虞美人草 (岩波文庫)

著者 : 夏目漱石
  • 岩波書店 (1990年4月16日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (428ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003101056

作品紹介

愛されることをのみ要求して愛することを知らず、我執と虚栄にむしばまれ心おごる麗人藤尾の、ついに一切を失って自ら滅びゆくという悲劇的な姿を描く。厳粛な理想主義的精神を強調した長篇小説で、その絢爛たる文体と整然たる劇的構成とが相まって、漱石の文学的地位を決定的にした。明治40年作。

虞美人草 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  •  「こういう危うい時に、生まれつきを叩き直しておかないと、生涯不安でしまうよ。いくら勉強しても、いくら学者になっても取り返しは付かない。此処だよ、小野さん、真面目になるのは。世の中に真面目は、どんなものか一生知らずに済んでしまう人間がいくらもある。皮だけで生きている人間は、土だけでできている人形とそう違わない。真面目がなければだが、あるのに人形になるのは勿体ない。(中略)僕が平気なのは、学問のためでも、勉強のためでも、何でもない。時々真面目になるからさ。真面目になるほど、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が現存しているという観念は、真面目になって始めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。安心する。実を言うとぼくの妹も昨日真面目になった。甲野も昨日真面目になった。僕は昨日も、今日も真面目だ。君もこの際一度真面目になれ。人一人真面目になると当人が助かるばかりじゃない。世の中が助かる。―――どうだね、小野さん、僕のいう事は分からないかね」(p367)

     おそらく、漱石はこの一文に辿り着くために虞美人草を書いた。勧善懲悪小説は旧世界の古くさいイデオロギーに過ぎない。したがってつまらない小説である。つまり説教臭くて嫌だという批判もあっただろう。しかし、それでもあえて、伝えなければ世の中がヤバいことになるという切迫感が、焦燥があったことは明白である。

  • まず際立っているのが文章の難解さ。地の文が凄まじいまでの美文であり、知らない単語が怒涛のように押し寄せる(私が無知なだけですね)。漢文や故事の素養を下地にした表現も多用されており、ページを捲るたびに自分の無学をひしひしと感じる・・・。
    でも、そこがよいのです。読み進むうちに絢爛豪華な文体を味わうのが癖になる。彫琢された文章ってこういうことを言うのね、と思う。
    それになんといっても漱石作品は会話が面白い。藤尾と小野の恋の駆け引き、甲野と宗近の気心の知れた友人同士のおしゃべりなど、気の利いたやりとりが素敵。

    さて、肝心の物語だが・・・
    筋書きだけ見ると、まあ、メロドラマである。あらすじを言ってしまえば一言だ。それをここまで読ませるのはさすが漱石といった所か。終盤の展開が急すぎてびっくりしたけど。
    登場人物の性格もはっきりしており(悪く言えば類型的?)、娯楽小説として心置きなく楽しめる。
    お気に入りは超俗の哲学者甲野さん。宗近君もラストで道義を語るところでちょっと見なおした。真面目になります。

  • すごく面白い。地の文は漢文調で読みにくいけど、それでもぐいぐい読ませる。
    虚栄と道義の対立、旧時代と新しい時代の相克、とかなんとかいろいろ読みはあるだろうけど、シンプルに「婚活小説」として読むのがいいと思う。見栄と打算と離層のせめぎ合いの中で、お互い探り合い位置どりする感じが、なんとも東京カレンダーのアレ的な下世話さでよい。
    漱石ってほんとすごいよなあ。

  • 資料ID:C0030592
    配架場所:2F文庫書架

  • 『海辺のカフカ』で虞美人草の名前が出てきたので気になって読み始めてみた。

    地の文が難解でなかなか頭に入ってこなかったけど、リズムが良く、絢爛な日本語はさすがと思う。難解でも風景描写が素晴らしく、映像が頭の中に思い描きやすい。
    京都のしっとりとした雰囲気や、明治期東京の闊達な様子が伝わってきて楽しめた。

    物語のテーマは勧善懲悪とのことだけどそのワリを食うのが藤尾というのがなんだか腑に落ちない。ラストの重要シーンでの宗近君の説得セリフが熱かった。漱石は人の心の弱さやズルさをうまく書くなあと改めて思った。

  • あんまし時間かけず難しい漢字に線引いてあとで調べて…みたいにしていたらあの会話以外の古風な表現のところも面白くなってくるもので、しかし調べても出てこない言葉も結構ありましてね…造語なのかしら。それにしては自然な漢字の連なりにも思えてこの辺もセンスを発揮してる、ってことなんでしょうか。婚期、何ていまじゃそれほど言われませんが、小津安二郎の映画でもらいそこねたラーメン屋娘の末路、みたいな作品がおどろおどろしくて。それ見てから夏目漱石の作品も怖いなーて思ってしまうんです。

