仰臥漫録 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (1983年11月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (196ページ) / ISBN・EAN: 9784003101353

みんなの感想まとめ

テーマは、正岡子規の晩年の日常を記録した日記であり、彼の病との闘いとその中での生活の様子を描いています。日々の食事や来訪者、家族との関わりを通じて、子規の強さと同時に彼が抱える苦悩が浮き彫りになります...

感想・レビュー・書評

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  • このような本があるなんて。

    この本は正岡子規の晩年、既に外へ出歩くこと叶わず。
    日々を毎日記録したものなのです。
    本は、来訪客、三度の食事内容、お金のこと、家族のこと、そして俳句のこと。
    始まりは子規が死するちょうど1年前から始まります。
    妹の律と母が彼を自宅で介護し、看取るのです。

    最初は色々事情がよくわからないまま読んでいたので子規のその食欲に驚愕です。
    とにかく凄い、とても病気とは思えず。
    食事以外でも飄々とした感じでついつい頁をめくってしまいます。

    ただやはり病魔は確実に子規を捉えており、途中からは狂気が密やかに忍び寄ってくるのです。

    ご存知でしょうが、子規は大学生の頃に結核にかかります。そして脊椎カリエスになるのです。脊椎カリエスとは結核菌が脊椎へ感染したもの。こうなると脊椎の中で化膿が起こり、それが皮膚を突き破って穴を開けるようです。本の中で律が綿を買いに行ったり包帯の交換をしているのはそれです。歯肉の膿を出すとかいう描写もそれです。非常に残酷な病気だと思います、抗菌剤の登場まではこの日記の40年後まで待たなければいけない。子規の生きた明治では抗菌剤は登場していないから。

    読んでいる私は子規が亡くなった日を知っています。それを知っていてこの日記を読むと胸の奥がキューっと締め付けられます。最初の章は呑気な感じですすむのにその後半、そして二章へ。後半はちっとも楽しくなくて、読むのが辛い辛い。

    こんな本があるなんて知らなかったよ。

  • よく食べるなあすごいなあと読み進めていくうちに、だんだんかなしくなってきた。強い人だ。記録の影にちらちら見え隠れしていた激情が、一旦堰を切って、それからひどく静かになってゆく。

  • 9月19日糸瓜忌に開催のBBで紹介するか悩んだ。自分もこの4半世紀、使ったお金や食べたものをほぼ毎日記録してる。病気療養の思いにもシンクロする。膿を出すときの絶叫と号泣、わかる!沢山の句があったりサラっと終わったり日によって分量が違うし誕生日の9月17日が少し長いのは当然だが、その2日後の9月19日即ち亡くなる丁度1年前の記録が重い。夜になって呼吸が苦しくなりそれが寒さのせいならこの冬は持たないとある。今ほどじゃないけど残暑でしょ。辛かったろうね。この後10日ほど日記が途絶える。死神がすぐそこに居たな。

  • 坂の上の雲を読んでから、より、正岡子規が知りたくなって購入しました。

    これ読んで、本当にこの人が好きになった。ファンになった。
    「俳句書いてる人」くらいの認識しかなかったのですが、、、、、
    病床で、亡くなる前までつけていた日記です。
    なんと人間味のあふれた、強い、そして弱い、皆に愛されていた子規。読んでるだけで、いとおしくなってくる。
    食べ物もたくさん出てきますが、それもまた笑えてしまう。そんなに具合悪いのに、まんじゅう10個とか、食べちゃう。
    よめばファンになると思います。

  •  正岡子規が、死の直前まで書き綴った日記。

     元来、人の日記を読むのがすきなせいもあり、夏目漱石(の日記)つながりで手にとったものなのだけど、ここまで気に入りの一冊となったのは、やはり生きること=食べること、への執着が赤裸々に綴られているからなのだと思う。
     もちろん、綴られている俳句や、日々の徒然にも生への執着、もっと言えばゴールの見えてきた人生ゲーム(しかも一発逆転ホームランの存在しない)で、一体なにをし、なにが出来るのかということを考えさせられるのだけど―――。
     けれどやはり、その人間の本質がもっともよく現れるのは、食欲・性欲・睡眠欲であると思っている次第なので。
     自分は死の直前にあっても、これだけ「おいしいものを食べる」ことに執着し続けることができるかどうか、というのは人生の課題のひとつでもある。

