してはどう対処するか。著者はだからこそ「解釈」が重要だという。「事実」から一挙に「意見」に飛躍すると、現代社会でそれが共通了解になることはおそらくないだろう。と著者は言う。(←ホントにそうか?日本はそうなっているのではないか?)

    以下個別的検証
    「ドイツ人は熱狂的にナチ体制を支持していたのか?」
    ←支持する理由は一定あったし、人々はそれによる利益も享受されていた。しかし、「熱狂的」とは言えなかった。「強制」という面もあった。

    「経済回復はナチスのおかげ?」
    ←大きくいえば、過剰な財政支出に基づく軍需経済で、破綻の危機と紙一重のいわば綱渡りの体制だった。しかも、「収奪の経済」「外国人労働者の強制労働」があった。
    ←この辺りは「事実の検証」のみである程度立証できる。 

    「ナチスは労働者の味方だったのか?(福利厚生措置)」
    ←①先駆的な取り組みではなかった。②目的は労働者の管理・統制のためだった。③実際に労働者の生活は改善もされなかった

    「手厚い家族支援?(結婚資金貸付制度)」
    ←①ナチスオリジナルの政策ではなかった②目的は戦争を戦い抜くため。しかも社会主義者、ユダヤ人、障害者などは排除された③確かに子供は増えた。しかし政策のためではなく、世界恐慌のために控えていたカップルが、景気回復のために一時的に子供を産んだだけ。
    「先進的な環境保護政策?」「健康帝国ナチス?」
    等々も同じような経過を辿る。

    著者は「おわりに」で、
    「「ナチスは良いこともした」と主張する人たちにあっては、そうした反権威主義的な姿勢はいわゆる「中二病」的な反抗の域を出ず、(略)過去の研究の積み重ねから謙虚に学んで、それを批判的に乗り越えてゆく姿勢はほとんど見えない。」
    と述べている。

    ナチスに関する歴史については、こんなにもわかりやすい「入門書」が作られるのに、どうして日本の朝鮮半島への植民地支配については、ネットではなく、書き捨ての一時本ではなく、きちんとした「入門書」が作られないのか?

    「日本は朝鮮半島に良いこともした」という「解釈」や「意見」に対して、私たちはどう向き合えば良いのか。
    それを考える契機にしたいと思う。

    • kuma0504さん
      猫丸さん、ありがとうございます♪
      知りませんでした(^^;)。
      早速図書館に予約しましたが、流石に最近重版されただけあって、既に1人借りてい...
      猫丸さん、ありがとうございます♪
      知りませんでした(^^;)。
      早速図書館に予約しましたが、流石に最近重版されただけあって、既に1人借りていました。
      2024/01/23
    • yukimisakeさん
      猫丸さんありがとうございます!今日図書館行くので見てきます!
      猫丸さんありがとうございます!今日図書館行くので見てきます!
      2024/01/23
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      ひまわりめろんさん kuma0504さん yukimisakeさん
      皆さん反応・対応早い、、、
      猫は、近々←当てにならない

      『検証...
      ひまわりめろんさん kuma0504さん yukimisakeさん
      皆さん反応・対応早い、、、
      猫は、近々←当てにならない

      『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』が売れているそうなので、読んだ方が目を向けて呉れますように、、、
      2024/01/24
  • 歴史学から見て、ナチスに評価できる点はあるか?

    評価したくないですよね。普通に。

    しかし、景気対策としてのアウトバーン建設、フォルクスワーゲンの開発、労働者福利厚生としての余暇組織「歓喜力行団」、家族政策、環境保護、健康施策など、評価できる点もあるという人もいる。

    そういう不正確な情報や怪しげな俗説を、専門的な研究成果として徹底的に退けていく本。

    正直、かたくて、あまり面白い本ではない。
    ただ、たまにはこういう本も読んでおいて損はないかな。

    ♫ If You Tolerate This Your Children Will Be Next/Manic Street Preachers(1998)

  • 爽快!

    常々思っていたことを、明確なデータを論拠としながら次々と肯定していってくれたので(ひまわりめろんにとって)とてつもない良書でした!

    いやでもこれはひろく読まれて欲しいな

    この本の素晴らしいところは「良いこと」を最初にきちんと定義してるところなんですよね 
    「悪いこと」って割と共通理解を得られやすいんだけど(ナチで言えばホロコーストとかね)「良いこと」っていうのは個人の価値観にかなり振り回されちゃうと思うんで、そこが曖昧なまま始まっちゃうと嫌だなって思って読み始めましたが、「はじめに」できちんと定義してくれてました

    さすが岩波書店
    納得しやすいよね

    一般にナチスがした「良いこと」として挙げられることが多い
    ・アウトバーン建設などによる景気回復
    ・有給休暇の導入や娯楽、安価な車やラジオの提供による労働者の生活改善
    ・手厚い家族支援による出生率の改善
    ・先進的な環境保護及び動物愛護
    ・禁煙、禁酒の推進とガン研究による健康増進政策

    これらについて歴史学からみて、ほんとにそうなん?ってところをわかりやすく解説してくれてます

    ほんとにナチスは「良いこと」もしたの?
    結果は読んでみてちょーだい!ってことよ

    〈以下追記〉
    と、思ったけどわいの筆力が足りずにいらん誤解を招きそうなので加筆修正いたします

    「良いこと」なんか1個もしとらんわ!ふざけんな!というのがこの本の結論です
    もちろんわいの意見も全く同じです

    なんかナチの信奉者みたいに受け取られると不本意すぎるのでそこは明確に否定しておきます

    たとえたまたま後になって良い結果を産んでいたとしても邪悪な目的の為に用いられた手段は「良いこと」は言えんだろ!というのがわいの意見だったんですが、この本ではさらに「別に良い結果も産んでなかったよ」ということも示されていて、そこに爽快感みたいなんを感じたわけです

    • 1Q84O1さん
      師匠から弟子へ勧める真面目で素晴らしいコメント(´゚д゚`)
      チェックしてみます!
      師匠から弟子へ勧める真面目で素晴らしいコメント(´゚д゚`)
      チェックしてみます!
      2023/10/31
    • kuma0504さん
      コレはね、図書館で借りようとしたら再来年になりそうだったので、珍しく買ったんですよ。そしたら、本の山に埋もれて只今行方不明中。なんとか探して...
      コレはね、図書館で借りようとしたら再来年になりそうだったので、珍しく買ったんですよ。そしたら、本の山に埋もれて只今行方不明中。なんとか探して、メロンさんのあとを継ぎますね。
      2023/11/01
    • ひまわりめろんさん
      Σ(゚Д゚)
      再来年て!

