- 岩波書店 (2004年10月15日発売)
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感想 : 58件
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Amazon.co.jp ・本 (228ページ) / ISBN・EAN: 9784003100714
みんなの感想まとめ
人間の内面や心理の揺れ動きを描いた作品は、時代を超えて共感を呼ぶ魅力があります。主人公の文三は、仕事を失った後に恋愛の危機に直面し、心の葛藤を通じて成長していく様子が描かれています。読者は彼の内面的な...
感想・レビュー・書評
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言文一致体っていうのだっけ。
言葉づかいも面白いし、うだうだ考える文三の心のうちも面白い。もう少し若い頃に読んだのならば身につまされることもあったのかな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
人間の内面、心理は見方はそれぞれ、捉え方はそれぞれ、当時も今もこの小説に出てくる動揺する心理は変わっていない。
140年くらい経った今も変わらないってことは人間が必ず陥る罠だし、特有の権利でもある。
このダイナミクスが人生を彩っている。
やって見ろよAIさん。
とこの時代に叫んでおく。 -
仕事をクビになったら好きな女の子が他の男に取られそうになって大焦り!というお話。
登場人物みんな好きになれなくて良い。良いもどかしさ。まずウダウダ言ってないでちゃんとせい、だし、男の子から好意を向けられて良い気になるな、だし、舐めた態度で場を掻き回すな、だし。
注釈だけで60ページあるので相当の読みづらさを覚悟してたけど、恐れていたほどじゃなくて助かった。皆どんどん喋るので読みやすかった。 -
文三とお伊勢。本田の三角関係。
ぐずぐずとはっきりしない文三、ついでに仕事も首になる。
それを周りの皆で馬鹿にする話。 -
何となく敬遠していたが予想以上に読みやすかった
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言葉は今とさほど変わらずも、時代背景が全く違うために、註釈を読まないと書いてある意味が汲み取れない。夥しい量の註釈だけでは足りぬ故に辞書で調べネットで検索しながらようやっと読了。
内海文三の気弱さに若干苛々させられつつも、夢に溢れて前しか視ないというイメージの明治人の中にも文三のような人間が存在していたのかと少し意外さを覚えた。
解説にもあるように、学問への打ち込みと良識だけで生きてきた文三は、結局、口先の巧みさで上り詰めてきたチンピラのような本田昇に悉く負かされてしまう。今の社会でもそれは同じ。そしてその社会の有り様を批判すべく筆を執ったらしいが、二葉亭四迷自身が深みにはまったのか、なんなのかで、結局完結する事なく終わらされてしまったらしい。
明治の当時においてであれば、その警告なり批判なりも新鮮に映ったろうが、今の社会ではその社会問題ももはや誰もが認めるところであり、ゆえに消化不良感が大きい。尾崎紅葉の金色夜叉然り。モヤモヤだけが残る。 -
↓貸出状況確認はこちら↓
https://opac2.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/BB00096850 -
とにかく、訳注が多い。
初めての近代小説らしいです。
取り立てて内容的には盛り上がるところとかはないですが、なんと言っても描写の面白さ、博学さ、圧巻の面白さで笑えます。
小説の根源を見たような気がします。
面白かったです。 -
解説:中村光夫
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注釈が多い。当時の世俗、世情、言葉回しなど注釈なしでは解せない。しかし話の展開、文章のキレが良いので読みやすい。結末は悩める青年はそのままに。現代にも通ずる。
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まさに人間そのものが描写されている。この時代に先駆者としてここまで面白い作品を書けるのは素晴らしい。
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本書の日本文学史上の意味を知るためには、まず当時日本にあった文学、すなわち読本や滑稽本などを理解していないと、そこから如何程に進化したかを確認できず、また逍遥の小説神髄を読んでおかないと何を目指して執筆したのかがわからないと思います。
よって、当時の日本文学の状況や、小説神髄の概要を知った上で読むことをおすすめします。
日本における文学は、私見ですが、戦後の高度経済成長期に完成しており、今日のそれはエンタテインメントの一つとしてしか受け入れられていないと思っています。
その今ある小説の起点の一つとして数えられるのが本書、浮雲です。
ただ、本書が書かれた時点でようやく日本は列強に遅れてスタートを切ったわけなので、今では小学生で習うレベルの文章の書き方が定まっておらず、"、"や"。"のつけかたや、"「」"の使い方すらあやふやな状態でした。
本書は3部構成となっておりますが、各章ごとに文章の書き方が全く違う、試行錯誤の過程が見られるのが特徴となっています。
内容は、ダメ人間の内海文三が上司に嫌われてクビになり、好き同士だったはずの美少女が、世渡り上手な元同僚に取られまいとする。身も蓋もない要約ですが、簡単に言うと、ニートの引きこもりが主人公の恋物語です。
おまけに未完となっています。未完なのか、終わっているのかは有識者で意見の別れるところであり、どちらにせよ出版されている内容では、恋の行方は有耶無耶のまま終わっています。