     そして生徒達(小学生)にも、
    「テレビの「坂の上の雲」のハゲのおっさん」
    「野球という言葉を発明したひと」
    「たる柿26個を胃弱の「我輩は猫である」の人(夏目漱石)の前でたいらげて、漱石をへきえきさせたひと」
    「法隆寺のひと」
    で、いいから、どうか覚えていて、いつかこの本を手にとってくれるといいなあ、と!

  • 壮絶。
    でも食欲旺盛でびっくりする。
    ノボさんとかミチクサ先生読んだ時も思ったけど、お母さんと律さんは大変だったろうなぁ

  • 正岡子規の病床ごはん日記。
    とにかく食への執着をひしひし?ガシガシ?と感じます。
    子規先生、とにかく食う、寝たきりのボロボロの身体なのにお構いなしに、山のように食う。
    食うとなったら出るものも出る。出すものまで一日の回数を記録する。
    時には食べ過ぎてお腹を壊す。一気に体調を崩しつつも、ちょっと回復したらまたもりもり食べる。
    ただただ、一日のごはんと、便通と、ちょっとした備忘録と、あとスケッチと、が描かれているだけなのに、全身全霊の「食べることは生きること、生きることは食べること」が伝わる本です。

  • 私は、いま「俳句」を生み出したいと思っている。短い言葉で、宇宙を表したいという欲望が強い。とにかく、文字を書き連ねている。それを凝縮したい。画像を見て、俳句をひねり出す。
    なんか、その行為がスリリングだ。
    寺田寅彦は、夏目漱石に俳句とは何かを質問する。
    夏目漱石は「俳句はレトリックの煎じ詰めたものである」「扇のかなめのような集注点を指摘し描写して、それから放散する連想の世界を暗示するものである」
    夏目漱石は、やはり面白い見方をしている。扇のかなめに集中して、放散させるという視点は大切だ。1867(慶応3)年に、正岡子規と夏目漱石は生まれた。正岡子規は、松山藩士正岡常尚と八重の間に長男として生まれた。翌年に明治維新となる。1889(明治22)年に第一高等中学校で、2人は出会う。2人は、影響を与えあった。
    本書は、正岡子規の死去する前年の1901(明治34)年9月、10月の日記が書かれている。子規は結核菌が脊椎を冒し脊椎カリエスと診断される。数度の手術も受けたが病状は好転せず、やがて臀部や背中に穴があき膿が流れ出るようになった。3年ほど寝込んでいた。まさに晩年である。
    寝たきりで、前に庭が見える。それが世界だった。
    最初に始まるのが、明治34年9月2日雨 蒸暑し。
    「朝 粥四椀、はぜの佃煮、梅干砂糖つけ
    昼 粥四椀、鰹のサシミ一人前、南瓜一皿、佃煮
    夕 奈良茶飯四椀、なまり節、茄子一皿
    此頃食ひ過ぎて食後いつも吐きかえす。二時過牛乳一合ココア交て、煎餅菓子パンなど十個ばかり」
    この子規の食欲に驚かせる。これが連日続くのだ。お腹が痛くなるくらい食べ、吐いてしまう。それでも、食べる大食漢。お椀の大きさはどれくらいだったろう。調べてもわからなかったが、四椀なのだ。ここに、子規のもつ生きようとする苦しいほどの熱意。食べることは生きることだ。ずーっと調べたが、葉物野菜を食べていない。炭水化物主体の食事である。昔は、ご飯いっぱい食べれれば満足という時代だったんですね。
    あとは、痛みを耐えることと、そして庭を見るのだ。そして、句を読む。死を直前にして、癇癪を起こす。結核なので、人はあまり見舞いには来れないはずだが、よく友人たちは来る。
    『彼は癇癪持ちなり、強情なり、気がきかぬなり、人に物問うことが嫌いなり、彼の欠点は枚挙にいとまあらず、家人恐れて近づかず』と描写する。死の間際にあっても、自分を外から見る。
    気に入った俳句。
    棚の糸瓜思ふところにぶら下がる
    糸瓜ぶらり夕顔だらり秋の風
    物思ふ窓にぶらりと糸瓜哉
    雨の日や皆倒れたる女郎花
    蝉なくや五尺に足らぬ庭の松
    秋もはや塩煎餅に茶渋哉
    餓鬼も食へ闇の夜中の鱒汁
    町川にボラ釣る人や秋の風
    美女立てり秋海棠のごときかな
    芙蓉よりも朝顔よりも美しく
    馬の尾に仏性ありや秋の風
    秋の蝿殺せども猶尽きぬかな
    秋の蝿追へばまた来る叩けば死ぬ
    鶏頭や今年の秋もたのもしき
    干瓢の肌うつくし朝寒み
    糸瓜には可も不可もなき残暑かな
    栗飯や病人ながら大食ひ
    かぶりつく塾柿や髯を汚しけり
    黒きまで紫深く葡萄かな
    よべここに花火あげたる芒かな
    人問はばまだ生きている秋の風
    成仏や夕顔の顔へちまの屁。
    ふーむ。きりがない。句が実にシャープだ。
    大飯を食らい、ただひたすらに読み続ける子規。
    生きるって、そういうことだ。どんな状況にあろうとも。どんなに身体が痛く、壊れていようが、意志で生き抜く。天晴れ、正岡子規!

