舞姫・うたかたの記―他3篇 (岩波文庫 緑 6-0)

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  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003100608

感想・レビュー・書評

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  •  夏目漱石とならぶ明治の文豪、森鴎外の初期短編集。いわゆるドイツ三部作、『舞姫』『うたかたの記』『文づかひ』などが載っている。

     男性一人称が「余(よ)」という雅文体で綴られた物語は、一見すると難読で、ざっくばらんな口語体しか受けつけない読者には敬遠されてしまうかもしれない。少しもったいない話だ。文体の古めかしさとは裏腹に、描かれている物語は、往年の少女マンガを思わせる耽美派ラブストーリーだというのに。

     『舞姫』は日本人留学生とドイツ人踊り子の悲恋物語。エリート秀才の豊太郎と踊り子エリスが恋に落ち、やがてエリスは妊娠するが、恋愛より出世を選んだ豊太郎は結局エリスを捨てて帰国、捨てられたエリスは発狂して精神病院に…という、レディースコミックばりのメロドラマである。(鴎外には怒られるかもしれないが、素人がすなおに読むとそういう物語なのだから仕方がない。)

     『うたかたの記』は、より少女趣味的だ。日本人留学生の巨勢(こせ)は、かつて自分が苦境を救った花売りの少女マリイと再会し、恋に落ちる。母親が国王の求愛を拒んだために賤しい身分に身を落としていたマリイは、巨勢との恋に胸躍らせるが、巨勢と訪れた湖畔で偶然、王と出会って襲われそうになり、誤って水に落ちて溺死してしまう…という物語だ。これは湖で溺死した実在の王ルードヴィヒ2世の逸話を下敷きにしている。

     ストーリーを要約してしまうといまいち面白みが伝わらないのだが、鴎外の高雅な文語体で語られる物語には、ドイツ浪漫主義文学のような独特の香気がある。全体の荒唐無稽さよりも、場面場面のインパクトの方がまさるのだ。最初はとっつきにくい文章だが、いったん慣れるとクセになる魅力があると思う。

    「けふなり。けふなり。きのうありて何かせむ。あすも、あさても空しき名のみ、あだなる声のみ。」

    (今日だけ。確かなのは今日だけ。昨日がなんだっていうの。明日だの明後日だの、ただの言葉じゃない。言葉だけじゃない)

     『うたかたの記』のマリイの言葉である。雅文体に誤魔化されそうになるが、言っていることはJ-POPの歌詞と変わらない。鴎外は同時代の歌人、与謝野晶子を高く評価していたという。リベラル知識人として女性の活躍を応援していたというだけでなく、乙女の感性に本当に理解がある人だったのかもしれない。

     万人に薦められるタイプの作品ではないけれども、ひと昔前の少女マンガが好きな人なら、文体さえクリアできれば意外と楽しめるんじゃないかと思う。

  •  千年読書会・第2回の課題本でした。

     森鴎外の自伝的な小説とも言われている一編となります。実際には、身近な友人と自身の経験をない交ぜにしたもののようで、「うたかたの記」「文づかひ」ともあわせて三部作的な位置付けとも言われてるのでしょうか。

     相変わらずに美しく流れる文体も堪能しましたが、内容も当時の状況を敷衍しているかのようで何気に興味深く。“誰”に感情移入するかで、読み解き方は変わるのかなと感じました。

     さて、主な登場人物はこちらの3人。

     主人公:太田豊太郎
     踊り子:エリス
     友人:相沢謙吉

     政府の公費でドイツに留学した秀才肌の主人公・太田豊太郎、彼が留学先で踊り子・エリスと恋に落ちたところの回想から、物語は始まります。その恋に“ハマった”豊太郎、仲間の心無い讒言などもあり、結局は政府から罷免されて、エリスと暮らしながら現地の新聞記者として糊口をしのいでいました。

