野火;ハムレット日記 (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (378ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003112311

作品紹介・あらすじ

兵士でありながら病ゆえに兵士を拒否された人間がフィリピンの原野に投げ出され、全くの孤独と不安の中で自然と自己を凝視しつつ到達した地点は…。戦争を描きながら戦争小説を超えた文学として高く評価されている『野火』。他に、王座を狙うマキァベリスト・ハムレットの試練と没落を描く『ハムレット日記』を併載。

感想・レビュー・書評

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  • ・「野火」要約
    病のため分隊を追われた主人公田村一等兵は、絶望的な戦いの舞台であるフィリピンの原野に投げ出された。放浪の後、田村は、海に臨んだ村の会堂の頂きを飾る十字架に逢着する。「デ・プロフンディス」。田村は夢に見た啓示に導かれるように、その教会のある村へと向かった。そしてその司祭館で、無辜の女を殺す。村を出た後、パロンポンに向かう日本兵たちと合流した田村であったが、米兵と比島の女兵士に追い立てられ散開し、再び原野の中を一人行進する。田村を度々襲うのは「誰かに見られている」という感覚だった。そしてこの感覚は、死に際に自分の肉を食べてもいいという将校の言葉を延期する理由となる。「汝の右手のなすことを、左手をして知らしむるなかれ」の言葉通り、剣を持った右手を左手が止めた。「もし私が神に愛されているのがほんとなら、なぜ私はこんなところにいるのだろう」、そう思い耽る田村は、戦友である安田と松永に再開する。飢えた二人は猿の肉と称して人肉を食していた。田村もその恩恵に預かる。そして三人の間に発生した諍いで、松永は安田を殺し、また田村は神の怒りでもって松永を撃ち殺した。ここで田村の記憶は途切れる。そして次の場面で、この手記が精神病院で書かれていることが明らかとなる……

    ・メモ
    戦後の日本文学を代表する作品の1つ。流石に読み応えがある。田村に付いて回る「誰かに見られている」というある種の強迫観念のようなものは、見ているのが神であれ自分自身であれ、誰しもが持っているものだと思う(発達心理学かなんかの本でこの強迫観念について読んだ気がするが、タームも内容も忘れてしまった)。田村においては、この観念は自己の分裂という極端なまでに激しい事態となって現れる。それを端的に表すのが、衝動や自我といったものを象徴する右手を、理性や良心を象徴する左手が止めるシーンだ。これは、ダイモーンの禁止の声を聞いて自分の行動を決定したソクラテスの葛藤に近いものがあると思う。

    戦場という極限状況では、道徳的強迫観念(?)は一旦は強烈に意識されるものの、時間とともに歪み、薄れ、消えてなくなろうとする。それをいかに自分の内に留めておくことができるか。できるとすればそれは何によってか。矮小化を恐れずに言えば、「野火」はこのような問題を読者に投げかける作品なのだと思う。

    著者の文体は、解説にもあるように明晰で正確。装飾的要素を極限まで排除しながら、戦争というテーマをえぐり出している。また、人間の思考や感情を論理的に検証し、合理的な分析を向けようとする。そのために必要だったのがエリオットのいう「客観的相関物」だったのだろう。執拗なまでの情景描写がそれを物語っている。

    論理性、合理性はもう1つの物語である「ハムレット日記」にも現れている。この作品はシェークスピアの「ハムレット」を日記体に書き直したもの。このハムレットは原作ハムレットとは違い冒頭で父王の幽霊を見なかった。その事に象徴されているように、このハムレットは主観性ではなく客観性を、独白ではなく写実を求めたのだと思う。そういう意味では、客観的な対応物を持たない精神として描き出された原作ハムレットと真逆であると言ってもいいかもれない。

    ・究極の合理性としての神、あるいは私
    ・p.184「戦争を知らない人間は、半分は子供である」
    ・野火の因果関係
    ・左手が殺人に加担するのを防いだ聖なる打撃
    ・神が担保する道徳は本当に道徳なのか

    (中断)

  • 膨れ上がる遺体。

    想像よりよほど崇高だった。(「野火」)