      これはね、思った通りの良書でしたよ!
      ほんとは自分も買いたかったんですよ( TДT)

      岩波ブックレット、絶対な...
      Σ(゚Д゚)
      再来年て!

      これはね、思った通りの良書でしたよ!
      ほんとは自分も買いたかったんですよ( TДT)

      岩波ブックレット、絶対なくしちゃならないレーベルです!

      早くレビューを!w
      2023/11/01
  • ナチスが「良いこと」をしたかどうか。
    この問いは、レイシストのように偏見に満ちた危険な差別主義的視点だ。ナチスだから、何もかも悪いわけないじゃないか。ユダヤ人だから全てが悪いという構文が成立しないように。物事は二元論ではなく、もっと複雑だ。戦争を全てナチスのせいにして、ナチスの存在だけが反省点だからと、思想背景や構造を反省しないならば問題だ。

    私はナチス肯定派ではない。ただ、これを狂気の免罪符とするのに反対で、人間は過ちを犯しうるものとして警戒し、政策の良し悪しは当然あっただろうし、寧ろその良いと感じる魅力的な政策によって、悪しき思想が覆い隠される危険性がある、とする立場だ。だから、「ナチスだから」当然悪いよね、は子供の苛めみたいで短絡的だ。と、一応堅苦しい前置きをしておくが、そういう視点はさておき、この本での検証は興味深い。

    ナチスの手口を学んだらどうだ、と麻生太郎。文脈的に誤りじゃないとしても誤解を招く。何故なら、大衆はナチスは全て悪だと信じているから。他方、ナチスは健康促進、経済対策、労働者保護的な観点で評価され、やや逆説的に、人体実験が医療向上にも貢献したと言われたりする。本書は、その風説に対し、異を唱える。ナチスは全て悪かった理論の補強だ。以下の通り。ナチスオリジナルじゃないから「良いことではない」みたいな論理破綻も含めて、危うい。

    ー ナチスの労働政策については、世界に先駆けて、8時間労働制を実施し、有給休暇を義務づけたなどが挙げられるが、これは正しくない。8時間労働制は、各国の労働運動の要求の結果として、1919年に国際労働機関により国際的基準として確立されたものである。

    ー 結婚に際して、貸付金が与えられ、1人産むごとに返済額が4分の1ずつ免除され、4人産めば全額免除。ナチスの家族支援政策により結果として子供は増えたように見えるが、実際には景気回復によって結婚の絶対性が増えたことによるものであり、政策のインセンティブはほとんど働かなかったと言う見方もある。世界恐慌によって結婚ができていなかったカップルが景気回復によって結婚に踏み切った。

    ー アウトバーンの建設についても、その雇用創出策としての効果がはるかに小さい。1941年6月に独ソ戦が始まると2百万人のドイツ人が軍隊に召集され、労働力不足がより一層深刻になる。そこで今度はソ連から民間人労働者が大量に動員されるようになり、140万人の民間労働者が男女問わず強制連行された。ソ連からの強制労働者は、ヨーロッパ文化の敵として、強制労働者のヒエラルキーの最下層に位置づけられた。第一次世界大戦のように女性を労働動員すると言う選択肢もあったが、専業主婦としてそれまで生活してきた中産階級以上の女性にとってはなんとしても避けたいもので、国民の指示を失う事態を恐れて、ナチ体制は女性の動員に及び腰。そのため、戦争捕虜を含む外国人労働者に目をつけた。

    ー 1938年の11月ポグロム(帝国水晶の夜)以降、ユダヤ人青年によるドイツ人外交官。暗殺への償いと言う名目でユダヤ人が所有する財産の20%にあたる約7000億円がユダヤ人全体に課された。出国するユダヤ人はこれを支払った上で残額の25%を帝国出国税として収めなければならず、金銭や物品を持ち出す場合には関税が90%課された。

    ー ナチ体制下では、婚姻健康証明書で遺伝的健康が証明できないと結婚できなかったし、子供を産まない繁殖拒否者には罰金が課されていた。障害者に対しては強制断種。さらには安楽死と言う名の殺害が行われ、同性愛者も迫害を受け、5万人に有罪判決。

  • ナチスは「良いこと」もしたのか?
    それを知るには事象だけをみず、オリジナルか?目的は?結果は?と問う。
    一見、素晴らしい政策のように見えて、どこかの、誰かの焼き回しであり、すべてはドイツ人の民族共同体の確立と来たる侵略戦争への準備であるという。
    ナチスのユダヤ人に関するプロパガンダは、どこぞの隣国の日本に対する態度にそっくりだった。
    この本の発刊のきっかけが、SNSでの蒙昧な批判をすることに血道をあげる困った人たちにあったとは驚いた。

  • 【感想】
    ナチスが行った戦争やホロコーストの歴史について、安易に肯定的評価を下す事例が多く見かけられる。SNSでは「ヒトラーも優しい心を持っていた」として、ヒトラーと少女が笑顔で写った写真がアップされ、同調の声が挙がった。またアメリカや欧州ではネオナチが若者に組織の宣伝・勧誘を行い、感化された者によるヘイトクライムが発生している。

    ナチスの行いの正当化は断じて許されるべきではないが、他方で、第一次世界大戦で荒廃したドイツを立て直し、世界に戦争を挑むまでに組織化したのも事実である。そうしたことを踏まえると、実は「良いこと(有能なこと)もしていた」という言説は、説得力があるようにも思えてくる。本書『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』は、そうしたネット上で見かけられるナチス賛美に対して ①ナチスの政策がオリジナルだったか ②ナチスの政策の目的は良いことであったか ③政策によって肯定的な結果が生まれたか の3点を軸にして検証を行っていく。

    結論を述べると、ナチスは「一つも」良いことをしていない。ナチスが行った政策――例えばアウトバーン建設による経済成長と雇用創出――の効果は、多くが限定的であり、目に見えるほどの成果を上げているとは言い難かった。また、多少効果を残した政策であっても、その政策が組まれた動機は戦争遂行のためであった。つまり国民を一つにまとめた「民族共同体」を形成し、もって他国を侵略せんとするプロパガンダにまみれたものであって、大手を振って「良いこと」と断ずることはできない。その「民族共同体」も、ユダヤ人や共産党員や障害者に席は用意されていなかったのだから、これを称賛するのは全くの的外れだ、という結論である。

