門 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1990年4月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784003101087

感想・レビュー・書評

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  • 言わずと知れた、夏目漱石による代表作の一つ。
    全編を通して、独特な気怠い雰囲気が漂っている。時代の空気を良く反映した一冊といえそう。

  • 一貫して作品を貫くトーンは暗いが、明治時代の作品とは思えぬ現代的なテーマを内包した作品である。

    主人公の宗介には感情移入出来る人は、現代でも結構いるのでは?
    私には現実逃避しがちな思考回路や、問題を先延ばしにする所、挙句は運命のせいで納得する所など、全くもって宗介的な考え方はよく分かるし、自らの中に宗介を見る。

    幸せなのは御米との仲が、小六というさざ波はあったものの仲睦まじい所でホット出来る所である。

  • 『三四郎』『それから』を読んでからかなり時間を置いて読んだ。『門』というタイトルからしてなんだか地味だし、「横町の奥の崖下にある暗い家で世間に背をむけてひっそりと生きる宗助と御米」なんて紹介文を読むにつけてもあまり食指が動かなかったのだ。今にして思えば、読むのを先延ばしにしていたのが実に悔やまれる。

    よかった。ひょっとしたら前二作よりもよかったかもしれない。

    思うに、漱石の作品には独特の雰囲気が漂っている。匂い立つような明治の東京の空気が。それは鮮やかな風景の描写からも、活き活きとした登場人物たちの会話からも色濃く感じられる。漱石の小説を読むたびに、私はその空気の中に浸る。筋を追うというよりもむしろ「夏目漱石的な感覚」に身を任せることを愉しむ。
    そういう観点から見ると、この『門』は大変気に入った作品だ。落ち着いていて、うつくしくって。愛というよりは慈しみと呼ぶのがふさわしいような宗助と御米の関係が淡々と描かれる。読者は彼らの背負った業の深さを知っているだけに、現在の関係性のありかたには迫ってくるものがある。

    最後の場面での宗助の言葉「うん、然し又ぢき冬になるよ」が効いているなぁ。思わず息を飲んだ。

    この作品の持つ深みを全然言い尽くせないのが歯がゆい。歳を重ねるに連れてまた違った読み方ができるのではないだろうか。いつか再読しようと心に決めた。

  • いったいいつ購入したのやら。定価200円って!
    化石化する前に発掘できたというレベルだが、『それから』があまりにも動きのない小説で、ようやく最後に動き出す気配があったのならば、気になるじゃないの、先が。

    語らずとも物語る2人の来し方。いいねぇ、この奥ゆかしさ。そしてその過去があるからこそ、お互いがお互いだけを頼りとし、信頼し合っている姿は夫婦のある意味理想だと思う。

    好きだ。漱石ものの中でも気に入りに入った。

  • p.21註
    「明治30年代から40年代にかけて、都市居住者の家庭に登場し急速に普及した〈ちゃぶ台〉のこと。四、五人が坐れるくらいの大きさで、厚板の下に四本脚がついている。円形、四角形の二種類があり、脚は折りたたみ式のものもあった。……」

    ちゃぶ台って深く考えたことなかったが、明治末頃にひろまったというのは時代が感じられて面白い。それ以前は何を使っていたのか。……というまあ、時代背景が知れて面白い註釈はよいが、ネタバラシを注釈でするのは如何かと思う。
    たとえば、序盤で宗助とおヨネの間のギクシャクしているわけではないけど妙に冷めている、なんともいえない雰囲気が書かれていて、それを読み手は一体過去に何があったんだろうと思って読み進めていくのに、ふと註釈があってみてみると、「宗助とおヨネの姦通をにおわせている」と書いてあって、本文でもまだでてこないのに、註釈でさきに経緯を知ってしまう。録画したドラマをみるまえに内容聴かされるようなもんで本当に興醒め。
    それと、註釈あんなに沢山いらない。一眼みて当字だなとわかるものにまで「◯◯の当字」とまじめにして註釈つけているのが滑稽だった。

    さて本題。三島由紀夫『豊饒の海』のあのアラヤシキ攻めがとても辛くて(涙)、本作で禅寺のくだりに差し掛かったときに本を閉じそうになった。
    禅寺のくだりは結局、宗助が自らの運命をかえようと思って縋りついた一筋の藁穂である禅の教えが、宗助には最後まで会得できず、宗助自身もそれを続けてゆくだけの心をもちあわせず、したがってまた元の運命の中に自らすごすごと戻ってゆかざるを得なかった、ということなのかな。
    家に戻るとまた日常が始まり、幸にか安井も坂井の家を離れ蒙古に戻り、宗助とおよねの生活はまた旧の状態に復したが、宗助はそれを運命としてめぐってくるものと観念している風でもあり、受け入れたというよりは俎の魚として自覚しているようにもみえた。結局、運命の門をこじ開けるだけの根気も意欲もなかった宗助は、運命を受け入れざるを得ないと。

