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Amazon.co.jp ・本 (116ページ) / ISBN・EAN: 9784003000816
AIがまとめたこの本の要点
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みんなの感想まとめ
多様な恋愛模様と雅な文化が織りなす物語が展開される作品で、特に在原業平を中心とした歌が魅力的に描かれています。物語は、業平の成長や恋愛を通じて、王朝時代の「みやび」さを感じさせる構成となっており、特に...
感想・レビュー・書評
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高校で授業で習った。
都鳥の和歌が記憶に残ってます。
それにしても1000年前に恋の歌とは、改めて考えると凄いなと思い直しました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
光源氏に先行する「みやび」な物語。紫式部も清少納言も読者仲間だ。ゆるやかな構成だが、基本的には(業平とおぼしき)男の「うひかうぶり」から、死期を悟るまでを描く。第1段の「うひかうぶり」は、元服か初爵かと解釈が分かれるが、いずれにしても青年になったばかりという年齢だろう。そして、この早熟にして激しい「みやび」が全段にわたって賞賛されているのだ。心魅かれるのは、やはり二条后高子とのくだり(第3段~第6段。後段でもしばしば回顧される)と、第23段の名高い筒井筒だろう。貴種流離譚にして王朝の雅の原型がここにある。
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116P
伊勢物語って、物語が始まって、さっと素敵な歌が詠まれて終わるみたいな、超さっぱりしてるんだけど、薄くはなってないのが凄いと思う。源氏物語は長いんだよね。
「そして、多分、第二期になって、それまで順序もなくただ集められていた個々の挿話を、光源氏的なひとりの人物の一代記として整えようという気運がでてきたとき、その人物の「元服」――つまり成人としての出発――の挿話を巻頭に持ってきて、最終の挿話を主人公の死に臨んでの歌の章にするのが適わしい、ということになったのでしょう。 現に、第三期の代表的古典学者である藤原定家は、同時代のやはり一流の注釈家の世尊寺伊行(建礼門院右京太夫の父)が、テキストの挿話の順序を勝手に変えて、この「初冠の段」を最初に持って行ったのは、本文批評家の態度としては怪しからん、と批難しているくらいです。だから、この「初冠の段」は、古くから巻頭に置かれていたのではないことが推測されます。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「むかし、東の京の五条に、皇太后の宮がおいでになったが、その御殿の西の対屋に住んでいる女があった。初めは本気でもなかったのに、だんだんと愛の深くなってきた男が、その女をしきりに訪れていたところ、正月の十日頃、女はほかへ姿をかくしてしまった。居所は聞いたけれども、普通の者が通って行けるような所でもなかったので、一層、つらい思いで日を過ごしていた。男は次の年の正月、梅の花ざかりに、去年のことを恋しく思って、女がもと住んでいた家に行き、立ってみたり坐ってみたりして、見まわしてみたが、去年の面影はなかった。男はひた泣きに泣いて、戸障子もない板敷の上に、月の出の頃まで臥していて、去年のことを思い出して詠んだ。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして(月も昔の月ではないのか、春も昔のままのあの春ではなくなったのか、自分だけがもとのままの我が身なのに……。) と詠んで、夜がほのぼのと明ける頃、泣く泣く帰った。(第四段)」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「芥川
むかし、ある男がいた。とうてい自分のものにはなれないと思われた女のところに、幾年も通って口説きつづけてきたが、ある晩、ようやく女を盗み出して、たいそう暗い道を逃げて来た。芥川という川のほとりにさしかかったところ、草の上に置いていた露を見て、女が、「あれは何ですの」と男に尋ねた。――行く先は遠く、夜もふけた上に、雷さえたいそうはげしく鳴り、雨もひどく降ってきたので、鬼の住む所とも知らずに、男は女を荒れはてた蔵の奥の方におし入れて、弓を持ち胡※(※は竹かんむり +祿)を背負って戸口を守っていた。夜が明けてくれるのを念じていたところ、鬼が早くも女を一口に喰ってしまった。「あれ」と女は叫んだが、雷の鳴る騒ぎに男には聞こえなかった。だんだん明るくなっていくにつれ、見れば連れてきた女はいない。地団駄ふんで泣いたが、かいもなかった。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「芥川というのは、宮中の塵芥処理のための下水でありますが、これは後世、この場面を美しい情景の絵にしようということになると、更に遠い摂津の国の同名の川の方へ持って行くことになります。 しかしそうなると、この章の後ろに、第三期になって書き加えられた、歴史的注記――つまり女の兄たちが宮中に出仕する途中で、女を捉えたということとは、繋がりが無理になります。が、そうした地理上の無理などは、画家が美しい場面を空想するのには、別に差し支えはなかったのでしょう。