墨汁一滴 (岩波文庫 緑 13-4)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003101346

作品紹介・あらすじ

子規(1867‐1902)の場合、その随筆は、まさしく彼の「骨髄」と言っていい。晩年の随筆の一つであるこの『墨汁一滴』の場合もまた然り。そこでは観察と思考と回想と幻想が相集ってなまなましい批評的場を形成し、子規という人の全体が、実に自然にのびやかに立ち現われてくる。子規随筆の真骨頂を示す書。

感想・レビュー・書評

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  • 正岡子規が新聞に連載していた随筆集。
    いわゆる子規の随筆三部作では一番最初の巻であるため、病状もそこまでひどくないだろうと思っていたら、「座ることはともあれ、せめて1時間でも苦痛なく安らかに臥すことができればどんなに嬉しいだろう」と言っていて涙。

    とはいえ、子規の創作に対する信念や頑固っぷりも十二分に楽しめる随筆だった。
    中には、新聞連載なのにそこまで言っていいのか? と心配してしまうくらい、痛烈に個人を批評しているものもある。時代が違ったのだなぁ。今だったら炎上必須である(笑)。

    この作品を読んで、私は子規の事を本当に大将気質だったのだな、と思った。融通が利かず、しかしマメで、志に燃えやすい。
    子規が結核なのに日清戦争で従軍記者となり、案の定喀血して危篤状態で帰国したというエピソードは、ものすごく彼らしいと思う。誰も敵わない、まさに大将。

    しかし私は、子規の短歌が非常に好きだ。彼の歌には彼が表に出そうとしない繊細さと、しっとりした情感がある。
    皮肉屋だと言われていたそうだが、歌を読む限り、彼の視線には皮肉や厭世はあまり感じられない。クリアな目を持っていたというより、やはり根が素直な人だったのだろう。

    松の葉の葉毎に結ぶ白露の置きてはこぼれこぼれては置く
    ガラス戸のくもり拭へばあきらかに寝ながら見ゆる山吹の花
    ーー正岡子規

  • 「墨汁一滴」と聞いて、漫画マニアがまず思い浮かべるのは石森章太郎主宰の肉筆回覧誌。復刻版を石ノ森章太郎ふるさと記念館で入手したものだ。
    「病床六尺」「仰臥漫録」と読み進めてきた以上、「墨汁一滴」を読むしかあるまい。
    闘病記より俳論・歌論の配分が大きい。

    明治34年3月28日から4月3日まで7回に渡り、落合直文の短歌を激烈に批判している。新聞「日本」を開く落合にしてみれば「おいおい、今日もかよ⁉︎」と、気の休まらない日々であろう。相手は命旦夕に迫る子規だけに、反論もままならない。うたた同情を禁じ得ず。
    同年4月5日の記事。見舞い客が子規の無聊を慰めようと蓄音機を運んでくる。レコード盤ではなく蠟管録音というのは驚きだ。

  • 墨汁一滴
    (和書)2009年08月27日 15:27
    1984 岩波書店 正岡 子規


    正岡子規ってとてもいい。読んでいて救われる感じがします。「病床六尺」「仰臥慢録」と「墨汁一滴」と読みとても読後感が良い。内容的には、生きると言うことを意識しなくても考えてしまうような状況の中で作品を創作しそれを今、私は読んでいるわけです。その宇宙的拡がりが奇蹟を感じさせてくれます。

  • 子規の病床での随筆。というより今でいうならブログっぽいなと。

    達観してるよなぁ。調べてみたら初めて喀血したの私より若い時だ。そりゃ達観もするか。死を思っていても湿っぽくならない子規。淡々と死を受け入れている。
    そして何が面白いって同時代人の情報が。漱石が遊びにきたり明星が廃刊になったって書いたら与謝野さんから否定の手紙がきたり。交流がなくても噂程度で聞いてたりする人の話も。睦奥宗光や板垣退助。幕末好きだから幕末に活躍した彼らが明治の人にはどう見られてたかわかるのが楽しい。

    病床から静かに世間を見ている子規さんは素敵。流石は漱石の友達だ。

  • 正岡子規35歳の時、病床にありながら新聞『日本』に連載した随筆集。
    多様多彩なテーマ、ユーモアにあふれた筆致で綴られています。
    時には辛辣な俳句評、淡々と出来事を綴る写生文、連歌、病状の苦しみ、友に向けたはなむけの言葉などなど。
    近代文学の巨星、子規が随筆家としての真骨頂を発揮します。

  • 配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
    https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=10275212

  •  1901(明治34)年、子規が死の前年に新聞に連載した随筆。
     このときすでに正岡子規は立って歩けず、ひたすら病床に伏せっていたようである。ウィキペディアによると脊椎カリエスだという。
     書かれた断片はたった1行のものからせいぜい2ページ程度に及ぶもので、闘病生活のこと、雑誌などを読んでの詩歌批評、過去の思い出、たまに俳句・短歌の習作なども入る。徒然なるままに書き連ねられた雑種の文集で、そう言うとあたかも余裕のある老人がひなたぼっこしながら書いた雑記のように聞こえるが、じっさいには子規は非常な苦しみの最中にありながら、「もはや唯一の自由」として「書く」ことを続けたのである。しかもこのときまだ33歳。
     この必死の「書く」行為によってそこから言葉のストリームが生まれ、文芸的な世界を切れ切れながら構築していく。
     俳句・短歌の批評には「なるほどな」と思わされるし、日常的な、むしろどうでもいいような些事について書くその心の移ろいが、読んでいて何故か胸に迫ってくるようでもある。
     文章は「なり」などという文語体が多いが、ときどき突然、現代語にもなる。
     子規の俳句や短歌も読んでおきたくなった。

  • 文字にしても絵にしても書くことが好きな人、筆を持つのが好きな人。痛い痛い、閻魔様にお迎えを頼んだりもするが、興味、探求心旺盛で病床にあることを忘れさせる光がある。病であってもちゃんと生きている。

  • 俳論、画論が面白い。

  • 正岡子規が痛い、痛い云っているのが可哀そう、でもその中でも冷静な随筆すばらしい!

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