原民喜全詩集 (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003110829

作品紹介・あらすじ

「ヒロシマのデルタに/若葉うづまけ/死と焔の記憶に/よき祈よ/こもれ」-広島での原爆被災を描いた小説「夏の花」で知られる原民喜(1905‐51)はまた、生涯を詩人として生きた。生前に清書され、親友により没後すぐに刊行された『原民喜詩集』に加え、自身で編んだ「かげろふ断章」ほか拾遺詩篇を収録。現実と幻をともに見つめ、喪った者たちのために刻まれる詩は、悲しみと希望の静かな結晶である。

感想・レビュー・書評

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  • 自身の目に写る景色を描写する内容は好きだけれど、少し感傷的な感じがあるところに同調できず、距離ができてしまう。

    詩は、相手の言葉を理解するだけでなく、飲み込んで自分の景色を観るものだと思いました。

  • 原民喜の詩は、文体や表現の形態において、自分が目指すものにかなり隣接しているように思う。


    以下引用


    ◉昼

    わたしは熱があって睡ってゐた。庭にザアザアと雨が降つてゐる真昼。しきりに虚しいものが私の中をくぐり抜け、いくらくぐり抜けても、それはわたしの体を追つて来た。かすかな悶えのなかに何ともしれぬ安らかさがあつた。雨の降ってゐる庭がそのまま私の魂となってゐるやうな、ふしぎな時であった。私はうつうつと祈つてゐるのだつた


    ★小鳥

    朝は楽しそうに囀ってゐた小鳥が昼過ぎになると少し疲れ気味になつてゐる。昼すぎになると、夕方のけはひがする。ものうい心に熱のくるめき。


    ★梢

    散り残つた銀杏の葉が、それがふと見える窓が、昼のかすかなざわめきに悶えている姿が、わたしが見たのかむかふの方からわたしを見てゐるのか、はっきりしないのだが、たしかに透きとほつたものの隙間がひつそりとすぎてゆく昼のやうに


    枯野

    薄の穂の白い光があとからあとから見えては消え、消えては見え、真昼ではありながら、まよなかの夢のさけびを




    星が私の額を突き刺した。その光は私の心臓に喰入り、夜毎、怪異な悪夢となった。私が魔ものに追駆けられてゐる時、天井の星も脅えきつてゐた。呪はれの夜があけてゆく時、消えのこる星がしづかに頷いたものだ。


    ★暁

    外は霙でも降つてゐるといふのだらうか。みぞれに濡れてとぼとぼと坂をのぼる冷えきつた私の姿があり、私のからだは滅入りきつてゐる。もう一ど暗いくらい睡りのなかへかへつてゆくことよりほかになんののぞみもない。いじけた生涯をかへりみるのであつた。


    夜明け

    おまへはベッドの上に坐りなほつて、すなほにならう、まことにけへらうと心に夜明けの姿に祈りさけぶのか。窓の外がだんだん明るんで、ものの姿が少しづづはつきりしてくることだけでも、おまへの祈りはかなへられてゐるのではないか。やさしいあまりにも美しい時の呼吸づかひをじつと身うちに感じながら


    ★遠景

    うすい靄につつまれた遠くの家々の屋根がふと一様に白い反射で浮上つてゐる。まるでいまなにかが結晶してゐるやうな、つめたい窓にしづかりかへるながめ

    ★枯木

    ふとわれに立ちかへり、眼は空の枯木の梢にとどく。網の目をなして空にひろがる梢の、かなたにのびてゆくものがある。かすかにそれをみとどけねばならぬ


    ★枯木

    夢のなかで伯い老婆は私を負ったまま真黒な野をつ走つた。青白い棚雲の下に箒を倒立てたやうな枯木が懸つてゐて、それがつぎつぎに闇の底に倒れて行つた


    ★ある時刻

    ある朝ある時刻に中空の梢からひらひらと小さな木の葉は舞ひ落ちてゐた。それをひきちぎるなにものもないやうな、そんな静けさのなかにありながら、やはり木の葉はキラキラと輝いて美しい流れをなしてゐた




    暗い前のひきつのる、あれはてた庭であつた。わたしは妻が死んだのを知つておどろき泣いてゐた。泣きさけに声で目がさめると、妻はかたはらにねむつてゐた。
    ・・その夢から十日あまりして、ほんとに妻は死んでしまつた。庭にふりつのるまつくらの雨がいまはもう夢ではないのだ。


    そら

    おまへは雨戸を少しあけておいてくれというた。おまへは空が見たかつたのだ。うごけないからだゆえ朝の訪れが待ちどほしかつたのだ。


    真冬

    草が茫々として、路が見え、空がたれさがる、・・枯れた草が濛々として、白い路に、たれさがる空、、、。あの辺の景色が良いのだとおまへは夜更におののきながら訴へた。あまえの眼のまへにはピンと音たてて割れさうな空気があつた。


    ★墓

    うつくしい、うつくしい墓の夢。それはかつて旅をしたとき何処かでみた景色であったが、こんなに心をなごますのは、この世の眺めではないらしい。たとへば白い霧も嘆きではなく、しづかにひりそそぐ月の光も、疎らな木木を浮彫にして、青い石碑には薔薇の花。おまへの墓はどこにあるのか、立ち去りかねて眺めやれば、ここらあたりすべてが墓なのだ。


