大手拓次詩集 (岩波文庫 緑 133-1)

著者 :
制作 : 原 子朗 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 179
感想 : 20
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  • Amazon.co.jp ・本 (434ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003113318

作品紹介・あらすじ

生と死の交錯する妖しい夢幻世界を表現した特異な詩人。その全貌が、厳選された232篇から浮び上る。厳密な校訂を行った決定版。

感想・レビュー・書評

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  • 詩人・文学研究家、原子朗(1924-2017)が手掛けた
    大手拓次精選詩集の復刊、2018年7月(第4刷)。
    岩波文庫復刊情報を得て喜び勇んで購入しながら
    二年も寝かせてしまった。

    巻末の年譜をザッとまとめると――

    大手拓次(1887-1934)は
    裕福な温泉旅館経営者の家に生まれたが、
    幼くして父母が病死し、
    祖父母に愛情を注がれて育ったものの、17歳で中耳炎を患い、
    これが元になり、
    長年に渡って複数の身体的症状に苦しめられたという。
    家督相続を放棄して上京、早稲田大学へ。
    しかし、ボードレール等を耽読し、詩作に没頭して、
    卒業後は働かず、仕送りが打ち切られて貧窮に喘いだ末、
    ライオン歯磨本舗(現ライオン株式会社)広告部に就職。
    サラリーマン詩人として結社を作ったり、
    北原白秋や萩原朔太郎らと交友を持ったりもしたが、
    私生活は孤独だったし、
    何故か白秋に送った原稿が握り潰された格好で
    出版は実現しなかった。
    後輩社員や会社が設立した歯科医院に勤務する女性に
    片思いし、いくつかの作品に思慕を反映させたが恋は実らず。
    結核のため入院、病床でも詩を書き続けたが、
    誰にも看取られず46年の生涯を閉じた――。

    本の構成・内容は以下のごとく。
    ※は巻末の編者解説より。

    ■初期詩篇(明治期:20~25歳)20篇/229篇
     遠い憧れの誰か・何かに思慕の情を投げかける――が、
     果たしてその人・ものは実在するのか。
     ※自然主義から口語象徴詩に移行し、ボードレールに惑溺。

    ■『藍色の蟇』時代Ⅰ(大正初期:25~30歳)51篇/543篇
     表現が洗練され、
     解像度の高い映像作品のようになってくる。
     「蛇」というモチーフへのこだわりは
     エロティシズムの表出か。
     彼は何ものかに誘惑され、
     自らを(性的に)解放したかったのか。
     あるいは、蛇は脱皮を繰り返すことから
     不老長生を表しているとの説もあり、
     永遠への憧れを託したのか。
     ※拓次詩風の粋の前半、脂の乗り切った作品揃い。

    ■『藍色の蟇』時代Ⅱ(大正後期:31~39歳)47篇/341篇
     花の香りに満ちているが、同時に不吉な臭気が漂う。

      人間の眼玉をあをあをと水のやうに
      藍絵の支那皿にもりそへ、
      すずろに琴音をひびかせる蛙のももを
      うつすりとこがして、
      みづつぽいゆふべの食欲をそそりたてる。

     ――という「色彩料理」が絢爛かつ頽廃的。
     バタイユ「眼球譚」とワイルド「サロメ」を同時に連想。
     ※会社員生活を通して
      香料などの情報に詳しくなったことも、
      花や香りのモチーフが多い点と関連するか。

    ■『藍色の蟇』以後(昭和期:39~46歳)56篇/494篇
     詩の上での思慕の対象が、空想上の理想の存在から
     身近な生身の誰かに移っていったのではないか……と
     想像したくなるような表現の変化を感じた。
     リアルな生活感が漂い始めたとでも言おうか。
     ※但し、解説によれば、
      この頃は象徴性がより強まり、言葉が軽やかになって、
      生から死への道行きを暗示するかのようだ、とのこと。

    ■散文詩 17篇/約50篇
     どうしようもなく溢れ出す想いを生(なま)のままでなく、
     作品に昇華しようとした風な言葉の奔流。

    ■文語詩篇 11篇/約870篇
     病魔、そして、迫りくる死の影への怯え。
     ※解説によると、
      実は40歳を過ぎてからの片恋によって生じた嘆きの歌。

    ■訳詩篇 約30篇/約100篇
     ボードレールへの偏愛。
     ※解説に曰く、大胆な意訳がほとんどで、
      まるでオリジナル詩篇の様相とか。

    死後、友人らによって詩集が刊行されたので、
    徹底的に孤独だったわけではなさそうだし、
    好んで不如意に甘んじたはずもなかったろうが、
    他人との付き合いを極力避け、他に趣味を持たなかったことで、
    求道者のようにストイックに己の創作の道を突き進んだ印象。
    反面、何人かの女性に好意を抱いては
    上手くアプローチできずに悶々としていた風で、
    言葉は悪いが、その点はどこか滑稽に映る。
    けれども、一方的な未完の恋は
    美しいイメージのまま詩の中に凝ったのだろう。

    大手拓次の名を知ったのは、
    ちばひさとの漫画『林檎料理』で、だった。
    https://booklog.jp/users/fukagawanatsumi/archives/1/4885704677
    この本を久しぶりに再読し、引用された詩、
    タイトルも同じ「林檎料理」が改めて気になったので、
    2018年に復刊された当詩集を買ったのだが、
    残念なことに本作は収録されていない。
    よって、悲しみのあまり減点して星4つとした(笑)。