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「東下り むかし、ある男がいた。その男は、わが身を役に立たないものと思いきめて、もう都にはいるまい、東国のほうに住むべき地を求めに行くのだといって、出かけた。以前から仲のよかった友だち一、二人といっしょだった。道を知っている者もないので、迷いながら歩いて行った。そして三河の国の八橋という所に着いた。――そこを八橋というわけは、河の流れが蜘蛛の手のように八方に分れていて、橋を八つ渡してあるので、そう呼んだのである。その沢のほとりの木の陰に、馬からおりて坐り、乾飯を食べた。その沢に燕子花がたいそう美しく咲いていた。それを見てある人が「かきつばたという五文字を各句の頭に置いて旅の気持を詠んでみたら」といったので、男は詠んだ。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「なお旅をつづけていくと、武蔵の国と下総の国との境にたいそう大きな河がある。それを隅田川という。その河の岸辺に一行が足をとめて、遙かな旅路を思いやると、なんと限りもなく遠くへ来てしまったものだという気がしてきて、嘆きがつきない。しかし渡守が「早く舟に乗ってくれ。日も暮れるから」とせきたてるので、乗船しようとするにつけても、やはり皆はなんともわびしくて、――都に残してきた人がないわけでもないのだから、――そうした人のうえを思えば愁いが後をひく。そうした折も折、嘴と脚との赤い、鴫の大きさほどの白い鳥が、水の上に遊びながら魚を食っている。都では見られない鳥なので、誰も見知った者はない。渡守に尋ねると、「これが、あの都鳥」という。それを聞いて、」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「さて、いよいよ『伊勢物語』の中の最も有名な「業平の東下り」の段に入るわけですが、それでは史実として、九世紀に実在した在原業平なる人物が、実際に東国に下ったかどうかというと、史書には正式な記録は残っていません。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「ただ、この場面の第一期での創作があまりにも、都人の旅愁の情景として成功したので、それは日本文学のひとつの伝統的な手法となって、東海道を旅する多感な人は、大概、この峠で知人に会う、という型が後世まで伝わることになって行きました。たとえば、『海道記』も『東関紀行』も『十六夜日記』も、皆、それが実際の旅行記であるにもかかわらず、この『伊勢物語』のパターンに従っていることは、驚くべきことです。 中世の人々にとっては、旅行記さえも近代の写実主義とは異なって、古典的伝統を暗示することで、文学化しようとする傾向が強かったわけです。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「梓弓 むかし、ある男が、片田舎に住んでいた。その男は宮仕えをするためにといって、女に別れを惜しんで出て行ったまま、三年間帰ってこなかったので、女は待ちわびていた。そのうちにたいそう熱心に言い寄って来た男があったので、女はその男に「今夜逢いましょう」と約束したところが、ちょうどその夜、前の男が帰って来た。男は「この戸をあけてくれ」といって叩いたが、女はあけないで、歌を詠んでさし出した。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「東山 むかし、ある男が、都の暮らしをどう思ったのだろうか、東山に隠棲しようと思いつめて、住みわびぬ今はかぎりと山里に 身をかくすべき宿もとめてむ(都には住みづらくなってしまった。これを最後と諦めて、山里に身をかくすべきすみかを求めたい。) こうして世をのがれたが、そのうちにひどい病気にかかって息が絶えたので、人が顔に水をそそぎかけたりして、ようやく息をふきかえさせた。男は、わが上に露ぞ置くなる天の河 とわたる舟の櫂のしづくか(私の顔の上に露が置くようだ。きっとこの世のものではなく、天の河の川門を渡る舟の櫂の雫だろう――私を生き返らせるほどの霊妙な水なのだから。) と詠んで、生きかえったのだった。(第五十九段)」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
「阿保親王というスケールの大きな父と、小柄な美人の伊登内親王という母に、この上なく愛された業平は、如何にも平安貴族らしい風貌と、優雅さにととのえられた青年であった。ただ、宮廷というひとつの組織の中で、規則にしばられながら生活するには、感受性が強く、現実を直覚的に判断しやすい性格が、役人として不向きであったことは事実であろう。阿保親王の背後には、葛井氏という帰化人の大豪族がひかえ、伊登内親王の母のお里方は、藤原総本家の南家である。おびただしい財力と、奈良時代このかた栄えている筋目正しい本家の誇りがあった。今、現実的には、あらゆる策謀を使って時流に乗り、あらゆる権勢を自分の手元におこうとしている藤原北家のひとびとにとっては、眼にみえない力で押し返されはしまいかという不安から、在原一門の人々を、目の仇にしているふしがないではなかった。例えば、阿保親王は、若い時代に十数年間も、「摂津の国、うばらの郡、芦屋の里」に流され(『日本後紀』)、業平の兄、行平も、二十代の末頃、須磨に流されている(『古今集』詞書)。業平もまた「東下り」をしているのは、いわば、在原氏に課せられた宿命ともいえることであった。」
