俳句への道 (岩波文庫)

著者 : 高浜虚子
  • 岩波書店 (1997年1月16日発売)
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  • レビュー :7
  • Amazon.co.jp ・本 (251ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003102879

俳句への道 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 物理学の喜びとは、一体全体、人間に取ってどのようなものであるのか、それを今日は考えてみようと思います。
    物理の喜びと聞いて始めに思い浮かべるのは、やはり「知る喜び」、即ち好奇心の充足というものがあり、これは誠にその通りだと思いますが、今日はそれとは別の面から物理学の喜びを考察してみましょう。

    アリストテレスは、「知る喜び」と同様に、「似せる喜び」というのもまた、人間に取って本能的であり、根源的な喜びの一つだといいます。古来より人間は、眼前に佇む自然の美しさに心を動かされては、その自然を、時には洞窟の壁に、時にはキャンバスの上にと描き出してきました。ここには、色彩豊かな自然を似せて取る喜び、所謂芸術の喜びというものが存在しています。

    物理の喜びという物を考えた時にも、実はこの「似せる喜び」という面が大きいのではないかと思います。物理学では数式を扱うことによって、例えばボールを投げた時に描かれる放物軌道を表現することができますが、このときに物理学者が感じる感動というのは、そのことによって「ボールの軌道が良くわかった」という「知る喜び」よりは、むしろ、数式なるものを使って目の前の自然現象を表現することができたという「似せる喜び」に近いのではないかと思います。

    物理学者の感動とは、言わば、数学という新たな筆を得た芸術家の感動に近しいのです。

    このようにしてみると、物理学というのは、自然から得た感動を数式や実験装置を用いて表現していくという、血の通った非常に暖かな芸術なのだという気がしてきます。

    一方で、物理学では客観性ばかりを重視して、一歩引いた地点から世界を眺めている、そんなものは己の精神を主観的に表現すべき芸術とは認められない、という声もあるかもしれません。しかし、そうではなく、物理学とは客観写生を通じた、己の感動、主観の表現に他ならないのです。

    例えば、俳句という芸術を考えてみましょう。高浜虚子は、俳句においては、どこまでも客観写生の技量を磨いていくことが大切であるといいます。思えば俳句では、「美しい」などの主観的な言葉が使われることは、殆どありません。自身の感情は内に籠めて露にはせず、しかしその感情を喚起した花鳥風月を、どこまでも客観的に表現していくのです。そうして客観写生に勤めているうちに、滲みだすようにして主観というものが浸透してくる。俳句とは、このような非常に慎みの深い芸術、言わば寡黙の文学なのです。

    俳句が四季に生じる花鳥風月を謡う詩であるならば、物理は宇宙の諸現象を描く絵画だといえます。

    千住博のWaterfallでは、物理学の精神と芸術の精神とが最も洗練された形で混じり合っています。これは、名前の通り滝の絵を描いた物で、その迫力は将に圧巻です。千住は、滝を前にして湧き上がった感情を、最短距離で画面に定着させようという思いから、キャンバスを立て掛け、そのキャンバスの上から下に絵の具を、まるで滝のように流すことで、この絵を描いたのだといいます。この滝の絵は、絵の具の滝という自然現象がそのままキャンバスに張り付いた物ですから、これ以上に客観的な絵の描き方はありません。しかしだからこそ、この滝からは、滝を観たときの言葉にならないほどの感動、その滝をこれ以上無いほどに似せて取れた喜び、千住の様々な想いが伝わってきます。

  • ブックオフ秋葉原、¥350.

  • 俳人高浜虚子が晩年に俳句とはどういうものかという考えをまとめた本です。
    言葉使いが古いので多少読みづらいですが、いい本でした。

    高浜虚子は、客観写生ということを俳句の基本だと説いています。
    つまり、主観的な意見を押しつけるのではなくて、
    その場面を忠実に写し取ろうとすることで、そこに作者が透けて見え、
    その志が作品の中に入っていくということです。
    客観写生ができるようになることで、そこに自ずと個性が生まれてくると言います。
    そして、その個性が美しい心であれば、
    作品が美しい作品になるという考えを述べます。

    俳句を芸術と捉えると、
    絵画とか彫刻とか、デザインに関わる人たちまで
    ありとあらゆる芸術家にも参考になる考え方なんじゃないかと思いました。

    客観写生のことと同じく、日本とはどういう国だろうかということにも
    本の中では触れています。
    俳句は日本独自の形式の散文で、
    四季折々の表情豊かな自然を示す季語を入れるというのが決まりです。
    俳句の中でどう自然を捉えていくかという考えを読んでいると、
    改めて日本って素晴らしい国だなと思います。

  • 客観性の徹底、四季つまり花鳥諷詠の大切さ。
    万人がそれぞれ別の俺様を主張し、豊かで味わい深い四季が崩れてきている今日の日本が失ったものを、虚子が与えてくれている気がした。

  • 俳句というのは、同じ四季を経巡る体としての人と自然の交感であり、それによってもたらされる人と人の交感なのだと思った。
    この本では、決して主観を先に暴露するな、客観写生に専念してはじめて、受け手に豊かな主観の発露が見出される、ということが繰り返し説かれる。押しつけがましいと感じる表現と、そう感じさせない表現の決定的な差が捉えられている。でもちょっと説教くさい。

  • 再読。

    客観写生あるいは客観描写については、非常に共感を覚えた。俳句であっても、客観に重きをおかねばならぬ(33頁)という点に、非常に新鮮さを感じた。

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