本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784003104620
作品紹介・あらすじ
志賀直哉(1883-1971)は、他人の文章を褒める時「目に見えるようだ」と表したという。作者が見た、屋台のすし屋に小僧が入って来て一度持ったすしを価をいわれまた置いて出て行った、という情景から生まれた「小僧の神様」をはじめ、すべて「目にみえるよう」に書かれた短篇11篇を収めた作者自選短篇集。(解説=紅野敏郎)
みんなの感想まとめ
短編小説集は、著者の独特な文体を通じて、深いテーマを巧みに描き出しています。作品は一編あたり短く、気軽に読み進められる一方で、内容は多くを語らずに読者の想像力を刺激します。特に、表題作や「正義派」、「...
感想・レビュー・書評
-
「小説の神様」と称される志賀直哉の短編集。
一篇の頁数が短いので想像よりも案外読み進めやすかった。
だけど、志賀直哉の文体は「簡潔で無駄のない写実的な文章」が特徴ということもあり、多くを語らないのと読み手の想像に委ねる純文学なので読解力、感受性の乏しい私には、「もう少し語ってよ、描いてよ」なんて思ってしまう。
でも、その描かれていない余白を想像するのが純文学の楽しみかたなんだろうな。
面白く感じたのは、表題作の『小僧の神様』、『正義派』、『母の死と新しい母』、『流行感冒』の四篇。
『小僧の神様』と『正義派』は善事をしたのに、何故かモヤモヤが残る。
『小僧の神様』は仙吉と議員Aの認識のズレが面白い。
議員Aの「余計なことをしたかも」とモヤモヤする姿は今も100年前も変わらない。
『正義派』は真実を貫いた結果、誰も浮かばれない。
この作品は著者自身が山手線に跳ねられた実体験が深く関わってるようだけど、電車に跳ねられて平気だったのって凄いよね。
だからこそ、作品に凄みがある。
『母の死と新しい母』は実の母がただただ可哀想だ。母の死を理解できず、若くて新しい母にすっかり懐いてしまう、
子供の残酷なまでの正直さは読んでいて唸らされた。
『流行感冒』
コロナ禍の自粛警察を見ているようでゾッとした。
どこまでが安全でどこからが不謹慎なのか線引きが人により曖昧で、感染症により人間の嫌な部分が浮き彫りになってしまう様子はコロナ禍を彷彿させる
神経質だった主人が真っ先に感染してしまうという滑稽さには皮肉な笑いが出てしまう。
100年前の短編がこんなにも心をザワザワ、モヤモヤさせられるとは思わなかった。
著者にならってこの辺で筆を置きたいと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
志賀直哉の小説は初めて読んだ。文豪の作品となると「難しい」という先入観が先に立つが、一編が10から20ページ程度の短さでとっつき易かったし、尚且つ読み易いのに深みを感じさせる文体が美しかった。
中学や高校の国語便覧の作者紹介で代表作として挙げられていた「小僧の神様」「清兵衛と瓢箪」「城の崎にて」を、1冊で網羅出来たのがなんだか嬉しい。憧れの人にようやく会えたような不思議な感覚である。
善いことをしたはずなのになんだかもやもやした後味になったり、信じたいのに心のどこかでは疑ってしまっている自分を自己嫌悪したり、命の儚さに想いを馳せたり、身近な心理に材を取っていて共感を覚えた。 -
小僧の神様
はかり屋の話
仙吉は自分も店を出したい
修行の身
あの美味しそうな寿司を食べたい
4銭あれば寿司を食えると思っていた
しかし1つ6銭だった
すぐ出て行った
マグロ、魚を下に食べる
もし悪いときにすぐわかる
Aは可哀想だと思ったが奢る勇気がなかった
Aは後日偶然仙吉のいるはかり屋に行った
そして寿司をたらふく奢らせた
かみさんの強調
しかし満足できない。なぜだ
寂しい気持ち
仙吉は疑問に思う
なぜ奢ってくれたのだろうか?
