菩提樹の蔭 他二篇 (岩波文庫 緑 51-3)

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  • / ISBN・EAN: 9784003105139

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  • 印度に住む老年の彫刻家の愛娘は、彫刻家の弟子と密かに愛し合っていた。
    家の裏の大きな菩提樹は彼らの愛の棲家。
    娘が死んだ時、彫刻家と弟子は娘の彫像を作り上げる。
    しかし弟子は愛する者の姿だけでは満足できなくなり、大それた望みを耶摩神に希う。
    畏れを知らぬ人の望みに、耶摩神の下す天罰は…。
     /「菩提樹の陰」

    この小説は、中勘助の学生時代の友人の娘妙子のために書かれたものらしい。
    この本1冊には妙子との交流を書いた「郊外 その2」と、「妙子への手紙」とが収められている。
    中勘助は10歳くらいの妙子を膝に乗せ「僕のお嫁さん」と慈しむ。
    妙子は祖母や母への複雑な距離感で育ち、第二の父以上の存在として”なかさん”に懐く。
    中勘助の妙子への愛は無私にて無条件だが盲目にならず、というものと書き記されている。

  • 表題作もなかなかでしたが、3番目の「妙子への手紙」の最後の4行がもう…!序文で中さんは、自身の妙子さんへの愛情について「無私」という言葉を何度か使っているが、本当にそのような愛情なくしては、特にこの最後の1行のひと言は出てこないだろう。私はもうこういう愛情を欲しがるよりも与える立場になり、またそうでありたいと思う年代になった。この4行を、私は生涯忘れない。有名な「銀の匙」は未読だが近々読みたいと思う。

  • 中勘助は初めて読みました(「銀の匙」すら読んでない)。たまたま岩波文庫の復刻で出てたのであらすじを見たら彫刻に魂が宿って人間になる・・・という個人的に好きな系列の話のようだったので俄然興味が沸き。

    そんなわけで、表題作はインド(かな?)を舞台に、ギリシャ神話のピグマリオンばりに、死んだ恋人そっくりに造られた彫刻にその魂が宿り人間として蘇るも、紆余曲折あって結局添い遂げられず、彼女は別の男と結婚、主人公は放浪・・・という童話というにはちょっと皮肉なお話。ファンタスティックな設定のわりに、女の子の父親が結構俗物でガッカリさせられたり、簡単にハッピーエンドとはならず二転三転するあたり、大人の読み物として普通に面白かったです。

    この「菩提樹の陰」は、妙子という女性のために作者が書いたものだそうで、同時収録の「郊外 その二」「妙子への手紙」でそのへんの事情がわかる仕組み。妙子さんは作者の同級生の娘で、日記調で書かれた「郊外 その二」の時点で作者は33歳、妙子さんは9歳。作者いわく「無条件の愛」で、まるで実の娘のように彼女を可愛がっているわけですが、どうも「郊外 その二」だけを読むと、ほのぼのというよりは「ちょ、大丈夫?中さんロリコン?!」というくらい、微妙な描写が多々見受けられます(苦笑)。いやこれは読み手の心が汚れているだけであって、ご本人たちは何も疚しい気持ちはないのでしょうが。個人的にはところどころでちょっと引きました(汗)。

    「妙子への手紙」は、タイトルどおり、作者が少女時代~結婚して子供を産んですっかり大人になった妙子さんに書き送った手紙。こちらを読む分には、本当に父と娘のようで微笑ましい。手紙といえども文章の端正な美しさは流石。ちなみに妙子さんは35歳の若さで亡くなったそうです。

    以下余談ですが、一応ウィキで中勘助情報を仕入れてみたら、兄嫁に恋して彼女がなくなるまで(その時点で勘助57歳)結婚しなかったとか。で、その兄嫁というのが、長州藩の入江九一の弟・野村靖の娘だったそうで。てことは入江さんの姪!と妙なところに食いつく幕末おたく(笑)。

  • 妙子への手紙
    最後の四行が、とても沁みる

  • 何年ぶりかの再読。
    表題作は、素直に読める童話。
    「郊外 そのニ」には、前読んだ時はそうでもなかったのだが、今回はただ子どもを可愛がっているというだけでなく少女愛的な匂いをなんとなく感じてしまって鼻白んだ。過剰なスキンシップ、母親からの警戒心、妙子の弟がほとんど登場しないこと、等。
    その印象を引きずっていなければ、「妙子への手紙」の方は、父親のような慈愛寛容と素直に感動するところ。
    いつ読んでも繊細で美しい文体だが、こういう本は読んだ時の精神状態次第で、色々なものが見える。

