フレップ・トリップ (岩波文庫 緑 48-7)

著者 :
  • 岩波書店
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  • / ISBN・EAN: 9784003104873

感想・レビュー・書評

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  • 1925年、友人の吉植庄亮と共に鉄道省主催の樺太観光団に参加した白秋の旅行記。


    『桐の花』『邪宗門』で西洋かぶれなイメージの白秋だけど、この時期にはもうだいぶ右寄りになっていたようで、日本の文化と詩をアツく讃えて吉植に苦笑されている。日露戦争の勝利のシンボルのような樺太(サハリン)で、皇太子も訪れた場所だと嬉しがって万歳三唱するこの空気が当時のリアルだったんだろうなぁ。アイヌに対する視線、亡命ロシア人を見る視線も、白秋だけにとどまらない日本の知識人の考え方が伝わってくる。
    あと地味に面白いのが、父親が政治家で自身もこのあと議員になる吉植が選挙前のドサ回りを語るエピソード。農家を回っていると、良かれと思ってみんなが砂糖を差しだしてくる。何軒も連続でだされるから舐めたくないのだが、断ると一票減るんだと思って頑張って舐める。ぼた餅もよくでてくるし勧め方が本当に断りづらい。父親に付き合って子どもの頃からそれをやっているので、砂糖が嫌いだという話。白秋がなにげなく言った「最近原稿書きながら砂糖舐めるの好きなんだよね~」って発言からこのエピソードが飛びだしてくるのもちょっと笑える。
    冒頭の海の描写は素晴らしいのだが、船のなかでのどんちゃん騒ぎを描写したパートでは、もう大先生になっちゃってる白秋のふるまいがどうしても気になる。でも樺太に降り立ってからの畳み掛けるような自然描写は映像的かつリズミカルでさすが。特に「樺太横断」の章は乗った車が何度もパンクをくり返し、そのたび笑いながらぷらぷらと野を歩いて花を見つける一行の姿が好ましい。詩によって描かれた絵葉書のアルバムをめくっているようだった。青空文庫で読んだのだが、白秋の文体は横書き・スクロール形式ととても相性がいい。時折入るカリグラム的な表現も、横書きのほうが効果的に見える気がする。
    最後は海豹島(チュレーニー島)でロッペン鳥(ウミガラス)とオットセイを見、その迫力に発情期のオットセイたちのドラマを幻視する。十蘭が書いたのとは全く違う、陽のエネルギーに満ち溢れた島のイメージに驚く。

  • 昨年、『ゴールデンカムイ』から樺太に興味をもち、樺太に関していくつかの本を読み、そのなかで、北原白秋の樺太紀行文である本書の存在を知り、手に取った。
    時代は大正14年。
    盟友、吉植庄亮とともに鉄道省主催の樺太観光団に加わった白秋。
    既に成功者でもある白秋が、その若い感性と鋭い観察力で、美しく切れ味もありユーモアもある短文を綴っていく。
    時折登場する、幼い我が子たちに宛てた文体も楽しい。
    樺太や北海道を舞台に、ひと癖ある同行者たちや、質素に生きる現地のロシア人アイヌの人々を切り取り、やや上から目線ながら、自然や人の日常を敬意をもって、言葉を自在に駆使して写し出す。

    長い文はあまり無いのに、これを読み終わるまでに、誇張なしに半年も掛かってしまった。
    わりと読みやすい分量ごとに章立ててあるのに、なんだかマッタリした雰囲気に、一気に読む気になれず、ダラダラと読んでいた。

    九州出身の白秋にとって、北への旅は憧れを尋ねるもので、冒頭から船に揺られて機嫌もよく、軽く楽しく、陽気に謳う詩人がいる。(他人の品性にはきびしいが…。)

    旅先でも自作の校正に余念の無い様子の白秋。
    プライドと感傷がほのみえて興味深い。
    (たまーに名前が出てくる羅風は、やはり三木露風のことらしい。)

    国境の街、安別では小学校の子供たちにむけて、童謡を作って贈る。
    海は韃靼、で始まるこの童謡は、岩波少年文庫『からたちの花が咲いたよ』の樺太の詩には載って無い…!なんで。
    (この旅と対応する詩が「からたちの花~」にいくつか載っている。
    JOAK、トラクタア、アイヌの子、いたどり、とうきび、海がらす、以上の六編は、確実にこの旅で作られた作品だろう。
    この紀行文で白秋が触れた内容が、これらの詩に昇華される流れが見えて面白かった!)