—『伊勢物語 グリンプス/日本の古典』作者不詳著
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「むかし、をとこありけり。」この有名な一文で始まる短編集。家元が所蔵する岩波書店版は1979年4月10日の第16刷発行。懐かしいパラフィン紙の黄色帯、著者別番号8-1
『伊勢物語』は六歌仙一人在原業平の歌を中心とした歌物語。藤原定家が流布本には、「説々不同」とあり、
①在原業平の自記
②業平の自記に他人が補筆したもの
③伊勢の御の筆作
④紀貫之作
⑤具平親王撰
で、この物語の最大の特色は昔、〜で始まる拾遺集(過去の作品からの寄せ集め)。定家本にない歌も10首ほど収載されており、
最後に実は、家元は在原業平に顔が似ているとある女(ひと)に言われた、それだけ(笑)。
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p.2023/12/7
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図書館で借りた。
岩波文庫の黄色、日本の古典を読んでみようシリーズだ。伊勢物語は平安時代に成立した歌物語。
和歌を中心にした、恋愛小説的なもの。
歴史書とは違って、中々前提知識が無いので読むのに苦労した。教養が足りないと実感。 -
好きな女とかけおちをした男。夜、雷雨の中、逃げるふたり。女が草の上の露を見て「あれは何?」と言う。男は隠れる場所を探すのに夢中、この辺りは鬼が出るとも聞く。男は荒れ果てた倉を見つけ、女を奥に押し入れ、戸口を守っていた。夜が明け、倉の中を見ると、女は鬼に食われていた。女が「あれは何?」と言ったとき、「露だよ」と答え、露のように消えてしまっておけば、この悲しみもなかったろう。作者不詳「芥河(あくたがわ)」『伊勢物語』彼女がいなくなったいま、月は昔の月ではない。春は昔の春ではない。
かぐや姫を迎えに来た天人「かぐや姫、不死の薬を飲みなさい。穢い地上のものを食べていたので気持ち悪いでしょう」。▼かぐや姫は、育ててくれたおじいさんとおばあさんを地上に置いて行くのが不憫だと思っていたが、天の羽衣を着ると、その思いは消え失せた。作者不詳『竹取物語』9世紀
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世の中つらいことがあるたびに谷から身投げしていたら、深い谷でも浅くなるだろう(作者不明)。▼やまとうたは、力を入れないでも天地の神々を動かし、目に見えない鬼神をしみじみとした思いにさせ、猛々しい武士の心を慰める。紀貫之(編)『古今和歌集』905
土佐国に赴任となった紀貫之。京で生まれた最愛の娘も赴任先に連れて来た。しかし赴任先の土佐で最愛の娘が死んでしまう。その後、土佐での任期が終わり、京に帰って来た紀貫之。しばらくぶりの家の庭では、小さな松がすくすくと育っていた。この家で生まれた子供がもういないのに、松の子供がすくすく育つのを見るのは悲しい。ともあれ、こんな日記は早いところ破り捨ててしまおう。紀貫之『土佐日記』935
〇唐とこの国とでは言葉は違うが、月の光は同じなので、それを見る人の心も同じだろうか。
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夜な夜な別の女のところに行く夫。「嘆きながら一人で寝る夜は、夜が明けるまでどんなに長くつらいか、あなたには分からないでしょう」と和歌をいつもより改まった字で書き、色あせた菊に挿して夫に渡した。藤原道綱母『蜻蛉かげろう日記』974
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私がお慕いしているのに、それほどでもない女を可愛がりなさるとは、癪にさわり恨めしい(夕顔)。▼あなたが心変わりをしているとも知らず、私の訪れを待っているものとばかり思っていました(浮舟)。紫式部『源氏物語』1001
〇光源氏。男。容姿端麗。20代前半。
〇葵。光源氏の正妻。
〇空蝉(うつせみ)。人妻。光源氏は夜這いして関係を結ぶも、その後フラれる。
〇夕顔。光源氏は一目ぼれし、廃墟に連れ込んで関係を結ぶも、女の生霊が現れ、夕顔が死んでしまう。その後、夕顔は人妻で、小さな娘もいることが判明。
〇若紫。10歳の少女。一目惚れし、自分の屋敷に引き取って自分の理想の女性に育てる。
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〇桐壺。光源氏の母。光源氏が3歳の頃に亡くなる。
〇藤壺。父親の再婚相手。光源氏の継母(ままはは)。
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若い男は細めなのがいい。年配の男は豊かに太って貫禄あるのがいい。▼講師は美しい顔の人がいい。美しい顔をじっと見つめていれば、話の有難みも感じられる。▼人から一番の扱いをされないといやだ。一番でないなら、憎まれたりひどい扱いを受ける方がましだ。▼ハエが濡れた足で顔にとまっている有り様は本当にきらい。▼急用がある時にやってきて長話をする人はきらい。▼来客中なのに、家の奥の方からくつろいだ内輪話が聞こえてきて、止めることができないのはいたたまれない。▼毛がよく抜ける銀の毛抜きはめったにない。▼枯れた葵や人形遊びの道具を見ると昔が恋しくなる。 ▼他人があくびをしているのを見ると、あくびが出てしまう。▼二歳から三歳くらいの幼児が小さなごみをみつけて、愛らしい指でつまんで、大人たちに見せている。とてもかわいい。清 少納言『枕草子』1001
