大導寺信輔の半生,手巾,湖南の扇 他12篇 (岩波文庫 緑 70-8)
- 岩波書店 (1990年10月16日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003107089
作品紹介・あらすじ
自伝的色彩の濃い「大導寺信輔の半生」、狂人であった生母を描く「点鬼薄」等、芥川をより人間的に身近に感じさせる作品を中心に15篇を収めた。
感想・レビュー・書評
-
芥川竜之介の短編集ですね。
多岐にわたるジャンルの作風がある芥川の作品の中で、身近な話題を主題にした作品集ですね。
自伝的小説と思われる「大導寺真輔の半生」も含めて15編収録されています。
芥川はかなりの読書家で読むスピードも早かったそうです。
読むように書く事が出来たように私には感じられます。漱石もそうだったのではないかと思うところがありますから。
作品の知的で俯瞰したような文章は、現代社会を浮き彫りにしたこの作品集では、さらに内面の心理を浮き彫りにして自身との対話を試みるかのようですね。
もしかするとそれが自身を追い詰める事に成りはしたのでは無いのでしょうか。
芥川の作品が時代が進行しても読み次がれるのは、解説者の言われるように「読者の固定観念を、内側から微妙に掘りくずして行き、より芥川を人間的に身近に感じさせるという作用をさせるものだ」と思います。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
芥川の自伝的な部分もあるのだろうな、と思われる作品群。
個人的には王朝物に代表する有名作よりも本書の方が一等好きだ。
ただ日常がそのまま写されるような作品が、奇を衒うところなど何もないのに不思議な読後感を誘う。
人生は小説より奇なり、というが、つまりはそういうことだろうか。
そして、若い頃ではこの面白さはわからなかったろう、とも思う。 -
堺に向かう御堂筋線の天王寺駅を過ぎたあたりで、
読み終えました。 -
「手巾」
人間のふるまいすべてを演技とみなすことができる
それは不快な事実だ
「毛利先生」
やさしさゆえに侮られる人の悲しみ
あまりいい出来の作品ではないが、民主主義の本質を突いている
「疑惑」
大地震のどさくさで妻を殺した狂い人の告白
芥川が、秀しげ子との不倫を楽しんでいた時期のもの
「秋」
文壇を嫌い、一市井の主婦としてものを書こうとする女
ネタ出しのために妹の家庭を破壊する勇気が彼女にあるだろうか
「南京の基督」
神は今ここにあるすべてを合理化して、永遠に裏切ることがない
そう信じさせるのも、人間の抱える業の力だが
「お律と子らと」
志賀直哉の「和解」を芥川流にリライトすればこんな感じだろう
死ぬまで素直になれない母子をとりまく世間が志賀に理解しうるだろうか
「一塊の土」
大正時代のコンビニ人間ならぬ「百姓人間」か
勤労を尊ぶ精神は、やがて他者を踏みにじる免罪符ともなっていったが
「文章」
弔辞に書かれた文章が、空気を誘導して人々を涙に誘う
空気に抗い、自己の確立を試みた人の小説には罵倒があびせられる
「寒さ」
人間の心と心の作用が物理的に説明できるものなら
人間がモノに共感してもおかしくあるまい
「少年」
祝福とともにあった芥川の少年時代
しかし大人たちのあしらいが現実への懐疑心を植え付けたのも確かだ
「大導寺信輔の半生」
芥川みずからの冷笑的世界観を告白したもの、しかしそのニヒリズムが
「聖家族」の堀辰雄に生きる力を与えたとも言える
「海のほとり」
避暑地での出来事を回想する「筋のない小説」
変な夢を見て、海でクラゲに刺され、水着の少女を観察するなど
「湖南の扇」
中国で古い友人にもてなしを受ける話
反日感情の高まっているときに、あえて同胞を残酷な見世物とする屈折
「点鬼簿」
狂人の母、早逝した姉、孤独の晩年を送った父
それらを思い出す自分自身が消える日も、そう遠くないと感じていたのか
「彼 第二」
祖国に居場所を見出せなかったアイルランド人の思い出
ボヘミアンとしての自意識に、誇りと寂しさの両面を持っていた
最後にバーナード・ショーへの嫌悪が表明される -
中学生の時に読んで感じた作家芥川とは異なる姿の彼がここに居る。抱いていたエキセントリックな作家というイメージを覆す一冊。
-
作品の傾向が変化し、心理的な面も葛藤や猜疑心など複雑な心情を表現している。
疑惑など人間の奥底に宿る感情を描くと思えば、毛利先生で先生を離れた視点(過去→現在)から見る主人公の心の変化など様々な人間の機微が見える。 -
今まで抱いていた芥川の印象とは打って変わって、
なんだかドキュメンタリーのような印象。
しかしその魅力は他作品にひけをとらず、
むしろ本質をより垣間見えるような気がする。
(そこまで極端ではないが)文語体にまだ慣れなくて
読むハードルが高かったので、芥川になれた時に
再挑戦したい。 -
緑70-8