啄木・ロ-マ字日記 (岩波文庫 緑54-4)

  • 岩波書店 (1977年9月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (265ページ) / ISBN・EAN: 9784003105443

みんなの感想まとめ

人間の自意識や苦悩を赤裸々に表現した日記は、著者の内面を深く掘り下げています。「人間それ自身はちっとも偉くない」という視点から、貧しさや浪費、精神的な葛藤が描かれ、彼の生活と文学に対する選択の苦悩が浮...

感想・レビュー・書評

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  •  数年前に読んで、あきらめて、「啄木鳥探偵處」を機会にまた読もうと思った次第。それでも時間差が出来てしまったが……。
     日記の中でもある期間だけローマ字になっている箇所があるそうで、そこを「ローマ字日記」と名付けられているそうな。ただ事実を隠したいが為だけでなく、新たな表現方法への挑戦もある事との見方は目からウロコ。他の作家で、ローマ字だけで書かれた本も存在していたようなので……。

     あの時代、東北地方の方の人からしてみたら、東京は大都会で夢あふれる場所だったに違いない。東京に行けばお金はなんとでもなるし、幸せになれると夢抱いて上野駅を降りた人は数知れず、啄木の家族もそうであったに違いない。
     でも啄木の中ではそうではなかった。家族という括りから自由にもっと生活がしたかった。あまりの自由奔放さに無計画さ、刹那的と捉える人もいるだろうけど、20代後半だもの……。
     最後は窮乏のうちに亡くなったと聞いていたので、しんどくなるかなと思ったら、家族が上野駅で合流するところで、ローマ字箇所は終わっている。家族にとっては<明>の始まりだけれど、啄木にとっては<暗>なんだよなあ。。。
     

  •  日記です。痛々しくて、なかなか読み進められません。啄木の苦闘。
    https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201908020000/

  • 「坊っちゃんの時代」に影響されて手に取り。責任と計画とか生活というのが本当に苦手だったんだな、けどだからといって放り出すこともできず、といったところか。今の目からすれば、勝手なことばかりぬかして、と思う所も多々あるけど、だからこそ生み出せたこともあるのだろう。自分の生活すらままならぬのに、2人のまずしき前途ある青年を予が救わねば!と力み帰ってるところなど、底なしのお人好しさを感じる。◆「窓をひらくと やわらかな夜風が 熱したほおをなでて、カーブにきしる電車のひびきの底から ふるさとのことが 目にうかんだ」(p.209)


  • 書きたいが隠したい人間の自意識をローマ字表記でさらけ出した文章。「人間それ自身は ちっとも偉くない」という人間観に基づいている


    岩波文庫 石川啄木 ローマ字日記


    著者の貧しいのに浪費家の一面や精神的に追いつめられている心情は「一握の砂」の印象とは全く異なる


    漢字かな表記のおかげで読めた


    「仮面として安心を得るか、死ぬかもしれないが 自己として戦うか」という苦悩は、「生活ととるか、文学をとるか」という苦悩を意味するのか?


    12時まで歌をつくって 心地よく 寝たときの言葉「1日ひまなく仕事したあとの心持は たとうるものなく楽しい。人生の真の深い意味は、けだしここにある」は、気負いのない素直な言葉と感じた


    「世の中をわたる道が二つある〜ひとつは、すべてに対して戦うことだ。これは勝つ、しからずんば死ぬ


    もう一つは、何に対しても戦わぬこと〜負けることはない。負けることのないものには安心がある」




  • 昔読んだはずなのにすっかり忘れている。ローマ字ではなく現代語になっているものを、石川啄木日記というwebサイトで読んだ。中略となっているのが原文での中略なのか、web上での中略なのかがわからなかった。
     妻と子を函館に残し、母を岩手の渋民に残し、本郷の下宿に一人住まいをして、原稿書きに苦しみながら出版社に勤めている時の日記である。

  • もってるはずだけど見つからんので買いなおして桑原武夫先生の解説を読んだ。桑原先生のも時代だねえ。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/701564

  • ◆3/7オンライン企画「その相談、あの本なら、こう言うね。F/哲学の劇場」で紹介されています。
    https://www.youtube.com/watch?v=1K0qT4_6lEk
    本の詳細
    https://www.iwanami.co.jp/book/b249215.html

  •  御本人のためにも、この日記は世に出してはならなかった。
    しかし世に出なければ、我々は二十五の彼の、ありのままの姿を知ることができなかった。非常に複雑なところである。

     「妻に読まれたくないから」という理由であえてローマ字で表記していたこの日記を、先生の死後、奥様が読んでいた可能性があるらしい。初っ端から既に救いのない状態だが、もしそれが本当だとしたら……

  • ローマ字で書かれているという表現としての側面と内容の文学的側面と両方の意味で面白いテキストだったと思う。書き手の内側をみているようで楽しかった。率直すぎてなんどか笑ってしまった(笑) 表現としてのローマ字ってのも一考の余地はある。ただ、単純にパッと見た感じ読み難いのは事実なので、旧字体と一緒で、使うのにはそれなりの理由が必要だとも思った。

