菜穂子―他五編 (岩波文庫)

著者 : 堀辰雄
  • 岩波書店 (2003年1月16日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003108925

菜穂子―他五編 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 全編を通して孤独感の漂う内省的な短編集。
    人と交わる事にかえって孤独を募らせる人々が、信州のある寂れた村を中心に過去を省みつつ、日々を暮らしている。
    夫婦、親子、近しい人といえども他人には自分の心の奥底で考えていることは決してわかることはないという絶望のような諦観は、甘美な毒のようでもある。
    この村の打ち捨てられたような寂寥感が、孤独をよりいっそう際立たせている。

  •  『菜穂子』を読んだが、これは晩年の堀辰雄の最高傑作であると思う。まず、主人公が2人いる。

     1人目は菜穂子。菜穂子は母に言われるがままに結婚をし、満足していた。ところが、やがて母亡き後、自分自身を見つめ直し、望んでいた生活ではなかったと悟る。そのためか体調を崩し、幼い頃過ごした信州・八ヶ岳近くにある療養所に入院する。その入院生活の中で、新しい活路を見出そうとする菜穂子。その菜穂子の元に、ある日幼少を共に過ごした都筑明が蒼白な顔でやってきて・・・。
     結局、何かを変えるために行動しなければ、と思った菜穂子は単身、ついに療養所を飛び出すのだが・・・。

     2人目は都筑明。明は建築事務所に勤めていた。ある日、銀座の雑踏を歩いていると、幼い頃、一緒に信州のO村(追分村)で余暇を過ごした菜穂子と、その夫である黒川圭介と偶然、擦れ違う。それからというもの、菜穂子のことばかりが胸をよぎり、何も仕事が手につかなくなった明は、ついに仕事を休職する。そして明は単身、幼い頃を過ごした信州へ旅立つのだが・・・。

     堀辰雄を「リルケやプルーストの猿真似だ」「実経験を伴っていないし、病弱者が好みそうな弱々しい文学」という文学者がいるが、そんなことはどうでもいいように思う。その物語に何かを感じることができるかが問題なわけであるように思うが・・・。

  • 「風立ちぬ」が儚く美しい恋愛ものだとすれば、今作はよりリアルな生の不安と幽かな愛の香りが描かれた作品だと思う。息苦しくなるほどの切実さのこもった生の実感の希求、人との関係に付き纏う孤独。菜穂子に惹かれるのと同じだけ、彼女のまなざしに対して嫌悪も感じられた。

    夫と姑と別れ、高原のサナトリウムで一人過ごしながら、全てから解放された時間をある種しあわせと感じ、半分枯れたままで立ち続ける木に自分の姿を重ねる…。そんな菜穂子と、彼女の幼なじみで病をおして一人あてのない旅に出る明が”不しあわせ”で愛おしくて最後の方はたまらず涙が出そうになった。

    病んでいる人間だけが見ることのできる世界があって、特に病んだ人が不思議なエネルギーを発揮する話が好き。その点今回、梶井基次郎の作品と似た要素を感じたんだけど、梶井作品が「自分一人の世界の本能的な行動」のようであるのに対して、こちらは「人とのつながりから切り離せない衝動」なんだ。

  • 堀自身が述べるように「粗描」に終わった菜穂子編であるが、その一群の短・長編には作家の強い強い「浪漫」への意気が読み取れる。

    しかし、これほどの作家が成し遂げえなかった「複層的な物語を紡ぐ」という試みを、現代において何遍も成功させている幾人かの著者たちは、いったいどういう天恵を帯びているのだろうか。

  • こういう、ロマンティックな生き方も良いかもしれない。でも、生きることそのものがロマンなのかもしれない。

  • デビューから一貫しているのは、この人の読者を信頼しているスタンス。キザにも見えるかもしれないが、この人の追い求めている美しさにそれ以上の言葉は蛇足になるから。複雑な感情を表現できているのがすごい。しかし正直カゼタチヌほどの衝撃はない。でもたくさん刺激を受ける、言葉が作っていく世界が胸をかきむしる…

