恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (岩波文庫 緑63-1)

  • 岩波書店 (1952年5月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (223ページ) / ISBN・EAN: 9784003106310

みんなの感想まとめ

罪と赦し、そして人の心の葛藤を描いた物語が展開されます。主人公は、主を殺めた罪を背負い、逃避行の末に仏門に帰依し、自身の罪と向き合いながら洞門を掘るという壮大な事業に挑みます。江戸時代の背景の中、彼は...

感想・レビュー・書評

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  • 千年読書会、今月の課題本となります。

    大分県で語り継がれる“青の洞門”伝説をベースとした、ノベライズ。
    実際に名称は使われておらず、登場人物の名前も違います。

    成り行きで“主殺し”の罪状を負った、了海(市九郎)。
    そのまま逐電し、追いはぎにまで身をやつします。

    罪を重ねていた最中、ふとしたことで自身と向き合った彼は、
    仏門に帰依し、自身の罪と向き合いながら全国行脚に。

    そんな彼が、ふと立ち寄った町の難所(岩壁)を見て、
    湧き上がるように“大誓願”を建てたのが、洞門を掘ること。

    といっても、掘削機器も何もない江戸時代の半ば、
    文字通りに槌一本で事業を始めます、、周囲には狂人扱いされながら。

    1年2年で終わるような事業でもなく、
    結果から言うと、20年以上の月日が流れます。

    その20年の終盤、大願成就も間近かと思われたその時に、
    かつて殺害し逐電した主人の息子、“実之助”があらわれます。

    親の敵として了海を追い求めていた実之助、
    彼もまた大願を果たすために旅を続けていたのですが、、

    了海の大願に取り組む様子を見た実之助は、さて。

    話としてはそんなに長くなく、さらっと読めます。

    実際の逸話をベースに“人の心”を織り込みながら、
    そのうつろいも映し出しながら、、

    罪を消すことはできないが、赦すことはできる。
    “恩讐の彼方に”とは、上手い題名だとあらためて。

    戦前の教科書には“青の洞門”が掲載されていたようですが、
    こういった話は教材に使ってみたいなぁ、なんて一冊でした。

  • 無茶苦茶ハードボイルド。 グダグタの弱さとさりげない強さ。しびれました。

  • 短編集、なんだけれども。どの作品も読むのは舞台が過去という事以外に中々ツラい所もあり、非常に考えさせられる所があった。忠直卿行日記とか。個人的には俊寛が好きですね。一読すべき。

  • そういう話だとしても、自己を満たす為に好き勝手やって来た人が最後に報われてしまうのはどうなのだろうとは思ってしまった。
    内容を忘れた頃にまた読みたいと思う。

  • 中学校教科書の副読本として進められていました
    青の洞門を作った僧侶の話

  • 忠直卿って何をやらかしたんだったかな、と突然思って買ってきて読んだ。

  •  先に読んだ池内紀氏の「文学フシギ帖」をきっかけに読んでみようかなと思った菊池寛氏の作品です。
     池内氏が紹介していたのは「入れ札」。本書の8番目に登場します。
     菊池寛氏の作品としては、豊前国耶馬溪にあった青の洞門を舞台にした「恩讐の彼方に」などストーリーを知っているものもありますが、恥ずかしながら菊池寛氏の原作を読むのは初めてです。
     本書に採録されているのは、「恩讐の彼方に」はもちろん、「忠直卿行状記」といった代表作に加え「三浦右衛門の最後」「藤十郎の恋」「形」「名君」「蘭学事始」「入れ札」「俊寛」「頚縊り上人」の10編。私にとっては、どの作品もとても面白かったですね。手垢のついたミステリーを読むぐらいなら、こちらの方が格段にワクワク感があります。

  • 大正8年(1919年)1月に発表された菊池寛の短編小説。
    主人公の市九郎は、主人である中川の愛人と密通していたことがバレて手打ちになりそうとなる。しかし逆に主人を殺してしまい逃げ出す事になる。
    その後、市九郎と一緒に逃げたお弓とともに峠の茶屋を始めるが、実は茶屋に寄った客の懐具合をみて、金持ちならば殺し、その金品を盗む生活を送っていた。ある時そんな生活とお弓に嫌気がさし市九郎は逃げ出す。
    その後、後悔の念から出家し旅にでる。難所の岩場を通過する時、事故で亡くなった人を見、懺悔のために、その岩を掘削してトンネルを掘る決心をする。
    その後、掘削を始めて19年、敵討ちのために旅に出た中川の息子が、とうとう市九郎を見つけ殺そうとする。素直に殺されようとする市九郎であったが、石工たちはこれを止め、トンネルが開通するまで待つこととなる。
    さらに1年6ヶ月が過ぎ去り、とうとうトンネルは開通した。そして殺されようとする市九郎であったが、この時既に、トンネル堀工の仲間となっていた中川の息子は、殺す意思は無くなっており、トンネルが完成した事に一緒に感動し涙を流すのみであった。
    前半は、市九郎の残忍さが強調され、ヒドい人間として描かれる。
    しかし、無心にトンネル掘削を行う彼の姿から応援する気持ちが芽生えてくる。そんな気持ちを代弁するかのように村人達の気持ちを描いている。そしてトンネル完成を共に喜び涙する気持ちに同調できるようになった