  • 新書文庫

  • 通りすがりに見つけた古書店で購入。

    絶版の石川啄木のローマ字日記。
    私は彼の生き方が大好きで、短歌はほぼ読んだことがないが彼の伝記をよく読む。

    小学生の頃に、祖父が石川啄木について熱く語ってくれ、彼の本を与えてくれたが、小学生が貧困と情緒溢れる短歌を理解できるはずもなくそのままスルー。
    ずっと頭の隅にあり、去年から石川啄木に関する本を読むようになった。

    本当に中身はローマ字日記で、それが読みにくい人用に日本語に編集したものと分けて一緒になっている。
    私はとりあえず日本語のほうを読んだ。
    だいたい伝記やローマ字日記を解説したものを以前に読んでいたので、中身はわかっていたけど実際にすべての日記を丸々読めるなんて思っていなかった。

    日記には与謝野晶子や二葉亭四迷なども出てきて、交友関係がとてもVIPでリアルだ。
    昨日アキコさんと話した、アキコさんはこう言ったなど等。

    益々石川くんが好きになった。
    とても人間らしく素直だ。
    よって、日記には友達の悪口や、初対面であった人の鼻が不恰好だとか
    「ウチヤマくんの鼻のかっこうたらない!」
    (それ以降、鼻のウチヤマくんという表記になっていて悪口だ)
    書いてあって性格も悪いが、それが愛らしくもなってくるのはやはり彼がまっすぐだからだと思う。

    良い本にめぐり合ったと思う。
    通りすがりの古書店。
    こういう出会いを大事にしていきたいなぁと益々思った。

  • 啄木は愛すべきクズである。ローマ字で書いてあるが、日本語表記もついている。日記を公開されるとは、死ぬほど恥ずかしいが、もう死んでいるから仕方ないか。100年以上前のものだけれど、意外と新しいし、読みやすい。

    週3で会社を休み、貧乏なのにムダ遣いし、家族へ仕送りもせず、次々に女を買い、会社に行きたくないがためにカミソリで乳首を切ったり、ほんとクズ。「クズ日記」に改題してもいいくらいである。啄木=昔=難しいっていうのは誤解です。面白いです。

    頭のよすぎる小動物がもがいている感じの可愛さを感じる。本人は大真面目であるが。読まず嫌いしてる人にぜひ読んでもらいたい。

  • 三谷幸喜さんの舞台「ろくでなし啄木」を見たので読んで見る。啄木にろくでなしのイメージは皆無だったけど、これを読むと納得かな。愛すべき存在と言えるけど近くにいたら大変だろう。でも距離をとりつつ観察したい気になります。

  • (1978.02.07読了)(1977.12.13購入)
    *解説目録より*
    1909年、単身本郷の下宿に移り住んだ啄木はローマ字で日記を綴り始める。若く清新な芸術家たちとの交わり、飽くことのない真理への献身、来信に触発された燃え上がる思い、また一転して私娼窟に沈む日々、脳裏を重くよぎる妻のこと子のこと。生活全般を覆う貧乏、閉塞の時代にも腐蝕せぬ青春の輝きを、ローマ字は記録する。

    著者 石川啄木 イシカワ・タクボク 本名一(はじめ)
    1886年2月20日 岩手県日戸村生れ
    渋民尋常小学校、
    盛岡高等小学校(現・下橋中学校)、
    岩手県盛岡尋常中学校(啄木入学の翌年、岩手県盛岡中学と改名)
    1905年5月3日 第一詩集『あこがれ』を小田島書房より自費出版
    1905年5月12日 父親が堀合節子との婚姻届を提出
    1906年4月14日 渋民尋常高等小学校に代用教員として勤務
    1907年5月 函館、小樽、釧路
    1908年4月 東京
    1910年12月 第一歌集『一握の砂』を東雲堂より出版
    1912年4月13日 肺結核のため死去、享年26歳
    1912年6月20日 第二歌集『悲しき玩具』出版

  • サウンド文学館・パルナス「ローマ字日記」 朗読:橋爪淳

    4月7日 水曜日
    4月10日 土曜日
    4月18日 日曜日

    きっと人に読まれることを考えてなかったんだろうな。文学者としては優れた人だったんだろうけど、人間としては最低だこいつ。

  •  
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4003105443
    ── 石川 啄木/桑原 武夫・編訳《ローマ字日記 19770916 岩波文庫》
    http://d.hatena.ne.jp/adlib/19101201 一族の碑 ~ 石川家の人々 ~
     
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JBAFG4
    ── 《現代文豪名作全集14 石川 啄木 集   19530915 河出書房》中野 重治・編
    http://d.hatena.ne.jp/adlib/19530215
     
    (20091110)
     
     

  • うつになりました
    うちの日記はただ日本語じゃし、内容的にも全く文学的ではないと思った
    あと訳の方しか読んでないので、だめだな、真価的ないみで

  •  HASIGAKI (Kuwabara Takeo)
    MOKUZI(目次)
     ROMAZI NIKKI (1909.4.7-6.16)
                  APRIL
                  MAY
                  JUNE
                  HATSUKA KAN
                  (1909.4.3-6)
                  (1911.10.28-31)
     ROMAZI NIKKI (漢字仮名交じり文)
                  4月
                  5月
                  6月
                  はつかかん(床屋の2階に移るの記.)
                  1909
                  1911
     SAKUIN(索引)
     KAISETU(解説 桑原武夫)

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