河童 他二篇 (岩波文庫 緑 70-3)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (138ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003107034

感想・レビュー・書評

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  • 本編収録の『蜃気楼』について


    話のない話

    『蜃気楼』に対する直接的な評価を記す前に、少し考えてみたいことがあります。そのことが、『蜃気楼』 の魅力の片鱗を知る前提となるはずです。それは、言語の機能についてです。

    当然のことではありますが、言語はあくまで表象であり、そのものではありません。「愛してる」といっても、当の「愛」なるものは言語化不可能な総体のことですから、人間は「愛する」という行為の具体例をひとつひとつ挙げることはできますが、「愛」のすべてを説明しきることができません。つまり、人間が理性とともに感性を持つ生き物であるかぎり、理性の領域に属する事柄は言語化可能であっても、感性の領域に属する事柄は、理性では永遠に解することができません。

    しかしながら小説は、仮にそれが芸術であるならば、そうでありながら、つまり感性の領域を問題としながら、その表現に言語を用いるという、大いなる矛盾を抱えています。もちろんさまざまな種類の文芸作品があり、それらのすべてがすべて、純粋に(書き手の、あるいは読み手の)感性を言語化する営みだけではありません。しかし、少なくとも芥川龍之介という人は、言語表現の限界と格闘した作家です。『蜃気楼』の特殊性は、おそらくここに、つまり芥川の企ての無謀さに起因しているのではないか、それこそがこの作品の魅力になっているのではないかと思うのです。

    『蜃気楼』は、「話のない話」です。すなわち、なにか筋があるわけではなく、ただ淡々とある日の情景が描写されるだけで、オチというオチがありません。しかし、読者はこの作品を読むことで、ひとつの幻視体験をします。

    ここで読者が目にする幻は、「唯ぼんやりとした不安」(芥川の遺書にある言葉)です。少なからぬ人が、時折この不安を覚えるのではないかと想像しますが、これは具体的に何とはいえない、得体の知れない影で、タチが悪く、存在することの必然性の無さ、生の無意味さを執拗に問わせます。この不安は、前述の「愛」と同様に、感性の領域では確かに存在するのに、それを理性の領域で認識しようとした途端に的外れとなって、その手から滑り落ちてしまいます。しかし、『蜃気楼』は、まるで一枚の絵画のように、読む(幻をみる)人の感性に隠された、その荒涼とした地平を想起させる、そしてその人の感性に巣食う、その不安という言語化不可能なものを言語化しようと試み、またそれに成功した稀有な一編ではないでしょうか。

    言語化できないなら、「唯ぼんやりとした不安」とやらは、実在しないのかも知れません。しかし、この理屈では、同じく言語化できないものすべてが実在しないことになってしまいます。では、人間は幻なのか。そうではないと、感性はいいます。優れた作家は、理性でもこれを認識しようと、言語化を試みるわけで、その無謀な企てに成功する人は多くありません。

    人間が人間となって以来、この無謀な企ては絶えず繰り返され、「人間」が打ち立てられてきたのであるとすれば(まるでこれはカミュですね)、『蜃気楼』が今後も読まれつづけることを祈らねばならないように思います。もし彼のような作家が読まれなくなったとき、それは人間が人間ではなくなる、すなわち動物か機械になるときではないかー合理化を最高善とする現代社会の行く先さえ暗示するといえば、深読みでしょうか。しかし、これからも『蜃気楼』は、読む人、読む時代の不安を映しつづけることだけは確かであろうと思います。願わくばこの明瞭な鏡が、あの海岸に打ち捨てられないことを祈るばかりです。

  • いつか上高地に行ってみたいと思っています。
    その上高地を舞台にした小説といえば、芥川竜之介の「河童」。
    河童の国での生活が、ある精神病患者によって語られます。

    上高地から穂高山への道を辿る途中に出会った1匹の河童を追いかけ穴に落ち、男が着いたところは河童の国でした。
    男の目から、人間の社会とは真逆の河童の世界を見ながら、はじめは面白がる気持ちで読んでいたのですが、だんだん眉間にしわが寄って、どんよりしたものが自分の中に立ちこめてきました。
    特に、テクノロジーの発達で工場を解雇された河童は、安定した社会のために毒ガスで殺され、その肉は食用となる…のあたりでは、冷や汗が…。
    河童の世界を通して見えてきた人間の世界…うむ、笑えない…。
    本作にこめられた批判と皮肉の中には、よくわからなかったものもあるので、再読したいです。

