萩原朔太郎詩集 (岩波文庫 緑62-1)

  • 岩波書店 (1981年12月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784003106211

みんなの感想まとめ

詩の魅力は、切なさや憧れ、そして人間の純情さを巧みに表現するところにあります。特に、旅をテーマにした作品では、遠くの地への憧れとその実現の難しさが描かれ、読者に共感を呼び起こします。一人旅を楽しむ心情...

感想・レビュー・書評

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  • 萩原朔太郎は、1886年に生まれ1942年に亡くなった詩人。没年が1942年なので、活躍したのは戦前ということになる。
    私は詩を読む人ではないので、萩原朔太郎の作品も読んだことがほとんどなかったのであるが、次の詩を何かで読んで、他の詩も読んでみようと思い、求めたのがこの詩集。

    【引用】
    旅上

    ふらんすへ行きたしと思へども
    ふらんすはあまりに遠し
    せめては新しき背広をきて
    きままなる旅にいでてみん。
    汽車が山道をゆくとき
    みづいろの窓によりかかりて
    われひとりうれしきことをおもわむ
    五月の朝のしののめ
    うら若草のもえいづる心まかせに。
    【引用終わり】

    萩原朔太郎の詩をほとんど読んだことのない私でも、この詩の出だしの2行は何度か読んだことがある。しかし、この2行以降については、全く知らなかった。「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」ということなので、何か切ない詩、例えば、何かに憧れるがそこに手が届くことはない、というような、そういう詩だと思っていたけれども、実際に読んでみると、むしろ、新緑の頃の一人旅を楽しむ詩であり、これはこれで良い詩ではあるな、と思った。

  • 純情と陰惨

    いじらしくて、人間、という感じがする。上手く生きられずに吠える。悲しい、人間。
    北原白秋の序文があまりにも親密でもっと掘り下げたくなってしまう。

    かわいくて、不気味で、儚くて、なんて魅力的な人なんだろう。

    詩は慰め。

  • 仕事で毎週前橋に行くので、朔太郎が故郷・前橋について綴った「郷土望景詩」を読んだ。朔太郎の前橋に対する愛憎相半ばする屈折した感じが興味深い。

  • 初めての詩集
    サクッと読めるものかと思ったら、一つ一つが全く違うテーマやイメージを持っていて、じっくり味わうものだと感じた

    特に気に入ったのは「竹」「天景」「松葉に光る」「蟾蜍」「虚無の歌」

  • **孤独を纏い、言葉をつむぐ詩の革命者の静かな叫び。**

    [読後の印象]

    私が萩原朔太郎の詩は、ある意味で罪である。

    私の心の奥底で詩への憧憬を宿らせ、現実の世界から剥がしたのは、紛れもなく萩原朔太郎の詩そのものでもあるのだ。

    萩原朔太郎の詩集は、日本近代詩に革命的変容をもたらした。

    その詩の底には、「感覚の孤独」「抒情の哀愁」「都会の喧騒と沈黙」といった複雑にして繊細な要素が織り込まれ、あたかも言葉がひとつの生ける肉体となっているかのような独自の感性が漂っている。

    彼の代表作である『月に吠える』『青猫』は、現実の冷徹な世界を見据えつつも、その奥に秘められた暗く重苦しい魂の叫びを強烈かつ鮮烈に描き出しているのだ。

    『月に吠える』は、彼が青春期に感じた孤独と絶望を詩の中で研ぎ澄まされた苦悩と共に昇華した作品である。

    ここには、日本語の詩の既存の枠を突き破るべく鋭利に磨かれた自由詩の試みがある。

    伝統的な詩形を脱却し、暗夜に吠えかかるごとき言葉の奔流が、読み手に彼の内なる孤絶と激しい疎外感を容赦なく突きつける。

    萩原はまた西洋文学の影響を受け、近代社会の冷酷さや都市生活の無機質な感覚を鋭敏に捉え、そこに生きる人間の苦悩と矛盾を深く抉り出している。

    続く『青猫』では、幻想の色彩が濃厚に漂い、夢と現実の境界が曖昧となる作品が多く収録されている。

    彼は異世界への憧憬と人間の存在の儚さを透徹した幻想美によって描き、現実からの逃避をその冷ややかなイメージに託している。

    「青猫」という象徴的な存在は、萩原の内に巣食う虚無あるいは人間の哀愁を抱いた孤独の具現であり、どこまでも逃れられない無常の象徴と化している。

    とりわけ彼が選び抜いた「青」という色は、冷ややかで透明な美しさを放ち、静寂と孤独の中に澄みきった凛とした感覚をもたらしている。

    また、彼の詩風には鋭利な社会批評が潜み、時に都会生活の無情さや人間の存在意義に対する深い嘆きが綴られている。

    その詩に繰り返される「孤独」「無力感」といったテーマは、萩原自身の内なる苦悩を投影すると同時に、日本の近代化という時代の宿命的な影響を映し出す鏡である。

    彼の詩に問いかけられるのは個の存在を超え、社会や時代そのものが孕む本質への根源的な疑念である。

    萩原の詩はただ美辞麗句の羅列ではなく、彼の苦悩と絶望の果てに生み出された魂の鏡像であり、それゆえ、今日に至るまで多くの孤独な人々の心の奥底に響き続けているのだ。

    萩原朔太郎の詩集は、時代を超えてなお孤独と哀愁を抱える現代の読者の胸に深く突き刺さり、見ることも触れることもできぬ魂の孤影を浮かび上がらせる。

    もっとも私自身を揺り動かし、もっとも愛する詩「旅上」は、旅の孤独と無常を情緒豊かに映し出した作品である。

    彼の言葉は現実の風景と共に心の内なる風景を描き、旅路に潜む寂寥を余すところなく掬い取る。その詩句には旅が一つの「放浪」へと変貌し、日常の喧噪から解き放たれた魂が浮遊するかのような感覚が漂う。