  • 最初の方でごく普通のように見えながら少し不穏な家庭の様子が書かれていましたが、後になってその秘密がわかりました。秘密が分かってからは日常のような場面でもかなり怖く感じます。
    最初からずっとあったわだかまりは結局消えないまま残っていたのもまた恐ろしかったです。

  • 世間の潮流から隔絶されたように生きる宗助と御米は、かつて犯した罪からは決して逃げられない。先々重荷を抱え込まなければならない運命を、彼等は選択した。たとえその罪を口にしない時を長く過ごしても、贖罪はおろか、罪の忘却さえも永劫叶うことはない。何せ彼らは人間的尊厳の墻壁を貫通し、禁断の姦通の中で育まれた関係であった。彼らは街の隅っこの崖下に家を借り、屋根の下で絶望を口にしないで労苦と微笑の生活を営んでいる。彼らは他者の犠牲の元に成り立った関係であることを認識しているため、不遇な身を執拗に嘆く事をせず、代わりに苦笑や微笑を用いて内奥を隠し、皮相を飾る。そしてボロ屋の中、狭い二人だけの領域で「自分たちの生命を見出して(68頁)」いる。
    そして、二人の生活の物語は心地よい秋日和に始まる。物語の後半に差し掛かるまで、彼らの過去に何があったのかは包み隠され、暗中を暮らす二人の煮え切らない生活が描かれるが、随所に過去の惨憺が仄めかされている。序盤、平穏な雰囲気から物語は始まるが、休日に宗助が東京の街を散策していると、妻の御米に似合いそうな半袖を見つけ、しかしそれは5、6年前の事と感じてつまらなくなる。また、子供に恵まれない悲しみを幾度か吐露する。これらからも漠然と彼らの暮らしが察せられる。彼らが一緒にいる理由には愛も勿論あるだろうが、それと共に忌避できぬ思いから離れることも許されていないのであろうと私は思った。彼らに希望や自由など存在しないのである。彼らには、普遍的な社会や家庭の幸福からさえも蚊帳の外の存在であり、運命はそれに味方するように、彼らから幾度も子供を奪う。絶望を絶望と感じることさへ彼らには与えられてない権利のように感じる。やがて季節が過酷な冬になり、宗助は今まで二人会話に出さなかった安井という、彼らが裏切った者の現在を大家から聞いたことで、一時の秋のような平穏は瓦解していく。同時に、過去からは絶対に逃げられないとその時知る。
    そして、ここからが重大な岐路であり、ここでの選択の慎重さと態度が人生において大切なのではないかと私は感じた。世の中、罪を背負った人間が幸福を求め、現実の社会に生きるという事を間違っているとする認識が遍くあり、そしてこの認識が誤謬である事を気がつかないと、宗助と御米のようになってしまうのかもしれない。人は弱った時に、何かに縋りつきたくなる。御米の場合は易者であり、宗介の場合は公案であった。しかし人間のどうしようもない信仰心は、本質に近づくようで、更に本質から遠のかしてしまう。何故なら本質から遁走するために信仰を持ち出してしまうからであろう。彼らは罪は償うものであるという事を無意識のうちに忘れ、罪をどうにか切り離そうと迷走してしまった。それでいて、幸福を求めてはいけないものであると達観した自身を装った。この時、彼らには慎ましやかでいて奥底には鬱積した傲慢さを宿していたのではないか。これらの人間の狡猾さがいつまでも彼らを愚かなままに留めてしまっているようである。そして完全に自分の使命を見失ってしまっている。恐らく彼らに求められたのは、逃避を諦め、現実を受け入れ、自身の範囲の中で幸福を探求したければならないという事だったのではないか。私はこの作品を読んで、幸福を追求する義務という価値観もあるのではないかと思った。幸福とは、追求するもしないも自由であるが、追求したくなるものであるという、幸福に対する寛容的態度が当たり前と私も考えてきた。しかし、人にはこれをする「義務」があるのかもしれない。何故なら人は少なからず社会的な個人だからである。社会と個人の狭間に、現代は明確な線引きを設ける風潮がある。しかし実際それはどうなのであろうか。幸福になるかはともかく、追求するその過程を怠るということは、犯した罪を蔑ろに扱うエゴイズムという捉え方もできてしまわないか。宗助と御米の前に立つ開かずの門は、エゴイズムからの脱却と自身の境遇の改善を追求する前向きな心情との欠如が原因で開かずにいるのではないか。そしてそのエゴイズムを発揮しているこの二人の個人というのは、他者、つまりは社会の領域にも侵入し、個人と相互関係にあり、影響し合うこともあるとはいえないか。この物語でいえば他者は安井である。彼に対する罪の意識を失わないことが少なくとも美徳であり、向き合わないことは不徳である。そして美徳を選択している以上は、個人としての幸福を追及しているということになるとはいえないか。そうとすると、個人の幸福は回り回って他者の為にも求められるのではないか。故に彼らは自分らの境遇を悟り、次に季節のように浮き沈みのあるのが人生であることを理解し、畢竟時期にまた過酷な冬が訪れるとしても尚探求を強いられなくてはならないのである。するともしかしたら生きてニヒリズムとデカダンスを自身に宿すことこそが、本当の罪なのかもしれない。社会と個人の融合は、辻邦夫が漱石論を用いて最後に解説していたが、まさにその為に幸福という主題こそが人生なのではないかと私は新たな価値観を垣間見れた気がする。彼ら二人の迷走によってそれを読者に届けてくれているように私には映った。