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私は小さいころ、自分はまだ器量がよくないが、年頃になれば見た目も美しい夕顔や浮舟のようになるのだ、と思っていた。あさはかなことだった。▼古い考えの父は、宮仕えはとてもつらいと思い、最初わたしを家から出さなかった。菅原孝標女すがわらのたかすえのむすめ『更級日記』 1060
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春風(はるかぜ)。姫君。女。活発。蹴鞠・鬼ごっこ。男仲間のがき大将。りりしい青年に成長。
秋月(あきづき)。若君。男。内気で人見知り。人形遊び。普段から女の子と遊んでいる。美しい娘に成長。
『とりかえばや物語』1198
※国風文化。平安時代中期。 -
業平作ではないけれど、
かしがまし草葉にかゝる蟲の音やわれだに物をいはでこそ思へ
めっちゃ同意笑 -
単なる名歌集にしては物語的要素が強いけれど、詠み手はさまざま、時系列もほとんどバラバラ。
こうなってくると逆に成立過程が気になるところ。 -
「むかし、をとこありけり」
平安時代を舞台にした恋愛物語のショートショートとでも言える作品集です。 -
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六歌仙の一人、在原業平の代表作です。
一般的に、古典文学はとっつきにくいイメージだと思いますが、伊勢物語は色々な恋愛模様を和歌とともに綴った笑いあり涙あり切なさありの非常に素敵な物語です。
駆け落ちしたものの女を鬼に奪われてしまう『芥川』(6段)や、かきつばたの歌で御馴染みの『東下り』(9段)は、高校の授業でも取り上げられて馴染みがあると思います。
あ、個人的には、23段が好きです。
物語中に挿入されている和歌もまた秀逸です。修辞がとても技巧的だったりもします。
さすが六歌仙、業平さん(´∀`人)ステキ
人間の価値観は時代とともにどんどん変わっていきますが、
根本的な感情は千年前も今も同じなんだと思います。
全125話の独立した短編からなるので、気合を入れすぎずに少しずつ読み進めることができます。
今まで授業以外で古典を読んだことがない人にもお勧めします。
よかったら読んでみてください。 -
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4003000811
── 大津 有一《伊勢物語 09‥‥‥ 19641216 岩波文庫》九四
http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/ise2.htm
在原 業平 歌人 0825‥‥ 京都 08800709 56 /天長 2.‥‥-元慶 4.0528
/Ariwarano, Narihira
大津 有一 国文学 19020327 石川 19830701 81 /皇學館大學教授
/Ootsu, Yuuichi
むかし、男ありけり。女を買って、しけこんだところ、不如意につき、
わかい女と交代したという。わかい女に万札をわたすと、帳場で両替し、
釣銭をくれたそうな。生き馬の目を抜く都会でも、ここに泉ありき。
(20121102)(20210505)
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注釈が物足りなかったのが残念。身分を超えた愛情を感じられる一冊。
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塩竈などを舞台とした作品です。
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大好き。永遠の片思い。
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むかしのをとこに学ぶことはないかと考える。いろいろあるっす。
よいうたを物語りしてつなぎとめてゆくスタイルの本なのかな、と思う。しかしまあそのいち挿話いち挿話の積み重ね方が何故かはわからないが美しく思えてしまう。世の中で起きていることなんてそういうもんだ、ということなのか。 -
(2004.01.01読了)(2003.11.03購入)
(「BOOK」データベースより)
在原業平とおぼしき貴公子を主人公とするこの物語は、彼の元服から終焉までの一代記風の構成をとる。権力とは別次元の価値体系に生きる男、后・斎宮から田舎女・召使との恋愛、報われることを期待しない女の愛、麗しい友情、主従の厚い情義など、ここにはそれまでの王朝文学の思いも及ばなかった愛情の諸相が生き生きと描かれる。
☆関連図書
「竹取物語・伊勢物語」田辺聖子著、集英社文庫、1987.07.25 -
よく教科書に載っていたので 手にとって見ました。
教科書ってやっぱりスゴイですね。 秀逸な作品は載ってますね。 -
080914(s 081108)
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源氏物語の題材になった男(在原業平)を扱った作品。
大津有一の作品
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