あの恥ずかしい寿司屋との関連性
Aはその日のことを次第に忘れて行った
仙吉は忘れられなかった
あの客を励みにこれから頑張ろう
仙吉が住所に行くと稲荷の祠しかなかったと書きたかったが残酷なのでやめた
神様は幻でなく誰にもついている
正義派
電車と女児が衝突し、母親は呆然としていた
証人として三人が呼び出された
運転士がブレーキを引いてなかったと証言したがなかなか警察では受け入れられなかった
その後飲みに行く
自分が幸せであれば他人の不幸など興味ないのだ
以下略
読めない、文の意味がわからない -
ある晩の出来事。帰宅早々息子が得意気に言ってきた
「お母さん、志賀直哉を読んだよ。」
「へえ〜面白かった?(おん?!さってネタバレしにきたか、小僧!)」
「うん、面白かった。」
「何が面白かった?」
「うん〜赤西蠣太というのがあって、〇〇××△△(半分聞いていない)、それと、その中に出てきた人たちの名前は海の幸で面白かった。」
「(海の幸wwww)あとは?」
「あと小僧の神様も面白かった。小僧が00 ××△△(ここも聞いていない)、それで最後は筆者はここで筆を置きますのが面白かった。」
「お〜なんか落語っぽいだね。それで全部読み終わったの?」
「いや、まだ。」
「まだかい!」
年始のブックオフのセールで大人買いして、その時買った一冊がこの会話の始まりだった。志賀直哉は名前くらいしか知らないが、100円だしと思い購入。
いざ息子の番から回ってきて読み出すと、確かに面白い。少し昔の言葉もあるから調べながら読みました。そんな中に一枚の温泉入浴票が挟んであった。表紙の裏に「城崎温泉」の記念判子が押しており、旅先で読んでいらなくなったから売ったのか。とあまり気にしなかったが、途中に「城の崎にで」の短編でハッとする。
元の持ち主は、温泉に行ってそこで本を買ったのか、そもそも本を読んでから温泉に行ったのか。もう検証する術がないけど、こういう粋なことをするのは日本人だな、いいな、素敵だな。
さて志賀直哉についてwikiで調べしたところ、「城の崎にで」は山ノ手線に跳ね飛ばされたあと、しばらく休養していた場所だった。その短編は正しくその当時の心境が描かれていた。生と死、命について大いに考えていたのだろう。また小僧の神様、赤西蠣太などの短編は、人物の心境描写が繊細かつ鮮明に描かれており、物語の運びも絶妙で、まるで落語のような話でした。これだったら高座に上がってひと噺をしてもおかしくない。純文学と大衆文学の境界線はあるか。饅頭が怖いも立派な文学と思うのは私だけでしょうか。こんな名作は多く語られているが、私はここで指をキーボードから離すことにします。 -
先日、城崎温泉へふらりと行って来ました。
せっかくなので旅のお供に選んだのは、
志賀直哉の「城の崎にて」
久々に作品も読めたし、
城崎の雰囲気も楽しめました(*´-`)
さらに「温泉と本」というNPO法人が出している限定本も買えて良かったです!
こういった取り組みは面白いですね(*´ー`*) -
分厚さも薄いし短編集なので肩ひじ張らずに読める。
表題作でもある「小僧の神様」は文学史でも、志賀直哉=小僧の神様 的に学んだのでワクワクして読んだが、オチ…。最初にこの話が来たので始終こんな話かと思ったらそうではなかった。多分この著者は大恋愛を創作するタイプではなく、身近なこととか日常はそのままにその捉え方を工夫して話にするタイプなのかと感じた。多くの話は一見地味なようだが心のどこかがじんわり(話によってはひんやり)するような、そんな感じである。瓢箪はまた違うテイストだが。変なお涙頂戴だとか娼婦との一時の恋だとか、そんなのが出てこないので個人的には安心して読むことができた。 -
ああ『小僧の神様』の、この感覚。
本名を明かさない。店から足が遠のく。気が小さいという。
自分にもあるちょっと後ろめたいような、モヤリとした部分。
「寂しい」と表現に、そういう面もあるのかもと思いが巡る。
最後のわざわざ書き残された作者としての迷いには、文豪とも言われる方ながら近しいものを感じてしまった。