     そこに、友人・相沢謙吉からの再チャレンジの誘いがあり、記者として培った知見や語学力で政府関係者から評価され、祖国に復職することが夢でなくなっていくのが大筋となります。

     ただ、相沢からの提示されたのは「エリス」とは袂を分かつべきとの一つの“提案”がなされたところから、悲劇の歯車をも回りはじめます。

     恋をとるか仕事(出世)をとるか、現代の視点で観れば“エリスを連れて帰る”との選択肢もあったのでしょうが、政府役人との立場ではそれも難しかったのかな、といった当時の世相を、まずは読みとることができました(今でも治安や外交などの重要事案に携わる役人さんには制限事項があるみたいですが)。

     結末から遡れば、酷薄で不義理であるとの断罪にもなりますが、これは当時も同じであったようで、自身でも「ニル・アドミラリイ」とのフレーズを文中で使っているのが印象的です。

     確かに、この“悲劇”は豊太郎の優柔不断さに起因しているのと思いますが、同時に、明治時代の“優秀かつ野心的な若者”であれば、誰しもが持っていた“立身出世”への強い想いもまた、読みとることができるかな、と。

     ここにはそんな“エリート”の煩悶が籠められているのかと、感じます。

     鴎外自身の経験を投影しているとも言われていますが、当時はこれに類する話は周囲にもいろいろとあったのでしょう。そういった意味では“よい小説は時代を映す”ということを感じることができ、長く読み継がれているのもなるほどなぁ、と。

     豊太郎の境遇を慮ればこそ「エリス」を切り捨てよとの言葉を発した、相沢。豊太郎を愛すればこその、不安と絶望を押し隠しながらも堪えきれずに狂気に行きついた、エリス。そして、それらのすべてを実感していながらも決断しきれずに煩悶とし続けた、豊太郎。

     “相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。
      されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ、今日までも残れりけり。”

     恐らく豊太郎は、この先も一生涯、相沢にこの“屈託”を見せることは無かったと思います。

     三者三様の想いがちょっとしたボタンの掛け違いで、取り返しのつかない悲劇に至ってしまう、この物語の大枠だけ見れば、意外と今でも転がってそうな設定で。人の行為はそうそう変わることが無いのかなぁ、との普遍性を感じてみたりも。

     コレが仮に「自分だけが最優先な」いまどきの優秀な人間(エリートに非ず)であれば、なんのてらいもなく、生活のためにエリスを切り捨てたか、もしくは友人の真摯な誘いであっても一顧だにしなかったのかも、とも。

     明治であれば福沢諭吉翁、昭和であれば出光佐三氏、現代であれば青山繁治さんのような。彼らの共通するのは「国を支えて国を頼らず」との気概と思います。ふと感じたのは、今の日本に足りないのは、こうした気概を持った“エリート”かなとも、考えてみたりしています。

     初めて読んだのは確か高校生くらいの頃、その時は豊太郎の不甲斐なさや不義理さに、違和感と反発しか残りませんでした。今回、久々の再読で俯瞰して見ると、その心の動きはなんとなく理解できる気がします。それはどこか、息子なり甥っ子なりといった眼で豊太郎を見ているからなのかもしれません。

     そして自分が、相沢と同じ立場になったら、、「切り捨てよ」と言わない自信は正直、持てません。親しい間柄であればそれだけ“近くにいてほしい”と思うでしょうから、、と、そんな風に感じた一編です。

     もう一つ興味深かったのは、どこの国でも、どの時代でも、“芸妓”が、性サービスと密接にかかわりがあるとの視座でした。確か、同時代のドガが「舞台の踊り子」でも舞台裏にいるパトロンの様子を描いていたと思います。

     それを踏まえて、現在の日本の芸能界はどうなのだろうと、最近では“ミスインターナショナル・吉松育美さん”の事件などから垣間見える“現代日本の芸能界の闇”も思い出しながら、そんな風に感じたことを付け加えておきます。

