斜陽 他1篇 (岩波文庫)

著者 : 太宰治
  • 岩波書店 (1988年5月16日発売)
3.79
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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003109038

作品紹介

敗戦直後の没落貴族の家庭にあって、恋と革命に生きようとする娘かず子、「最後の貴婦人」の気品をたもつ母、破滅にむかって突き進む弟直治。滅びゆくものの哀しくも美しい姿を描いた『斜陽』は、昭和22年発表されるや爆発的人気を呼び、「斜陽族」という言葉さえ生み出した。同時期の短篇『おさん』を併収。

斜陽 他1篇 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 斜陽:1947年(昭和22年)。
    xx年ぶりに再読して吃驚。こんなに面白い話だった? 文章キレイ…。”もうこのひとから離れまい”なんて陳腐な科白も、この文脈で使われると何故かゾクッとする。

  • 先日のみちのく出張の道中で、ふと読みたくなり、久々の太宰治。
    思えば、本当に久々で、以前読んだのは遥か20年以上前。
    その時に感じた太宰よ文体やリズムに対する自分の感覚にズレはほとんどなかったが、受け止める器があまりにも違っていて自分で驚いた。

    良くも悪くも、大人になったな、自分。

    という、書評にもならない感想だけが今も漂う。

  • 例のごとくタイトルは知っていたけど読んだことがなかった作品。さらっと一気読みしてしまった。
    全編通して暗い話なのに読み心地が悪くない。けど、何も残らなかったなぁ。学生時代だったら「面白くない」って切り捨てたような作品だろう。森見登美彦だったかなぁ?「教訓を求めるな。」が今ならうんうん、と頷ける。

    太宰を2冊まとめ読みして思うのは、家族とか、恋とか、そういった決して単純じゃないぐちゃぐちゃと入り組んだ人間の営みを切り取るのが上手い作家かなと感じる。自分の人生経験がまだまだ足りないからわからないことばかりだけど、書かれているものは太宰目線であると信じたいなぁ。

    ひとつだけ、子どもにとっての母親の存在の大きさというのが印象的でした。では父親は?ということで深く考えることができそうです。

  • 太宰治の『人間失格』を読んだ時は「主人公の心情がわかるからこそ好きになれない、読み返したくない」と思ったのに対して、今作は一筋縄ではいかないけど「好き」な気がする。生と死、終焉に向かう運命と革命に走る心、男と女の性が、セリフとモノローグから溢れてきて心に刺さる。

    作品を読むまでは、貴族的なふるまいが美しく描写されているのがこの作品の魅力なのかと思ってたんだけど、もっとリアルで狂おしく切ないところ、その底に鮮烈な美しさがあるように感じる。醜さや愚かさと紙一重の美しさ。

    『人間失格』が主人公一人の諦観に辿り着くまでの物語だとすれば、『斜陽』は複数のキャラクターによって、“悲劇”の受容と諦観、そしてそれらと正反対の終わることのない闘争が描かれているところが、どこかアンバランスで面白いと思うのです。

  • 太宰の遺稿、人間失格は虫唾が走る作品だったが
    これは関心深かった。

    物語の出だしは貴族に生まれるかず子の
    安穏とした日常で読むに退屈させられた。
    蛇、ボヤ、風邪。
    お嬢様育ちの娘が些細な出来事に
    一喜一憂する様には苛々とさせられた。

    弟、直治が別荘へとやって来てからは
    世界に引き込まれて行った。

    人とその他の動物が違うところはひめごと。
    人間が生まれた理由は恋と革命。
    不良とは優しい事。
    リアリズムとロマンチシズム。
    人間が同じとゆう妄言。

    母の死。そして戦闘、開始。
    直治もかず子も恋に生き、恋に苦しみ悶えた。
    紛れもなく純情に生きた兄弟だった。

    上原は外道だ。
    だがその生き方も生きがいが無く
    彼には道を外す事しかできないのであろう。

    また、併収のおさんは上原のスピンオフ的作品。
    お道化で心中を誤魔化し生きた太宰が見えた。

  • 主人公が女性なため、人間失格より更に入って行けた。没落した良家の娘の話。一度会っただけの男にそこまで思い入れられるか、とは思ったけれど、勝手に思いを詰めてゆく滑稽なさまも世間知らずの現れなのかしら。

  • 敗戦で没落した貴族の母子が、新しい時代をどのように生きていくかを描く。「日本で最後の貴婦人だった」母を病気で亡くすと、際際のバランスで維持されていた、残された姉弟の生活は終焉へと向かう。
    弟・直治の生きる苦しみは、著者の心情が投影されているとすれば、その苦しみは逃れようがないだけに計り知れない。

  • よかった

  • 母親の死、直治の死から、主人公は強く生きていく、【革命】をおこすと心に決めるほど逞しくかわった。人間、堕落していくものであると感じた。

  • 2016.2.16
    敗戦直後の没落貴族の家庭にあって、恋と革命に生きようとする娘かず子、「最後の貴婦人」の気品をたもつ母、破滅にむかって突き進む思うと直治。滅びゆくものの哀しくも美しい姿を描いた『斜陽』は、昭和22年発表されるや爆発的人気を呼び、「斜陽族」という言葉さえ生み出した。同時期の短編『おさん』を併収。(表紙より)

