三好達治随筆集 (岩波文庫)

著者 : 三好達治
制作 : 中野 孝次 
  • 岩波書店 (1990年1月16日発売)
3.33
  • (0)
  • (1)
  • (2)
  • (0)
  • (0)
  • 本棚登録 :18
  • レビュー :2
  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003108222

作品紹介

現代日本を代表する詩人三好達治(1900-64)は、また比類ない随筆の書き手でもあった。俗に対するはげしい嫌悪を持ちながら決して世捨人にならず、人間を愛し、鳥や虫、植物にやさいしまなざしを注いだ。長年その作品を愛読してきた編者は、70篇のエッセイをえらび、独自の観点から編集して、その醍醐味を十二分に味わせる。

三好達治随筆集 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • ●冬の日

    冬の日 しづかに泪をながしぬ
    泪をながせば
    山のかたちさえ冴え冴えと澄み
    空はさ青に
    小さき雲の流れたり
    音もなく
    人はみなたつきのかたにいそしむを
    われが上にも
    よきいとなみのあれかしと
    かくは願ひ
    わが泪ひとりぬぐはれぬ
    今は世に
    おしなべて
    いちじるしきものなくー


    ●春の岬

    春の岬旅のをはりの鷗どり
    浮きつつ遠くなりにけるかも


    ●少年

    夕ぐれ
    とある精舎の門から
    美しい少年が帰つてくる

    暮れやすい一日に
    てまりをなげ
    空高くまりをなげ
    なほも遊びながら帰つてくる

    閑静な街の
    人も樹も色をしづめて
    空は夢のやうに流れてゐる



    あはれ花びらながれ
    をみなごに花びらながれ
    をみなごしめやかに語らひあゆみ
    うららかの足音空にながれ
    をりふしに瞳をあげて
    翳りなき寺の春をすぎゆくなり
    み寺の甍みどりにうるほひ
    廂々に
    風鐸のすがたしづかなれば
    ひとりなる
    わが身の影をあゆまする石のうへ


    ●湖水

    この湖水で人が死んだのだ
    それであんなにたくさん舟が出てゐるのだ

    葦と藻草の どこに死骸はかくれてしまつたのか
    それを見出した合図の笛はまだ鳴らない

    風が吹いて 水を切る艪の音階の音
    風が吹いて 草の根や蟹の匂ひがする

    ああ誰がそれを知るてゐるのか
    この湖水で夜明けに人が死んだのだと
    誰かがほんとに知つてゐるのか
    もうこんなに夜が来てしまつたのに


    ●村

    鹿は角に麻縄をしばられて、
    暗い物置小屋にいれられてゐた。
    何も見えないところで、
    その青い眼はすみ
    きちんと風雅に坐つてゐた。
    芋が一つころがつてゐた。

    そとでは桜の花が散り、
    山の方から、
    ひとすぢそれを自転車がしいていった。
    背中を見せて
    少女は薮を眺めてゐた
    羽織の肩に
    黒いリボンをとめて


    ●峠

    私は峠に坐つてゐた。
    名もない小さなその峠はまつたく雑木と萱草の茂みに覆い隠されてゐた。
    ✖✖二至る二里半の道標も、やつと一本の煙草を吸ひをはつてから叢の中に見いだされたほど。
    私の目ざして行かうとする漁村の人々は
    昔は毎朝この峠を越えて魚を売りに来たのだが、
    石油汽船が用いられるようになつてからは、
    海を越えてその販路がふりかえられてしまつたと私は前の村で聞いた
    私はこの峠までひとりの人にも会はずに登ってしまつた。
    路はひどく荒れてゐた。それは、いつとはなしに雨に洗ひ流されて、野茨や薄の間にともすれば見失はれ易く続いてゐた。両側の林では野鳩が鳴いてゐた、
    空は晴れてゐた、と置く、草叢の、、、


    ●街

    山間の盆地が、その痛ましい、荒蕪な杯盤の上に、記念の如くに空に捧げてゐる一つの小さな街。夜ごとに音もなく崩れてゆく胸壁によつて、正方形に限られている一つの小さな街。その四方の柳の並木が、枝深く、すぎ去つた幾世紀の影を与えている。


    ●鴉

    風の早い曇り空に太陽のありかも解らない日の、
    人けない一すぢの道の上に私は涯しない野原をさまようてゐた。風は四方の地平から私を呼び、私の袖を捉へ裾をめぐり、そしてまたその荒まじい叫び声をどこかへ消してしまふ。その時私はふと枯草の上に捨てられてある一枚の黒い上衣を見つけた。私はまたどこからともなく私に呼びかける声を聞いた。

    ーとまれ!

