濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)

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  • 岩波書店
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本棚登録 : 947
感想 : 99
  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003104156

感想・レビュー・書評

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  • 角川文庫版で読んだのだが、なぜかブクログの検索ではでてこない。他の版は知らないが、角川は解説や年譜なども充実していてよかった。

    親戚が向島に住んでいたので、小さいころはよく連れていかれた。浅草寺の仲見世を冷かしたり、どじょうなべを食べたり、水上バスを楽しんだり、と今でも時折訪れるが、この物語の舞台となっている玉ノ井一帯は向島からもう少し北東に入ったところ。

    1937年の新聞連載が初出だが、その当時の世相がよくとらえられている。玉ノ井散策の際、にわか雨の中で主人公はお雪に声を掛けられる。主人公はそれから、ラジオの音がうるさいからと頻繁にお雪を訪ねるようになる。

    なんともなしの会話を楽しんで帰る日々が続く。主人公は身分をはぐらかしているが、お雪は主人公を地下出版活動などに携わるお尋ねもののように思いこんだようだ。彼女が主人公に恋心をいだいたのは、お互い社会の影で生きている連帯感のようなものもあったのかもしれない。

    お雪は主人公に身請けしてほしいと頼むが、主人公は自分はもう年だし、そんな資格はないと言って彼女のもとを去る。しばらくしてお雪は入院したという噂が伝わった。

    荷風の視線は娼婦や客、抱え主といった私娼街に生きる人々の姿を淡々ととらえている。主人公はおぶ代は払っているが、厳密な意味では客ではない。自らの出自についても語らない、どこの世界にも属さない人物なのである。

    その人物がお雪にいよいよ魅かれていく。が、そのような恋は成就することはない。それはある世界への帰属を意味するからだろう。急速に近代化を遂げる日本社会を遊歩する高等遊民。作後贅言にはこういう風流人の例がさらに語られるが、現代でいうとどういう人達になるのだろうか?

  • たまたま散策していたら「墨東病院」の看板が。
    そういえば永井荷風は読もうと思って読んだことないんだよなー、むか~し映画(新藤兼人監督版)は観たんだけどこの辺が舞台だったのかな~なんて思いながら図書館へ。

    ★★★
    6月の雨の日。初老の小説家大江匡は、隅田川の東、向島の私娼窟で雪という女と出会う。
    雪の商売のための家に大江は日参する。
    季節は変わり、秋になり冬になり、そして通わなくなる…
    ★★★

    永井荷風は家を出てなかなか好きに生きた人のようで、この小説のエピソードも実体験が元になっているようです。しかし文体からはなんとも自然でゆったりとして、作者の奔放さはみえなかったです。ふっと始まって、なんとなく終わった二人の関係がなんとも情感溢れています。
    題名がいいですよね。
    「濹東」は永井荷風の造語で隅田川の東、向島の界隈。
    「綺譚」は、「奇談」「奇譚」でなく、「綺譚」。
    隅田川の東でのちょっと変わったお話を書き綴ってみる…と言う感じでしょうか。

    映画の方は、永井荷風の後半生に「濹東綺譚」でのエピソードを織り込んだ創りでした。
    小説では直接的な艶っぽい描写は描かれてはいませんが、映画では表現され、当時の下町の吉原近辺文化がうかがえます。

    しかし雪役の女優が墨田ユキって名前で配役決めただろう、と思ってたものでした。



    …「濹東」が永井荷風の造語なら、病院名はそこからなんですかね…?

    • だいさん
      >墨東病院
      これ、錦糸町駅の近くじゃないのですか?
      >墨東病院
      これ、錦糸町駅の近くじゃないのですか?
      2014/10/07
    • 淳水堂さん
      だいさん
      こちらへもありがとうございます。

      はい、まさに錦糸町の近く。
      散策してたのはちょっと違う方面で、「墨東病院はこちら」の看...
      だいさん
      こちらへもありがとうございます。

      はい、まさに錦糸町の近く。
      散策してたのはちょっと違う方面で、「墨東病院はこちら」の看板だけ見つけて、家に帰って調べたら錦糸町駅前にあるようですね。
      私は”墨東”とは本当に昔はそういう地名かと思っていたので、「あの映画の舞台はこの辺か、では本も読んでみよう」となったのですが、”墨東”って荷風の造語だったんですね。
      小説からとったならなかなか洒落た命名だなと。

      それでは、他の本へのコメントのお返事はまたゆっくり後日させて下さい。*^^*
      2014/10/07
  • 散策中の雨が偶然出逢わせた、歳の離れた男女。暖かく心を通わせだす。

    通う男の洒脱な言い訳は、小説の取材。作品と現実が微かに重なる、夕暮れの季節。

    昭和初期の景色や匂いを感じさせる克明な描写が、心をタイムスリップさせてくれる。

  • 読みやすい恋愛小説。
    ちょっと粋な感じもして。

    木村荘八の挿絵がまた風情あり。

  • 永井荷風の代表作にして、文学史上に残る有名作。この作家の作品は、今回がはじめてである。読んでみてまず思ったのは、「これは小説なのだろうか?」ということ。これはべつに批判ではなく、主人公・大江匡(=荷風?)が向島や玉の井の界隈を散策するさまが軽快な筆致で描かれており、まるで日記や随筆を読んでいるような感覚に陥る。お雪との逢瀬など、それなりに起伏はあるものの、それだけといえばそれだけで、話らしい話はあまりないともいえ、そういう意味でも「小説」感は薄い。ただ、さすがにこれだけ名が知れ渡っているのにはやはり理由があり、だからといってつまらないなどということはまったくなく、ありのままを噓偽りなく描き出した(ような)世界観は、素朴で快い感情を与え、ヘタな創作よりもよほど率直におもしろさを嚙みしめることができる。また、当時の風俗などを知ることができるため、そういう点も興味深く楽しみながら読むことができた。

