歌よみに与ふる書 (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003101360

感想・レビュー・書評

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  • 正岡子規のことは随筆を通して知った。歌のことはほとんど分からない。
    「平安中期の成立以来和歌の規範とされてきた古今集を否定し、万葉集への回帰を提唱する」という本書の性質から考えて、背景知識なしに初めて触れる歌論がこれというのもどうなのかと気にはなった。が、ともあれ読んでみた。笑った。

    大将が絶好調で気炎を吐く様は痛快の一言。「貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候。」ばっさり。よくもこんな風に思い切って書けるな。さすがは子規。論の内容云々以前に、彼のこういうところが大好きだ。
    「ただ自己が美と感じたる趣味をなるべく善く分るやうに現すが本来の主意に御座候。」主義主張は一貫しており、明快である。具体的な歌を例として引きながらその好悪を論じているので、大変わかりやすい。そしてただひたすらに熱い。行間から立ち上る熱気は他に類を見ない。「明治」という時代を感じる。

    しかし、子規の凄まじい勢いに思いっきり感化されてしまった気がするなぁ。これを機に様々な歌集・歌論に挑戦して、自分なりの考えを持てるようになりたいと思った。

  • 近代短歌がどのような思想から生まれたのか、触れることができます。

  • ものすごいむかつくとともに
    ものすごい人だと思った。

    私は古今集が、そして躬恒が好きなので、
    躬恒の歌を「つまらぬ歌なり」
    と切り捨てられるのはとてもむっとくる。
    しかし、敵も然る者。というか、立場の一貫性といい、雄々しさといい、
    この人に言われるんだったらしゃーないなー
    と最後には思ってしまう。
    共有できない価値観はあれど、これほど明快ですがすがしい歌論もほかにないと思う。
    ついて行く人が多かったのはわかる。
    特に、明治維新があって、西洋の思想が一気に流入して、消化不良をおこしかねない状態で、どんどんそれを食べていかなければならなかった、そして食べたいとも思っていただろう、そういう時代であればこそ。

  • 新書文庫

  • 大変有意義で楽しく読める書だった。

    ’’近来和歌は一向に振ひ不申候’’

    と、いきなりその時代の歌詠みに対する皮肉からスタートしている。
    更には、

    ’’貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候’’

    と、気持ちがよいほどに貫之と古今集をこきおろしている。
    正に、子規の文学に対する考え方がみてとれる内容が書かれていると感じる。
    本書を読むと、正岡子規がそれ以降の日本文学に与えた影響が少しばかりではあるが、分かるのではないだろうか。
    本当に素直に詠んだ歌というもの、そうであれば万葉のような古いものでも、新しいものでも素晴らしく、既成の概念にとらわれない斬新で、近現代文学のスタートの一つの論考ともいえる。
    確かに万葉は力強さあり、素朴さあり、素直さあり、華美でなく技巧的なものも多くはないと思える。反面古今以降は虚飾性が強く、美しいものを美しい言葉で詠むといった華美に走っているというようなことも何となく感じるだろう。
    大変面白く読めるので、おすすめだ。

  • 古今集を頂点とする短歌の価値観に異を唱え、新しい短歌のあり方を提唱する。名歌と呼ばれる作品をさんざんこきおろしていて、半分ジョークみたいで笑えてくる。だけど、正岡子規さん大まじめに短歌のあるべき姿を唱えていて、それがまたアンバランスで面白い。

  • 彼の歌論に賛否両論があることは知っている。しかし、自分は正岡子規から短歌・俳句の楽しみ方を学んだ。前提知識のない素人が見ても、ぱっと情景が浮かぶような歌こそ良い歌である。このやや乱暴だけど非常にシンプルな価値尺度は、入り口に掲げておく看板として相応しいと自分は思う。内容とは関係ないが、一点だけ。職業柄「候文(そうろうぶん)」を読むことが多いのだが、これほどまでに分かりやすく、痛快な候文にお目にかかったことはない。「文明の器械は多く不風流なる者にて歌に入りがたく候へども、もしこれを詠まんとならば他に趣味ある者を配合するの外無之候(中略)殺風景なる者は遠望する方よろしく候。菜の花の向ふに汽車が見ゆるとか、夏草の野末を汽車が走るとかするが如きも、殺風景を消す一手段かと存候。」候文の枠を少しはみ出しているのだが、候文の持つ響きの美しさやリズムはキープする。マニアックに言えば、そんなところも鑑賞ポイントだ。

  • 痛快。

  • まだ手元にないことに気づいて急遽購入。

  • なんてエネルギーに満ちた文章だろう。一気呵成とはこういうことか。なにを言っても、生半可な思いでは太刀打ちできない。今こうして書いているものだって、子規の肉声(と称してもいいだろう)の何分の一も伝えられはしない。

    この文章の中に常に先だって存在しているのは、非常なる「我」、前面に立ち出でたる「我」である。語る主体なしに書かれるものなどないはずだが、文章に語り手の名を付した途端、思想と人間とが紐づけられて生じる責任に、人は尻込みしてしまう。その思想がradicalであるだけ、失うものを考えれば言いにくい。
    子規にはあまりにも明確な使命感があった。自分が書くのだ、自分が美しいと思ったものをこそくだらない様式に左右されず真実選び取って表すのだ、その風土を根付かせるため、土台をいま自分が作るのだ、という。

    そうして書かれた文章に満ちる力は、子規の持てる分から切り売りされてきたものではない。書けば書くほど、不思議にこんこんと力が湧いてくるかのようだ。すがすがしい、気持ちよい、痛快、どう言葉を並べてもまだ足りないように感じる。魅力的であることには間違いない。
    信念というものがどれほど人を、その作り出すものを、強くするか。パワーに圧倒されながらも、背中を押してもらえる本だ。

    −−−

    和歌は三十一文字だから、論ずるときにかならず全部を引用することになる。前後のコンテクスト云々の問題が生じない。ただし詞書きとの関連。このことについてもう少し考えたい。

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