    私は立ちどまつて周囲に声のありかを探した。私は恐怖を感じた。

    ーお前の着物を脱げ!

    恐怖の中に私は羞恥と微かな憤りを感じながら、余儀なくその命令の言葉に従った。するとその声はなほ冷やかに、

    ー裸になれ!その上衣を拾って着よ!

    と、もはや抵抗しがたい威厳を帯びて、草の間から私に命じた。私は惨めな姿に上衣を羽織って風の中に晒されてゐた。私の心は敗北に用意をした。

    ー飛べ!

    しかし何といふ奇異な、思いがけない言葉であろう。私は自分の手足を顧みた。手は長い翼になつて両脇に畳まれ、鱗をならべた足は三本の指で石ころを踏んでゐた。私の心はまた服従の用意をした。

    ー飛べ!

    私は促されて土を蹴つた。私の心は急に錨に充ち溢れ、鋭い悲哀に貫かれて、ただひたすらにこの屈辱の地をあとに、あてもなく一直線に翔つていつた。感情が感情に鞭うち、意志が意志に鞭うちながらー。私は永い時間を飛んでゐた。そしてもはや今、あの惨めな敗北から遠く飛び去つて、翼には疲労を感じ、私の敗北の祝福さるべき希望の空を夢みてゐた。それだのに、ああ!なほその時私の耳に近く聞えたのは、あの執拗な命令の声でなかつたか。

    ー啼け!

