2014/2/7読了。
先日読んだ『黒い眼と茶色の目』が気に入ったらしく、そうなると嗅覚も働くらしく、古書店の店頭ワゴンで作家の名前を目ざとく見つけて購入。冒頭をぱらぱらと読み始めてみると、何だこれ、めちゃくちゃ面白いじゃないか。
戊辰戦争甲州勝沼の役で敗れ、そのまま甲州に隠遁した旧幕臣・東三郎。由緒ある公家の家柄に育ちながら、凡庸で漁色家の伯爵の後妻に嫁いだ喜多川夫人。この二人の人物の悲劇的な運命を通して描く、明治の時流の姿、というのが本書の大筋になる。書名『黒潮』はこの「時流」の象徴だろう。
薩長藩閥批判の社会小説と読むこともできるが、エンターテインメントとしてもテンポよく、手に汗を握らせたり涙を催させたり、なかなか読ませる。伊藤博文がモデルとおぼしい藤澤伯爵とその取り巻き連中v.s.東三郎翁の激論の場面など、いま読んでも面白いが当時の読者にはもっと面白かったろう。
さて、時流に乗った者たちにこてんぱんにやられた東三郎は、イギリスはケンブリッジ大学に留学させた息子・晋の帰国を待ちわびていた。そしてついに、東三郎臨終の枕頭に晋は帰ってきた!(完)
……え、これで終わり? ちょっと待て。東三郎の息子・晋、喜多川夫人の娘・道子、彼らの時流への復讐の物語がこれから始まるんでないの? と思いながら巻末の解説を読んで嫌な予感が的中。本書は全六巻構想の第一巻。続巻はついに書かれなかったらしい。おい。負けっぱなしでどうするんだ。頼む、誰か続きを。時流の潮目が変わりつつある今だからこそ、ぜひとも続きが読みたい。