海神丸 (岩波文庫 緑 49-1)

著者 : 野上彌生子
  • 岩波書店 (1970年1月発売)
3.67
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  • 本棚登録 :69
  • レビュー :9
  • Amazon.co.jp ・本 (99ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003104910

海神丸 (岩波文庫 緑 49-1)の感想・レビュー・書評

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  • 殺したんなら食べないと!と思って表題作を読み終わったのだけれど、後日談で「これは…」となった。小説に収まりきらない現実。

    あとがきで作者は表題作を若書きだと書いているけれど、線が太く簡潔な文体が好み。この人の書くものはどれもおもしろそうだ。この本では特に、外海の荒々しい波の表現が冴えていて軽く酔ってしまった。

  • 難破後、4人の男が2対2に反目していく様子が生々しく描かれる。そしてまた奇縁を感じさせられる付録(後日談)も良い。
    あとがきで作者は、本作を「若書き」であるとして、著述の拙さを恥じるている。「秀吉と利休」の、緊張と滋味が同居した文章はたしかにここには無いが、火花が散るような九州弁の記述は印象に残る。

  • 表紙に書かれているあらすじからして読むことに緊迫感があり、読者の悪い予感は当然のように帰結する。
    人の生命の軽重はその時その時で変わるものだろうし、むしろこの状況下において…と考えてしまう。

    本編自体よりもその後の経緯の方がまた人間の精神の動きが生々しく現れていて、生きるということを考えさせる。

  • (*01)
    時代としてみたとき、小林の蟹工船や葉山の万寿丸と同じ頃か少し前に、海神丸は太平洋を漂流していた。船は資本が小さいせいか小さく感じる。その少しあとに、北の海で漂流する武田のひかりごけの船と同じぐらいの小ささだろうか。
    海神丸では、船長以下乗員4人(*02)はのっぴきならない関係に緊張しながら、悪天候に巻き込まれ、晴天の大海に船ごと放り出される。
    サバイバルな環境において少数の4人は不安定で、やはり3人鼎立が適正なバランスであったのだろう。1人が殺されず(*03)その後も4人で漂流しサバイバルしたケースはあまり想像できない。

    (*02)
    4人の船乗りのどこのものとも分からぬ言葉が美しく輝いている。帆船というから近世以来の海の言葉が船の技術とともにまだ生きている。もちろんその技術や言葉の中には、敵とも味方とも分からない神への信仰が隠されてある。近代の小説にも既に兆候や症候として見えていた、ちょっとした罪と罰の物語でもある。

    (*03)
    最も若い者の口が減らされたという事実には、現実以上に象徴的な意味をもつように思える。
    未熟であり力不足であることにより引き続き世を渡ることができなかった、成長過程にあることでより多くの水の食料が必要とされた、といった現実的な要因も考えられるが、供犠や生贄という側面も乗員の無意識になかったか、探ることは許されないだろうか。

  • 2012年 読了

  • 予想していたクライマックス?とは違いましたが、とてもリアルに船乗りたちの心の動きを感じることができました。自然に対する人間の小ささも。後日物語も面白かったです。本作を元にした映画があるんですね。 新藤兼人監督『人間』(にんげん)1962年11月4日公開

  • 尻が食べたいという欲求を頑張って押し留めようとする話。

  • メリメの『タマンゴ』とセットで読むと面白いかも。

  • 「それが悪りいなン、なんでンいいけン食う物うくりい。さあ、くりい。さあ出せ。さあ食わしい。──食わしきるめえが!──なんにもありゃしめえが。どげえか! おれたちゃひもじゅうジたまらんのじゃ。死ぬほずひもじいのじゃ。こげえなっチ人間でンなんでンかもうこつがあるか。おれたちゃ食わにゃおられんのじゃ。」
     これほど胸に迫る台詞は他にない。この台詞が持つ本当の迫力、飢えの実感は、同郷人でなければ味わえないだろう。

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