    おお、今こそ私は啼くであろう。

    ー啼け!
    ーよろしい、私は啼く。

    そして、啼きながら私は飛んでゐた。飛びながら私は啼いてゐた。

    ーああ、ああ、ああ、ああ、
    ーああ、ああ、ああ、ああ、

    風が吹いてゐた。その風に秋が木葉をまくやうに私は言葉を蒔いてゐた。冷たいものがしきりに頬を流れてゐた。



    ●昨日はどこにもありません

    昨日はどこにもありません
    あちらの箪笥の抽出しにも
    こちらの机の抽出しにも
    昨日はどこにもありません

    どれは昨日の写真でせうか
    そこにあなたの立つてゐる
    そこにあなたの笑つてゐる
    それは昨日の写真でせうか

    いいえ昨日はありません
    今日を打つのは今日の時計
    昨日の時計はありません
    今日を打つのは今日の時計

    昨日はどこにもありません
    昨日の部屋はありません
    それは今日の窓掛けです
    それは今日のスリッパです

    今日悲しいのは今日のこと
    昨日のことではありません
    昨日はどこにもありません
    今日悲しいのは今日のこと

    いいえ悲しくありません
    何で悲しいものでせう
    昨日はどこにもありません
    何が悲しいものですか

    昨日はどこにもありません
    そこにあなたの立つてゐた
    そこにあなたの笑ってゐた
    昨日はどこにもありません


    ●旅人

    ひとたび経て 再びは来ない野中の道
    踏切超えて 菜の畑 麦の畑
    丘の上の小学校で 鐘が鳴る
    鳩が飛びたつ


    ●鹿

    午前の森に 鹿が坐つている
    その背中に その角の影
    微風を間ぎつて 虻が一匹飛んでくる
    遥かな谷川を聞いてゐる その耳もとに


    ●裾野

    その生涯をもて 小鳥らは
    一つの歌をうたひ暮らす 単調に 美しく
    疑ふ勿れ 黙す勿れ
    ひと日とて 与えられたこの命をー


    ●汝の薪をはこべ

    春逝き
    夏去り
    今は秋 その秋の

    はやく半ばを過ぎたるかな
    耳かたむけよ
    耳かたむけよ
    近づくものの声はあり

    窓に戸張はとざすとも
    訪なふ客の声はあり
    落葉の上を歩みくる冬の足音

    薪を運べ
    ああ汝
    汝の薪をはこべ

    今は秋 その秋の 
    一日去りまた一日去る林にいたり
    賢くも汝の薪をとりいれよ

    ああ汝 汝の薪をとりいれよ
    冬ちかし かなた
    遠き地平を見はるかせ
    いまはや冬の日はまぢかに迫れり

    やがて雪ふらむ 
    汝の国に雪ふらむ
    きびしき冬の日のためには
    炉をきれ 竈をきづけ
    孤独なる 孤独なる 汝の住居を用意せよ

    薪をはこべ
    ああ汝
    汝の薪をはこべ

    日はなほしばし野の末に
    ものの花さく
    いまは秋
    その秋の林にいたり
    汝の薪をとりいれよ
    ああ汝 汝の冬の用意をせよ


    ●木兎

    木兎が鳴いてゐる
    ああまた木兎が鳴いてゐる
    古い歌
    聴きなれた昔の歌
    お前の歌を聴くために
    私は都にかへつてきたのか・・
    さうだ
    私はいま私の心にさう答へる

    十年の月日がたつた
    その間に 私は何をしてきたか
    私のしてきたことといへば
    さて何だらう〃・
    一つ一つ 私は希望をうしなつた
    ただそれだけ

    木兎が鳴いてゐる
    ああまた木兎が鳴いてゐる
    昔の声で
    昔の歌を歌つている

    それでは私も お前の真似をするとしよう
    すこしばかり齢とった この木兎もさ


    ●鷗どり

    ああかの烈風のふきすさぶ
    砂丘の空にとぶ鷗
    沖べをわたる船もないさみしい浦の
    この砂丘にとぶ鷗
    (かつて私も彼らのやうなものであつた)

    かぐろい波の起き伏しする
    ああこのさみしい国のはて
    季節のはやい烈風にもまれてもまれて
    何をもとめてとぶ鷗
    (かつて私も彼のやうなものであつた)

    波は砂丘をゆるがして
    あまたたび彼方に上がる潮煙り その轟きも
    やがてむなしく消えてゆく
    春まだき日をなく鷗

    ああこのさみしい海をもてあそび
    短い声でな鷗
    声はたちまち烈風にとられてゆけど
    なほこの浦にたえだえに人の名を呼ぶ鷗どり
    (かつて私も彼のやうなものであつた)


    ●閑雅な午前

    ごらん まだこの枯木のままの高い梢の方を
    その梢の細いこまやかな小枝の網目の先々にも
    はやふつくらと季節のいのとは湧き上がつて
    まるで息をころして静かにしてゐる子供達の群れのやうに
    そのまだ眼にもとまらぬ小さな木の芽の群衆は
    お互いに肱をつつきあつて 言葉のない彼らの何ごとか囁きかはしている気配
    春ははやそこの芝生に落ちかかる木漏れ陽の縞目模様にもちらちらとして
    浅い水には葦の芽がすくすくと鋭い角をのぞかせた
    ながく悲しみに沈んだ者にも 春は希望のかへつてくる時
    新しい勇気や空想をもつて
    春はまた楽しい船出の帆布を高くかかげる季節
    雲雀や燕もやがて遠い国からここにかへつてきて
    スミレ 蒲公英 蕨や 蕗や筍や 蛇や蜥蜴や青蛙
    やがて彼らも勢ぞろいして 陽炎の松明をたたいて、、、


    ●家庭

    息子が学校に上がるので
    親父は毎日詩を書いた
    詩は帽子やランドセルや
    教科書やクレイヨンや
    小さな蝙蝠傘になつた
    四月一日
    桜の花の咲く町を
    息子は母親につれられて
    古いお城の中にある
    国民学校第一年の
    入学式に出かけて行った
    静かになつた家の中で
    親父は年とつた女中と二人
    久しぶりできくやうに
    鵯のなくのを聞いてゐた
    海の鳴るのをきいてゐた


    ●灰色の鷗

    彼らいづこより来しやを知らず
    彼らまたいづこへ去るやを知らない

    かの灰色の鷗らも
    我らと異なる仲間でない

    いま五月の空はかくも青く
    いま日まはりの花は高く垣根に咲きいでた

    東してここに来る船あり
    西して遠く去る船あり

    いとけなき息子は砂上にはかなき城を築き
    父はこなたの陽炎に坐してものを思へり

    漁労の網はとほく干され
    貨物列車は岬の花をめぐり走れり

    ああ五月の空はかくも青く
    はた海は空よりもさらに青くたたへたり

    しかしてああ いぢらしきこれら生あるものの上に
    かの海風は 鰯雲は高く来るかな

    しかしてああ げにわれらの運命も
    かの高きより来たるかな

    されば彼ら 日もすがらかしこに彼らの円を描き
    されば彼ら 日もすがら彼らの謎を美しくせんとす

    かの灰色の鷗らも
    我らと異なる仲間でない


    ●冬の日

    ああ智慧は かかる静かな冬の日に 
    それはふと思ひがけない時に来る
    人影の絶えた境に
    山林に
    たとえばかかる精舎の庭に
    前触れもなくそれが汝の前に来て
    かかる時 ささやく言葉に信をおけ
    「静かな眼 平和な心 その他に何の宝があらう」