  • 『三四郎』『それから』に続く、いわゆる三部作の締め。もっとも、前2作とは打って変わって、筋立て上ではドラマチックな展開はほとんど無い。むしろ、『それから』にも通じるような道徳上の「不義の愛」が、いつまでも宗助と御米の人生を暗くし続けている。その描写が手を変え品を変えなされる。『それから』同様に、「自然」とも「運命」とも称される、自我を超越した何らかの力が生活に働きかけているとしか思えないような出来事を、宗助も御米も体験してしまう。この繰り返しは、生活上の小康状態を得た最後のシーンでもなお予感されている。「またじきに冬になるよ」という言葉は、「自然」「運命」の力の強大さを表して余りあるものではないだろうか。

  • 前期三部作の締めくくり。希望だろうと何だろうと門は門でしかないという人生の残酷さ。宗助と御米の夫婦の過去をミステリアスに匂わせながら淡々と綴られる構成。二人の生きている気配が空気ごと静かに立ち上がってくる解像度の高い文章。漱石フレーバーのフルコース。

  • 面白いじゃん!
    漱石の三部作を完読。素晴らしい。この年になって今更だけど。。。^^;
    3冊読んでどれも話が完結してない。こんなふうに、でどうなるのかを想像させるのが良いとこなんだろうか?う〜ん消化不良。。。

  •  宗助の必死の、しかし逃避的な行動に自分が重なり、後半は読み進めるのが辛かった。漱石はどういう視点と言うか心持ちで本作品を書いたのだろう。自らの内に観たのか、当時の社会から抽出したのか。

  • 著者:夏目漱石(1867-1916、新宿区、小説家)

  • 夏目漱石の前期三部作の3作目。
    「三四郎」、「それから」に比較すると知名度が低く、三部作を上げたときに思い出せない作品だと個人的には思ってます。
    ストーリーも他の2作と比較すると地味で、カタルシスを感じるようなシーンなどもなく、平坦な日々を送る主人公「野中宗助」とその妻「御米」夫婦の苦悩を描いた作品となっています。
    三部作の他の2作同様、夏目漱石らしい直接的ではない表現が多々用いられており、それが返って情景描写を鮮やかにするのは変わらないのですが、本作はそもそも何が起きたのか、物語の核となるストーリーが深く語られないままとなっていて、人によってはよくわからない、面白くないと感じる可能性があります。
    文章自体は口語で読みやすく、文学に慣れ親しんだ方であれば面白く楽しめる作品だと思います。

    「それから」では、友人の妻を奪い、高等遊民から脱して職を求めたところで終わっていますが、本作の主人公は過去に友人の妻を奪ってしまい、世間から背を向けて生きる役所勤めの男「野中宗助」が主人公です。
    実直で生真面目な「三四郎」、高等遊民を気取り親の脛を齧ってのうのうと生きる「それから」の代助とはまた全然違うタイプの主人公で、野中宗助は愛する妻と共にひっそりと生きており、日常への飽満と同時に倦怠を備えた人物です。
    宗助はかつては活力に満ちた、アグレッシブな人物でしたが、友人の内縁の妻を愛してしまった事により世間から背を向けて生きることとなりました。
    宗助は役所に勤め、毎日電車で通勤をしており、経路には賑やかな街があるのですが、頭に余裕がなく、いつも素通りします。
    七日に一度の休日も贅沢をせずに散歩だけで終わってしまうような日々を送っている。
    そんな宗助と御米の夫婦に厄介な問題が降りかかる話で、作品としての雰囲気は暗いです。
    「それから」では友人の妻に思いを打ち明ける、盛り上がる展開がありましたが、本作はその結果、また、その代償のような物語が展開されます。