  • 妙子関係の作品集 妙子に対するいたわりが感じられて、胸を深く打つ。

  • 最近、灘高の「銀の匙」の授業で有名な先生が亡くなったからか、
    本屋さんでも「銀の匙」が平積みになっているし、
    中勘助の本もちゃんと並んでいるようになった、様な気がする。

    さて、そんな折、ふと私の耳に
    「中勘助ってロリコンでしょ」と言う誰かの声が聞こえてきた。

    その時とっさに
    「表面的な事しか見えない、感受性の貧しい人間め!」
    と、心中で罵倒し、ジト目で睨みすえる、と言うイメージ、でしたが、

    その問題の「郊外」を読みましてですね…、

    成程、確かに少々、うーん、そうか、うーん…、となりました。

    私は常々、読んでもいないのに小説を軽々しく批判したりする人を
    許せずにいましたが、
    今回はその逆バージョン、でも実は同じような事、
    「読んでもいないのに高評価を下していた」、と言う
    己の行動を猛省しております。

    中勘助は親友の娘のことを、「盲目的」ではなく
    「無条件」で(中勘助は「盲目的」と言う言葉は嫌いなのですって)
    愛した。

    その娘、妙子に送った童話と、日記体のものと、手紙形式の
    作品がおさめられているが…

    キッスをせがんだり(頬っぺたですが)、自分の友達よりも
    その娘に会いたくて、(確かに超近所に住んでいるのだが)、
    足しげく通ったり、会えなくてがっかりして帰ってきたり、
    恋人に送るような手紙を送ったり…

    三十半ばの中勘助と、その子は九歳かあ…。

    後ろの解説にあった、
    中家は種々の重大な事情で紛糾していた、

    妙子も家族間のごたごたで決して幸せな立場ではなかった、
    そんなこともあって中勘助は胸を痛めて、
    より愛おしがった、とある。
    しかし、その部分には一切ふれないでこの作品は
    描かれている。
    それを聞いてなんだか安心したくらい。

    その後妙子の父(中勘助の友達)は亡くなり、
    父親代わりとしての一面も持つようになっていったみたい。

    「無条件」にひたすら愛情を注いでもらっている妙子ちゃんに
    少々嫉妬もあるかも知れない。

    しかし、妙子ちゃんのおばあちゃん、お母さんが
    中さんと仲良すぎて心配している話がチラチラ出てくるのは納得だった。

    まとめとしては、
    年齢とかって関係ない、猛烈に結びついた魂がそこにあった、ってことかな。

  • 死が悲しみを含みながら、
    しかし最上として、
    他の回答の介入を許さぬ完成として、
    ひとつの美的空間を構成したのだろうか、
    読後の余韻には、えも言われぬ人間の生きる業のようなものが、
    垣間見え、沈黙が始まる。

  • 「銀の匙」で夏目漱石に高い評価をされた中勘助は、
    かつて友人の幼い娘に童話を作って、話してやった事があった。

    自分と同じように「複雑な家庭の事情」によって、
    悩み苦しんだその娘を憐れみ、
    彼女が35歳という若さで亡くなるまで、
    中氏はありったけの愛情を注ぎ、
    そして永遠の良き理解者であり続けた。

    その可愛がっていた娘が成長し、若い母親になった時、
    中氏はその童話を「大人のためのメルヘン」として書き直した。

    それが本作品の「菩提樹の蔭」である。

    印度の彫刻師の若者の愛と死を描いた、この作品を貫くテーマは
    「本当の無私の愛とは何か」といった問いかけである。

    愛しい娘が死んだ時、若者とその娘の父親は彼女の石像を作り、
    若者は「耶摩」の神に願い、娘の石像に命を吹き込んでもらった。

    そんな若者の行いを、物語の作り手である中氏は
    「美しい愛に奇跡」と捉えずに、
    その後、若者に恐ろしい神罰が下されたように
    「自分のエゴによってひき起こされた悲劇」だとした。

    過酷な運命を引き受け、己の自由や感情を抑圧して生きた中氏は、
    この「悲しい恋の物語」を通して、
    実の子のように可愛がっていた娘に何を伝えたかったのか。

    中氏本人や関係者達が亡くなった現在となっては、
    我々読者は、本作品と共に収録された、
    友人の娘と過ごした思い出を綴った随筆「郊外へ その二」と
    彼女へ送り続けた手紙を集めた「妙子への手紙」を読み、
    その思いを推し量るより他はない。

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著者プロフィール

1885年、東京に生まれる。小説家、詩人。東京大学国文学科卒業。夏目漱石に師事。漱石の推薦で『銀の匙』を『東京朝日新聞』に連載。主な著作に小説『提婆達多』『犬』、詩集に『琅玕』『飛鳥』などがある。

「2019年 『銀の匙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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