    秋は来たり 秋は更け その秋は己にかなたに歩み去る
    昨日はいち日激しい風が吹きすさんでいた
    それは今日この新しい冬のはじまる一日だつた
    さうして日が暮れ 夜半に及んでからも 私の心は落ちつかなかった
    短い夢がいく度か断れ いく度か、あたはじまつた
    孤独な旅の空にゐて かかる客舎の夜半にも
    私はつまらぬことを考え つまらぬことに悩んでいた

    さうして今朝は何といふ静かな朝だろう
    樹木はすっかり裸になつて
    かささぎの巣も二つ三つそこの梢にあらはれた
    ものの影はあきらかに 頭上の空は晴れきつて
    それらの間に遠い山脈の波うつて見える
    しかもんの風雨にされた、、、、、


    ●かへる日もなき

    かへる日もなきいにしへを
    こはつゆ草の花のいろ
    はるかなるものみな青し
    海の青はた空の青

    ●青くつめたき

    青くつめたき石のへに
    春のゆく日をあそびける
    われらが肩にこぼれしは
    花ともあらぬ柿の花

    ●桃の花さく

    桃の花さく裏庭に
    あはれもふかく雪はふる
    明日をなき日と思はせて
    くらき空より雪はふる

    ●いまこの庭に

    いまこの庭に
    薔薇の花一輪
    くれないふかく咲かんとす

    彼方には
    昨日の色のさみしき海

    また此方には
    枯枝の高きにいこふ冬の鳥

    こはここに何を夢みる薔薇の花

    いまこの庭に
    薔薇の花一輪
    くれなゐふかく咲かんとす


    ●人をおもへば

    人をおもへば山茶花の
    花もとぼしく散りにけり
    土にしきたるくれなゐの
    淡きも明日は消えなむを


    ●わが名をよびて

    わが名をよびてたまはれ
    いとけなき日のよび名もてわが名をよびてたまはれ
    あはれいまひとたびわがいとけない日の名をとびてたまはれ
    風のふく日のとほくよりわが名をよびてやまはれ
    庭のかたへに茶の花のさきのこる日の
    ちらちらと雪のふる日のとほくよりわが名をよびtrたまはれ
    よびてたまはれ
    わが名をよびてたまはれ


    ●砂の砦

    私のうたは砂の砦だ
    海が来て
    やさしい波の一打ちでくづしてしまふ

    私のうたは砂の砦だ
    海が来て
    やさしい波の一打ちでくづしてしまふ

    こりずまにそれでもまた私は築く
    私は築く
    私のうたは砂の砦だ

    無限の海にむかって築く
    この砦は崩れ易い
    もとより崩れ易い砦だ

    援軍無用
    孤立無援の
    砂の砦だ

    私はここで指揮官だ
    私は士官で兵卒だ
    砲手が騎手だ伝令だ

    鸚鵡が舞ふ
    鶯が啼く
    私はここで戦った

    私はここで戦った
    無限の海 
    無限の波

    波が来て白い腕の
    一打ちで崩してしまふ
    私の歌は砂の砦だ

    この砦は砂の砦だ
    崩れるにははやく
    築くにはやい

    これはかない戦場だ
    波がきてさらつたあとに
    あとかたもない砂の砦だ
    私のうたは砂の砦だー



    わが庭の
    秋のあはれは
    ふとありて
    風にながるる
    くれなゐの
    花とらへし
    あきつかな

    ●秋風に

    われはうたふ
    越路のはての草の戸に
    またこの秋の虫のこえ
    波の音
    落日
    かくてわれ
    秋風に
    わが身の影を
    うながすよ