    斜陽、読了。太宰の作品は、走れメロスと人間失格が好きで、他はあまり読んだことがなかったが、改めて、太宰好きだなーと思えた作品。最初、かず子がボヤを起こした時の近所さんからの苦情?で、あんたらは2人してままごとしてるみたいな危なっかしい生活してるから、なんて愚痴愚痴言われてたけど、まさにそんな感じで、ヒヤヒヤさせられるような印象を受けた。本当に子供2人、分別だけ大人になって感受性や神経は子供のままの2人というか。そして直治が帰り、母は死に、かず子は戦闘開始である。直治の夕顔日誌は、中々ガツンとくるものがあった。「学問とは、虚栄の別名である。人間が人間でなくなろうとする努力である」(p.68)なんてのはもう、そうだよなぁ、そうなのかなぁ。確かにファウストも、散々英知を手に入れた末に、メフィストに、悪魔に魂を売って、盲目のまま墓穴を掘られてることも知らず、勘違いのまま死んだのだ。賢者の不幸の代わりに、愚者の幸福を手に入れた。我々は人間でなくなろうとする、人間であることは辛いからだ、しかし人間でないものにもなりきれず、また人間にもなりきれない。欲望によっては道徳に怯え、道徳によっては欲望に怯えるからである。そう考えたらデカダンも、直治も、人間か超人かの両極において、しっかり人間を生きたのではないだろうかとも思う。かず子は、もうこの物語の前半から、自分の生が腐っていく、穏やかな平和と幸福という虚偽と虚無に蝕まれていくことを感じていた。そして、本当の生を望み、「人間は恋と革命のために生れて来たのだ」(p.118)と結論づける。ロマンティックであり、破滅的である。恋のために、旧道徳を、良心を叩き折り、新たな価値観を、道徳を創る、それが革命だろう。結局、生きたかったのだ、2人とも。真に生きることとは、という問いから目を離せなかったのだと思う。だからこそ彼らの生は一見退廃的で破滅的で、それでいて迫るものを感じるし、美しいと感じるのだろう。私には無理である。私はほどよく苦しんでは欲望に怯えて道徳に逃げ、また虚しさを感じては道徳に怯えて欲望に逃げる人間である。どっちつかずであり、超人にも、デカダンにもなれない。強きものは、極を目指せるのだろう。弱きものは、半端にしか生きれない。真に生きるとは、と、ずっと考えてきたが、やはり放蕩というのはひとつの正解なのか。苦悩の放蕩が、人間の真の生なのか。でもそれって、あまりにも救いがなくないだろうか。また貴族を主人公としていて、現代日本において貴族なんてのはいないわけだけれども、生まれからかくあるべしを求められ、しかしその理想にたどり着けず、べき論が本質論に代わり、私はかくあるべきが、私はかくあるはずだ、に変わってしまった自己愛人間はこのご時世にもごまんと居る。自己愛人間。太宰の作品の歪みはここに始まっている気がするのは、彼自身がそうだったからだろうか。改めて、生きることを考えさせられる。ゆるい幸せは虚無であり、放蕩の快楽は地獄であり、道徳と欲望に引き裂かれ、壊しては作り壊しては作り、あるものは恋を、あるものは承認を求める。単なる満足では満たせない人間の欲望の深さに問題があるのだろうか。最近、酒に溺れるにも才能がいると思った。最近、哲学や道徳や思想があまり私を救ってくれないことを知った。堕落する強さも私にはなく、天上のイデアを目指すことにも満足できないのならば、私はどこを目指して生きればいいのだろうか。正しく生きるものには幸も不幸も薄味で、放蕩に生きるものには幸も不幸も濃厚なのか。濃厚な幸と、薄味の不幸を得るなんていう都合のいい人生は与えられないのか。そのくせして薄味の幸と濃厚な不幸が与えられる人生は存在する不条理は何か。いやそもそも生きることは不条理で、因果応報は人間の理想で、それでも生きるしかないのが人生か。または欲望と道徳に一生引き裂かれ続けろ、これが人間の宿命なのだろうか。人生観を揺すぶられた、私の中の革命の一冊。

    2016.2.16
    おさん読了。短かったしあっけなかったなー。語られていることは斜陽にも共通のものが多いというか。没落と、革命と、欲深き人と、正しい人と。夫の、なぜ正しい人はまっとうに生きていけるのか、というのは確かに思うところである。鈍感は幸福である。また革命に対しての解釈もより深まった。思えば私の人生も革命だった。今持っているものに満足できず、もっと何か、もっと私を幸福にしてくれる何かがあるはずだと、既存のものを破壊し、新しいものを手に入れようとし、しかし結局何も手に入らず、残ったのは戻れない過去と、何もない今と、それが革命ではないだろうか。得ようとして失うばかり、幸せを求めて不幸ばかり、そんな人が、そんな欲深い人が、破滅への道を歩むのだろう。鈍感は、欲浅きことは、幸福である。先日、沢木耕太郎の「無名」を読んだが、あの父のような生き方こそやはり幸福なのか。大人の生き方はやはり幸福で、子どもの青春は不幸か。それにも、それにもかかわらず、青春に美しさを、懐かしさを、甘苦しさを感じるのは何故か。心の平静を捨て忘我の快楽を夢見るのは何故か。私がまだ子供だからだろうか。斜陽と合わせて、生きることにつまづいた時に、これでいいのかと思ったときに、また読みたい。

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