    孫引きになるが、
    上記の漫画最終ページ(ちばひさと『林檎料理』p.64)
    に掲載された大手拓次・作「林檎料理」を引用しておく。
    『世界の詩28 大手拓司詩集』より、と注記あり。

     手にとってみれば
     ゆめのやうにきえうせる淡雪りんご
     ネルのきものにつつまれた女のはだのやうに
     ふうはりともりあがる淡雪りんご
     舌のとろけるやうにあまくねばねばとして
     嫉妬のたのしい心持にも似た淡雪りんご
     まっしろい皿のうへに
     うつくしくもられて泡をふき
     香水のしみこんだ銀のフォークのささるのを待つている
     ――とびらをたたく風のおとのしめやかな晩
     さみしい秋の
     林檎料理のなつかしさよ――

  • 薔薇の詩人と呼ばれた大手拓次。
    フランス詩が自分の花嫁とする彼の詩は、確かに日本語との格闘の跡が見受けられる。
    言葉選びももちろんだが、彼が構築していた世界観は誰も立ち入ることのできない崇高さでそこに存在している。

  • 古典と象徴の狭間より萌え出でた官能。

  • 大手拓次は、薔薇の詩人だった。一面にわたって咲き誇る野薔薇の類いではなく、贅沢な庭園に設えられた極彩色の薔薇でもなく、さながら小さな白い部屋を飾る、一輪の薔薇であった。萩原朔太郎や北原白秋によって絢爛たる達成に至った日本近代詩の世界でも、やはり拓次は淡く蒼白い、静謐で閑雅な薔薇として咲いた。

    拓次は、孤独の詩人だった。彼は孤独を愛した。ランボーやマラルメがそうであったように、彼もまた深くボードレールに共鳴した詩人であり、耽美と頽廃のフランス的文学空間に陶酔しつつ、そこに一人佇む詩人であった。詩壇、文壇から遠く離れ、日本語とフランス語の狭間で揺らめきながら双方を呼び続け、呼び掛け続け、口語の真実を探してことばの海を彷徨い続けた流離流浪の人であった。

    愚直に孤独を愛した拓次を、しかし、孤独は愛さなかった。その点に於いても、彼は強烈に個人であり、独りだった。彼を包んだ孤独の懐には、常に寒々しい病の影が瀰漫していた。止め処なく沸き立つかに見える拓次の詩情がいつもどこかに哀しい横顔を感じさせるのは、望んだ孤独に侵され、染められ、蝕まれてゆく自己の、暗く鋭い嘆きの所為なのかもしれない。

    拓次は、そして、祝祭の詩人だった。不均衡な聴覚、弱々しい視覚、不調と無理を満載した身体、そんな彼を嘲笑うかのような蒼白い孤独の渦動。その中にあって、それでも、拓次は祝祭の詩人だった。文学と詩作への途方もない愛と期待に充ち満ちて芳醇に匂い立つ、一筋の眩い閃きであった。その閃光は、朔太郎を照らし、白秋を貫いて、近代詩の核へ、口語詩の中心へと放たれた無限の祝福であり、穿たれた希望である。現在も鳴動し、反応し続けることばへの、詩への、創作への無垢な奉仕である。

    この国で詩を読み、詩を書き、詩を愛する人間は、大手拓次という花弁の内側で蜜を吸う薔薇の住人である。彼無くして近代口語詩の繊細で優美な達成はあり得なかっただろう。我々は今も、そしてこれからも、拓次の祝福の中を生きる。艶かしく照り返す陶器の薔薇が、ひび割れ、崩れて、土へと還るその日まで。

  • 北原白秋や萩原朔太郎、三好達治や中原中也といったビッグネームの陰に隠れて、大手拓次は、日本近代詩史において、極めて控えめに存在しているという印象がある。実は、彼は、作品のみならず、人物においても「控えめ」であった。しかし、その「あおじろむ指のさき」でなぞられた詩的世界は、なかなかに艶めかしくて、「満開の薔薇」のように濃密である。寝苦しい夜、大手拓次を読むというのはいかがだろう。案外、彼の詩神(ミューズ)があなたを心地よい眠りに誘ってくれるかもしれない。(2011:菊池有希先生推薦)

  • 私の鴉好きの原点。しかし、あまり鴉系統の詩入ってない。岩波さんで全集作る話あったのにな……青空文庫で読めますしね、、、でもやっぱり紙が愛おしい

  • 群馬県民w
    フランス象徴詩に大きな影響を受けたってことで、いかにもな感じだった。主題も薔薇や香料、片思いなんぞが前面に出てきている。
    大学の先生に薦められて読んだが、・・・まあ、詩のことは良くわからない。

  • 北原白秋門下3羽鴉(萩原朔太郎・室生犀星・そして大手拓次)の一人。いまいち知名度はないが、とても綺麗で幻想溢れる、どこか少し妖しさのある月夜のような詩。言葉に香気のある詩の数々は絶品です。

  • Twitterのフォロワーさんからのお勧めで読みました。全体的に艶めいた湿度と体温があり、何処か陰鬱でありながら優雅な馥郁たる香気が漂うような詩でした。『夜の時』や『昼の時』は不思議な詩で、こちらは黙読よりも音読して楽しむ作品かなと思いました。散文詩も魅力的な作品が多く、中でも『噴水の上に眠るものの声』がお気に入り。訳詩も幾つか収録されており、彼が愛したボードレールの訳詩が大半を占めています。静かな夜に微睡みながら読むのが相応しい詩集です。

  • 求めてやまず、満たされえぬ心だけが知っている痛みと憧れ。輝ける孤独な星よ、貴方は私、私は貴方だ。

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