    本書の素晴らしい部分は、そうした事実検証からさらに踏み込んで、「何故現代で『ナチスは良いこともしたのか』という意見が生まれているのか」という「原因」もしっかりと論じている点だと思う。筆者は若者たちの主張を「ナチスを『絶対悪』としてきた『政治的正しさ(ポリコレ)』の専制、学校を通じて押し付けられる『綺麗事』の支配への反発である」と論じ、「ナチスの『良い政策』をことさらに強調することで、彼らは自分たちの言動を制約する『正義』や『良識』の信用を貶め、その『抑圧』からの脱却をはかっている」と手厳しく述べている。このうえなく的を射た指摘で、思わず唸ってしまった。
    ――――――――――――――――――――――――
    私も、ナチスの行いに「良いこと」があったとする意見は言語道断だと思っている。その点について筆者の主張と違うことはない。

    だが実は、本書を読んでいて何故かモヤモヤしたものをずっと感じていた。それが何なのかを考えてみたところ、恐らく検討方法に問題があるのではと感じた。

    筆者が提示した3点の検討方法について振り返ってみる。
    ①……だがよく考えれば、何かがナチスによる「発明、発見」であることと、それが「良いこと」であるかどうかはまったく別の問題のはずである。「オリジナル」であることは、「良い」いう価値判断を一切保証しない。だがそれでも一般的には、「オリジナル」=「良いこと」と考えられていることが少なくない。そこで本章以降でまず、そうした政策が本当にオリジナルなものだったかどうかを検討したい。

    ②……次に、「ナチスがした良いこと」として多くの場合含意されているのが、その政策がめざしていた目的である。戦争、ホロコースト、障害者に対する「安楽死」、政治的な敵対者に対する抑圧など、ナチ体制がもたらした「結果」はほとんどの人びとにとって擁護しがたいものではあるけれども、少なくとも「目的」については「良い」ところもあったのではないか、と。第二の検討ポイントは、ナチスによる様々な政策がナチ体制においてどのような目的をもっていたのかというものになる。

    ③……そして第三に、当然のことではあるが、それらの政策がもたらした「結果」についても検討が必要である。「ナチスは良いこともした」という議論において、この「結果」という側面は軽視されることが多いのだが、「良いこと」をしたと主張するのであれば、何らかの「肯定的」な結果を生んだということが論証されなければならないはずだ。

    この3つを「恣意的に使い分けて」いるのがマズイ。
    例えば③において結果が伴っていた場合(例:余暇・消費生活の充実による国民の士気向上)は、目的の面(あくまで主目的は戦争のための教化)で、倫理的に瑕疵があるとみなしている。また、②において目的が優れていた場合(例:アウトバーン建設による雇用創出と景気回復、モータリゼーション推進)は、結果が伴っていない(一貫した政策遂行が困難であり、経済的効果も今一つだった)として有効とは言えないとみなしている。特に後者については、筆者が②で述べている「結果はともかくとして目的については良いところもあったのではないか」という基準と相反している(一応、アウトバーン建設の主目的はプロパガンダであったとは述べているが、にしても副次的効果を全て切り捨てるのはやりすぎではないか)。また、①に関しては筆者自身「『オリジナル』であることは、『良い』いう価値判断を一切保証しない」と言っているため、そもそも判断材料の一つとして妥当性があるとは思えなかった。

    要するに、本書は、
    ・目的が良ければ結果の面から否定し、
    ・結果が良ければ目的の面から否定し、
    ・仮に両方揃っていても他者の模倣だと否定し、
    ・いかなる政策にせよ「戦争遂行」と「ユダヤ人差別」を孕んでいるのだから、良いこととは言えない
    と、4重のふるいを用意して全力で否定材料を探しているのである。

    これだと、「さすがにフェアな検証とは言えないのではないか?」と感じてしまった。筆者の3基準を回避するためには、完全にオリジナルの政策であり、戦争や差別の意図が無く純粋に国民生活を改善しようと志したものであり、かつ結果も伴っていなければならない。第一次世界大戦後という、世界各国が軍備増強と同期させた政策を意識している世の中で、戦争の意図が一切ないオリジナル品を探すのはかなり厳しい話だ。それと、ロケットやヘリの発明といった「科学技術」の分野が丸ごと検証されていないのも気になった。

    ただ、本書の構成がこうなってしまう理由も分かる。それもこれも「ナチスは革新的なことをしたんだ!」といい加減に主張する人々のせいだ。つまり、
    ・「ナチスも良いことをしたのでは?」という適当な意見が挙がる
    ・問いの立て方として不十分であり、完全に検証することができない
    ・それでもデマを払しょくするために、ある程度の定義付けをしつつ検証しなければならない
    ・不十分な問いに対する答えとして、いくぶん疑問の残る検証方法を組まざるを得ない
    ということになってしまうのは避けられないからだ。

    思えば、本書は相当苦しいところから出発しているのだ。「ナチスも良いことをしたのでは?」という浅くて言いっ放しの思い付きを否定しなければならない。だが「ナチスは一個も良いことをしていない」と言うのは、黒い白鳥がいないことを証明するようなものだ。そのため黒い白鳥の定義をある程度歪め、窮屈に検討せざるを得なくなってしまった。それは決して筆者の瑕疵ではないだろう。
    ――――――――――――――――――――――――

    【まとめ】
    1 SNSで散見される「ナチスは良いこともした」という言説について
    「ナチスは良いこともした」という立場がほとんどの人にとって受け入れがたいのは、「良いこと」と逆の「悪いこと」について、戦争やホロコーストをしたという共通了解があるからだろう。現代社会においては、ナチスには良くも悪くも「悪の極北」のような位置付けが与えられている。ナチスは「私たちはこうあってはならない」という「絶対悪」であり、そのことを相互に確認し合うことが社会の「歯止め」として機能しているのである。
    こうした意味で、ナチス認識はその裏返しである「私たちの社会はこうあるべき」という、「政治的正しさ(ポリコレ)」と密接に結びついている。これが少なくない人々が「ナチスは良いこともした」と語りたくなる原因となっている。
    ナチスが行った政策には、アウトバーン建設、失業率低下、子ども手当の普及などがある。これ自体は事実として間違っていないものの、各々の政策が置かれている歴史的文脈、目的(特に戦争遂行)への理解が不十分なまま語られることが多い。


    2 前提:ナチズムとはなんだったのか
    ナチ党の正確な語訳は「国民社会主義ドイツ労働者党」である。ナチスが掲げた夢は「民族共同体」、つまり議会も政党もない、調和的な国民国家というビジョンであり、生まれや育ちに関わりなく、誰もが等しく国家による支援と保護を受け、幸福な生活を営むことができるとされていた。しかしそうした「団結」や「調和」にはもちろん、裏の側面があった。それはアーリア人で健康なドイツ人を「民族同胞」とみなす一方で、ユダヤ人、シンティ・ロマ(ジプシー)、政治的敵対者(共産主義者・社会主義者)、同性愛者や障害者など、「共同体の敵」とされた人びとを徹底的に排除するという側面だった。