    • アセロラさん
      こんにちは(^-^*)/

      舞姫懐かしいです。わたしも高校時代に教科書で読みました。
      当時の国語便覧にあった鴎外の年表によると、実際のエリス...
      こんにちは(^-^*)/

      舞姫懐かしいです。わたしも高校時代に教科書で読みました。
      当時の国語便覧にあった鴎外の年表によると、実際のエリスは日本まで追いかけて来たそうです。

      結果的にエリスを捨てて出世を選んだ豊太郎ですが、
      エリスと幸せに暮らしていた頃の描写がやはり好きです。

      幸せとは何か…も考えさせられますね。
      2014/01/17
    • ohsuiさん
      アセロラさん

      私も初めて読んだのは高校の教科書だった覚えがあります。
      実際には追いかけてきたのですね、ふむふむ。

      何気ない日常...
      アセロラさん

      私も初めて読んだのは高校の教科書だった覚えがあります。
      実際には追いかけてきたのですね、ふむふむ。

      何気ない日常を重ねるのもまた、幸せですよね。
      豊太郎自身が後悔を残しているだけに、いろいろと考えさせられる物語だと、思います。
      2014/01/19
  • 豊太郎のだめっぷりが久しぶりに読みたくなったので、「舞姫」を高校の教科書ぶりに読んでみた。
    エリートコースを歩む豊太郎が、法律から歴史や哲学に興味を移し、母親や上司の言いなりの受動的な人間から、自ら決断する能動的な人間になろうと藻掻く。
    そして舞姫のエリスと出会い、貧しいながらも幸せに暮らし始める。

    が、帰国してエリートに戻りたいと思う気持ちとエリスへの愛情との間で心揺らぐ。
    結局は自ら決断できず、自分が倒れている間に友人がエリスに告げ口したことにより、"仕方なく"帰国せざるを得なかった、と自分が悪いわけではないようなところがあいかわらずダメ男だと思った。
    けど、しょうがないよなー、とも思う。
    悩んでも悩んでも、きっと豊太郎には決断できなかったんだよなー。

  • 文語で書かれたことによって、『舞姫』の全体は浪漫的なトーンで覆われることになった。物語は、ベルリンからの帰途、セイゴン(サイゴン)の港で「石炭をば早や積み果てつ」の印象的な一文で語り始められる。この物語の主人公であり、語り手である豊太郎は、この時日本を目前にしていた。すなわちこれは、すべてが終わったところから始まる「喪失」の物語なのだ。愛していたエリスも、そして自身の青春も、前途への夢も、すべてを時間と空間の向こう側に置いてきてしまった物語。そして遥かな彼方には、世紀末ベルリンの煌びやかな光芒があった。

  • 文体に抵抗があって、高校生のときに一旦投げた。

    今読み返して、ルコント=ド・リルらと同じ雰囲気に納得した。なるほど「高踏派」だ。美しいけれども、きっちりした箱に入っている感じ。

  • 国語の授業で舞姫を初めて読んだときには、豊太郎は何てひどい男なのだろうくらいにしか思いませんでした。

    それから数年経って読みかえしてみたら、豊太郎の苦悩や弱さが他人事とは思えなくて、はたしてどれだけの人が彼を責められるだろうかと考えてしまいました。

    120年以上前のベルリンが舞台の小説ですが、彼の「エリスとの愛」と「栄達を求める心」との間の葛藤は、現代にも通じる部分が多くあると思います。

     うたかたの記・文づかひ・ふた夜といった他の収録作品も、舞姫同様に浪漫味あふれる素敵な作品です。文体のせいで敷居が高く感じるかもしれませんが、ぜひ手にとって読んでみてください。