言文一致、会話部分では口語体を使い、地の文は分けているのも、今では当然ですが当時としては画期的な発明です。
そういった文学的意味や、白ゴマ点のような特殊な句読点などが本書の楽しみどころですが、純粋な読み物と見ると、これが意外と面白かったです。
2016年現在より130年ほど前の作品なので、日本語で書かれていても読むのが大変なところはあるのですが、中盤あたりから筆者も筆が乗ってきたのか、スイスイ読めるようになります。
ダメ人間の文三がおばにやり込められるところなど、読んでてかわいそうになりました。誰が悪いって、文三が悪いのですが。
読み物としてもおすすめです。 -
解説にも書いてあるとおり、正義を貫き通す生き方を良しとするかという古今東西通ずる葛藤を、ダイレクトに表現した作品。ハッピーエンドでも完全に終わりきった感じでもなく人によっては読後感が微妙かもしれないけど、これでいいんじゃないかと個人的には思った。読む価値はあり。
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久々に日本の近代文学を読もうと思い、どうせならその中でもとびきり古いやつから手を出そうと思いこれを選んだ。
言文一致体という大胆な文章改革を行った、日本近代文学の出発点として大きな意義を持つ小説。巻末の解説を少し読んだだけでも、明治という日本の青春時代の息遣いが伝わってくる。
本文も内容は分かりやすく平易であり、(約270ページに対する664個の注釈を除けば)楽しく読めた。
先日、明治の日本を舞台とした長編『坂の上の雲』を読んだ。著者が「このながい物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である」(1巻あとがきより)と述べているように、産声を上げて間もない日本が当時の列強に追いつくべく前へ前へ進んでいく様が生き生きと描かれている。昔は良かったなどと言うつもりは微塵も無いが、前へ前へと進む力は、若い国だからこそ発揮できるエネルギーなのかなと改めて感じる。それは、人も国も同じだろう。
なかでも、明治政府は西洋に追いつくため教育に非常に力を入れた。江戸時代から一転、国民皆学の方針が打ち出され、学問で身を立てることは当時の流行の精神でもあったという。「お父さん、赤ん坊をお寺へやっちゃ厭ぞな。おっつけうちが勉強してな、お豆腐ほどのお金をこしらえてあげるがな」と言い、刻苦勉励し身を立てた秋山好古(『坂の上の雲』の主人公の一人)はその体現者の一人といえる。
この小説の主人公"内海文三"も、そうした流行の精神の中にいた一人だ。親は元武士で、明治になり俸禄がなくなってしまった。士族の商法の多聞に漏れず貧乏だったが、それでも「多くもない資本を吝(おし)まずして一子文三に学問を仕込」み、文三もそれに応えるべく一所懸命勉強をした。紆余曲折の末、国の役人(事務員)になることができた。
しかし、だからと言って仕事がうまくいくわけではない。人の機嫌を取ったりすることが苦手で、上司の顔色を窺うなどもってのほか。今風に言えば職場の飲み会も断るタイプかもしれない(?)。高潔と言えば高潔なのだが、あいにく仕事の評価をするのはその上司である。残念ながら、彼は人事整理により免職となってしまう。
彼と対照的な人物として描かれる"本田昇"は、その点において非常に手練れ。怠け癖はあるが上司には非常に腰が低く機嫌を取るのも上手く、上司の家に行き家族にサービスするという徹底ぶり。文三はそんな昇の行動を「卑屈・軽薄・犬畜生」と嫌悪するが、文三の免職とは対照的に昇は給料も上がり、あろうことか文三が想いを寄せる"お勢"までもを誑かしてしまう。
作中では文三がとにかく情けない。酷いことを言われ反論したくても卑屈に「ヘヘヘ」と笑っていたり、お勢に自分の理想を押し付けてみたり、考えてばかりで行動に移せなかったり。そりゃ免職にもなるよなぁと思わんでもない。昇を悪しきざまに罵るが、自分の学問が何かに役に立っているわけでもなく、作中に出てくる学術用語は物語から浮いているようで心許ない。
ただ、彼を取り巻く環境もなかなか酷い。免職されたばかりで傷心の文三に言いたい放題浴びせてしまう下宿先の叔母もなかなかの畜生で、いわゆる「鬱な人にやってはいけないこと」をフルコースで提供している様は圧巻。(何年かダラダラとフリーター生活を過ごし家族からも大目に見てもらっていた自分からすれば、)「これは文三も歪むだろうな」と思ってしまう。
今風に言えば、「要領が良くコミュ力もある人」と「真面目で勉強できるけどそれだけの人」という対比にも見え、文三が落ちぶれていくのも別段違和感はない。残念だが当然の結果といえる。
だが、小説内にある地の文からは、作者も文三に同情しているような感じが見えないでもない。そこには、純粋で高潔な文三が不遇な目に遭わなければならない理不尽さへの戸惑いが感じられる。終わり方からも、お勢の昇に対する態度からは、彼への一種の警戒心のようなものが見え隠れする。
あるいは、昂揚の時代に学問に励む若者たちの中で、その歪みとして生まれた不幸な者の一人として文三をとらえているのかも知れない。先にあげた学問という点の他にも、激動の時代ゆえに失われてしまう何かがあり、その行く末の一つとして文三が描かれたのかもしれない。 -
江戸の戯作小説の雰囲気を色濃く残した作品だと感じました。軽妙な語り口には、最初は読みづらいものでしたが、だんだん慣れてくると気にならない。話の筋自体はさして印象に残るものでもないんですが、決着がつかず未完であるのが意外な結末。
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落語を参考にした、言文一致体
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