    ながあめ

    ながあめのあけくれに、わたしはまだたしかあの家の中で、おまへのことを考へてくらしてゐるらしい。おまへもわたしもうつうつと仄暗い家のなかにとぢこめられたまま


    ★秋

    窓の下にすきとほつた靄が、葉の散りしだいた並木はうすれ、堅い靴の音がしていくたりも通りすぎてゆく乙女の姿が、しづかにねむり入ったおんみの窓の下に


    鏡のやうなものを、なんでも浮び出し、なんでも細かにうつる、底しれないものを、こちらからながめ、むかふにつきぬけてゆき


    部屋

    小さな部屋から外へ出て行くと坂を下りたところに白い空がひろがつてゐる。あの空のむかふから私の方をささへてゐるものがある。ぐつたりと私を疲れさせたり、不意に心をときめかすものが。
    私の部屋にはマッチ箱ほどの机があり、その机にむかつてペンをもつてゐる。ペンをもつてゐる私をささへてゐるものは向に見える空だ


    はつ夏

    ゆきづりにみる人の身ぶりのうちから そのひとの昔がみえてくる。垣間見た あやめの花が おさない日の幻となる。 胸をふたぐといふのではない、いつのまにかつみかさなつたものが。おのれのうちにくるめいてゐる。藤の花の咲く空、とびかふ燕


    ★祈り

    もつと軽く もつと静かに たとへば倦みつかれた心から新しいのぞみのひらかれてくるらうに 何気なくうえへに坐り、さしてくる月の光を


    ★夜

    荒れ野を叫びながら逃げまどつてゐたときも、追ひつめられて息がと絶えさうになつたときも、緑色の星と凍てついてしまつたときも、お前は眠っゐた眠っていた、おほらかな嘆きのやうに


    ★冬

    いま朝が立ちかへつた。見捨てられた宇宙へ、叫びとなつて突立つてゆく針よ 真青な裸身の




    遠くの路を人が時時通る
    影は蟻のやうに小さい
    私は蟻だと思つて眺める
    幼い児が泣いた眼で見るやうに
    それをぼんやり考えてゐる



    何もしない
    日は過ぎてゐる
    あの山は
    いつも遠いい


    ★眺望

    それは眺めるために
    山にかかつてゐたが
    はるか向こうに家があるなど
    考えてゐると
    もう消えてしまつたまつ白のうす雲だ


    ★遅春

    まどろんでゐると
    屋根に葉が揺れてゐた
    その音は微けく
    もう考へるすべもなかつた


    ★小春日

    樹はみどりだつた
    坂の上は橙色だ
    ほかに何があつたか
    もう思い出さぬ
    ただ いい気持で歩いてゐた


    秋空


    一すぢの坂は遥けく
    その果てに見る空の青さ
    坂の上に空が
    秋空が遠いい


    ★月夜

    雲や靄が白い
    ほの白い
    路やそして家も
    ところどころにある


    ★青葉

    朝露はいま
    滴り落ちてくる
    いたづらに樹を眺めたとて
    空の青葉は深々としてゐる


    ★旅の雨

    雨にぬれて霞んでいる山の
    山には山がつづいてゐる
    真昼ではあるし
    雨は一日降るだらう


    ★冬の山なみ

    けふ汽車に乗つて
    山を見る
    中国の山脈のさびしさ
    都を離れて山を見る
    山が山にかさなり
    冬空はやさしきものなり


    ★藤の花

    ひそかに藤の花が咲いて居り
    あさ風に揺れて居り
    露しとしとと
    うすぐらいところに



    山の上の空が
    まつ青だ
    雲が一つ浮んで
    まつ青だ


    ★朝

    朝はとつくに来てゐた
    雀ばかりが啼いてゐた
    桜の花がにほつてゐた
    空は青く晴れてゐた


    夜の秋

    きりきり虫が啼いている
    厨の土間で啼いてゐる
    あまり間近で啼いてゐる
    きりきりきりと響くその声


    ★波の音

    今 新しく打ちかへす
    はじめてききし波の音
    打ちかへしては波の音
    潮の香暗き枕辺に


    ★車窓

    桃の花が満開で
    小学生がに三人
    朝の路にゐるんだ
    けれども汽車はとまらない


    ★窓

    窓を開けてくれたのは誰だ
    空か お前であつたのか
    崖のすすきはさうさうと
    雲の流れに揺れてゐる


    ★月夜

    川の向ふは川か
    向ふには何があるのか
    空に月は高いし
    水も岸も今は遥かだ



    月の夜の水の面は
    呼吸するたにに変る
    たとへば霧となり
    闇となり光となる


    影法師は暗い所に居るから嫌です。
    ひよいと飛び出して私を抱えてつれて行かうと思って
    樹や垣根の影に隠れて居るのです


    外に出てみると月がある
    そこで海へ行つてみた
    船をやとつて乗出した
    やがてしばらくして帰つた




    夜の海の霧は
    海と空をかくし
    眼の前に闇がたれさがる
    闇が波音をたてて迫る


    海はまだ明けやらぬ
    潮の退いた海にむかつて
    人影は一つ進んで行く

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プロフィール

はら・たみき
1905年(明治38年)- 1951年(昭和26年)。
日本の詩人、小説家。
広島で被爆した体験を、
詩「原爆小景」や小説「夏の花」「廃墟から」
「壊滅の序曲」等の作品に残す。
『ガリヴァー旅行記』の翻訳でも知られる。
近年、新編集で出された書籍に
『原民喜童話集』(イニュニック、2017年)、
『[新版]幼年画(原民喜著、nakaban イラスト、
瀬戸内人、2016年(サウダージ・ブックス、
2015年の新版))、
『原民喜全詩集 岩波文庫』(岩波書店、2015年)、
『原民喜戦後全小説 講談社文芸文庫』
(講談社、2015年)などがある。

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