    こうした包摂と排除こそが、ナチ体制の本質である。ナチ党が掲げたのは単なる社会主義ではなく、ドイツ民族・国民のためだけの人種差別主義と結びついた社会主義にほかならない。

    そのような理念を掲げるナチ党を、本当に当時のドイツ人は熱狂的に支持していたのか?
    ナチ党の政策である「反ユダヤ主義」自体は、当時のドイツ人には一定程度受容されていた。社会的反ユダヤ主義は、当時のヨーロッパやアメリカで普通に存在していたからだ。(ただし、ホロコーストのような暴力的な反ユダヤ主義は存在しなかったし望まれていなかった。)こうした自発的なユダヤ差別に加えて、ナチスによってユダヤ人が「共同体の敵」と定められた以上、リスクを避けるためにユダヤ人との交際を止めるといった「半強制的な・受動的な」ユダヤ差別も行われていた。

    当時のドイツ人はナチ体制を「熱狂的に」支持していた(=良いことと思っていた)という単純化した考えは適切ではなく、そこには同意と強制、自分の利益と不利益といった複数の事情が含まれていたのである。


    3 経済政策
    以下、ナチスが実行した数々の政策について、「良いこともした」という主張の正当性をチェックするために、
    ①その政策がオリジナルだったか(ナチスによる○○の発明は人類の功績だ、という意見に対する検証)
    ②その政策が目指していた目的(結果は擁護しがたいが、少なくとも目的については良いところもあったのでは、という意見に対する検証)
    ③なんらかの肯定的な結果を生んだか
    の3点を検討していきたい。

    「良いことと」として筆頭に挙げられるのが、不況にあえぐドイツを立ち直らせたと言われる経済政策だ。少なくともヒトラーが政権に就いてわずか数年で雇用状況が劇的に改善され、失業問題がほぼ克服されたことは事実である。失業者の数は1934年に272万人、36年に159万人、37年には91万人にまで減少し、事実上の完全雇用が達成した。ドイツの国民総生産は1932年の580億RM(ライヒスマルク)から37年の930億RMへと急増している。

    ●アウトバーン建設
    ①雇用創出のための公共事業計画は、それに先立つパーペン、シュライヒャー両政権の政策を引き継いだもので、オリジナルな内容は含まれていない。
    ②ナチスがこの政策を推進した理由は経済的目的のみならず、中・長期的なモータリゼーションの促進を目標としていた。加えて重要だったのは、アウトバーン建設によって大帝国を建設しドイツ民族を一つにまとめるというプロパガンダ的効果であった。
    ③アウトバーン建設の雇用創出効果はきわめて限定的で、雇用労働者は最大でも36年に12万4000人を数える程度にとどまった。ナチ政権下での失業者の減少は、ヒトラー政権以前にドイツの経済が景気の底を脱していたこと、そして軍需経済が原因である。

    軍需経済:メフォ手形をはじめとした軍備拡張施策によって、国家支出の61%が軍事支出となった。これによってドイツ経済は1936年頃から好景気になったが、財政支出が増大し続け、インフレと外貨不足が深刻になった。結果、ドイツは開戦し、占領地からの収奪、ユダヤ人からの収奪、外国人労働者の強制労働によって財政を補った。


    4 労働政策
    ナチスは労働者向けの様々な福利厚生措置を導入したと言われている。有給休暇の拡大、格安の旅行やレジャーの提供、安価なラジオ受信機や大衆向けの自動車の生産である。これらの取り組みが、体制に対する労働者の支持を強化したことは確かだ。

    ①8時間労働制と有給休暇の義務付けは、19世紀末から欧米各国の労働運動の要求に掲げられ、1919年に国際的基準として確立された。ナチ時代には有給休暇を法的な規制として定めていない。
    国民受信機や国民車の開発・生産も、ナチス独自の政策とは言えない。国民全体に安い価格で消費財を提供し、生活水準の底上げをはかるナチ政権の取り組みは、世界に先駆けて豊かな消費社会に突入したアメリカを理想とするものだった。ナチスの労働政策は、他国の先進的な事例を模倣したものか、ドイツでもすでに着手されていた取り組みを継承したものかのいずれかだったと言える。
    ②種々の労働政策の目的は、労働者を全面的に管理・統制し、政治体制の安定化をはかるねらいであった。実際に各種の旅行の参加者は徹底的な監視を受けていた。さらに、様々な優遇措置を講じて労働力を維持・強化し、国家目的への動員をはかるねらいもあった。そのため、ユダヤ人や政治的敵対者、障害者等が給付の対象から除外されていた。
    ③政策はいずれも約束倒れに終わるか、部分的に実現されるにとどまり、消費生活水準の向上にも社会的格差の解消にもほとんど寄与しなかった。

    全体として、「良い政策」などと手放しで評価することができないのは当然だが、他方でそこに単なる欺瞞的なプロパガンダを見出すのも行き過ぎである。ナチスが描き出した消費社会の夢は実際に広範な国民の間に大きな期待を呼び起こし、無視できない社会的統合力を発揮した。ナチ政権下でも消費の約束と欠如の現実のギャップはなかなか埋まらなかったが、景気上昇と雇用拡大が急速に進んだことで、成功ムードと向上への期待は膨らんだ。


    5 家族支援策
    ナチスが当初強く求めていたのが、男性が外で働き、女性は家庭内で家事や子育てに専念するという「伝統的家族観」への復帰だった。母の日の国民的祝祭化、子供をたくさん生んだ親には十字章の授与、結婚資金貸付制度など、数々の規則が制定されている。
    だが、1936年以降総力戦への準備が始まり、さらに39年に第二次世界大戦が始まると状況が一変する。前線で大量の男性兵士が必要となり、「銃後」での労働力不足が深刻となったため、女性にも働いてもらう必要が出てきたからだ。1933年には420万人だった既婚女性の就業者は、1939年には520万人へと増加している。「女は家へ」イデオロギーは本質的な部分でなし崩しになっていき、働く女性への支援が作られていった。

    ①母の日、母親名誉十字章、出産の奨励、家族支援策は、すでにアメリカや他ヨーロッパ国で取り入れられていた。
    ②目的の1つは戦争を戦い抜くための「民族共同体」の構築である。そのため「国民」として想定されていたのはあくまで、ナチ党にとって政治的に信用でき、「人種的」に問題がなく、「遺伝的に健康」で、「反社会的」でもない人びとのみだった。社会政策の恩恵にあずかったのはこれらの条件に合致する「民族同胞」のみであり、社会主義者や共産主義者などナチスの政治的敵対者や、ユダヤ人、障害者や「反社会的分子」とされた人びとは、そこから排除されていた。ナチ体制化では婚姻健康証明書で遺伝的健康が証明できないと結婚できなかったし、子どもを産まない繁殖拒否者には罰金が科されていた。障害者に対しては強制断種、安楽死の措置が取られた。
    あくまで「人種的純粋さ」という優生学的思考と結びついた政策だった。
    ③たしかに子どもが増えたが、結婚数の伸びに比べて家族あたりの子供の数は2.3人から1.8人へと低下している。子どもの増加は、結婚奨励策の効果というよりも、景気回復の効果のほうが大きい。


