森鴎外 椋鳥通信(上) (岩波文庫)

著者 : 森鴎外
制作 : 池内 紀 
  • 岩波書店 (2014年10月17日発売)
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  • レビュー :4
  • Amazon.co.jp ・本 (481ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003100691

作品紹介・あらすじ

一九〇九年、鴎外がはじめた不思議な連載は、どこよりも新しい海外通信だった-膨大なヨーロッパの新聞・雑誌をもとに、世紀の発見からゴシップまで、激動の二十世紀初頭を独自のセンスで切り取り編んだ「鴎外発世界ニュース」。編注者のコラムつき。

森鴎外 椋鳥通信(上) (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 3年読み続けても終らない、すぐれもの。時々トーマス・マンの消息が出てくるのでやめられない\(^o^)/

  • 「世紀の発見からゴシップまで!膨大なヨーロッパの新聞・雑誌をもとに、激動の20世紀初頭を独自のセンスで切り取り報じた、(鴎外発世界ニュース)。(全三冊)」というのが、最も短い岩波文庫の紹介文である。池内紀氏の編注は懇切丁寧であり、コラム、解説共に充実していて、私たちは明治の雑誌愛読者の感覚で、明治のYahooニュースとも言えるこの短文集を読むことが出来る。従来、無記名で書かれたこの作品の評価は低かったようなのだが、とっても興味深い文章が多かった。

    1909年(明治42年)2月。
    ◯自動車の統計。全世界で326175台。内北米120000、イギリス及びアイルランド102500、フランス37000、ドイツ23000、イタリア9730、オーストリア=ハンガリー7425、ロシア、ギリシャ及びトルコ6500(←この3国がまとめて数えられているのが凄い)、スペイン及びポルトガル4740、南米4000、インド3200、英領拓殖地3100、中央アメリカ2500、支那及び日本1500(19-20p内容)。
    (←椋鳥通信で、この手の統計は非常に多い。しかも発表の3日前の数字だ。今だからわかるが、これは、数字から見た当時の国力地図だ。鴎外は世界を知ろうとして、その能力を持ち、実際に知っていた数少ない知識人の1人であるだけでなく、それを1人のものにしなかった日本で唯一、いや、現代に至るまでに唯一の日本人なのかもしれない。そして、「かのように」で、昔の女がドイツからやって来てアメリカに去って行ったのは、偶然ではなかったのである。)

    1909年6月5日発。
    ◯5月9日にニューヨークでは母の記念日と云って、子のある女が皆白い石竹の花を持って歩いた。
    (←もしかして母の日を報じた初めての文章?)
    ◯「アントランジャ」紙で「いかなる性質を妻に必要なりとするか」という問を出して答を集めた。ただし問票に便宜上性質を13に分けてあった。すなわち、美、慈、勇、忍、貞、温、快、直、智、富、健、才、芸の13である。これまで集まった所では、最高点が健である。勇は健の半数である。慈は三番目である。それから、直、才、貞、智、富、忍、芸、快、温、美の順序である。美を要求するものが最も少ないとは意外ではないか。
    (←今も昔も全く変わらないアンケートの中身に私は驚いた。また、最後の鴎外の感想に当時の日本男子の本音があるが、現代日本でアンケートしても多分「美」はあとの方になると思う)
    ◯ボンペイで官掘区域をへだたること200mほどの所で、私掘を遣っているうちに、これまでにない立派なローマ時代の別荘を掘り当てた。天然の1/3大の人物を書いた壁画は立派なものだそうだ。そこで政府は私掘を差し止めた。
    (←この記者はまだ自覚していないが、これが世紀の大発見ボンペイ遺跡の最初の記事なのではないか?)
    ◯5月5日にはナポレオン3世未亡人ウジェニーの83歳の誕生日である。今でもこのお婆さんは毎年一度パリのホテル・コンチネンタルに出て泊まって、昔の宮殿の跡の公園になっているのを見るのだそうだ。
    (←現在では遠い昔の歴史の生き証人が、こんなふうに雑誌のゴシップ欄みたいに載っていることの不思議。しかも、この当時はまだベルサイユ宮殿は整備されていなくて公園扱いだったんだ)

    1909年9月3日発
    ◯ジョセフ・トムソンの演説いわく。石炭が尽きて、水力も不足になるころには太陽の力を工業上に利用するだろう。太陽は1エーカーの7千馬力のエネルギーを送っているのを、我々はまだ利用することを知らない。追っては、サハラ砂漠が世界開明の中心になるかもしれない。(←100年経ってやっとこの発想の水準に近づいた。人類の進歩のテンポとしては遅い。原子力がそれまでも邪魔をしたということか)

    1910年5月7日発
    ◯4月21日にコネチカットのレディングでマーク・トゥエンが死んだ。易さくの当時居合わせたのは、娘1人、その婿のピアニスト・オシップ・ガブリロヴッチと医師とであった。最後に見た書物はカーライルの「フランス革命」であった。葬儀はエルマイラで営まれるだろう。妻も3人の子も、あそこに埋めてあるのである。マーク・トゥエンはニノットという船頭詞である判事の子に生まれて、無罪産のために、ミシシッピの川舟の船乗りをしていた小さい時の記念である。30歳くらいの時、ネヴァダの金掘りになっていてはじめて滑稽小説を書きはじめた。ブレット・ハートもそうであるが、この人も短文に長じている。(←死亡短信が多いのも椋鳥通信の特徴。しかし、これは少し長い。鴎外をして、彼に一目置いてあたのか。そして当時の死亡欄のなんと下世話なことか)

    こんなふうに書き写していると、キリがない。100年前の「世界」が、まるで現代のように生き生きと迫ってくる。それを明らかに愉しんでいる鴎外の気持ちにも触れることが出来る。貴重なシリーズだ。読み進んでいきたいと思う。

    2015年12月10日読了

  • 森鴎外の小説を余り面白いと思って読んだことは無かったが、この時評は面白い。しかし、量が量なので、全部読み切るのはちょっと無理かな

  • 『スバル』で連載された森鴎外のコラム。

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    “1909年,「スバル」に連載が始まった不思議な海外通信は,いちばん新しい世界ニュースだった――激動の20世紀初頭,膨大なヨーロッパの新聞・雑誌から独自のセンスで選んだ,世紀の発見・探検に文化の新潮流,はたまた猟奇事件にゴシップ記事……どこから読んでも面白い「鴎外世界ニュース」に,編者による書き下ろしコラムつき.(全3冊)”

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