  • 「俊寛」を青空文庫で読みました。うーん、なんか練れていない村上春樹の短編という感じ、、、、、俗世の醜さを孤島で悟って幸せになるという、、、大河ドラマもこの話に向かいます。

  • 青空文庫にて『俊寛』のみ読了。

    『俊寛』は鬼界ヶ島に流罪となった俊寛を題材とした小説である。
    俊寛とともに流された康頼、成経が恩赦を得て京へ戻され、ただひとり島に残された彼の人生に焦点を合わせた作品である。

    前半は康頼、成経ともに流された流人としての生活を描く。

    罪人は三人ある。
    三という数字は聖なる数字として捉えられることがある。
    「三種の神器」しかり、「三位一体」しかり。
    しかし、俗人の世界では、三人のうちのふたりが対となり、残るひとりを排除する傾向がある。
    この作品では康頼、成経が対をなし俊寛を排除する。
    流罪仲間からも排除され、孤立を余儀なくされた俊寛のやるせない孤独が描かれる。

    聖なる世界では三は完成され、安定する数である。
    しかし俗の世界では、三は不安定で、他を排除する数である。

    つまり、「三」が安定する世界こそが「聖」であり、それが不安定に揺れる世界が「俗」であると言えようか。


    ともあれ恩赦があって、よく知られたように俊寛のみが取り残されてしまう。

    菊池は鬼界ヶ島の住人を「土人」と表現し、都会人であった俊寛と対比させている。
    もう都会人として生きていく道の断たれた俊寛は、土人として生きていく覚悟を決める。
    そこで糸を垂れて漁り、畝を作って麦を植えて生きていくのである。
    俊寛は麦の種を得るために、最後まで手元に残していた妻の形見の小袖を手放す。
    それは彼が京の暮らしと永訣するために必要な儀式であっただろう。

    こうして土人として生きる彼に、新たな喜びがやってくる。
    島の娘との婚姻である。
    「牝鹿のようにしなやかな身体」をもつ、16,7歳の娘である。

    さて、ここからは都会生活に倦む男のロマンのお話である。
    この娘の登場から、私のこの作品に対する興味は一気に失せたと正直に書いておこう。

    俊寛は娘との間に5人の子供をもうけ、土人としての幸せな生活を全うする。
    かつて侍童であった有王が尋ねてきても、自分は死んだと言ってくれと頼むばかりである。
    それはそうだろう。
    彼のもとには若い妻と、可愛い盛りの子供達がいるのだから。

    翻って京には、老いた妻と娘が残されている。
    罪人の妻に後添いの話はないだろう。
    罪人の娘に結婚の話はないだろう。
    妻も娘も、尼になって俊寛の後生を祈るしか生きる道はないはずだ。

    妻と娘は命ある限り俊寛の為に祈りを捧げ続ける。
    俊寛は昼は幼子に頬ずりをし、夜ごとに若い妻を抱く。

    菊池の視線はいったいどこに注がれていたか。
    都会人の儚いロマンである。


    さて、実際の俊寛がどのように後半生を生きたか、その記録はない。
    ただ、喜界島に俊寛の墓と伝承される遺構が残されている。

    人類学者鈴木尚によって、その遺構の発掘が行われた。
    そこに埋葬されている人物は、明らかに島の住人とは違う、都会的な特徴を有しており、その骨には人為的な傷が多数残されていた。(『骨が語る日本史』)
    その傷について鈴木氏はこう推論する。