    6 総評
    独裁権力を握ったヒトラーは、アウトバーンの建設や格安の大衆車の開発、歓喜力行団の旅行事業など様々な目玉政策を打ち出して国民の期待をかき立てたが、それらの政策を特徴付けていたのが、国民の間の格差や対立の解消をめざす「民族共同体」の訴えだった。
    だが「民族共同体」は健康で生産性の高いドイツ人=「民族同胞」を包摂する一方、人種的・社会的に「劣等」とされた人びと=「共同体の敵」を排除するという二面性をもっていた。そのため、ユダヤ人や障害者といった人々はそうした支援の対象からは外されていた。

    ナチ体制は「生存圏」の拡大をめざして戦争の準備を進める一方で、国民の生活水準をできる限り維持するようつとめたが、そうした配慮を行った背景には、国内経済の破綻と革命の勃発で敗北した第一次世界大戦の教訓があった。とはいえ、これもあくまで戦争という目的に奉仕する副次的な施策にすぎなかった。
    労働者向けの様々な優遇措置も、彼らを軍需生産に縛り付けるための譲歩でしかなかったと見るべきだろう。象徴的なことに、フォルクスワーゲンは市場供給が始まる前に生産が中止され、大型客船でのクルーズ旅行も労働者には高嶺の花のままだった。戦争準備の過程で森林伐採は逆に強化され、動物実験も事実上容認された。禁煙・禁酒運動など健康政策の多くも実効性に乏しく、戦争の長期化で様々な施策が打ち切られていった。

    過剰な支出と巨額の負債にもとづく軍需経済は破綻の危機に陥るまでになったが、この危機を脱する手段を提供したのも戦争にほかならなかった。開戦後、ドイツは占領地から徹底的に収奪することで、国民向けの物資供給を維持した。まさに「ならず者国家」だったのだ。

    ナチスの個々の政策を詳細に検討していくと、一見先進的に見える政策も様々なまやかしや不正、搾取や略奪と結び付いていたことは明白であり、本書で説明してきた通り、近年の研究ではそこにナチズムの犯罪的な本質を認める見方が定説化している。

    ナチスを肯定するネット論者は、おそらくナチスを「絶対悪」としてきた「政治的正しさ(ポリコレ)」の専制、学校を通じて押し付けられる「綺麗事」の支配への反発である。ナチスの「良い政策」をことさらに強調することで、彼らは自分たちの言動を制約する「正義」や「良識」の信用を貶め、その「抑圧」からの脱却をはかっているのである。

    もちろん世の中の支配的な価値観を批判的に考える姿勢は大切だが、「ナチスは良いこともした」と主張する人たちにあっては、そうした反権威主義的な姿勢はいわゆる「厨二病」的な反抗の域を出ず、ナチズムが実際にどんな体制であったかについては無関心であることが多いようだ。権威にとらわれずに「自由」に物を言いたいという欲求と、自分たちは「本当のこと」を知っているという優越感とを同時に満たしてくれる。だから彼らは既存の価値観に反発するのだ。

  • もっとダークな部分かと思ったら、上っ面だけのような感覚だ。
    事実ばかりが取り上げイコールナチとなっている知識に、ナチの目標や目的が加わった。
    教科書や新聞を読むような誌面で雑誌感覚で読めた。

  • 「ナチスは良いこともした」という議論が定期的に繰り返されている。ナチスが実施した「良い」と言われる政策を、これまでの歴史学研究の成果に基づき検証する。
    多くのブク友さんがレビューを挙げている本書。本書の共著者である田野大輔氏の『ファシズムの教室』を読んだことがきっかけで手に取った。

    本書では、ナチスの政策のうち、経済政策、労働者向け福利厚生措置、家族支援政策、環境保護政策、国民の健康政策について、「良いこと」と評価しうるような要素だけを抜き出し、①その政策はナチスのオリジナルな政策だったのか、②その政策はナチ体制においてどのような目的をもっていたのか、③その政策は「肯定的」な結果を生んだのか、という三つの視点から検証する。
    そして、上記すべての政策について、①ナチスのオリジナルではなく(ナチ党が政権を取る前から実施されているまたは他国の政策の模倣)、②政策は戦争を勝ち抜くための「民族共同体」構築の目的で取り入れたもので、その遂行にはユダヤ人を中心とした他民族や捕虜、社会的弱者の犠牲を前提としており、③政策実施の結果、大きく喧伝されているような効果は見られなかった、と結論付けている。

    例えば労働者向けの福利厚生措置について。有給休暇の拡大や格安旅行、レジャーの提供、安価なラジオや自動車の生産により、富裕層と労働者の格差を埋めた、とされているが、これらは労働者を全面的に管理・統制し、国家目的への動員をはかる手段として進められており、ユダヤ人や政治的敵対者、障害者などは対象から除外されていた。また、政策は実際には宣伝されていたほど実施されておらず、逆に第二次世界大戦が勃発すると、多くは削減、中止され、積立金は軍事目的に流用された。

    本書は、この検証を通じて、「事実」を切り取り、これまで歴史研究が積み重ねてきた「解釈」を飛び越えて、一気に自分の信じる「意見」へと結びつける傾向に警鐘を鳴らす。さらに現代においてこの傾向が強まっている背景として、「政治的正しさ(ポリコレ)」に対する反発を挙げる。

    いろいろな情報が氾濫するなかで、「今報道されている内容は本当に信じてもよいのか」「政治やメディアは国民をだましているのではないか」という不信を持ってしまうと、いわゆる「逆張り」があたかも権威にとらわれない正しい意見のように思えるかもしれない。切り取りとはいえ、根拠の中に事実が含まれるとなおさらである。私も、特にナチスの環境保護政策については、内容だけ読むと「良いこと」と言えるのではないか、と最初は思ってしまった。
    しかし、環境保護政策は「民族共同体」強化を目的としており、ユダヤ人を貶めるイメージ戦略としても使われたこと、実際には戦争拡大により多くの森林が破壊されたという解釈を理解すると、良い政策とは到底言えないことが十分に納得できる。

