犬 他1篇 (岩波文庫 緑 51-4)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (134ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003105146

作品紹介・あらすじ

回教徒軍の若い隊長に思いをよせる女の告白をきき、嫉妬と欲望に狂い悶えるバラモン僧は、呪法の力で女と己れを犬に化身させ、肉欲妄執の世界におぼれこむ。ユニークな設定を通し、人間の愛欲のもつ醜悪さを痛烈にえぐり出した異色作「犬」に、随筆「島守」を併収。著者入朱本に拠り伏字を埋めた。

感想・レビュー・書評

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  • <犬>
    修行僧は、異教徒に体を許した少女に欲情した。異教徒を呪い殺した修行僧は、我が身と少女を犬に変える。
    修行僧の身のため、人としては少女と交われない。そのため畜生に落ちて欲情のままに殺し、姦淫する僧の執念と、人としての意識を保とうとしながらも畜生の本性に逆らえない少女。人としての欲を否定するのではなく、どうしても人が持つものとして認めてさらにそれを畜生として表現する中勘助の凄み。匂い立つような濃厚な色香の漂う文章です。



    <島守>
    病気養生で小島に来た作者が目に触れる自然を瑞々しく表現した短編。「犬」とはなんと違う息苦しい程の純粋さ。まるで作者自身が人里離れた池に住むカワセミのよう。

  • 中勘助といえば、犬だなあ。このどろどろした情欲の滾りは、ちょっと他に類を見ないレベル。

    『銀の匙』は過大評価だと思う。

  • 『犬』
    言葉づかいとその文章が、とてもねちっこく感じて、作者の中勘助さんは、ねちっこい性格の人なのかなぁと思った。
    話としては憐れむような、でも結局のところどうしようもない。
    本当に、どうしようもない…。
    中勘助の独自の恋愛論というものがあとがきに書かれていたが、『犬』読了後、「恋ってなんだろうな…」なんて、ぐるぐると考えてみたりもしたが、そんな問いに答えなど出ないものか、でも何度もぼんやり考えた。

    『島守』
    綺麗で、優しい言葉だなぁと思いました。
    読書中、なんとなく、自分の故郷での幼い時分のこと、懐かしさとかセンチメンタルなどの言葉で言うこともできるのかもしれない昔の感覚を、久しぶりに、たくさん思い出しました。
    私は普段、小説には物語を求めるところが大きい気がするのですが、このお話は、読んでいて、物語としてしっかり頭の中に残っているようなものではなく、一語一語のみこむのと同時に物語としてはいつの間にか頭の中からは消えてゆき、後には恥ずかしながらノスタルジイとでも言うのでしょうか?、なんとも忘れ難い"なにか"が、心の中に残っているような…そんな小説でした。
    また、一般的に質素というのかもしれない食事が、その描写で、本当においしそうに思えました。
    最後に、読み終わった後、日付を見直しましたら、これはたった一カ月にも満たない日記なのか…と、その短さを初めて知り、思いました。
    ただゆっくりと浸っていられる、心地よい、幸せな読書時間でした。

    個人的な話になるのですが、今ちょうど学校の課題で中々帰宅できない日々が続いていまして、なので、毎日の短い電車の待ち時間などで少しずつ読み進めた『犬』『島守』は、読み終わるのが心惜しいような、寂しい心持ちになりました。
    特に『島守』には、本当に癒されていました。
    また、故郷が長野なのですが、元のイメージとしては野尻湖ということで、より懐かしい気持ちになったのだと思います…。

    「解説」
    解説を読むと、どうしても中勘助その人自身に、ぼんやりとですが思いを馳せます…。
    人間の性について…快楽としての性、生殖としての性、私は中勘助ではないので彼の思想を明確に理解することまでは出来なかったですが、改めて色々なこと、今まで考えたことのないようなことも、考えることが出来ました。そして中々の衝撃はありました。
    元々中勘助に興味が沸いたのは、彼の著名な作品『銀の匙』の、そのタイトルの綺麗さに惹かれたのですが、実は『銀の匙』は未読でして、なのでまた今度、ゆっくり読みたいと思います。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「そのタイトルの綺麗さに惹かれた」
      「銀の匙」はタイトル通り美しい話です。。。「犬」のような作品も書くんだと驚いた記憶があります。
      「そのタイトルの綺麗さに惹かれた」
      「銀の匙」はタイトル通り美しい話です。。。「犬」のような作品も書くんだと驚いた記憶があります。
      2012/12/18
  •  読後、不快感をもたらす可能性の多い小説だと思う。少女が妄執にとらわれた男の手段とされるのだから。
     百姓娘は回教徒軍の若い隊長に犯されたが、「(彼に)思いをよせる女の告白をきき、嫉妬と欲望に狂い悶えるバラモン僧は呪法の力で女と己れを犬に化身させ、肉欲妄執の世界におぼれこむ」(カバー紹介文より)。この身勝手な愛欲の不愉快さは特筆もの、だろう。
     かのバラモン僧は苦行僧であり、赤裸のままであり、痛めつけた肉体は「どこもかしこも腫物《はれもの》と瘡蓋《かさぶた》と蚯蚓腫《みみずば》れとひっつりだらけで膿汁と血がだらだら流れている」ような醜いありさまで、そこでは、このような肉体での苦行がシヴァ神のよろこびのためだ、と信じられている。だから、彼は自他ともに認める特別な存在たりえていたが、やがて、娘の存在にとらわれていく。
     娘の感情が自分から離れていくばかりだけでなく、嫌悪されている、と知った苦行僧は、「ともに犬となって、肉欲妄執の世界へ」と。しかし、犬には肉欲妄執はなく、欲求があるだけであり、性欲はない。本能を失った人間にだけに、それはある。苦行も、肉体を痛めて信仰へ至ろうとする手段なのだから、魂の問題である「聖なるもの」に身体としてかかわっている。二つの願望は、当人の都合のうちでのみ間接的に成就する、ということで共通する。
     そして、肉欲妄執というものは、人間だけの特有なものだ、とのべたが、それを実行するに人間としては、欲するままに「いつでも、どこでも」というわけにはいかないが、犬であれば人の目は厳しくない。肉体の苦痛を伴う苦行もトランスに至ろうとするものだが、一般人が行えば奇異の目で見られるが、僧が行えば崇められる。ここでの犬とは、現実ではなくイメージとして託された犬なのであり、苦行僧は、ただ肉体を痛めつけているだけだが、聖なる存在としての肉体、というイメージをまとうことで、僧として認められている。犬も苦行僧も「観念としての肉体性」の実現化、としてあるだけ。