  • 留学経験の影響が色濃い『ドイツ三部作』と他二編を収録。ロマン主義の初期作が多く、文語文を用いた人物・情景の描写がとても美しい。

    儚く物悲しいストーリーは読者の哀愁を誘って止まない。そして各話に登場する少女たちの可愛いらしさも相まり、これがまた我々の同情を一層募らせる。

    高校ではかつて『舞姫』を音読した。5年ほどの歳月の後に再読すると、改めて文体の美しさに驚かされるとともに当時とは異なる視点から物語を追うことができた。

    これだから読書は面白い。
    果たして5年、10年後の私はどう読み解くのだろうか。

  • ドイツ三部作が読みたくて購入。

    森鴎外の著作は高校生のときに結構読んでいたのですが、あらためて舞姫を繙いてみて、想像以上の読み難さに驚きました。
    鴎外の著作は擬古体で書かれており、あえて読みにくい、古い文章で書かれており、そのため、同年代の作家と比較しても飛び抜けて難しく感じます。
    ドイツが舞台のハイカラな内容を擬古体で表現するところに鴎外の楽しみ方があるのだと思うのですが、個人的にはただただ読み難いとしか思えなかったのが残念です。
    ただ、一般的には、文章の美しさに定評があるため、そこをうまく感じ取れる方には良いのかと思います。

    本書では、三部作の他、そめちがへ、ふた夜の合計5作が収録されています。
    雁、高瀬舟、阿部一族など、比較的読みやすい作品は収録されていないので、とにかく舞姫が読みたい、舞姫を読むなら三部作すべて読みたいという方にはおすすめですが、鴎外の入り口としては、個人的には舞姫はおすすめできません。

    各小節の感想は下記の通り。
    単純な面白さで言うと、ふた夜は良かったですが、あとは今ひとつでした。

    ・舞姫 …
    とにかく豊太郎サイテー。
    中盤までの穏やかな日々からの終盤の落ちようが酷い作品です。
    擬古体で書かれた、ドイツ人と日本人の恋物語というセンセーショナルな内容に新鮮味があった当時ならともかく、現代の我々が読んでも感銘の受ける内容ではないと思います。
    あまりにも有名な作品なので、コモンセンスとして読む分には良いかと。

    ・うたかたの記 …
    読み難い文章が通読の邪魔をしますが、3部作の中では比較的内容を拾いやすく、物語として成り立っていると感じました。
    舞姫よりは主人公は一途で、ロマンチックな話でした。

    ・文づかひ …
    びっくりするほど何書いてるのか分かりませんでした。
    幸いにも、親切なサイト様で公開されている現代語訳を読んで、ようやく内容を知ることができましたが、単純な内容に過度な装飾を施しただけの作品に思える。
    尾崎紅葉なら長い会話文も楽しく読めるのですが、本作は特に冗長にしよう、装飾しようという思いがある気がして、好きになりませんでした。

    ・そめちがへ …
    一旦文筆を置いた鴎外がブランクの後、執筆した作品です。
    異国を舞台としている他の作品とは違い、本作は明治の花柳小説であり、これまで読んできた、逍遥や四迷、紅葉に近い雰囲気を持っています。
    あとがき曰くには、斎藤緑雨が失敗作と揶揄したとのことですが、確かに、当時流行していた小説の真似てみたが、面白みのない状況説明で終わった感じがします。
    珍しい作品ですが、鴎外の著書の一部である、というところで読んでみるのもいいかもしれません。
    肝心の内容が面白いかというと。。。

    ・ふた夜 …
    鴎外の翻訳作品です。
    現代の翻訳家が改めて書き起こすともっと面白いのであろうところが残念です。
    だって、擬古体なんだもの。
    原作準拠なのでしょうが、士官の一時の邂逅と悲しい結末が大変印象深く、心に残る作品でした。
    鴎外はもう少し老成してから再読しようかと思います。

  • 森鷗外氏の「舞姫」など有名な作品が収録されている書籍の「岩波書店」版です。

  • 『舞姫』他、全5編の短編集。
    舞姫は比較的読めたが、その他の作品は小生の国語力では文語体が厳しく正直すんなり読めない。
    当時としてドイツに関わる書籍は珍しかったんだろうと思います。
    小生の国語力所以に★3つ。ごめんなさい。

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