    歴史的事実は、多くの歴史研究者がさまざまな見解を出し、検討が重ねられて一定の解釈が成立している。それらを知ろうとせずに、安易に切り取られた事実から自分の心地よい意見に結びつけないこと。
    インターネットで検索すれば(今ではAIか)多くの情報が簡単に入手できる現代だからこそ、その大前提はしっかりと自分の中に持っておかなければならない。

  • ナチスについての最新の研究成果を歴史研究者が分かりやすく紹介した本。2段組み・120ページで、ブックレットの枠を超えた充実度だ。

    本書が依拠するのは、「民族共同体」論という、現在のナチズム研究において広く支持されている考え方である。それによると、ナチ体制が掲げた「民族共同体」は、健康で生産性の高いドイツ人を「民族同胞」として包摂する一方で、人種的・社会的に「劣等」とされた人びとを「共同体の敵」として徹底的に排除した。そして、「民族同胞」向けの優遇は、「敵」からの収奪や排除によって成り立つものであった。本書では、その実例が、経済、労働者保護、環境保護、健康などについて、明快に提示されている。

  • なぜナチズムは「国家社会主義」ではなく「国民社会主義」と訳すべきなのか(小野寺 拓也) | 現代ビジネス | 講談社(2021.03.14)
    https://gendai.media/articles/-/81126

    新書の役割――「ナチスは良いこともした」と主張したがる人たち(田野 大輔) | 現代新書 | 講談社(2021.06.27)
    https://gendai.media/articles/-/84256

    検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b628046.html

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    続けて『検証 アベは「良いこと」もしたのか?』が出るかも。。。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      田野:「ナチスは良いこともした」と言いたがる人は、ナチスを悪と決めつけること自体に反発してるんです。
      ↓下記のサイトからコピーしました。
      専...
      田野:「ナチスは良いこともした」と言いたがる人は、ナチスを悪と決めつけること自体に反発してるんです。
      ↓下記のサイトからコピーしました。
      専門知と民主主義を考える――行き過ぎた相対主義の中でーー『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)刊行記念イベントから - 文学通信|多様な情報をつなげ、多くの「問い」を世に生み出す出版社(2023年12月 8日)
      https://bungaku-report.com/blog/2023/12/content.html

      ナチスは「良いこと」もしたのか? 話題の本を読んでアウトバーンとフォルクスワーゲンで検証してみた | クルマの旅・ドライブ 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル(2023.09.22)
      https://www.bepal.net/archives/354327
      2024/02/13
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      繰り返す「在日特権」論は100年前のドイツと同じ 社会保障の行き詰まりを「あいつらのせい」に転嫁:東京新聞 TOKYO Web(2024年3...
      繰り返す「在日特権」論は100年前のドイツと同じ 社会保障の行き詰まりを「あいつらのせい」に転嫁:東京新聞 TOKYO Web(2024年3月1日)
      https://www.tokyo-np.co.jp/article/312299
      2024/03/04
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      『検証 ナチスは 「良いこと」もしたのか?』 : 典型的な「中二病」の逆張り|年間読書人(2024年3月23日)
      https://note....
      『検証 ナチスは 「良いこと」もしたのか?』 : 典型的な「中二病」の逆張り|年間読書人(2024年3月23日)
      https://note.com/nenkandokusyojin/n/nc2b3c78e3131
      2024/03/26
  • とてもとても良かった。
    よく引き合いに出されることを、①それはナチスのオリジナルか(歴史的経緯)②どのような目的だったか(歴史的文脈)③それは「肯定的」な結果を生んだのか(歴史的結果)の3つから検証していて、非常にわかりやすい。
    これは家に置かなきゃな本。
    ナチスについて知るためでもあるし、他のことにしても考える際にこうやって検証するのだと手本にしたい。
    とても冷静な筆致なんだけど、「おわりに」はツイッターで絡まれた話から、怒りの炎がほとばしっておられました…ほんとにもう著者様方はじめ、心ある専門家の皆様、お疲れ様です…。

  • 話題の本。2023年7月刊だが、11月現在でもアマゾン・ヨーロッパ史カテゴリで3位となっている。

    岩波ブックレットの1冊で、約120頁と、さして厚い本ではない。
    「ナチスはよいこともした」という議論は定期的に繰り返されてきていて、特に、SNSが大きな力を持つ現代において、この話題は時に大きく「バズる」。
    ナチスはある種、「絶対悪」として位置づけられている。ナチスを支持すると公言することは多くの人にとって躊躇われることだろう。常識的には、多くの人はナチスを否定し、ナチス的であると言われることはすなわち悪口であり、時には中傷であるだろう。
    著者らが「はじめに」で触れるように、そこにはポリティカル・コレクトネスがある。そういった「正しさ」に反発したくなる人が出てくるのは必然であるのかもしれない。もちろん、物事を一面的に見ずに多角的に見ることは大切で、常識を疑う姿勢も大事なわけである。だが、ここで問題になるのは、ではナチスに関してよく言われる「よいこと」は本当に妥当なことなのかということだ。
    しばしば取り沙汰されるのは、「結局は人々が選んだ政権である」「アウトバーンを作った」「経済を立て直した」「有給休暇や源泉徴収を発明した」「デザイナーズブランドによるかっこいい制服を作った」といったもの。
    これらの中には事実関係として誤っているものもあれば、当時の社会的背景を十分に考慮していないものもある。こうした1つ1つを歴史学者が真面目に検証するというのが本書の主眼である。

    ヒトラーとある少女との交流を取り上げて「ヒトラーにも優しい心はあった」とするような意見は、ある種、プロパガンダに目くらましされているというのはわかりやすい例だろう。
    アウトバーン建設は、そもそもは前政権の方針を引き継いだものであり、軍事的・経済的効果はそれほど大きいものではなかったという。むしろプロパガンダ効果が大きく、この建設により、「ヒトラーがアウトバーンを作ってドイツを復興した」という説が(今に至るまで)生き続けることになった。
    労働者向けに福利厚生を取り入れたとの意見もあるが、多くは他国の模倣やすでに着手されていたものの継承で、目新しいものはなかった。これらを大規模に行い、同時に誇大な宣伝を行ったことからナチスの「手柄」であるように見せかけたというのが実態のようだ。

