愛と認識との出発 (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (369ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003106730

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  • 作者、倉田百三。
    「哲学者は寂しい甲虫である」というゼームスの一文から始まる手紙を巻頭に掲げ、自らを「哀れな虫けら」になぞらえる筆者。戦前期の青年の必読書ともいわれた。

  • 1921(大正10)年出版のこの本は、旧制高校生の愛読書だったらしい。80年代ポストモダン以降の日本の高校生・大学生の雰囲気とはかなり違う。
    20代の頃の倉田百三によって書かれた文章だが、観念を論じたり「生命を燃焼」させたり、「思索だ! 思索だ!」などと喚いたり、そういう「哲学する」(というより、人生論を弁じたがる)青年の、ちょっと恥ずかしいような姿がここにある。
    若い頃の私ならこの本を読んで「青いよ」と済ませてしまいそうなところだが、今は40を超え、こういう「若さ」を素朴に羨ましいと思ったり、温かく見守ってやりたい気持ちになったりする。いずれにしても、距離を置いて見ることに変わりはないが。
    さて、セツジツなる「思索」を重ねた倉田青年は、観念的な対象との合一をめざし、やがて女性を求めるのだが、当然のことながら幻滅する。
    しかし昔も今も、若者のやることに変わりはない。ひとたび恋愛に陥ると思想とかどうでもよくなってしまって夢中になり、セックスを褒め讃え、しかし結局ふられる。
    後年倉田百三は宗教に接近し、こうした「肉欲」を否定してしまうのだが、この本はそんな「意外と普通な」青年の遍歴を赤裸々にえがいている点で、ドキュメントとしておもしろい。

    倉田百三がこの本の中で、西田幾多郎『善の研究』との衝撃的な出逢いを語ったことにより、西田哲学が日本の学生たちにも有名になったとのこと。しかし彼の西田理解は彼独自のものであって、両者の思想には開きがありすぎる。

    戯曲の分野で「出家とその弟子」という大傑作を奇跡的に生み出した倉田百三は、結局その後はぱっとした本を書かなかったらしい。
    彼の「青春」の像はいまの若者にもなにかを伝える力があるだろうか? 青春からはずいぶん遠くに来てしまった自分には、ちょっとはかりかねる疑問である。

  • 理性は正しくない。
    理想は言葉で語れても、
    経験によって得た実感がなければその人の認識にはならないわけで。

  • 読み中
    言い回しがおもしろい感じ。

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