  • 学識がある社会不適合者の小説は、面白くないはずがない。

  • 1937年刊行。
    永井荷風58歳の作品にして、氏の最高傑作と称される作品です。
    この頃は既に作家として文壇上成功し、『あめりか物語』、『ふらんす物語』を代表する名著を生み出した後です。
    旺盛な創作活動と、ストイックな江戸期の文人の研究を重ねた後、往年、荷風は、銀座のカフェーに興味を持ち始めます。
    このころ流行だった"カフェー"は、現在でいういわゆるカフェではなく、接客サービスを行う女性がいるお酒を提供するお店、つまりは風俗店でした。
    夜の街を鮮やかにテラスカフェーは、この頃の荷風の作品に度々登場します。
    カフェーに出入りした経験を元にした作品により収入を得た荷風は、東京・向島界隈のサロンに出入りし、本作、濹東綺譚を書き上げます。

    濹東綺譚の?の字は、江戸時代の儒学者『林述斎』による造語で、さんずいに墨で、"隅田川"のことを指します。
    濹東とは隅田川の東側のことで、荷風は本作を「向島寺町町に遊里の見聞記」をつくり、「墨田堤の東北にあるので、?上となすには少し遠すぎるような気がした」と述べています。
    戦前より昭和の中頃まで、この辺りには玉の井という私娼街が存在し、本作は、その玉の井の私娼「お雪」と、小説を生業としている主人公「大江匡」の物語となります。

    大江匡は、小説『失踪』の構想を練っており、その舞台を向島あたりに決めた。
    6月末のある日に、玉の井を散策していた大江は、急に大雨に降られる。
    大江は持ち歩いていた傘を広げるが、そこに浴衣姿の女・お雪が現れ、傘に入ってくる。
    誘われるままにお雪の家に上がった大江だが、それをきっかけに大江は、お雪と逢瀬を重ねることになるという展開です。
    大江とお雪の出会い、玉の井での日々、そんなある日、大江は、お雪が大江との出会いを起因に境遇を変えようとしている、懶婦か悍婦になろうとしていると考えます。
    そして、特に何を告げることもなく、大江はお雪の元を去っていきます。

    最終的にお互いの本名すらも告げぬまま出会い、過ごし、別れた二人の関係性は、玉の井という男女の出会いと別れが繰り返される街において健全であり、また同時に物悲しさを感じさせます。
    そんな、私娼街ゆえの独特の雰囲気が浮き彫りにされていて、慕情を感じさせる傑作と思いました。
    テンポは独特で、特に大きな事件が発生しているわけでもなく、メリハリがあるという内容でもないので、気がつけばページが進んでいる感じですね。
    難しい漢字や言い回しが多いため、誰でも読みやすい作品というわけではないのですが、気がつけばその世界に没頭できると思います。
    なお、本書中には、東京朝日新聞掲載時の木村荘八氏による挿絵が全て載っています。
    この挿絵が本作の魅力を引き上げているという意見も多いです。
    実際、作品にマッチしていて、既に失われた街のイメージを情景豊かに蘇らせる素晴らしい挿絵と思いました。

    ちなみに私娼街としての玉の井は現存していないですが、その街を散策すると、名残が観察できるとのことです。
    機会を見て、濹東綺譚の足跡を辿ってみたいと思いました。

  • 本棚を見ていて「そういえばこれは読んでなかったな」と思い、手にとってパラパラめくるとレシートが挟んであった。
    見ると「湘南堂書店99年7月24日21:05」とある15年の間いわゆる「積ん読」となっているという歴史ある文庫本である。どうせ俺のことだから早くに始まった神保町での呑み会がお開きになった帰りに買ったのであろうが、酒が入っており活字を追うのが面倒くさくて読まずにそのままだったのだろう。

    というわけで、50近くにして初永井荷風。『濹東綺譚』とはいえどこが綺譚なのかよくわからんが、このしっとりした空気感はなんだ。妙に心地がいいじゃないか。荷風はこういう作家だったのか……(晩年だけか?)。
    積ん読だったが、逆にいろんな本を読んだ後の40歳すぎだからこそ、この空気感を味わうことができたのかもしれない。
    鏑木清方の随筆と同じ「旧きよき日本」のにおいがかげた。

  • 短いお話だけれど、なんとも情趣のある話。
    日本人で良かった。

  • これも青空文庫で読む。永井にはまっている。当時の風俗もわかり、実に面白い。

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著者プロフィール

永井荷風

一八七九(明治一二)年東京生まれ。一九〇三年より〇八年まで外遊。帰国後『あめりか物語』『ふらんす物語』(発禁)を発表。五九(昭和三四)年没。主な作品に『ぼく東綺譚』『断腸亭日乗』がある。

「2020年 『吉原の面影』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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