    個人的に最も興味深く読んだのは、第三章「ドイツ人は熱狂的にナチ体制を支持していたのか?」。ヒトラーや幹部にどれほど権力があろうと、やはりそこに人々の支持がなければ体制は維持できない。ここで、ドイツ人がナチを「支持」するというのはどういうことだったのかという考察である。いわゆる「普通の人々」が「悪」を熱烈に支持していたのかどうか。ナチ体制誕生時のドイツには、そもそも反ユダヤ主義が広がっていた。そのきっかけとなったのが第一次世界大戦である。ドイツが劣勢となった理由が、ユダヤ人の「裏切り」や「前線勤務拒否」によるものだという噂が急速に拡大していった。そうした「社会的反ユダヤ主義」は、ナチ体制の暴力的な「政治的反ユダヤ主義」とは一線を画するものではあったが、反ユダヤを受け入れる一定の基板とはなっていた。また、ユダヤ人が迫害され、追放されることで、空いたポストを手に入れたり、あるいは彼らが残した財産を得て経済的に潤ったり、といった、実質的な「利益」も生じた。さらに、ナチ体制がユダヤ人を「敵」と見なしたことで、彼らとの交際にはリスクが生じることになった。積極的に排除しないまでも、消極的に関わりを避けてゆく人々が出るのは無理からぬことではあった。
    結果的に、全体として、ナチ体制の反ユダヤ政策はドイツ国民から「支持」されているように見えてくる。だが、それを「熱狂的」と捉えるのは、実像からはかなり離れているのではないか。

    歴史学的な視点からの検証はなるほどと頷く点も多い。
    「ナチスはよいこともした!」と主張する人々にこの本は届くのかというあたりは若干疑問なのだが、専門家が一般書の形で学識を提供してくれることは大いに歓迎したい。

  • 冒頭にも述べられているが、結局「良い」の定義がないままナチスがしたことは良いことではない、という結論で話が進んでいる気がした。
    著者の意見が多様に含まれており、「ナチスがしたことは良いことではない」の説得力に欠ける印象を持った。(現代の価値観からすると「良い」と言えないことは感覚的にはわかるが)
    良い悪い、はとある時代ととある限られた共同体の価値観だから論述するのが難しく感じた。

  • 「ナチスが『良いこと』もした」という素朴な言葉の危うさを冷静かつ構造的に解体した本。前から気にはなっていたが一気に読めた。

    著者が示した三段階の検証――①歴史的経緯、②歴史的文脈、③歴史的結果――のレイヤーが単なる事実の羅列ではなく、どうしてそれが「良く見える」のか、を問うための道具になっている。たとえば、労働政策や社会保障が一見充実して見えるのは、政権が暴力と抑圧のうえに築かれていたことを見落とすときだけだ、という事実を突きつける。

    解釈の層が非常に重要、という主張は一瞬飲み込めなかったが、現代に照らせば確かにそうだろう。SNSの時代に「事実だけを見ろ」と叫ばれがちだが、実際には事実こそが「解釈」を必要としているのだろう。ナチスの政策の一部を切り取って「成果」と呼ぶのは、まさにその解釈の責任を放棄する行為だ。本書は歴史研究の蓄積を抜きに「意見」を語る危うさを説得的に描いている。

    また、ヒトラーの掲げた「民族共同体」という言葉の使われ方にも注意が必要だ。ナショナリズムと社会主義を混同し、「奉仕」や「共同体」を美名として暴力を正当化していくその構造は、現代の排外主義やネット上の愛国にも通じる。敵を設定し、内部の対立を消し去ることで得られる疑似的な統一感。それらがどれほど人を酔わせ、破壊的な力を生むかを、ナチスの歴史は示している。

    読後に、「ナチスは良いこともしたのか?」という問い自体が、すでに罠だと感じた。その問いに真っ直ぐ答えようとする前に、まず「良い」とは誰にとっての、どんな文脈での「良い」なのかを問わなければならない。著者の提示した三つのレイヤーは、過去だけでなく、現代の「功罪」議論を考えるための有効なツールになる。思考の訓練書にもなると感じた。

  • 知らなかったが、2021年2月に、ヒトラーの大ファンと言う女子高生の小論文が称賛されるようなツイートがあり、ちょっとした騒ぎとなったようだ。
    折しもトランプ元大統領が、在任中にヒトラーは良いことをたくさんしたと報じられたり、欧州ではヒトラーの行動に賛同を示す極右が台頭もしてきている。更に我が国の、何かにつけてとんちんかんな発言をする、あ◯う副首相の「ナチス政権を手口を見習う」問題があったり、否が応でも興味をひく主題だ。

    このような背景には何があるのか、専門家の立場で、所謂「良いこと」とされる政策一つひとつに対して検証を加えて、結論を導く。
    当然と言えば当然かも知れないが、真に個人の幸福を求めるものではなく、プロパガンダに満ちた政策には少しの肯定感もない。
    その時代背景や具体的な数値を元に、「良いこと」とは、ナチスが扇動しただけのことだったと言う主張が理解出来たし、改めて時の為政者に絶大な権力がある時の恐ろしさを感じるところとなった。
    ただ検証の根拠の一つに、政策の独自性があげられていたが、別にそれが二番煎じであろうと、良い悪しを判断する根拠には乏しいと感じた。(無論ヒトラーを肯定する気持ちなど露ほどもないが)

    「おわりに」にもあるが、著者も反駁は想定しており、以下の言葉を留めている。
    「歴史知識」と「歴史意識」は分けて考える必要があるという。
    学校や大学、マスメディアなどを通じて伝達される前者に対し、後者は「過去に対する感情的イメージ」であり、それこそが「学んだ歴史知識をどのように解釈し、利用するか」を決定するのだという。「過去」について「自由」に発言したい、そして自分たちこそ「真実」を知っている。そういう感情が先にあるために、教育やメディア、研究などによって正確な知識が伝えられれば伝えられるほど、ますます反発を強めて「逃げ道」を探すようになると言う。
    また、「売らんかな」で出版されるセンセーショナルな書籍では、人目を引く主張が行われているが、ナチスの戦争目的や人種主義、嘘や不正と切り離した「先進性」の評価はあまりに一面的で、とうてい学術的検証に堪えるものではない。
    彼らの政策は全て、ナチ体制が来るべき侵略戦争のために軍備拡張を優先した結果だった。

  • たまたまネットで見つけました。ちょっと難しいですが、何とか読み終わりました。そうなのかー!納得です。

  • ナチスは「良いこと」もしたのだろうか?
    本書では時系列を混同したり大雑把に語られがちな「ナチスの功績」をひとつひとつ具体的に整理し数字を上げて検証していく。有無を言わさず“否“と答えは出るのだけど、同時に現代日本の政治状況とナチスとの類似性にも気付いてしまう。
    そうかー。ウマミが有るから彼らは一生懸命「良いこともしたもん」って言いたくなるのか!
    2013年に「(ナチスの)手口を学んだらどうか」と発言した麻生氏も、いよいよ政界引退するとのこと。本来ならその時に議員辞職させるべきでした。