  • はじめ京都への旅行の部分はやたら長いのに、結末は妙にあっけない。
    藤尾には、生きて変わって欲しかった。
    小野は、あまりに情けない。
    自分の縁談の破談を他人に言わせるか?宗近の言葉で、そんなにすぐに変われるか?
    小野は、現代にいれば、すぐに詐欺に引っ掛かりそう。
    しかし、真面目に生きるということには、共感できる。
    私も、そうありたい。

  • 『虞美人草』は、妙な小説だ。

    <紅を弥生に包む昼酣なるに、春をぬきんずる紫の濃き一点を、天地の眠れるなかに、あざやかにしたたらしたるごとき女である。夢の世を夢よりも艶やかにながめしむる黒髪を、乱るるなと畳める鬢の上には、玉虫貝を冴え冴えと菫に刻んで、細き金脚にはっしと打ち込んでいる>

    哲学的で耽美的な、きらびやかな描写は、『草枕』と同じトーン。それは良いのだけど、ふんふんと読んでいくとガクっとひっかかる。

    この小説の主要な登場人物の中で、漱石のキャラクターらしくいきいき感じられるのは、まっとうな徳の人である宗近くん、その妹の糸子ちゃん、優柔不断な小野さん、それから考えの浅い浅井さん。
    メインキャラである甲野欽吾さんは、深い思索にふける潔癖な正義漢なのだけど、あまり人間らしさが感じられず、うまく理解できない。
    中心人物の美人、藤尾は、挙動がすべて派手で芝居がかっていて、人というよりは極彩色の切り抜き人形のよう。小野さんの許嫁である小夜子にいたっては、琴をひくおとなしい美女というだけの、水彩画のような人物像だ。
    甲野さんと異母妹の藤尾の話であるはずなのに、中心の2人がなぜこう妙にデフォルメされているんだろうか、と、不思議に思ったのだけど、そのあと『漱石の思い出』を読んで、この作品は漱石が朝日新聞に入社してはじめて書いた約束の新聞連載長編小説だったというのを知って、ああそうだったのか!と腑に落ちた。専業作家として初めて新聞紙上にデビューして広く世に名を問うた、ものすごく肩に力の入った作品だったのだ。ナレーションには時にディケンズ風に読者に直接語りかける的な手法も使われていて、芝居がかった人物像と合わせて、全体に19世紀的な小説という印象を受ける。
    幸いこの『虞美人草』は連載当時から大ブームになって、銀座で「虞美人草ゆかた」などのグッズが売りだされたほど一世を風靡したというから、漱石はどんなにかホッとしたことだろうと思う。次の『三四郎』はガラッと作風が変わり、つきものが落ちたようにシンプルで風通しの良い、引き締まった語り口になっていて、切って貼ったような人物は登場しない。多分、漱石はもう虞美人草で果たすべき義務は果たした、みたいな心境ではなかったのかと想像する。

    『虞美人草』では、なんといっても藤尾の描かれ方があんまりだ。
    糸子ちゃんと甲野さんのやりとりにこんなのがある。
    <「わたしももっと利口になりたいと思ってるんですわ。利口に変われば変わる方がいいんでしょう。どうかして藤尾さんのようになりたいと思うんですけれども、こんなばかだものだから……」
    甲野さんは世に気の毒そうな顔をして糸子のあどけない口もとを見ている。
    ……
    「藤尾のような女は今の世にあり過ぎて困るんですよ。気を付けないとあぶない。……
    藤尾が一人出ると昨夕のような女を五人殺します。
    あなたはそれで結構だ。動くと変わります。動いてはいけない」>(223)

    藤尾は美しくて賢いが自分のために他を破滅に導く危険な女であり、こういうタイプは「今の世にありすぎて困る」といい、おとなしく父のそばで琴を弾くのがとりえの小夜子のような女は藤尾に「殺される」という。一方で糸子ちゃんには恋もせず嫁にも行かず純真なそのまま、兄と父の庇護のもとにいてあどけない少女でいてほしいと無理なことを願っている。平成の世の読者としては、甲野さんの言っていることも背景も良く理解できない。なぜ?

