入江のほとり: 他一篇 (岩波文庫 緑 39-2)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (139ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003103920

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  • 解説(谷川徹三)より
    「『微光』でも『入江のほとり』でも朝川や榮一は飽までわきの人物で、お國も辰男も、それぞれその愚かな、はかない、無駄な夢を追つてゐるのである。勿論お國の夢と辰男の夢とはちがふ。しかし愚かで、はかなく、無駄なことは同じである。--そしてそれが人生である。」

    自然主義文学らしい文学だと思う。田山花袋の『布団』を自然主義文学の傑作という向きも多いが、個人的にはあんなのは文学でも何でもないと思う。炎上狙いのYouTuberと大差なし。
    翫味すれば正宗白鳥の作品こそ考えさせられることが多いと思うが、ただ、地味に映るんだと思う。岩波文庫にとどまらず、ほかの出版社で探しても作品がみつからない。つまり読みたくても読めない。『寂寞』『塵埃』『何処へ』『生ざりしならば』『人それぞれ』などが有名らしいが、どれも遥か昔に出版されて在庫切れ。復刊もなし。(『何処へ』は講談社文芸文庫に『入江のほとり』と抱き合わせであるらしいが、同文庫自体がどこの本屋にでもあるものでない)折角よい作品書いても読まれなければ勿体ない。新鋭作家大事にするのも好いが、絶対的によい作品は末長く復刊、重版すべきだと思う。

  • 「微光」1910(明治43)年、「入江のほとり」1915(大正4)年の2つが入っている。
     正宗白鳥といえば評論の方が今では目立っていて、小説はこんにち入手しにくくなっている。自然主義の文学者だった。
    「微光」は読んでいてなかなか良かったのだが、末尾の部分がもの凄く尻切れトンボで、幾ら何でももうちょっとエスプリを光らせて終わるとか、情趣を残すとか出来なかったものか、と気になった。日本流自然主義文学の立場としては、いや人生とはこういうものだ、なんて言うのかもしれないけれども、小説の体として末尾は重要なはずではなかったか、と思われる。
    「入江のほとり」も末尾は今ひとつだが、やはりそこを除けば良い小説。共に人間が生き生きと描かれているので、つまらないような事にこだわって無駄な人生を送る小人物の、けれども凡庸な中にも生きて在ることのぬくもったゆらぎが反映されていて印象的だ。
     他の白鳥の小説も読んでみたいけれど古本でないと手に入れづらいようなので、ちょっと逡巡する。

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著者プロフィール

正宗白鳥(1879.3.3~1962.10.28) 小説家。岡山県生まれ。東京専門学校(早大の前身)文学科卒業。キリスト教に惹かれ受洗、内村鑑三に感化される。後に棄教の態度を示すが、生涯、聖書を尊重した。1903年、読売新聞社に入社、7年間、美術、文芸、演劇の記事を担当、辛辣な批評で名を馳せる。『紅塵』(07年)、『何処へ』(08年)を刊行するや、代表的自然主義作家として遇される。劇作も多く試み、『作家論』『自然主義文学盛衰史』『など評論でも重きをなした。『入江のほとり』『人を殺したが…』『内村鑑三』『今年の秋』等、著書多数。

「2015年 『白鳥評論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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