    見学に訪れたパルプ工場に圧倒され、樺太横断ではアクシデントを楽しみ、敷香(しくか、または、しすか)では観光団が大量のお土産を買うのを見て急に自分も欲しくなり、売れ残りの赤と黄色の派手な肩掛けカバンを買い、肩に掛けると幼稚園児のよう、と笑いを取る。

    ラストは白秋にとって、旅のメインだったらしい、海豹島。
    この島のオットセイとロッペン鳥の夥しい群れの生活を、ドキュメンタリーにして、映画を文に書き出して見せる。
    この辺りの章は他の部分と雰囲気が全然違うが、圧倒的なオットセイたちの生態をそのまま描写する白秋の手腕を楽しむことができた。
    まるでアニメーションを見ているよう。自由自在で闊達な筆に包まれたような感覚が面白かった。

    最後に。
    私はこの本を古本で購入したのだけど、既に青空文庫にもあるそうです。
    装丁も私が買ったものより、オリジナルの装丁のほうが可愛かったし、いろいろと損した気もしなくもなくもない、かも、、、でもたまに読み返したくなる一冊になりそう。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/701544

  • 新書文庫

  • 何か、本書に出くわした御蔭で、北原白秋がより身近になった気もするのだが…それ以上に「樺太の往時」が鮮やかに浮かび上がるのが興味深い…
    偶々近年の様子を知っている「樺太の往時」が綴られる興味深さも在るのだが、船客達の“御国訛り”も巧妙に表現した旅人達の様の描写、北原白秋が同行した人達と話し合った文化論や文学に関すること等も面白い。

  • 樺太(サハリン)が好きなので読みました。
    樺太が本格的に開発される前の素朴な風景が美しい日本語でつづられています。

    巻末の詩は必読。
    「フレップトリップ 樺太葡萄の赤い実と黒い実」

    今ころの樺太はまだまだ可能性を秘めた未開地として考えられていたのでしょう。


  • フレップは赤い実、トリップは黒い実。
    ツンドラ地帯の潅木から名づけた白秋の旅。

    白秋ならではの言葉のリズムが鮮明に出ている一冊。
    詩での日本語の美しさではなく、詩人としての彼の言葉の美しさを垣間見るなら、とてもお勧めしたいと思います。
    陽気です実に。しかしそれでも羽目を外したものではなく、どこかレトロにタップを踏んで踊ってしまいたくなるような、そんな言葉の羅列にまたも彼の魅力に取り付かれました。

    気軽にパラパラと読むのにお勧めです。

    (2009.01.31)

  • 心は軽し、気は安し、
    揺れ揺れ、帆綱よ、空高く。

    北原白秋のサハリン旅行の紀行文。
    詩人、歌人だけあって日本語が本当に美しい。
    リズムよく、無駄がなく、艶やかな日本語。
    文章が美しくてため息が出るほど。ただ、欠点は
    美しすぎる日本語なのに、行動理由がほとんどなく
    どういう場面なのか分からないこと。
    白秋先生が飲めや歌えやで騒ぎまくっているだけ。

  • 125年前の1885年1月25日熊本県に生まれた詩人・歌人・童話作家。1942年11月2日、57歳で逝去。からたちの花が咲いたよ。白い白い花が咲いたよ。・・・であまりにも有名で、私たちに親しまれていますが、

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著者プロフィール

1885年(明治18年)、九州・柳川生まれ。童謡を含む幅広い作品で、日本の近代文学に偉大な足跡を残した詩聖。処女詩集『邪宗門』でエキゾチック感覚の象徴詩人として知られる。

「2020年 『美の魔睡 邪宗門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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