蟹工船 一九二八・三・一五 (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 419
レビュー : 65
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003108819

作品紹介・あらすじ

おい地獄さえぐんだで-函館を出港する漁夫の方言に始まる「蟹工船」。小樽署壁に"日本共産党万歳!"と落書きで終わる「三・一五」。小林多喜二のこれら二作品は、地方性と党派性にもかかわらず思想評価をこえ、プロレタリア文学の古典となった。搾取と労働、組織と個人…歴史は未だ答えず。

感想・レビュー・書評

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  • 今の労働環境にも通じるところがある。本作中にでてくる台詞で、慣れこそが一番の弱点。既成概念を捨てろ!このフレーズが心の底まで鋭い矢になって突き刺さっている。

  • 「蟹工船」を再読。「一九二八・三・一五」初読。
    再読してもやはり面白い「蟹工船」である。絵づらが力強く、引き込まれる。
    冒頭の函館港の描写からしてしびれる。臨場感あふれる活写、煙の匂い、港の臭いも漂ってくる、イキのいい書き出しだ。
    そして、凍てつく最果ての北の海。オホーツク海。カムサツカ(カムチャツカ)の陸地がうっすらと遠望される沖合いでの操業。「兎が飛ぶ」、とされる時化の前触れ。「虐使」される男たちの、疲労、絶望。 
    だが、読後、少々の違和感を抱いてもいる。
    労働者達の悲惨な境遇を描く点で、ルポルタージュを読むような読み応えがある。
    だが、闘争のありようを描く場面に至っては、「労働者達よ、かく斗うべし」という労働運動の教科書の如きもの、情宣読物らしき印象を抱いた。舞台背景のリアリズムの一方で、物語の展開は、一種の“ファンタジー”に飛躍しているように感じられてならなかった。
    後世、ルポルタージュ、という手法が確立した。ルポルタージュに徹して「蟹工船」の労働を描く…、という型式で読みたかった、という我儘な読後感もある。

    「一九二八・三・一五」は、小樽と思われる北の街が舞台。件の日付、その深更。大勢の組合活動家らが、一網打尽に警察に連行される。検挙でなく、任意同行の形をとっているが、有無を言わせぬものである。
    凄惨な拷問の描写で知られるらしいが、私は、連行された活動家たちそれぞれの、様々な人物像が印象に残った。息子の活動におびえて日々涙する老母の姿に動揺する会社員。労働条件と生活改善を願って組合に合流しただけで、命を賭す程の覚悟は持っていなかった男の怯え、戸惑い。 
    信念を強く鍛えた者のみならず、そうした、弱き者の姿も描かれているのであった。
    それにしても、労働組合の成員に対して、かくも無法、無茶な暴力がなされていたことに、改めて驚かされる。

    「蟹工船」は、1929年の作。過日再読した「伊豆の踊子」とほぼ同時代に書かれたものである。一高生の甘酸っぱい青春と、表裏に重ねて受け止めると、感慨深い。 

  • 出勤前に読了。
    「一九二八・三・一五」が読みたくて岩波文庫で購入。
    買って良かった。

    「蟹工船」は2度目。1度目よりもどうにも身につまされる気がするのはきっと最近のわりと酷目な仕事の状況のせい。
    方言ゴリゴリの台詞を読むのに全く苦労がないのは私も北の方の出身だから。多喜二を読むようになってそっちの出身で良かったなって思った。違和感なく頭に入ってくるのは有難い。
    実は角川文庫版も持ってるので少し時間を置いて3度目にいこうと思う。

    肝心の「一九二八・三・一五」。わざわざ岩波で買った甲斐はあった。好き。
    拷問がまあ酷い。語彙力が貧相だからそれくらいしか言えないけれど本当に酷い。こんなことがまかり通るような時代が今とそれ程隔てなくあったという事実に戦慄する。
    時代がそうさせた、という感じがしなくもないけれどよくもまあこんな公権力と闘おうだなんて思えたな、と。そして闘えたな、と。

    やっぱり感想は得意じゃない。

  • 不当に検束され、歩くと目まいがするほど拷問をされて帰ってくると、渡は自分でも分るほど新鮮な階級的憎悪がムチムチと湧くのを意識した。その感情こそは、殊に渡たちの場合、マルクスやレーニンの理論を知って正義的な気持から運動に入ってきたインテルゲンチヤや学生などの夢にも持てないものだ、と思った。「理想から本当の憎悪が虱のように湧くかい!」


    作者が望みをかけた日本共産党も本意か不本意か政策もろくに出せない烏合の衆のような体たらく。世界的にみても共産主義自体が資本主義の前に鳴りを潜めざるを得ない状態で、共産主義という理想論の破綻もいまでは常識。結局、人間みんな自分が一番。みんな横並びでハッピーな世界なんて土台無理。

  • 「蟹工船」と「1928・3・15」が収録されています。
    「蟹工船」は船の「蟹工場」という意味らしいです。雑夫や漁夫たちは考えられないほど凄惨な生活を送ります。もはや人間的な生活などといえない「過酷」以上のもの。人間の命さえなんとも思わないで、搾るだけ搾ろうとする現場監督。お金をもった資本家と「プロレタリア」との対置。頭でただ理解していたのとは違った生々しい再現を感じました。