  • 『風立ちぬ』の解説を読み興味を覚え読んでみた。本書の『ルーベンスの偽画』、『聖家族』、『楡の家』はいずれも堀辰夫が実在の母娘との交流をもとに書かれた作品。そして『楡の家』の続編として『菜穂子』と『ふるさとびと』が書かれた。

    『楡の家』は母と娘の不和をテーマとしている。母の相手には若すぎ、娘の相手には年上すぎる若者が表れたことで母娘間に何かしら不協和音が生じる。子どもが子どもである頃は本能で親を見るため関係はスムーズに行く。しかし子どもが大人になり1個の人格を持つようになるとそれまでのようにはいかなくなる。

    三村夫人は傍から見たら仲がよさそうな親子が実は違い、そのことで始終悩んでいるなんて誰も思わないだろう。村の人達みたいに単純でいられたらと思う。しかしそれは彼女の思い上がりで、貧しい人達だって悩みはそれぞれにある。ただ日々の生活に追われると、そういった事柄にいちいち構ってはいられなくなる。有閑マダムであるために感じているに過ぎない。

    自分よりもだいぶ年下の男から慕われ、とまどいながらも心の片隅に大切にしまっておくような可愛らしさのある母。一方娘の菜穂子は可愛げのないつまらない女だ。三村夫人にとって結婚は、娘を外交官にしたいと願う親から逃げるいい口実だった。夫人は菜穂子には何も押し付けはしなかったけれど、菜穂子は母の作りだした空間から逃れるために結婚する。この時代の女性は自由を得るために結婚したのかもしれない。

    『菜穂子』は結婚後の菜穂子の様子と、対比するように彼女の幼馴染・明と長野のおよう母娘との交流などが書かれている。うつうつとした話ではあるが、最後にぼんやりと光が見える。

    『ふるさとびと』は長野の別荘付近に暮らすおようの物語。おようは落ちぶれてはいるものの由緒ある本陣の血筋の娘。新進のホテルの息子の嫁にと迎えられたが、お産で里帰りしたきり婚家へは帰らなかった。彼女も三村親子のように積極的に幸せになろうとはしない。しかし不幸は頑なに遠ざける。少しだけ現代の女性に近いかもしれない。

    現代の人はそれそれ自分が幸せになることを願って生きているような気がする。そんな中、もしかしたら菜穂子のように幸とか不幸とか考えずに暮らしている人もいるかもしれない。昔の話、といってもたかだか戦前、100年も違わない。

    数年ぶりに本格的な文学に触れた。こういうものも読まなくてはいけないなと痛感した。

  • 「風邪立ちぬ」のもとになってると知って読んだ。

    お母さんが結核で亡くなり、菜穂子も同じ病気になる。菜穂子は親からあまりよく思われていない相手と結婚し、あんまり幸せな生活を送れていない。姑とも上手くいってない。旦那が身長が自分より低くて気軽に付き合えた相手だったけど、お互い思い合う事ができなくなった。ある日旦那と一緒に歩いているところを菜穂子に思いを寄せる明に見られる。

    明さんとのことが無かったら最後まで読めなかっただろうと思う。陰々滅々とした気分になった。しばらく暗い話は読まなくていい。

  • 「ルーベンスの偽画」-「聖家族」
    ・彼-扁理
    ・彼女-絹子
    ・彼女の母-細木夫人
    ・( )-九鬼
    の対応関係。デッサンからタブロオへ。

    「恢復期」
    ・執拗な「生」。
    ・二重の部屋。
    ・仮死、雪が虹色に見える。
    ・薄荷の香りから思い出すドロシー。(失われた時を求めて?)
    文章は地味だがかなり確信をつくモチーフが取り上げられている。

  • 欧米の心理小説の影響を大きく感じる作品群だが、自分の中で消化しきれていないように思う。作中人物の思いが右往左往していて、読んでいてつらかった。夏向けでいいかなと思ったんだけれども・・

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