    <女の二十四は男の三十にあたる。理も知らぬ、非も知らぬ、世の中がなぜ回転して、なぜ落ちつくかは無論知らぬ。大いなる古今の舞台のきわまりなく発展するうちに、自己はいかなる地位を占めて、いかなる役割を演じつつあるかはもとより知らぬ。ただ口だけは達者である。天下を相手にする事も、国家を向こうへ回す事も、一団の群衆を眼前に、事を処する事も、女にはできぬ。女はただ一人を相手にする芸当を心得ている。一人と一人と戦う時勝つものは必ず女である。男は必ず負ける。具象の籠の中に飼われて、個体の粟をついばんではうれしげに羽ばたきするものは女である。籠の中の小天地で女と鳴く音を競うものは必ず斃れる>(29)

    これは甲野さんではなくて地のナレーションが、つまり漱石自身が語っている箇所。
    1907年の日本では、女というのは実際、議論の余地なくこうした存在であったのだ。「天下を相手にする事も、国家を向こうへ回す事も、一団の群衆を眼前に、事を処する事も」女にははなから機会が与えられていなかった。藤尾のように才溢れる我の強い女であってみれば、自分を求める男を翻弄するのがせいぜい精一杯の自己表現であったとも言える。

    漱石の小説を読む楽しみの一つは、闊達に描かれた明治の東京の空気を味わえること。
    1907年の『虞美人草』にも、最先端の東京が描かれている。
    もちろん漱石先生は、単に意味なく事物を描写するだけにとどまらない。たとえば、物語の曲り目でちょっとした重要な舞台になる、上野公園で開催されていた博覧会。
    <文明を刺激の袋の底に篩い寄せると博覧会になる。博覧会を鈍き夜の砂に漉せば燦たるイルミネーションになる。いやしくも生きてあらば、生きたる証拠を求めんがためにイルミネーションを見て、あっと驚くべからず。>
    <蟻は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存のうちに無聊をかこつ。…文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自己の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃に削って、人の精神を擂木と鈍くする。刺激に麻痺して、しかも刺激に渇くものは数を尽くして新しき博覧会に集まる。>(166)
    なんてくだりなんかは、まんま、インターネットの時代の都会の民にもあてはまるではありませんか。

    『虞美人草』は漱石の失敗作だなんていう人もいるようだけど、私はそんなことないし平成にだからこそ読む価値は大きいと思う。

    たしかに、現代の読者にとっては、登場人物を縛っている社会的な背景があまりにも違いすぎて分かりにくいところもある。
    それに、芝居がかりすぎてちょっと引いてしまう箇所もある。藤尾が金時計をちらつかせる場面とか、特に結末!などは、シェイクスピア劇からそこだけ借りてきたみたいな変な盛り上がり方でビックリしてしまう。

    でもそれを割り引いても、ドラマとして面白いし、背景も興味深いし、人物も(主役2人はカキワリめいた部分があるにしても)印象深いし、会話にも引き込まれるし、描かれる情景や細部は美しいし、難しい熟語と警句を散りばめた地の文もまったく凡庸さとは無縁で、とにかくぐいぐいとひっぱってくれる。

    華やかな甘い和菓子を並べて濃いお茶をいただくような、贅沢感にひたれる小説だと思う。

  • まだ私には難しすぎました  

    「美しい」地の文が読み難いったらない  
    比喩だらけでしかもそれが容易に理解できない  
    それでも使われている言葉や調子は「美しい」ものだなあと思う  

    それぞれの行動論理を持った登場人物たちには共感できなかった  
    まず甲野さんは難解過ぎ  
    宗近はわかりやすいけど、共感とまではいかない  
    小野の改心は急すぎてよくわからなかった  
    藤尾は我が強すぎ、自分の「女」に自信を持ちすぎ  
    かといって小夜子や糸子はあんまり「家父長制のもとでの女性」として描かれていて、平成生まれからは遠く感じる  
    まあ、読者が人物に共感することを狙ったお話ではないのだろうけれども  
    (むしろ共感できるか否かで小説を読んでしまう姿勢を反省すべきなのかもしれない)  

    話が進まないと思っていたら一気に終わってしまうし……  
    漱石自身が「失敗作」と言っているからそう読んでしまうのでしょうか  

    お互いの腹を探り合うような会話には魅力を感じた  

  • 桶谷秀昭が解説に書いている勧善懲悪小説という評価。確かにそうだ。
    その時代の「ちょっと調子に乗りやがって」的な反感の的とされる人物像に、あえて道義的な悪の仮面をかぶせることによって、容赦なく叩きのめす。でもこれは新聞小説という制約の下で読者の共感を得るためにとった方法というよりも、小説は頭の屁である、という彼の定義に従えば、むしろ漱石自身の鬱屈のガス抜きのためだったのではないだろうか?登場人物の誰よりも漱石に感情移入しながら読むというのは邪道な読み方ではあるが。

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