    時間と空間の拘束から逃れることで、朔太郎は旅の刹那の美しさ、すなわち「永遠の一瞬」を凝視し、読む者に深く静かな孤独と儚さの境地を示しているのである。

    この詩に触れる度毎に、私は旅を想い、旅に憧れ、そして旅路を描くのだ。

    彼の詩は今も、読者の心に切り立った岩のように残り続け、読む者にとってひとつの永遠の問いかけであり続けている。

  • 詩のルールやどこに工夫があるかは一切考えずに読みました。純粋にドキドキするものが多くて好きです。

  • なんという抒情性豊な詩だろうか。魂の揺らぎをかんずる。

  • 全部は読んでいないが、月に吠える 抄が1番印象に残った。その中でも「悲しい月夜」「雲雀の巣」が印象に残った。「さびしい空の月に向って遠白く吠えるふしあわせの犬よ」というフレーズが雰囲気が想像できて感慨深いなぁと思った。もしかしてライトノベル「千歳くんはラムネ瓶のなか」も、この作品に影響を受けているのかなと思った。だって主人公の名前が「朔」だし、月の描写も書かれていたりするから。勘違いだったらすいません笑

  • 端的な感想は、孤独な変態っぽい。「旅情」「竹」「さびしい人格」「虚無の歌」あたりが好き。気持ち悪めの詩も多くて、この人頭おかしいなと思ったり。どこまでいっても寂しくて憂鬱な感じ。(実際に憂鬱って単語が頻繁に出てくる)室生犀星と北原白秋の序文も読めたので満足。

  • あまり考えたくない時にボーっと文字だけ追っています。
    学生の頃からもう何年もずっとそうやって何回も繰り返し読んできた一冊です。

  • 西脇順三郎が、たった1冊だけを持ってイギリスに留学したのが『月に吠える』。そして、同時にそれは日本語での詩の可能性を西脇に悟らせた詩集でもあった。何度目かの再読(これが1番多い)だが、私にとっての日本近代詩ベスト1はやはりこれだ。タイトルは、人間を含めて生きているもののすべてが背負わなければならない、根源的な「生」への不安と怖れとを象徴しているだろう。ここにあるのは、寂しさや愛の渇仰や恐怖や残酷さ、あるいは本質的な孤独といった、およそ負の感情である。「人は一人一人では、いつも永久に、恐ろしい孤独である」。

  • 心虚しくして彼の詩の世界に入ってみる

    美しくて、そして孤独だ。

    そんな心の情景が現れてくる。

  • 清家雪子『月に吠えらんねえ』を読んで、萩原朔太郎に興味を持ちました。陰鬱な詩が多いですが非常に共感できるところもありました。

  • 2025年3月14日、グラビティの読書の星で紹介してる女性がいた。「萩原朔太郎の「死なない蛸」が好きです」

  • なげきの淵に身をなげすてたる我の悲しさ

  • 萩原朔太郎の詩集が欲しくて、岩波文庫のを買って正解でした。
    またじっくり読み返したいです。

  • ふらんすへ行きたしと思へども
    ふらんすはあまりに遠し

    劣等感のような暗さ

  • 「竹」、散文詩が好き

  • 本当に大好きな大好きな作品。
    萩原朔太郎は繊細な感性と表現を用いて自分の孤独と影と向き合っていることが伝わる。

    彼の初期の作品である『月に吠える』では醜い、堕落した、不自然なものを人間の本性の反映として捉れられている。敢えて醜悪な対象に孤独な自己を投影し、それを描写するために顔、死体や動物等、様々な隠喩を使用することで病や不安、他者と共有できない絶望という「孤独」の世界観を作り上げている。

    『青猫』では馬や猫という存在を意図的に利用し、それらの影そのものに自身を投影することで苦しみながらも、それでも生きていかざるを得ない「孤独」の変化を描いている。

    つまり、朔太郎は表面的な「一人」ではなく、本質的な、変化する「独り」を理解し、彼が見た「孤独」や「さびしさ」の姿が二作品を通して変わっていったことに、彼の独特な表現を通じて再現することができるのだ。

  • 読みました。自分の心に残る詩がなく、読み手の未熟さを痛感しました。

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著者プロフィール

萩原朔太郎
1886(明治19)年11月1日群馬県前橋市生まれ。父は開業医。旧制前橋中学時代より短歌で活躍。旧制第五、第六高等学校いずれも中退。上京し慶応大学予科に入学するが半年で退学。マンドリン、ギターを愛好し音楽家を志ざす。挫折し前橋に帰郷した1913年、北原白秋主宰の詩歌誌『朱欒』で詩壇デビュー。同誌の新進詩人・室生犀星と生涯にわたる親交を結ぶ。山村暮鳥を加え人魚詩社を結成、機関誌『卓上噴水』を発行。1916年、犀星と詩誌『感情』を創刊。1917年第1詩集『月に吠える』を刊行し、詩壇における地位を確立する。1925年上京し、東京に定住。詩作のみならずアフォリズム、詩論、古典詩歌論、エッセイ、文明評論、小説など多方面で活躍し、詩人批評家の先駆者となった。1942年5月11日没。

「2022年 『詩人はすべて宿命である』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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