  • 病床にある正岡子規が、日々衰弱していくなかで見せる異様な食への執着の記録。
    壮絶な病状の記述も霞んでしまうほどの飽食ぶり。死ぬ前にいろんな物を満足いくまで食べたい…そういう心境は理解できるのだが、その量たるや半端ではない。健康な人間より遥かに多い。「生きた証し」を残そうとする人は多いと思うが「食った証し」をここまで執着して残そうとする人は珍しい。
    来訪する人々はのちに著名な俳人や文士になった人も多く興味深いのだが、何せ膨大な食の記述に圧倒される。

  • 仰臥漫録
    (和書)2009年08月13日 22:53
    1989 岩波書店 正岡 子規


    「病床六尺」を以前に読んでいます。今回「仰臥慢録」を読んで病を患い死が刻々と迫って来る中の、その生活の日記を読みそこに凝縮されたものを感じた。子規が特別だと言うのではなくそこに書かれた作品が人間と言う存在を際だたせているのだと思います。そこが特に興味深かった。

  • 【いちぶん】
    故に余は自分の病気が如何やうに募るとも厭はずただ彼に病なきことを祈れり
    (p.63)

  • 見舞い客の中に後世 名を成す著名人が多い。「紅緑来る」とあるのは、佐藤紅緑だろう。その愛娘が佐藤愛子なのだから、子規の生きた明治がそれほど大昔ではないと思えてくる。
    巻末40ページに及ぶ俳句集に難儀した。ハイキングしていたら、目の前に垂直の絶壁!という印象だ。

  •  最晩年の正岡子規の日記、というか日々の記録に近い。
     「一」は、食事の報告が大半を占めていて、欲求を食で補う無茶食いの典型的な状態。もう長くないから食いたいものを食おうという意思も有ったかもしれない。
     逆に「一」の最後から「二」については、かなりの病状の進行により、苦しむ姿が多く見られる。「癇癪を起こす」なんてさらって書いてあるけど、その行間には病に苦しむ、「どうにも出来ない」「どうにもならない」ことへの怒りがあるんだろうなと。

  • 言ってしまえば他人の日記をのぞき見をしているのだか、絶句としか表現できない。読み進めるほどに、他人の日記をのぞき見しているだけの行為を読者はしている状況ではなくなる。10月12日の日記にはギラギラとした目つきの筆者が思い浮かぶ。彼は生きたいのだ。

  • 「文人御馳走帖」での正岡子規の食べ物に対する描写やそのコダワリが楽しかったので、これもついでに読もうかなと気軽に手に取ってみたんだけど、とんでもない。最初の1日目の日記だけですっかり心を鷲掴みされてしまった。
    紡ぐ言葉の美しさ、秘めた心の壮大さ、目線の素朴さ、生活の瑞瑞しさ、生への執着と諦念、そして食への拘泥。