  • ナチスは良いこともしたのか?著者の意見は著者自身の「三十年くらいナチスを研究してるけどナチスの政策で肯定できるとこないっすよ」というツイートに集約されているといってよいだろう。この本の中でも、よく言われるナチスがやった「良い政策」が本当はどんな物だったかをあらわにしていく。
    ただ「良いこと」とはなんなのかという価値の問題は簡単に測れないのも事実だと思う。ある政策が実際は他の国でも行われていてナチスのオリジナルではない、というのは良い悪いには関係ないように思えるし、戦況が悪化して最初に言っていた政策が実行されなかったというのはどう評価すべきか、とも思う。
    ナチスが作ろうとしたアーリア人のドイツに含まれる人にとっては受け入れられる政策であったのだろう。異民族を暴力的に排除する歪んだ社会を希求したのは、第一次世界大戦が共産主義とユダヤ人によって背後から刺されたため悲惨な敗戦に終わったという歪んだ認識がヒトラーはもちろんドイツ人の中にもあったことが背景にはあったのではないだろうか。そのドイツ人達にとっては古き良きドイツを取り戻すナチスは全体としてはよい方向にこの国を向かわせている、と感じたのではないか。それがたとえユダヤ人の廃絶という絶対悪的な政策であったとしても。(もちろん公平な目で見ればこれは明らかに「悪い」ことなのだけど)
    政策が結果として実を結んだのかという視点での「良いこと」とその時の国民の要求に合っている「良いこと」というのは違う物だろう。そういう意味ではなかなか簡単に「良い悪い」で言い切ることができないことが多いと思う。

    読みやすさは評価したい。

    • Tenさん
      私もナチスの政策がすべて、ほかの国が前に行っていたものでオリジナルなものは全くないというのは、良い悪いにどういう関係があるのかと何回も違和感...
      私もナチスの政策がすべて、ほかの国が前に行っていたものでオリジナルなものは全くないというのは、良い悪いにどういう関係があるのかと何回も違和感を覚えました。
      2026/03/19
  • ナチを語るときって、どうしてもポリコレ的な空気を避けられなくて、部分的な肯定も否定もそこから自由ではいられないんだよね。その窮屈さがまずあって、この本もどこか粗を拾って否定の方向に持っていこうとする力が働いてる感じがしてそこが気になった。ミクロに見ればそれが良いことだったかどうかなんて本来は個人の価値観次第なんだよな。

    ただ、その価値観に他者の合意を得ようとした瞬間にポリコレが関わってきて、そこで合意が得られないのが現代のナチズムに対する評価なんだと思う。

    政党の施策なんだから政治的意図があるのは当たり前で、純粋な善意だったのかどうかを問う意味はあまりない。俺が知りたいのは「それを歓迎していた人が当時本当にいたのか」なんだけど、この本はそこをすっ飛ばして意図と効果ばかり語るから少しアンフェアに見える。やたらと取り沙汰す施策がオリジナルだったかどうかより、俺は“どう進めたのか”の方に興味がある。

    家族政策をやった、旅行を広げた、安いラジオを配った - でもこれは人口増加や国内生産、戦意高揚のためだった、って…いや、それは戦時下の政党の政策として当然だろ。

    「健康帝国ナチス」では“日常的な科学の実践と日常的な残虐行為は同時に存在し得る”という緊張関係を描いていて、その多面性が大切だと紹介しているのに、本書にはその構図はないように感じる。もちろんナチも良かった、なんて今の社会的合意のもとで言えるわけがないのはわかる。だからこそ「健康帝国ナチス」が示していたとされるような、善意の実践と残虐さの実践が同時に存在しうるという緊張感を、もっと誠実に紹介すべきだったんじゃないかな。

    もちろん知らなかった事実も多くて勉強にはなったし、俺も全くナチを称揚したいわけじゃない。ただ「良いこと”も”したのか」という問いに対して、もう少し誠実な書き方があってもいいんじゃないかなと思う。ナチも良いことはしてたよ、とアンチポリコレ的な動きを取る気も無いけども、ミクロな視点では、当時の誰かにとっては良かった面もあった可能性は普通にあるだろ、というのが俺の考え。ナチはマクロでは悪である。だから“良いこともしたか”という問いを成立させたいなら、ミクロで語るしかない。しかし本書はマクロのまま否定し続けるので議論が噛み合っていない。

    俺はアンチポリコレ側にも立たないし、ナチを称揚する気もない。でも“アンチ・アンチポリコレ側”の本書は、アンチポリコレを叩くことが目的化していて、議論が歪んでいる。

    学者ならもっと感情を抑えて書けよな。後書きで自分の炎上経験を持ち出して、異論を“中二的”と切り捨てるのはかなり見苦しいだろ。まあだから炎上するんだろ。

  • 昨今のSNSで定期的に話題となる「ナチスは良いこともした」という言説に対して、丹念にナチスを巡る歴史学の研究を追いつつ、実証的な検証をまとめた1冊。非常に薄い岩波ブックレットの一冊ということもありページ数こそ少ないものの、シンプルながら非常に理路整然と著者の主張がわかる1冊となっている。

    本書ではよく耳にするようなナチスによるドイツの急速な経済回復、子育て支援などの育児政策、環境保護政策など、いわゆるネトウヨ的な人種がSNSでつぶやく種々の「ナチスは良いこともした」という主張1つ1つに対して、最新の歴史学の研究を踏まえて実証的な見解を示す。主張によってはある局面だけを取り上げれば良いことをしたと言える側面が多少あったとしても、政策の影響をトータルで良かったと言える類のものではない、というのが本書での結論である。

    こうした実証を通じて、物事の価値というのは一側面から見るのでは決してわからず、多様な観点から見て初めてクリアになるものである、という当たり前の認識論を痛感させられる点で、一側面(と言えない場合すらあるが)から見ただけでそれが全てであるかのように語るSNS時代の言論やニュースを冷静に見ることの大切さを教えてくれる。

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著者プロフィール

小野寺 拓也(おのでら・たくや)

1975 年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。現在、東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。専門はドイツ現代史。著書に『野戦郵便から読み解く「ふつうのドイツ」——第二次世界大戦末期におけるイデオロギーと「主体性」』(山川出版社、2022)、共著に『検証 ナチは「良いこと」をしたのか』(田野大輔との共著、岩波書店、2023)、『〈悪の凡庸さ〉を問い直す』(田野大輔との共編著、大月書店、2023年)、訳書にS・ナイツェル/ H・ヴェルツァー『兵士というもの——ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理』(みすず書房、2018年)、U・ヘルベルト『第三帝国——ある独裁の歴史』(KADOKAWA、2021年)などがある。

「2025年 『史録 スターリングラード』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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