     【これらの創が皮膚や筋などの軟部を切りとるときのものとみなすとき、その動機はいわゆる儀礼的食人ではなかったかと思われる。(略)食人の風習は、ともすれば考えられやすい残虐の発露とか、あるいは食料を得るために行われることは稀であって、多くは儀礼的、呪術的な目的からである。前者としては死者の親族などが尊敬や親しみの気持から、死者の一部を自らの体内にとり入れ、ときには火葬した灰を酒に混じて飲むのも、この風習と関係があると見なされている。
     また後者は、人間のすべての能力は肉体に宿るという考えから、ある優秀な得難い肉体的、精神的能力に対し、それにあやかる目的から食人が行なわれることがあるが、時には加害者が被害者の霊魂に悩まされることがないように死体の一部を食うこともある。】
    (『骨が語る日本史』)


    つまり、島の「土人」たちは、島にて横死した貴人の死体から肉を削いで食べたと思われるのだ。

    その食人の理由について鈴木氏はさらにこう語る。


      【島において彼を貴人あるいは、有力者とし高い尊敬の念をいだいていたのではないだろうか。そこで島民が貴人の肉体を自分の体内にとり入れることによって少しでもこの人物にあやかろうとしたものではないか。】(『骨が語る日本史』)


    この骨が俊寛のものと考えるなら(この島にいた貴人といえば俊寛しかありえないのだが)、彼は命ある限り貴人として生き、死後もなお貴人としてあったといえよう。


    菊池の描くロマンとは対照的に、実際の俊寛は最後まで貴人として、都会人としてその島に生きたと考えるのが妥当ではないか。

    命の灯火つきるその瞬間まで、都の風物に、残された妻子に思いを馳せ続ける俊寛。
    ともに手を取り、都大路を彷徨いながら、夫の、父の菩提を祈り続ける母子。

    そこに菊池の意図するものとは別の、史実に基づく詩情が息づいている。
    どちらに強く心を動かされるか、それはいうまでもない。

  • 主人を殺して逃げる主人公、その後も殺生をしながら生き長らえていたけど、本来の性格に合わず出家。
    10人殺したなら、それ以上の人を助けたいといういい人。何人も死人が出た岸壁の道にトンネルを掘り、21年もかけて完成させる。完成した時には主人の息子も立ち会い、その業を昇華する。


    面白かった!古い言葉も多いので読みにくいけど、それでも伝わる主人公の深い思い。
    Amazon オーディブルじゃなかったら読み切れなかったね。
    短くさくっと3時間ほどで聴き終わりました。
    人生初の菊池寛作品を読んだ。