    1日目の記録でまず、お粥と白米を合わせて12杯も食べてその後菓子パンを10個も食べながら「最近食べ過ぎてよく吐きかへす」なんて書いてるかと思ったら、急に人様の家の家賃比べしたり、夕食に食べたものの俳句を2ページ分つくったり、絵を描いたり詩を書いたり、とにかく毎日いろんな突拍子もない事をするもんだから読んでてクスクス笑ってしまう。もう!すき!なんて人なの!

    しかしその分、段々病魔に冒され衰弱していよいよページも飛び飛びになってしまうとその空白や言葉の少なさが辛くて、ページが進むにつれて文字数は少なくっていくのに反比例して読み進める速度はどんどん遅くなった。

    頑固な人柄と柔軟な思考が、品のよい巧みな文章にのせられてするすると流れてくるもんだから、本を開いてただぼうっとしているだけでいつの間にか骨抜きにされてしまう。

  • どんだけ喰うのだこの病人。カルマを感じる。もう餓鬼!喰いに喰って今度は腹が膨れて苦しくて、こっちが涙出てくるよ。便通だの精神錯乱だの、子規がこんなにあらぶっていたとは知らず。これっぽっちと言えど読んでるこっちが苦しくて読むのに2ヶ月。

  • 強靭な生命力。

  • 嵐山光三郎『文人悪食』がきっかけで購入、読了。
    原作・壬生篤/作画・本庄敬『文豪の食彩』に触発されて再読。

    上記2冊とも、文豪達の食生活にまつわるもの。『仰臥漫録』は脊椎カリエスに侵され、自力では寝返りを打つこともままならなくなった晩年の子規の、鬼気迫る「食欲」の記録として取り上げられておりました。

    歯茎や身体に開いた穴からは絶えず膿が流れ出ているような状態なので、食う飯が美味いわけがない。でも食う。猛烈に食う。食ったら食っただけ出すがほとんど未消化で全く身になっていない。でも食う。生きている以上は食う。

    動けぬ子規にとってはまさに「病牀六尺」が全世界。
    三度の食事の内容から、便通の時間帯・回数、泣き喚かずにいられない程の激痛を和らげるための麻痺剤の服用記録、黒めがねをかけながらやっとの事で読む新聞の内容、来客、その際もらった見舞いの品、そして、頭をもたげて眺める庭の景色。およそ病床にあって感受できる全ての事を、書いた、というより刻み込んだ印象です。

    明治34年10月13日の記述と、伯父宛にしたためた手紙の内容は忘れられません。

  • 身体の其処此処に穴が開き、痛さに喚き泣き叫ぶ。それでも食べる食べる。これでもかという程食べる。だが、食べ過ぎて腹膨れて苦しむ。判っていても子規にとっては食べることだけがほとんど唯一の楽しみなのだ。こんな我儘な兄を律は一所懸命介護しているのに、兄には美味いものを食べさせ自分は「野菜にても香の物にても一品あらば彼の食事はをはるなり」なのに、 子規は「義務的に病人を介抱することはすれども同情的に病人を慰むることなし」と怒っている。友人もたくさん訪れ、みんな子規のことが好きなのに。律も可哀そう。そして母も。

  • 脊椎カリエスに侵され、死を迎えつつある床で書かれた正岡子規の日記。
    自らの命を絶とうかと考えた時の描写などとても生々しくて、いったいどんな精神状況でこれを書いているのだろうか。
    かと思えば、毎日の食べたものの羅列。菓子パン10個など、どう見ても病人とは思えないほどの量を食べる。病床では食べることくらいしか興味がなくなるらしい。そして、食べ過ぎて吐く、下痢をする。もはやそれは悲しみを通り越して滑稽ですらある。
    人の生きざまを感じさせてくれる作品でした。

    この本のお面白さを感じるためには、正岡子規の人柄なども知っておくと良いと思われます。「坂の上の雲」あたりをあわせて読まれることをおすすめします。

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