祠で終わらなくてよかった。
そして『真鶴』
幼いと若々しいとの間くらいの心持ち、かな。
町で見かけた大人の女性に、弟の手を引きつつも気持ちをすっと持っていかれる様子が、なんとも甘酸っぱい。
弟君の我慢強さもほほえましかった。
その他、どの作品も情緒があった。時が過ぎたらまた読み返したくなりそうである。 -
いいことをしたはずなのになぜか後ろめたいという、不思議な感覚を上手く描いた表題作他の短編集。最後の方は小説というより私信エッセイのような感じで何ともはやと思ったが、「正義派」はSNSが広まって無責任に声を出したくなる昨今にどこか通じる感じがあるなと思いました。
-
とてもサラサラと流れるような書き方なのに、全く同じ感情や考えになると錯覚してしまう、志賀直哉のファンになってしまった。
清兵衛と瓢箪、くすっと笑って親には分からない大切な大切なことを思い出したお気に入りの一編。 -
-
課題図書のような形で読んだ。
よく分からない部分も多いため、再読して知識をつけたい。 -
城の崎にて目当てに購入。小僧の神様、范の犯罪、真鶴、好人物の夫婦も良かった。人物の感情描写を書くのが上手いなと思った。
-
惚れ惚れする文字に身を浮かべていると、精神が引き締まるような幸福感を覚える。それは衣食住への新しい興味を掴む出発点になる博物館に手招きされる幸福感。時代の流れと没交渉に暮らした潔癖な心を持つ作家のリズム強い、整理された言葉は、特別上品だ。
この短篇集では、屋台のすし屋に小僧が入って、一度手に持ったすしを値段を言われて台の上へ置き、暖簾の外へ出ていく描写に心が震い動く『小僧の神様』に愛着を持っている。蜂の死、鼠の死、いもりの死、事実がありのまま描かれた『城の崎にて』では、死に対する親しみを著者と一緒に感じた。 -
「流行感冒」が「感染症文学」として挙げられているたので、気になって読んだ。
いやもうめちゃくちゃ上手いな…。
私が今更言うようなことじゃないんだけど、めちゃくちゃに上手い…。
「城の崎にて」は中学の時に読んで衝撃だったのを今も覚えているのだけど、おそらくそれ以来の志賀直哉。
どの作品も、文章と、細かいところの心理の拾い方が見事。
目当ての「流行感冒」も良かったが、一番印象が強いのは表題作。
読んで少し経つのだけど、頭の隅でずっと引きずっている。 -
「小僧の神様」だけ読みました。
話の起承転結が短いのに上手だなと感じた。童話みたいでした。 -
心に生まれる、言葉で割り切れぬ感情が、言葉で表現されている。
すごい。
特に印象に残ったのは
『正義派』『清兵衛と瓢箪』『范の犯罪』
『正義派』では、正しいことをしたいけれど、組織の中で生きるしかない男たちの哀しさを。
『清兵衛と瓢箪』では、子供ながら瓢箪にハマり、その趣味が周りの大人に全く理解されない辛さを。
『范の犯罪』では、自分の犯した罪が、故意なのか過失なのか、自分自身でもわからない。そういうもんじゃないかという人間のわからなさを。 -
評判通り、簡潔で読みやすく、無駄を排したさらりとした読み心地。
作品によって印象が変わるので、一概に評価しづらいところがあるが、「城の埼にて」はたいへん良かった。
これほど短く、なんの誇張も装飾もなく淡々としていながら、深さのある名文があったとは。
ただ他の作品については、好みから少しずれていたせいか、それほど感銘は受けなかった。
「范の犯罪」の切迫感などは面白かったが……
〆の文章に物足りなさを感じることもあった。
個人的にはもうすこし情緒的な文章が好きかな。 -
2016年6月7日、読了。
志賀直哉の綴るものには無駄がない。これでもかというほどに、筋も、言葉も、語るべき事にたいして過不足がない。 -
文章が簡潔で名文。城の崎にては染み入るような話。赤西蠣太が一番気に入った。
-
そこはかとない上から目線がどうしても気になる志賀せんせいだが、最短距離で情景を伝える力と清澄な文体にはやはり唸らざるを得ない。
「赤西蠣太」の小江の手紙がすてき。
著者プロフィール
志賀直哉の作品
本棚登録 :
感想 :