    他2篇の「蜃気楼」「三つの窓」もどこか不穏な気配が漂い、落ち着かない気持ちにさせられます。
    でもその不穏さを味わいたいと思う自分もいて…。

  • ★3.5 「蜃気楼」「三つの窓」

    「河童」は色々と風刺しているのだろうけど、分かりづらい風刺もあったので、全部消化出来ていない。

  • 上高地の梓川のあたり。「僕」は、穂高の峰を目指す道行きで、熊笹茂るところで小休止。そこに河童が出現。捕まえようと追いかけるうちに「僕」は深い竪穴に転落。気づくとそこは河童達の世界。河童が独自の社会を営んでいるのだった。…という“河童国往還記”。
    チャック、バック、トック…等の名前の河童達と知己になる。やがて河童の言葉を解するようになった「僕」は、彼らと意見交換し、河童社会の成り立ちを知ってゆく。
     その後読んだ「ガリヴァー旅行記」を思わせる。

    併せて「蜃気楼」、「三つの窓」の短編二編を所収。

  • 「河童」は河童の世界の物語。高度な風刺なんだろうなと思いつつ、何を意味しているのかはいまいち分からなかった。他の作品と比べると巧みな表現というのは少なかったかな。自分の感受性が乏しいだけなんだろうけど、、、

  • 始めて読んだ芥川作品は「羅生門」。でも、これは教科書で読んだからなあ。授業で読むのって例えそれが好きな作品でも若干の読まされた感が否めない。

    芥川賞ってあるくらいだからきっとすごい人なんだろうなって思って、ずっと気になってた人。案の定凄まじかった。ああ、この人はこれを書いた後に死んだんだって思うと余計に(あれ?そうでしたよね…?)。
    最後の河童が特に印象的。ベンジャミンバトンみたいな河童。生まれてからだんだん若返っていくっていう。主人公と会った時はすでに子どもの姿。これは何を指すんだろう、ってそれがわからなかったです。
    誰か教えてください…

  •  河童の国に迷い込んだら、慣れるまでちょっと時間がかかる。たとえばこんなことがある。河童の出産では、まず父親が母の股に口を付け、赤ん坊にこう尋ねることになっている。「お前はこの世界で生まれてくるかどうか、よく考えて返事しろ」突然こんなこと訊かれても、困ると思う。ちなみにこの赤ん坊は生まれるのを断ったらしい。「僕は生まれたくありません」かくのごとく河童の世界は変である。しかしできることなら一度のぞいてみたい。河童のトック君あたりとおしゃべりしてみたいものである。(けー)

  • 図書館で借りた。
    私の岩波文庫を読んでみようシリーズ。今回は芥川龍之介の「河童」、河童なんてファンタジー的な雰囲気を感じさせるが、強烈な社会風刺を意識された作品だ。むしろおどろおどろしい。これを書き上げて半年も経たぬ間に、芥川は命を絶つ。

    河童と出会うまでは、上高地の山を登るドキュメンタリーの情景だったが、気付けば河童と対等に会話し、河童の世界に居る。
    河童の常識が広がる世界…、私には整理ができなかった。

  • いづれも芥川龍之介のことを知らないと理解できない作品だと思う。その意味で、読んだが理解できなかった。特に『蜃気楼』は意図さえもわからない。解説やWikipediaには敢えて筋も中身もないものをこさえようとしていたと書かれているが、本当にそうなんだろうか。主人公はただただ何をみても聞いても気味悪さを感じて独り妄想に走りがちになるが、友人や妻の返答で実は全て何でもない取り越し苦労であったことに気がつく。そういう場面がいくつか繰り返されて終り。なるほど一読すると中身も筋もない。三島由紀夫らは、詩的な作品だと述べ、ほかにも絵画的だと評価した人もいるらしい。短篇なので、筋はつけにくい。短篇だからそう感じるだけなのではないかと思う。何にしても芥川龍之介のことはよくわからないので、どの作品も読んでいて理解できなかった。

  • 15.08.2021 読了

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