  • 「野火」が強烈な内容。原作よりも、塚本晋也監督映画「野火」は反戦を強調しているように感じた。
    「ハムレット日記」について、ハムレットを先に読んでから読めば良かった気がする。

  • 『野火』は内容的にえぐいのかと警戒していたが(いや、えぐいんだけど)、思いのほか精神論に重点をおいていた印象だった。
    視線を感じるというのは、やはりタブーに対する理性の働きや良心の呵責にも似た恥の概念なのか。善悪の判断と、生への執着――「考える」ことをやめたときに人間であることも終了してしまうのであれば、極限状態で自己を見つめ続けた主人公の精神は相当に強靭なものだが、しかし人食に向かった者、神を見出した者、どちらも己が心の解放を求めた結果の逃避と言えるかもしれない。「人肉を食わなかった」ことに、読み手でさえ「よかった」「それは正しい」と一言で片づけられない形になっている。
    『ハムレット日記』は、『ハムレット』を読んだのがかなり前ということもあり、細かい差異に気づかないまま読了したが、面白さを再確認させてもらったので、また原典のほうに手をのばそう。

  • 『野火』の誉れ高いが、『ハムレット日記』が「ハムレット」を知らない人間としてはありがたかった。こういう翻案がもっとあればいいのに。

  • あまりこの時代の小説を読まないせいかもしれませんが、
    戦争を経験した人の書いた戦争に関する小説って、こういうの多い気がする。ショッキングというかなんというか。
    人を食べる、みたいな話、ちょいちょい見る気が。
    人間性突き詰めてくと、そういうとこに行き着くってことなんでしょうか。

    でも実際、読んでてショッキングって感じでもないんだよな。嫌悪感感じるわけじゃないし、なんていうんだろう。
    ただどことなーく気持ち悪いような、ふわふわした感じ。
    登場人物の感情が割と平坦だからかな。
    この作品に限らず、そういう感じ多いですよね。

    ハムレットの方は大本を読んでないので、卒業までには読みたいな。
    そっち読まないとたぶん本当にはわかんないんだろうし。

  •  
    ── 大岡 昇平《野火/ハムレット日記 19880516 岩波文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4003112318
     
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%C2%E7%B2%AC+%BE%BA%CA%BF
     ↑大岡 昇平  ↓《野火
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A1%D4%CC%EE%B2%D0
     
     市川 崑・監督《野火 19591103 大映東京》
    http://d.hatena.ne.jp/adlib/20070317 生没同日 ~ 船越家の人々 ~
     
    ── 塚本 晋也《野火 20150711 游学社》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4904827325
    ── 塚本 晋也・監督《野火 20150725 全国順次公開》
     
     藤原 彰《餓死した英霊たち 200105‥ 青木書店》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4250201155
     
    …… 各地域別に推計した餓死者数は全体の戦没者212万1000人の60%強。
    ── ニュースウオッチ9 20150827 21:00-22:00 NHK》
     
    (20150827)
     

  • 野火を初めて読んだのはだいぶ前なのに、印象があまりに強烈で忘れられません。

    ハムレット日記は、ハムレットの目線で描かれているのが新鮮でした。
    (個人的には、ハムレットは若き青年というイメージだったので、20代だったのは意外でした。)

  • ・極限状態とは
    ・狂人日記
    ・猿の肉
    ・政治劇としてのハムレット

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著者プロフィール

明治四十二年(一九〇九)東京牛込に生まれる。成城高校を経て京大文学部仏文科に入学。成城時代、東大生の小林秀雄にフランス語の個人指導を受け、中原中也、河上徹太郎らを知る。昭和七年京大卒業後、スタンダールの翻訳、文芸批評を試みる。昭和十九年三月召集の後、フィリピン、ミンドロ島に派遣され、二十年一月米軍の俘虜となり、十二月復員。昭和二十三年『俘虜記』を「文学界」に発表。以後『武蔵野夫人』『野火』(読売文学賞)『花影』(新潮社文学賞)『将門記』『中原中也』(野間文芸賞)『歴史小説の問題』『事件』(日本推理作家協会賞)『雲の肖像』等を発表、この間、昭和四十七年『レイテ戦記』により毎日芸術賞を受賞した。昭和六十三年(一九八八)死去。

「2018年 『レイテ戦記(四)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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