小さき者へ,生れ出ずる悩み 改版 (岩波文庫 緑 36-6)

著者 :
  • 岩波書店
3.66
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  • Amazon.co.jp ・本 (141ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003103661

作品紹介・あらすじ

「小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ」-妻の死から一年半足らず、有島武郎(1878‐1923)が一気に書き上げた短篇。一方、芸術か生活か青年の懊悩を描いた中篇は、北海道の自然の絵画的描写と海洋小説の趣でも知られる。傑作二篇。

感想・レビュー・書評

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  • 表題となっている短編2作を収録。

    ◆小さき者へ
    母親を喪った3人の息子たちへの書簡。
    妻を失った悲嘆と子を思う慈愛が混在する力強さと儚さは、吐露に近い。
    書簡の体裁は取っているものの、彼自身が文章にすることで、
    妻の死、ひいては妻の死を受け止めきれない自分を、形象化しようと試みている。

    ◆生まれ出ずる悩み
    芸術の才を持ちながらも、北海道の貧しい漁夫という宿命との
    狭間で揺れ動く様を描く。

    とにかく文章が圧倒的に美しい。
    文章の発する意味はもとよりも、読むときのスピード、リズム、呼吸
    漢字1文字助詞1文字が暗黙的に表現する風情に至るまで、
    微細にわたって考え抜かれていると感じた。

    これは編集者や読者、物語の世界観などを勘案したレベルではない。
    2作品とも、身を削り、自己との対峙を自らに課した人間の文章。

    久しぶりの「文学」に触れた気がします。

  • 『小さき者へ』と『生まれいずる悩み』の2編。どちらも作者の語りであり、登場人物はみな実在する。『小さき者へ』では亡くなった妻のこと、そして幼くして母をなくした子供たちのことが描かれる。母・父・妻・夫・子供のどの視点に立っていても感情移入しやすく、どのライフステージの人でも関心を持って読み進めることができる。『生まれいずる悩み』は作者の出会った漁師(画家)の生活と葛藤について描かれる。読書中にまるで小説の世界に入り込んでしまった感覚に陥るほどの描写力。風景が広がり、音が聴こえ、においが漂い、そして風を感じる。漁師(画家)の人間性は素晴らしく、力強さと繊細さが心惹かれる。あまりに感動し思わず読了後にすぐ再読してしまった。

  • 小さき者へ これは読んでいて胸がつぶされそうになってくる。自らの子どもたちに宛てたこの手紙は、妻を亡くした著者の魂の叫びである。子の幸せを切願し強く生きろと激励する、読んでいてヒリヒリするような強い想いが封じ込められている。非常に短い文章だが、精神的に充実している時でないと苦しくなってくる。深い深い親の愛。
    生まれ出ずる悩み 画家になることを夢見るが家族と生活のため過酷な労働に明け暮れ閉塞感に苛まれる様子は現代にも通じるものを感じる。先の「小さき者へ」と同じように、この純朴で繊細な男への切なるエールが込められており、自身の見えない未来とそれでもなんとか奮い立たせようとする想いを吐露するような、これまたヒリヒリする感覚。

  • 有島武郎は初めて読みましたが、かなり好きな文体です。1923年に彼が女と心中することを踏まえると、また違った読み方ができる作品ではないでしょうか。『小さき者へ』は彼なりの子供たちへの思いがよく描写されていて、思わず泣いてしまいました。いつか『或る女』なども読んでみたいです。

  • 何度も読んだ作品。
    初めて呼んだのは留学中、1人で暗い部屋で。
    高校生の時に亡くなった祖父のことを思いながら読んだことは忘れられない。

    この本を勧めてくれた方がいて、実際にお会いしたことはないけれど、私の心を間違えなく救った方だ。

  • 妻の死から一年半、有島武郎が一気に書き上げた短編。母を失った子らへ、父からの激励の手記です。「私はお前たちを愛した。そして永遠に愛する」。

  • 息子たちへ向けた手紙という感じだった。

  • 2016.05.01 千年読書会課題図書
    2016.05.08 読書開始
    2016.06.24 読了

  •  理想と現実という二項対立が鮮やかな短篇2篇。人は現実の世界で生きざるを得ず、理想をあくまで非現実のものとして嘲るか、理想をファンタジーとして楽しむか、互いを接近させて落としどころを見付けるか、理想に向けて現実を変えようと努力するか・・・色々対処するものだ。
     著者は、その理想と現実の大きすぎる狭間に真面目過ぎるが故に対処しきれず、隙だらけの自己肯定にも耐えきれず破滅してしまったのかもしれないな、と思った。著者が白樺派の作家だという知識が作ってしまった先入観という可能性もあるけれど。