  •  (表題作二作/三浦右衛門の最後/藤十郎の恋/形/名君/蘭学事始/入れ札/俊寛/頸縊り上人)
       どれも素晴らしかった。『忠直卿行状記』と『恩讐の彼方に』を読んだ後、菊池寛は天才だと思った。今回菊池寛の作品を10作品読んで思ったのは、彼はいわゆる英雄とか偉人とかそういう人を書くのではなく、名の知れた人物たちの他人からは見えない生々しい心を赤裸々に書き記していると感じた。誰しも死を恐れたり、ライバルを内心意識したり、自身に悦に入ったり、自分に向き合って欲しいなどと色んな感情が渦巻いている。例えば「死を恐れる」ことについては、いかにも死を恐れそうな町人や女子供ではなく、武士や上人のそうした姿を描いたり、また人と人としての対等な関わりを求め「自分に向き合って欲しい」と強烈に欲する一国一城の主を描いたり。三国志好きな私が長らく見てきた英雄たちは、理想のため、主君のため、仲間のために命を賭して戦う人ばかりであった。もちろん彼らにも葛藤が全くないことはないが、物語として語られるのは、彼らの敗れても敗れても挫けない百折不撓の姿や自身の野望のために貪欲に計を巡らす姿などであって、情けない反面、真に人間らしい心の内というものをみたことはない。そのためややもすると、そのように勇壮に戦うことが当たり前のように見えてしまうが、生身の人間、誰しも体裁と内心の思いはあるはずだ。菊池寛はその世界にメスを入れ、骨の髄まで見せてくれるようだ。
    『忠直卿行状記』は、主君である忠直は自分の信じていたものが、家臣たち周りの配慮によってなされていたものだと知り、本当の力、本当の思いなどありのままを求める。ありのままを知りたいがあまり、過激な言動を行ってしまうため、家臣から見ると忠直が乱心したように見える。この双方の乖離、切腹までして謝罪したり諫言をしたりする家臣と、そんな形式ばったものではなく君臣という枠を超えて本音で接して欲しかった忠直と、描き方が非常にうまくのめりこむ。封建主義のこのような時代においては、家臣の忠直に対する態度はまっとうなものだと思うが、現代を生きる自分たちからすると忠直が感じる虚しさなどは痛いほど伝わる。お互いの食い違っていく関係、そしてそれがエスカレートし、幕府からの処罰が下ることでようやく忠直が真から解放される様子まで、良かった。
    『恩讐の彼方に』はただ穴を掘っていく話かと思いきや、大勢の人を殺した主人公が、大勢の人命を救うために掘っていくことに自分の使命を感じると共に、罪の贖いをするということだろう。大まかなストーリーは軽く知っていたが、読んだら本当に主人公の思いや時間の経過、苦しみなどがひしひしと伝わって来た。穴が少しずつ掘られていくと人々が加勢に加わったり、でもまたすぐ主人公だけを取り残したりと周りの人たちの動きもいかにもな感じがした。菊池寛は人の心の動きや移り変わりを淡々と、しかしとても自然に書いている。最後に仇敵の間を超えて、穴が貫通したことを喜び合うシーンでは、元々結末の予想はできていたが非常に感動的で、目がうるんだ。
    『形』は私が菊池寛を知った初めての作品である。非常に衝撃的で、中学時代に私の中で大きなブームになるほどだった。3頁ほどのかなりな短編なのに、非常に凝縮されていて鮮やかだった。
    『蘭学事始』も昔読んだような気がする。以前からこの内容の話を探していたが、まさかこの本に掲載されているこの話だとは思いもよらず、読み始めて嬉しくなった。玄白の前野良沢に対するライバル心や、お互いの学問や後の『解体新書』に対する考えの違いが面白い。個人的にはおそらくキャラなんだろうが、どちらの言い分も分かるし、学問面では良沢が、実学面では玄白が世の中には必要だったんだろう。色々考えさせられた。
    『入れ札』。これも読み始めて既視感がある。究極に追いやられた時の人の心が描かれている気がする。色々な人物の思いの絡まり方が面白い。
    『俊寛』。俊寛の流刑の話は知っていたが、一人ぼっちになったあとからのたくましさが頼もしくよかった。全てを失ってから、本当に大切なものが分かるということなのか。ある意味『形』と似ている気もする。普通に途中からは楽しそうな人生だと思った。世界が変われば価値観も変わる。手に入らないもの、失われたものに固執せずにしっかり地に足をつけ、幸せを作っていくことも大事だ。
    『頸縊り上人』は、上人を拝みに来る人が増えてきた時に結末がなんとなくわかるが、やはり上人と言っても人、現世に未練はあるものである。これまでのストーリーに共通するものとして、プライドを捨てれるかどうかも一つキーワードとしてあるような気がした。最後の死に方はもはや滑稽に見えてしまう。しかしそのようなところにも、上人の一人の人間としての心が分かりやすいほど見える。

  • とても残酷な運命だが、それでも人を諦めない世界がラストに結実する。

  • おもしろかった!

  • 面白すぎる。

    菊池は、小説にはテーマ(主題)がなければならないことを主張した作家である。

    「芸術はその目的の寡少に比例した犠牲によってのみ、最も強力な効果をあげうるものである」

  • 全10篇の短編集。全て名作。特に恩讐の彼方には近年読んだ作品の中で一番心打たれた。何度でも再読したくなる1冊。人間とは。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/686923

  • 『三浦右衛門の最後』が一番印象に残りましたね。あんなにグロい作品がよく許されたものだと思います。だからこそ気に入ったのですが。

  • 急に菊池寛に興味が出てきて読んだ。小説らしい小説。平家物語の俊寛をこんな風に描く作家は他にいないだろうと思う。潔い真っ直ぐさが心地よい。

  • 冒険研究所書店の選書で購入。

    菊池寛の短編集。

    タイトルにもなっている「恩讐の彼方に」「忠直卿行状記」のほか、「俊寛」など命の在り方を考えさせられる短編。

    短い編は4ページほどだが、すべて読後に何かを感じさせる。

    数年後に再読したくなる本。

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著者プロフィール

香川県高松市生まれの小説家・出版人。
京都帝国大学在学中から文学活動を始め、1917年に戯曲『父帰る」で文壇に登場した。
人間の倫理や心理を描く短編で人気を得る一方、1923年に雑誌 文藝春秋を創刊し、日本の出版界に大きな影響を与えた。代表作に『恩の彼方に』『十郎の恋」、歴史書「大衆明治史』などがある。1935年には芥川賞と直木賞を創設し、日本文学の発展に尽くした。
1948年死去。59歳。

「2026年 『菊池寛の明治史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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