吾輩は猫である (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 126
  • Amazon.co.jp ・本 (563ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003101018

感想・レビュー・書評

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  • 嬉し恥ずかし^^;、初・漱石。
    こんな、面白い文章を書く人だったんや!

  • 22歳にしてようやく「吾輩は猫である」を読んでみる。
    漱石の本は「こころ」についで2作目。

    レビューなんてのは全く自分の無知蒙昧を広めるだけのものであると思うけれども、せっかく読んでみていろいろ思うところがあるので書くことにする。


    やはりまず第一に感じたのは、猫に語らせることの妙である。
    人間ではなく、猫自身が語ることで、社会科学的に言えば、漱石自身の鋭い観察眼及び人間のバイアスをより鮮明に対象化することに成功していると思う。皮肉も人間が語るよりもずっと効いてくる。正直、ギャグ漫画を読んでいるような心持であった。

    クライマックスで、人間どもに一種の漱石的講義(?)を語らせ始めたかに見えた時は、漱石の社会に対する鋭い指摘・観察眼に大いに感心しながらも、興ざめしながら読んでいたが、最後にやはり「人間同士の嘲笑を猫が嘲笑する」という本書の面白さをしっかり押さえて終わっていた。


    また、明治初期の日本は封建社会から資本主義社会への大転換を迎えていた。物語のクライマックスで語られていたような諸個人の自由・不自由の新たな発現から、多数の人々と同様、彼自身も逃れることができないことを感じていたに違いない。そして、自身をも一人の登場人物として対象化し、当時の日本社会における人間的状況をより一層浮き彫りにすることを猫に託したのではないだろうか。


    と、無知をさらけだすことの恐怖。。。
    だがそう思ったのでそう書いておくことにする。

    とりあえず面白かったが、500ページを超えてて非常に長い。つかれた。

  • 主人と迷亭君のやり取りが特に読んでいて楽しかった。

  • めちゃめちゃ楽しい。1ページごとに笑える。

  • 腹を抱えて笑ってしまいます。とても鋭い視点で描かれた傑作です。

  • 迷亭先生に惚れました。

  • 漱石のユーモアのセンスに脱帽

  • 夏目漱石の処女作。小学生低学年のうちの子が知っていたこともあり、氏の著作で一番有名な作品だと思います。
    主人公は英語教師の苦沙弥先生にひょんなことから飼われることになった一匹のネコ。
    「吾輩は猫である。名前はまだ無い」という有名な書き出しの通り、吾輩などという不遜な一人称の妙に堂に入ったネコ君の目から、苦沙弥先生やその仲間たちの滑稽な会話や、ネコ同士の交流、そして不合理極まりない人々の生体をネコの視線から風刺した作品になっています。

    基本的に読みやすく、クスりとくるシーンもあったのですが、冗長なところもあり読みづらさを感じる時もあります。
    人々の日常の描写がネコの視点から語られており、物言わぬネコから人の行動の滑稽さや愚かしさをユーモラスに語られるところが本作の特徴です。
    児童文学のような設定ですが、子供でも読みやすいような、ライトに読めるような作品ではないと思います。
    有名な作品にもかかわらずちゃんと読んだ人が少ない原因は、恐らくそういったギャップによるところではないかと思います。
    本作は結構ページ数もあり、内容も冗長で難解な箇所もあるので、個人的には漱石の入り口としては「坊っちゃん」をおすすめします。
    もちろん日本文学としては比較的読みやすい作品で、日頃から文学に触れている方であれば楽しく読める作品ですが、そういった方はまず間違いなく読んでいると思うので、「吾輩は猫である」をこれから読もうとする人、つまりは普段文学作品を読まない人に向けては、いの一番に進められる作品ではないと思います。

    本作の発表当時はまだ日本の自然主義文学は黎明期なのですが、本作は自然主義とは明確な違いが感じられました。
    また、夏目漱石の文学は、後に氏が自ら低徊趣味と呼称していましたが、処女作である本作もその雰囲気が感じられました。
    実験牧場的な自然主義とは異なり、ただ登場人物がおりそれを観察するネコがいるだけのストーリーで、物語中出来事はありますが、それによって劇的に場面が変わったり思い悩むようなことはなく、淡々と、というよりは悠然と日常が、ネコによって描写されるのみとなっています。
    作中では主人公のネコが恋に落ちたり、苦沙弥先生の家に泥棒が入ったり、いろいろのことが起きるのですが、それは舞台設定に投げられた事件というよりもただのエッセンスと呼ぶべきで、「そういった内容があったのだ」で続く物語となっています。
    先が気になる話というよりは、楽しくってページを捲ってしまう、そういう小説だと思います。

  • 長い。途中わけがわからない。こういう話だったのね。

  • 朝日の連載終了。子どもの頃読んだ記憶はあったけど、ほとんど内容は覚えていなかった。こんな話だったっけ?と言うより、この内容は子どもの頃は半分も理解できなかっただろうな、と思う。今回の連載では分かりにくい語句の説明もあり、ときどき時代背景だとか、漱石やその周辺の人物の解説もあってより分かりやすかった。寒月君が理学博士取るために珠を磨いていることとか、実際そういう分野に足を突っ込んでみた人間としては良く分かる。猫が語るというより、途中から、西欧近代(当時の現代)社会とそれに近付く日本社会への思いだとか批判だとか、そう言ったものを登場人物たちに語らせているというお話になっていて、新聞連載らしい社会性のあるお話だったのだと気付いた。最後に吾輩が酔っ払って甕に落ちて死んでいくところは何となく覚えていたような気もするが、連載終了というのと合わせて突然で寂しい終わり方です。南無阿弥陀仏。

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著者プロフィール

明治、大正時代の小説家、英文学者。1867年、江戸(東京都)に生まれる。愛媛県松山で教師をしたのち、イギリスに留学。帰国後、執筆活動を始める。『吾輩は猫である』『三四郎』『こころ』など作品多数。

「2017年 『坊っちゃん』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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