  •  傑作ということで異論なしだけど、好きか嫌いかで言えば難しくなってくる。苛烈な描写には"容赦のなさ"よりも何か個人的な欲望のおどりが印象の前面にくる時があったから。わざと書いているというか。昇華といえばそれまでだけどルサンチマンを起源としている(ように見える)作品は、それが傑作かどうか言い換えれば面白いかどうかは別にして、好きか嫌いかでいうとあんまり私は好みではないかもしれない。とはいえ、好きが嫌いかというのとは別にして、面白いかどうかで言えばめちゃくちゃ面白くはある。
     ただ、こういうのを「すげー!!」とか言うのは、その"言いやすさ"故にむしろちょっと恥ずかしいっていうか厨二病かいみたいな冷静さをよぶ。

  • 『犬』 
    とんでもないものを読んでしまった。異教徒に蹂躙されたはずの女はその相手に恋心を抱き、女の体に飢えた僧侶は嫉妬と愛欲に狂い、自らと女を犬の姿に変えて女をだれにも渡すまいとする。

    犬の姿に変えられた女は、産み堕とした異教徒との子を僧侶から守るべく食べてしまうが、やがてできた僧犬との子に愛情をかけるのはまた、母性の本能か。

    人の醜悪な愛欲について犬の姿を借りて描いているのだが、それまで経験のなかった僧侶の女への想いは、醜悪では片付けられない。

    「これ、わしはつらいのじゃ。ふるうほどせつないのじゃ。の、そなたも木や石ではないじゃあろ。察してくりゃれ。夫婦らしうしてくりゃれ。慈悲じゃぞえ。の、これ、あわれと思うてくれ」という僧侶の告白は、あまりに勝手だが、恐るべき純粋さを備えている。ついには女をして「そんな苦しみをさせるのはすまない」と思わせるほどだ。

    人と畜生の二面が示されるが、いずれも人に内在するものだろう。醜さが強く刻まれるが、人らしさもまた、否定されることなくむしろ随所に描かれている。

    また、僧侶が何かにつけ波羅門の言葉を借りるあたりなど、現代に通じるものを多く持っている。古さがなく大正時代に書かれたというのがとにかく信じられないが、オープンではない時代であればこそ、えぐり出すことのできた表現と言えるのかもしれない。奇作にして、快作。これはとんでもない。

  • 新聞の読書欄に書評があって興味を持ち図書館で借りて読んだ。想像以上に凄い内容。この時代、川端康成、谷崎潤一郎、江戸川乱歩などもかなりエロティックな小説をかいているが、この小説は、それ以上に人間の奥底にある性的な感情を鷲掴みされるような思いがした。気が弱い人は避けた方が良さそう。

  • 島守の話は銀の匙の延長線上だけど
    犬は仏教と肉欲をめぐる奇譚

  • 57歳での結婚式の朝に、廃人となっていたお兄さんに
    自殺されたそうで、その経緯が書かれた、菊野美恵子の「中勘助と兄金一--『銀の匙』作者の婚礼の日、兄が縊死した……衝撃の新事実」を探してますが、なかなか。

    http://ci.nii.ac.jp/naid/40001924183

    昔の「新潮」を古本屋で探すしかないのか…皆さんが仰っていますが、「銀の匙」とは違います、と私も言っておこっと。穏やかな気候のこの季節に敢えてこういうものを読まなくても…とは我ながら思いましたです。

  • バラモンの醜い老僧侶の嫉妬と性欲。それは、侵略してくる回教徒の若くたくましい男に陵辱され子を孕みつつも恋いこがれる若い女へとその情欲は向かう。自分と女を犬に変身させることで成し遂げようとする。全ては鮮やかに対比され、対比されるところに嫉妬と情欲が生まれるのが人間の本質であり性であるということか。
    小品ながら緊密な文体と観念的物語設定には重厚感がある。

    実は、著者の代表作「銀の匙」を未だ未読だったりする。

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著者プロフィール

1885年、東京に生まれる。小説家、詩人。東京大学国文学科卒業。夏目漱石に師事。漱石の推薦で『銀の匙』を『東京朝日新聞』に連載。主な著作に小説『提婆達多』『犬』、詩集に『琅玕』『飛鳥』などがある。

「2019年 『銀の匙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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