    <小さき者へ>
     理想を叶えようとしても、それが自分では100%に限りなく近い確率で不可能なこともある。その対処法としてあるのが、次の世代に託すというもの。俺の屍を超えてゆけ!的な。そして自分の不甲斐なさを曝け出したのが本書だろうか。
     母の愛に心打たれる短篇ではあるのだけれど、書き手の懺悔臭さがあるとか、我儘と無理解が罰せられるのはいいとして何で斃れるのが母なんだよとか、結構解せないなと感じることもある。でも、それは文豪だろうとブルジョワだろうと、自分にできることなど大してないのだという戒めと読めなくもない。

    <生れ出ずる悩み>
     画家に憧れつつも貧困で漁夫の仕事に追われてしまい、苦悩する青年。を妄想する語り手(≒著者?)の話。語り手の想像という形式が採られている理由は良く分からないが、自分の生き方を貫こうと決心すべく、その道中の困難を一つのフィクションとして書き出したように感じられる。

  • 2018.04.05

  • 中1で面白くなかったこの作品は今、わかる!
    「小さき者へ」だけ読んで有島は暗いと決めつけていたけど、そうじゃなく真摯で誠実な思いで物を描いていたのだなぁと思った。

    メルヴィルの海洋小説を読みかけて、動かない陸への憧憬がピンと来ないところへの「生まれ出ずる悩み」で同じように陸や山への想いが描かれなるほどなぁと思った。

    北海道の民-高い能力を発揮できず生活と言う名のウスノロにやられざる負えない貧しい生活を強いられている者たちへの洞察がスゴイと思う。海難の情景など想像だけでは描けないと思うのに、自然派の作家たちに酷評され、恋愛の果ての自殺に死んでなお否定されたとは悲しい。

    結果的に現在も読まれ、評価が高いのは有島文学の方に私には思われて、皮肉だなぁ、当時の文壇のただの嫉妬かなぁなんて思う。

  • 小さき者へ
    父の子供達への想いを綴った短篇。私は子供がいる身ではないけれど、今まで何度と感じてきた両親からの愛が思い出されて泣きそうになってしまった…。親の死後にこんなの読んだら絶対泣く。

    生まれいずる悩み
    芸術に傾く心と現実生活の狭間で思い悩む青年の物語。
    家族を思う心優しさがあるからこその苦しみなのだと思う。
    彼の芸術の才を見いだしながらも全面的に彼に芸術の道を進むことを勧めることができないという苦悩することは、欲望と現実の限界を見るようだった。

  • 16/03

  • とてもとても美しい文章。大正時代のものとは思えない。力強く、人間愛に基づき確固たる呼びかけをする内容と、ほんとうに、美しく流れるようにしなやかで、でも女の人っぽいのとは違う、端正でしゃんとした文章。

  • 【要約・感想】
    「小さき者へ」
    母を亡くした子らに向けて、慈愛に満ちた言葉を書き遺す父。
    作家である前に父であり、父である前に人間であった有島武郎の率直な想いが綴られている。


    「生まれいずる悩み」
    生きて呼吸している地球から絶えず生まれ出ようとするもの、それを一つの作品たらしめるのは芸術家のほかにない。
    しかし、生活苦より漁師として暮らす以外に途がない「君」は、芸術への未練を断ちがたく、さりとて家族を遺棄するに忍びない煩悶の日々を送る。
    北海道・岩内の画家、木田金次郎をモデルにして書かれた本作は、漁師の厳しい生活、その生活から自らの進みたい方向へ一歩も進まれない苦悩、家族とのささやかな幸せ、その幸せに忍び寄る底の知れない不安などを描いている。
    理想と現実とにすり潰され、日常に埋没するような虚無を味わったことがあれば、共感するところが大きい小説である。

  • うーん。小さき者へ、はなんかよかった。

    生まれ出ずる悩みは…
    自分に被るところもあり、途中まで共感を得ましたが、

    最後のほうは、「ん?妄想?」みたいに思えてしまうような書き方で、少し入り込みづらかった。

    あと、わたしは、引き裂かれそうな苦悩を、
    自殺という形で解決させる心持が好きではないので、
    どんなに凄惨な苦悩であれ、なんらかの「生きる」という選択の上で成り立つ生き方を、提示してほしいと、図々しく思ってしまったり。

    ただ、「春は来る」というあのエールには、勇気づけられました。

  • 人生初の有島武郎作品。小説ではなく他者に宛てた手紙のような文章は、まるで自分ただ一人に対して語られているかのように感じられた。

  • はじめての有島文学。書簡というか、実在の人物へのメッセージという体裁をとっている2篇。

    『小さき者へ』は妻を亡くしたときに、有島が子供たちへ送ったメッセージ。

    母の愛を永遠に失った幼い子供たちに「不幸なものたちよ」と呼びかける箇所は、息を飲みました。大切な人の死という事実を、誤魔化したり目を逸らしたりせずに、丸ごと受け止めんとする姿勢は、震災を経た現代の私たちにも強く訴えるものがあると思いました。