    私は大変楽しく読めましたが人を選ぶ作品かと思います。
    作中の人物の事情や過去について序盤に説明などなく、中頃になってようやく明かされる書き方となっているため、だからこそ先が気になるわけですが、読む人によってはそこが難しく感じてしまう可能性があります。
    ただ、本作は「それから」でなぁなぁで終わったいろいろがちゃんと書かれているので、直接の繋がりはないのですが、前期三部作のラストらしい作品でした。
    本作は「それから」の完結編のような内容だと思いました。全2作を読んだのであれば、読むべきと思います。

  • p.167
    大風は突然不用意の二人を吹き倒したのである。二人が起き上がった時は何処も彼所も既に砂だらけだったのである。彼らは砂だらけになった自分たちを認めた。けれども何時吹き倒されたかを知らなかった。

    思ったより平易で読みやすかった。平和で静かで、少し気後れしがちな夫婦の家庭に落ちている陰の理由がだんだん明らかになっていく。結局核になっているものは夏目漱石の作品は同じテーマなのか、という感じはするけれど、崖の上と下等何かとつけて対比されている坂井家と描写や物語の進み方と明かし方といった手法が分かりやすく、そして意識的で良かった。

  • 崖下にある暗い家に住む宗助と御米。世間から背を向けて暮らす二人を視点に物語が進む。登場人物と情景がぴったりと合わさっている小説。ただ正直に言うと物語は大きな変化がなく淡々と進む。いつのまにか読み終わってた。ちゃんと読めてないかもしれない…

  • 朝日の連載終了。三部作は10代半ばで読んだ気がするけど、三四郎、それからぐらいまではまだ何とかだが、門は10代では面白みが分からない内容だったことが分かった気がする。今読んでもそんなに面白くは無いけど、主人公の気持ちが少しは分かる。明治末期の悩めるエリートの若者、高等遊民、没落したインテリ達の様子が描かれている三部作ということかな。閉塞感の漂う日本で下っ端役人をしながら隠れて生きる主人公と、妻?を奪った相手であり日本を捨て新天地・満州に行った親友。時代は違うが、成長期を過ぎ国内だけではじり貧の現代日本に通じるところはあるかもしれないが、いつの時代にも通じる普遍的な人間の内面を描いているところが漱石が愛されている理由なのかもしれない。寅さんに言わせりゃ「おまえ、さしずめインテリだな」と言われてしまいそうな主人公達の悩みは、最近なら流行の自己啓発本とかアドラー心理学でも読ませておきたくなる。

  • 三四郎、それから、門と続けて、朝日新聞で読む。学生時代、略奪結婚、そして、その後の暗雲たる生活。門では、宗助が座禅のため、寺を訪れるが、結局のところ、悟りに至るまで我慢できず、ろくでなしな主人公が、再び描かれている。

  • 宗助、お米の2人が世を憚り、こっそりと生活する孤独な様が、弟小六、叔父叔母との関係でも痛切に感じる。お米の三度の出産失敗と易者の不吉な言葉が重く押しかかる。小六の年から計算すれば、宗助たちは未だ30歳過ぎと若いはずなのだ。なんと暗い小説なのだろうか。しかし、2人が寄り添う愛情の描写が救い。2人は幸せではないかと感じるほど。過去を振返り、京都での宗助と安井・お米の出会いの場面が青春の美しさを感じる場面。そこから2人の「転落」の表現が何とも暗示的!「それから」の代助・三千代の続きとして読んでよいのかどうか、迷うところはあるが、続けて読むとどうしてもイメージを引き摺る。

  • 再読!

  • 遅々として進まなかったけれどようやく読了。
    難しいとか面白くないとかではなく、ちゃんと読み終えたかったから。
    やはりクライマックス、宗助が禅門をくぐるところになると一気に読みたくなる。
    次のページを捲ろうとしたらなく、これが最後の一文かと思うとぞくりとした。
    それにしても御米との関係がなんともいえずいいなぁ。
    漱石小説の中では子どもに恵まれない夫婦が多いけれども、それってなんなのだろうか。
    ちょうど『それから』『こころ』と読んだので共通点、相違点があってなかなか興味深い。
    さあ、次はどれを読もうかな!

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著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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