    ●冬のもてこし

    冬のもてこし
    春だから
    この若艸に
    坐りませう

    海のもてこし
    砂だから
    砂にはをどる
    松林

    無限の時が来て泊てる
    岬のかげの
    入江です

    風のもてこし
    帆が二つ
    帆綱ゆるめて
    はたと落つ

    それらのものの
    一つです
    さらばわれらの語らひも


    ●喪服の蝶

    ただ一つ喪服の蝶が
    松の林をかけぬけて
    ひらりと海へ出ていつた
    風の傾斜にさからつて
    つまづきながら よろけながら
    我らが酒に酔ふやうに
    真っ赤な雲に酔っ払つて
    おほかたきつとさうだろう
    ずんずん沖へ出ていつた
    出ていつた 遠く 遠く
    また高く 喪服の袖が
    見えずなる
    いづれは消える夢だから
    夏のをはりは秋だから
    まっ赤な雲は色あせて
    さみしい海の上だつた
    かくて彼女はかへるまい
    岬の鼻をうしろ手に
    何を目あてといふのだろう
    ずんずん沖へ出ていつた
    出ていつた
    遠く遠く
    また高く

    おほかたきつとさうだろう
    (我らもそれに学びたい)
    この風景の外へまで
    喪服をすてにいつたのだ


    ●我ら何をなすべきか

    傷を負つてはんやになつて
    一羽の雉が堕ちてゆく

    谷川の瀬の鳴る中を
    あたりに残る谺の中を

    谺のむかふへ堕ちてゆく
    堕ちてゆく

    一度は空にあがつたが
    再び空に身をなげたが

    いづれは堕ちるものとして
    放物線を堕ちてゆく

    堕ちてゆく
    、、、、、、

    夕暮れに眼をつむつて
    虚空に血を流して

    身悶えて
    痙攣して

    今朝の寝床へ
    枯木の林へ

    谺のむかふへ堕ちてゆく一つの運命
    ああまたしてもその時私の垣間見しもの
    さらば我ら
    何をなすべきか

    彼方一の包厨へ
    歴史は彼らの食膳へ

    一羽の雉が堕ちてゆく!


    ●路傍の樹木

    雲もない青空に細かい枝をさし出した枯木立
    裸の季節の若者よ
    今日は風もなく日はあたたかに
    訪問者の小がらのむれも去ったあと
    汝の樹齢の末端の 先々にまで日射しをあびて動かない
    ああその無数の粒つぶの
    春の用意のまだ堅い包みものをつけた細かな枝
    枝の梢の入り組んだ網目の配置 曲線ー整理
    一つ一つが偶然を 運命を せいいつぱいの智慧でとらへている静けさ
    午後三時
    路のほとり
    梢こずえに沈黙の 青春の美はあふれ
    何ならん やさしき言葉は わがすぎこし方のうへにふりそそぐ

    ●枕上口占

    私の詩は
    一つの着手であればいい

    私の家は
    壊れやすい家でいい

    ひと日ひと日失はれる
    ああこの旅の つれづれの

    私の詩は
    三日の間もてばいい

    昨日と今日と明日と
    ただその片身であればいい

  • 美しい言葉。

    難しい比喩もない、
    描かれているのもとても平凡な日常。
    竹とんぼとひまわりと鴉と夕立と桜、そして人と生活。


    世の中は美しい
    しかし
    次の日にはその町を人を俗物を憎らしく、
    いや、
    とても虚無な存在に思えることがある。


    それは
    多くの人に見られる二面性だと思う。
    そして
    三好達治もそんな両側面を持って世の中を冷静に見つめていた。


    慈悲深き唄い人と世捨て詩人。
    三好達治はどちらかに偏るのではなくその二つの側面を持つ自分をうまく生かし、
    そして
    その天性のみずみずしい感性を持ってして冷静に世の中を捉え、表現した。



    この本を読んで私は日常へ視線を少し変化できた。
    と思う、

    平凡であるということ
    しかしその中から美しいと感じるものは生まれる。
    それはとても平凡なこと、
    そしてとても大事なこと、
    繊細な視線を持ってして世の中は美しい、
    と語りかけてくれる美しい言葉の溢れる一冊。

全2件中 1 - 2件を表示

三好達治の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
梶井 基次郎
ウラジーミル ナ...
フランツ・カフカ
ジョン クラカワ...
ドストエフスキー
ヴィクトール・E...
サン=テグジュペ...
ドストエフスキー
有効な右矢印 無効な右矢印

三好達治随筆集 (岩波文庫)はこんな本です

ツイートする