    『生まれ出ずる悩み』は、画家を志しながらも生活のために漁に出なければならない青年への温かいメッセージ。

    結論は、芸術を少しでも嗜んだことのある人なら誰もが感じことのあるあの悩み(「おれはこれで食っていくべきなのか・・・!?」)を提示しているわけですが、このお話の白眉は何と言っても北海道の冬の描写です。吹雪の海原での漁のシーンは大スペクタクル。漁師たちの怒号や波の音が聞こえてくるようで、私は好きです。

  • 前半(小さき者へ)は親から子への手紙、後半(生まれ出づる悩み)は北海道の漁師が芸術の道を目指すか漁師の道を続けるかで悩む(というよりは芸術を自分の中で折り合いつけていくか)姿を描いている。
    前後半は連携しているがそこまで関係していない。

    親の愛情、漁師の生活からみる死について考えた。
    解説には自然描写がとてもよいと書いてあったが、よくわからなかった。自然の描写に主観を入れ込む?のがよいらしい。
    個人的にはそんなに好きではなかった…

  • 『小さき者へ』がとてもあたたか。

  • 情景描写がものすごい、日本語の奥深さを味わえる。

    人物、情景、所作が細部まで脳内で映像化される、むしろ処理が追い付かないほどの情報量と語彙。

    本文を読み終わって解説を読んでもう一唸り、「小さきもの」は実体験「生まれいずる」はモデルありでできた作品。有島武郎が自らの体験にとことん向き合って絞り出した作品。それゆえのこの深み。



    文学少女シリーズより

  • 久々に、もしかしたら初めて夏目漱石の文章に接したとき以来の、文章の上手さを見せつけられたように思う。
    これ程の作家を今まで知らずにきたことが悔やまれるほど。
    作品の素晴らしさほどは、評価が高くないように思うのは私だけだろうか。
    気品に溢れた、密度の濃い、圧倒的な文章力。その言葉で語られる内容は力強く、鋭く、優しい。
    (2012.1)

  • 随分前に文庫で買っておいたままで、
    読んだかどうかも覚えてなかったけども、
    日本語の美しさと力強さに浸っていられた読書でした。
    生活とは生きる事。
    生と死のほんのわずかな隙間をくぐり抜けながらも寡黙に力強く生きていく人々、その悩みや葛藤、幸せ。
    それは誰にでもとどまる事無く溢れ出て来るものなんだろう。
    「これは私の想像だ」と書ききる部分は笑ってしまったけど。

  • 5/16
    ほぼエッセイ。

  • 芸術か生活かというテーマは普遍的に語り継がれてきたであろうが、普遍的に語られるということはそれだけ人の心を捉える重要な問題ということであり、私も例外なくそのテーマに魅せられ、自分を重ねたがる人間の一人である。

    テーマの魅力に対して、本書が魅力を減じている理由を考えれば、一つにテーマと直接の関連なく海を巡る描写に富んでしまっていることがあり、もう一つに小説の大部分が主人公足る小説家の妄想で成り立っているということが挙げられよう。

    特に後者は、登場する小説家がどうしても作者本人を表していると読めるにも拘らず、作品が妄想の体を取っていることから、主人公の青年の芸術か生活かという苦悩は現実に存在しないのではないかと考えられ、そのことが私をがっかりさせる。

    小説内の作者も実際の作者も本当に芸術と生活との間で悩んだことなどないのではあるまいか。そして何より、私の抱えている悩みとて、所詮甘ったれた若造のたわごとなのではあるまいか。

  • 私たちはそのありがちな事柄の中からも人生の淋しさに深くぶつかってみることができる。小さいことが小さいことでない、大きいことが大きいことでない。それは心ひとつだ。
    行け。勇んで。小さき者よ。前途は遠い、そして暗い。しかし恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
    君がただ独りでしのばなければならない苦悶、それは君自身で苦しみ、君自身でいやさ案ければならぬ苦しみだ。

  • こんな素直できらきらした文章が書けたら!
    祈りのような、賛歌のような。世界は明るい。

  • 我が子を「不幸な者たち」としながらも、人を強く生かす言葉。

    親の、子への教育。伝えられること。


    ○私は自分の弱さに力を感じ始めた。…言葉を換えていえば、私は鋭敏に自分の魯鈍を見ぬき、大胆に自分の小心を認め、労役して自分の無能力を体験した。私はこの力をもっておのれを鞭うち他を生きる事ができるように思う。(18頁)

    ○いずれの場合にしろ、お前たちの助けなければならないものは私ではない。(19頁)

    ○私の一生がいかに失敗であろうとも、…お前たちは私の足跡に不純な何ものをも見いだし得ないだけの事はする。きっとする。(20頁)

  •  妻を失った作者が、幼い自分の子供に対して自らの想いをつづった「小さき者へ」と、画家を志す青年が現実と絵への願望を天秤にかけて苦悩する姿を描いた1冊。

     特に、小さき者へに感じたものが大きかった。自らがどれだけ気丈になれるのかどうか…。

  • 難しかった。読み返したくなる。

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