    同時収録は、共産党一斉検挙事件を著した「1928・3・15」。
    こちらを読んで事件について知りたかったので、あえて岩波文庫版をチョイス。国家権力がいかにして共産主義者を叩いてきたか。それは体制側が「共産主義」を恐れていた証拠。警察署でのすさまじい拷問をとおしてなされる話の展開が印象的です。
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    ただ、いまの時代背景とこの作品がなぜ安易に結びつけられて語られるのか?わかるんだけどわからなかった。共感を得ることはできても、そこには比べものにならない大きな大きな壁が立ちはだかっているような。でも、こういったことを知り、教訓にしていくことは大切だと思います。
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    <選者コメント>
    「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」

     蟹工船内の過酷な労働環境を描いたプロレタリア文学の金字塔。2008年度
    には、新語・流行語にトップ10にも選ばれ(「蟹工船(ブーム)」)、再脚光
    を浴びた。松田龍平主演の映画あり。『まんがで読破 蟹工船』(イースト・プレス)は本学図書館にも所蔵。

     2008年前後の社会状況を知りたい人のためには、MaruzeneBook Library
    の、湯浅誠『反貧困「すべり台社会」からの脱出』などがオススメ。
    (医療福祉学科 田野慎二先生)

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  • 小林多喜二の「蟹工船」と「一九二八・三・一五」を読んだのは約30年前。
    30年前も岩波文庫で読んだが、今度はワイド版岩波文庫。

    最初に読んだときは、

    漁夫たちは寝てしまってから、
    「畜生、困った! どうしたって眠れないや!」と、体をゴロゴロさせた。「駄目だ、伜が立って!」
    「どうしたら、ええんだ!」―終いに、そういって、勃起している睾丸を握りながら、裸で起き上がってきた。大きな体の漁夫の、そうするのを見ると、体のしまる、なにか凄惨な気さえした。度肝を抜かれた学生は、目だけで隅の方から、それを見ていた。(蟹工船 p56)

    のような強烈な描写に圧倒され、それが小林多喜二の作品のイメージになっていたが、今回読んでみて、特に「一九二八・三・一五」のあちこちで繊細な描写や叙情性とユーモアのある表現に出会って、彼がどれだけ作家としての才能と可能性に恵まれていたかが分かった。

    真夜中に警察に踏み込まれ連行される父の姿を、娘の幸子が寝たふりをしながらそっと眺めているシーン。

    力一杯に襖が開いて、父が入ってきた。後ろから母がついてきた。五人は次の間に立って、こっちを向いている。
    「ズボン。」
    父は怒った声で母にいった。母は黙ってズボンを出してやった。父はズボンに片足を入れた。しかし、もう片足を入れるのに、何度も中心を失ってよろけ、しくじった。父の頬が興奮からピクピク動いていた。父はシャツを着たり、ネックタイを結んだりするのにつッかかったり、まごついたりして―殊にネックタイがなかなか結べなかった。それを見て、母が側から手を出した。
    「いいいい!」父が邪険にそれを払った。父は妙に周章てていた。(一九二八・三・一五 p148)

    ふと―幸子は分った気がした。それもすっかり分った気がした。「レーニンだ!」と思った。これらのことが皆レーニンから来ていることだ、それに気付いた。色々な本の沢山ある父の勉強室に、何枚も貼りつけられている写真のレーニンの顔が、アリアリと幸子に見えた。それは、あの頭の禿げた学校の吉田という小使いさんと、そっくりの顔だった。(同 p149)

    娘のことを夢に見る父親。

    「お父さんはねえ、学校の人と一緒に旅行に行くんだよ。」
    幸子が黒い大きな眼をパッチリ、つぶらに開いて、彼を見上げる。
    「おみやに何もってきて?」
    彼はグッとこたえた。が、「うんうん、いいもの、どっさり。」
    と、幸子が襖の方へ、くるりと頭を向けた。彼はいきなり両手で自分の頭を押さえた。ピーン、陶器の割れるその音を、彼はたしかにきいた。彼は、アッと、内にこもった叫び声をあげて、かけ寄ると、急いで幸子の懐を開けてみた。乾葡萄ををつけたような乳房の間に、陶器の皿のような心がついているー見ると、髪の毛のようなひびが、そこに入っているではないか!」(同 p180)

    この部分のイメージは、ちょっとありきたりな気がするが、それにしても、警察権力による拷問を内容とする作品にもかかわらず、陰惨な印象はあまりしない。作者の労働運動に対する希望と確信から来るものだろうが、豊かで瑞々しい表現力によるところも大きいと思う。

    それだけに最後の二章が編集者の蔵原惟人氏の判断で除かれ、原稿が戦争で消失してしまったことは実に残念。

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  • 同郷人の小説は意識しないと読まないので新鮮だった。現代の労働者はむしろ個人化されていて「蟹工船」のような行動はむしろ難しいのではと感じた。

  • たいそうおもしろい

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